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目ざめよ! 1978
目78 4/8 25–26ページ

「地震だ!」

わたしたちのほとんどは,立ち上がって皿を集め,食堂の中央にあるワゴンに運んでいました。あれ,何か変です。コップをワゴンに置こうとして腕を伸ばしても,それができないみたいです。その時,「地震だ!」という声が耳に入ってきました。ほんとうです。五階建てのベテルの建物が何秒か揺れ,何もかもぐらぐらしていました。あわてふためくということはありませんでしたが,どの顔にも驚きの様子が見えました。

1978年1月14日,午後12時24分,マグニチュード7の地震が伊豆大島と伊豆半島東岸を襲いました。上に述べた場景は沼津ベテル(日本にあるものみの塔協会の印刷施設)でちょうど昼食が終わった時,起きた出来事です。

わたしたちは週末の様々な活動の準備をするため自分の部屋に戻りましたが,地震の情報を聞こうとラジオをつけた人も少なくありませんでした。そしてすぐに大きな被害があり死者も出たことが分かりました。

この地震は「伊豆大島近海の地震」と呼ばれています。1978年1月15日付朝日新聞には地震の起きた時刻表が出ています。それによると最初の地震は1月13日午前8時38分に発生し,続いて震度3か4の地震が八つ発生しました。そしてほぼ16時間たって,数えきれないほどの弱い揺れがあった後,マグニチュード7,震度5の大地震があったのです。

最も被害が大きかったのは沼津ベテルからちょうど南東に42キロ行ったあたりです。死者の大部分はそこで出ました。ベテルの食堂でわたしたちが初めて驚いた時から何分もたたないうちに,42キロ位しか離れていない所で25人の方が亡くなったのを知り,身の引き締まる思いがします。

死者のほとんどは崩壊した土砂によるものでした。何トンもある土砂や岩石が家屋になだれ込み,人を生き埋めにしたのです。五十代の夫婦である被災者は13日間に及ぶ懸命の捜索の末,最後に見つかりました。二人はみかん園にいた時,土砂くずれに遭い,生き埋めになったのです。生後10か月の男の子を含め七人の方がこの土砂くずれで亡くなり,しかも全員が親族であったことは悲しいことでした。

ほかにも不幸な出来事がその時起こりました。観光バスが山の急斜面を通りかかったその瞬間,土砂が道路にくずれ落ち,大きな岩石がバスの天井を押しつぶしてしまいました。植物観賞会に入っていた年配の実の姉妹三人は,温泉に一泊し植物探訪を終えて帰る途中でした。この会では毎月このような探訪旅行をしていました。三人の年齢は83歳,77歳,76歳でした。岩石は三人の座っていた所の天井をつぶしたのです。

妻がエホバの証人の一人で,タンクローリーの運転手をしている一人の男の人は自分の経験をこう語っています。「1月14日12時24分ごろ,県道修善寺下田線を走っていた時,湯ケ島でマグニチュード7の地震に遭いました。観光バスとすれ違ったその時,わたしのトラックは激しく揺れに揺れ,どこかに突っ込むのではないかと思いました。その時は何が起こったのか気付きませんでしたが,車のほんの2,3メートル先に大きな石が二個ほど転がり落ちてきたため,地震だと気付きました。急ブレーキをかけ,安全な場所を見回したところ車の後方に竹やぶが見えたため,5,6メートル,バックしました。竹やぶは地震に強いと知っていたからです。小さな石がわたしのトラックにも転がってきました。車から出ると,前方は二トン車が山くずれに直撃され横倒しになり,後方はすれ違った観光バスの上に二トン余りもあるような石が落ちていました。そのバスの中の三人が亡くなったのです。余震が襲った時,タンクローリー車も危険になり,救助隊が開けた道を通ってその場を脱出することができました」。

下田市に通ずる唯一の鉄道は土砂くずれのため各所で寸断され,ある所には線路の上に一箇が1,000トンもある岩石が落ちました。伝えられるところによると,その単線の上を七本の電車が運行していましたが,駅に停車中だったり走行中だったどの電車も被害に遭わなかったことは驚くべきことです。万一そんなことにでもなれば,死者が数百人にもなったかもしれません。

知らず知らずのうちに自分の身に災難をもたらすことも時折あります。土砂くずれの多くは道路や線路の上で起きましたが,そこは道路や住宅地域を造るために土砂を削った所でした。以前は堅い地面が保護になっていましたが,それを崩してしまったのです。そこに雨が降るとあたり一帯にしみ込んで地面がゆるくなり,そして地震が起こると崩れてしまうのです。

