シリアのアンティオキア
この写真は,現代のトルコのアンタキヤの町。ローマの属州シリアの州都だったアンティオキアという古代の町があった場所。西暦1世紀,シリアのアンティオキアはローマ世界でローマとアレクサンドリアに次ぐ3番目に大きな都市だったと言われている。人口は25万人以上だったという推定もある。ステファノがエルサレムで暴徒によって殺され,迫害が起きた後,イエスの弟子たちの中にはアンティオキアに来た人たちもいた。その人たちは,ギリシャ語を話す人々に良い知らせを伝え,大きな成果を得た。(使徒 11:19-21)その後,使徒パウロがアンティオキアを本拠地として宣教旅行を行った。「弟子たちが神の導きによってクリスチャンと呼ばれたのは,アンティオキアが最初だった」。(使徒 11:26)シリアのアンティオキアをピシデアのアンティオキア(トルコ中部)という別の町と混同してはならない。その町は使徒 13:14; 14:19,21とテモ二 3:11に出ている。
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