別の例では,地震が秘める潜在力をちょっと無視して,災害に耐えられないような物を建てることがあります。一例として鉱業所の鉱さい堆積場でえん堤が決壊しました。10万トンのシアン化ナトリウムの入った鉱さいが狩野川に流れ込みました。その川は沼津市を通って太平洋岸の駿河湾へと流れています。測定の結果,0.012ppmのシアンが検出されました。シアンの致死量は魚で0.01ppmであり,死んだ魚は程なくして水面に浮かんできました。この川は観光客が多数やってくる,アユの豊富な所でした。でも今では乳白色に変わっており,川底には鉱さいがたまっています。えん堤付近では川床や岩石の上に60センチもたまっています。政府はこの事故から衝撃を受け,現地に調査団を派遣し,日本中で200か所にのぼる同じ程危険な他の施設を点検するための資料とすることにしました。

人命はお金には換えられませんが,人命だけでなく物資の損害もばく大なものでした。1978年1月17日付読売新聞には被害額が46億円に上るとなっていますが,1月25日付の朝日新聞はこの数字に上乗せしています。新しい数字は200億円です。

地震の被害の最も大きかった二つの都市にはエホバの証人がいました。一つは大島で,もう一つは先に述べた下田市です。これらの都市からの報告によると全員無事で,けがをした人もいないとのことでした。地震から二週間たった1月28日,一人のベテル奉仕者が下田に聖書の話をするため出掛けました。下田までまっすぐに行ける舗装道路はあちこちで土砂に埋まり寸断されたままでしたので,彼は伊豆半島の西海岸を通って行かねばなりませんでした。その土地の人々の多くはホテルに関係した職業についていたり,おみやげ物屋で働いています。彼の話によると,今ではそこを訪れる観光客もほとんどなくなりましたが,以前より人々は聖書の音信に耳を傾けるようになったとのことです。

地震のために起きた別の大きな問題は地殻の変動によりいたる所で温泉が出なくなってしまったことです。例えば,熱川温泉地区にあった25の湯元のうち22から湯が出なくなってしまいました。湯の温度は摂氏100度から80度に下がりました。もっともこれよりひどい所もあり,そこでは78度から27度にまで下がりました。温泉から出る湯の流出量も,毎分300リットルからその3分の2近くに減ってしまいました。それで温泉経営者は将来を案じています。

地震を予報する機関の設立について盛んに論議されてきました。しかし,そのような制度を発足させるのが賢明かどうかという懸念もあります。地震学者の一団が一か月以内に強い余震があるだろうという警報を出しました。ところが,この警報は曲解されて,今にもつまり二時間以内に,マグニチュード5か6の地震があるという意味にとられてしまいました。その結果はパニック状態でした。1978年1月20日付読売新聞はこう報じています。「静岡県知事は十九日,記者会見し,十八日の“余震情報パニック”について『初めてのことであり,あせりがあったため,情報の出し方に問題があった……』と述べた」。それでこの種の予報は多くの人に適当かどうかという疑念があります。

聖書を研究している者に興味深い一つの事は,1978年1月15日付の読売新聞に出ていた表です。それには過去100年間に及ぶこの地域の地震のことが出ています。聖書の預言によると地震は,現存する事物の体制の終わりをしるしづける一面です。(マタイ 24:7。マルコ 13:8。ルカ 21:11)この表は,1914年以来わたしたちが現存する事物の体制の終わりにいるという考えを支持するでしょうか。その表は「最近100年間の伊豆地方の主な地震」という題が付けられています。最初の日付は明治23年(1890年)つまり約88年前となっており,そして明治33年(1900年)と明治38年(1905年)が出ています。それで1878年から1914年までの36年間に表に出ている主な地震はたった三つしかありません。1914年以後については,表から何が分かるでしょうか。大正12年(1923年)にあった関東大震災を初めとしてごく最近あったものまで主な地震は26ありました。64年間に一地域で主な地震が26もあったのです。また朝日新聞によると,第二次世界大戦以来(1946年から1974年まで)今回の地震を除いても六つの大地震が日本で起こり,5,467人の死者や行方不明者が出たとなっています。現存する事物の体制が終わった後,平和と安全の新しい体制が到来することをこれら聖書を研究している者は知っています。あなたもそのことを学んでみませんか。エホバの証人は喜んでお手伝いします。

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