「神に栄光」国際大会に備える!
1 今年の秋,1978年以来25年ぶりに日本で国際大会が開かれることになり,開催都市として,札幌,横浜,さいたま,神戸の4都市が選ばれました。なんとすばらしい贈り物でしょう。大会最終日には,他のすべての地域大会会場にも衛星回線を通して,国際大会のプログラムの一部が配信されます。どの大会に出席する人も,海外代表者たちの報告や統治体の成員の話を見聞きすることができるのです。こうした取り決めについてわたしたちはどう感じているでしょうか。大会から最善の益を得るため,わたしたち各自には何ができるでしょうか。今は,国際大会の意義を本当に理解し,認識を深めているだろうか,と自問する絶好の機会です。
2 国際大会はエホバの民の霊的成長を促進する: エホバの証人の現代史において,国際大会は霊的な里程標となってきました。ラッセル兄弟の死後,エホバの民は不当で厳しい迫害を経験し,霊的に無活動の状態に陥りました。エホバは悔い改めたご自分の僕たちに聖霊を注ぎ,再び活発な状態へと導かれましたが,その手だての一つとなったのは1922年9月に米国オハイオ州シーダーポイントで開かれた9日間の国際大会でした。
3 この大会には米国,カナダ,そしてヨーロッパから1万8,000人が出席しました。ラザフォード兄弟は集まった群衆に力強く次のように勧めました。「栄光の王が統治を始められたことを皆さんは信じていますか。では,至高の神の子の皆さん,野外に戻りなさい!……ご覧なさい,王は統治しておられます! あなた方は王のことを広く伝える代理者です。それゆえに,王とその王国を宣伝し,宣伝し,宣伝しなさい」。世界各地から集まった兄弟たちは霊的に啓発され,この業を熱心に促進するようになりました。
4 1931年オハイオ州コロンバスで開かれた国際大会では,「エホバの証人」という名称が採択され,宣べ伝える責任がさらに強調されました。中東戦争ぼっ発の脅威にさらされ,国際関係に緊張の見られていた1958年7月27日から8月3日にかけて,少なくとも123の国々や島々のエホバの民がニューヨーク市のヤンキー・スタジアムとポロ・グランドに集まりました。8月3日,日曜日の午後に行なわれたノア兄弟の講演を25万3,922人が聞きました。
5 東ヨーロッパで開かれた一連の国際大会: 東西冷戦が終結し,統治体の関心は東ヨーロッパにおける収穫の業に向けられるようになりました。統治体は,王国の音信を一般の人々に目立たせるため,各地で国際大会を取り決めました。また,これらの大会は長年小人数でひそかに集まり合っていた兄弟たちが世界的な兄弟関係を認識する優れた機会ともなりました。
6 1989年5月18日にポーランドで業が合法化されました。兄弟たちは同年8月に三つの会場を用いて国際大会を開きました。これは始まりに過ぎません。ベルリン,ザグレブ,プラハ,サンクトペテルブルク,モスクワ,キエフ,ブダペストなどで次々と国際大会が開かれました。キエフ大会では7,402人と記録に残る最大の集団バプテスマが行なわれました。1991年「神の自由を愛する人々」大会では,古代バビロンから解放されたイスラエル人とエズラに関する聖書劇が演じられ,真の崇拝を促進するという目的のために自由が与えられたことが強調されました。資本主義経済の導入により一般の人々は物質主義に陥りましたが,兄弟たちは与えられた自由を神のご意志を行なうために活用するよう励まされました。兄弟たちは意欲的にこたえ応じ,過去10年間に旧ソ連と東ヨーロッパの伝道者は,23万2,252人から53万7,799人へと爆発的に増加しています。
7 国際大会に関する歴史を語り尽くすことはできません。しかし幾つかの出来事を熟考するだけで,国際大会がエホバと組織からのすばらしい贈り物であることを理解できるのではないでしょうか。その認識を行動で表わした人は,エホバの祝福を享受したのです。
8 日本における国際大会: 日本で開かれた国際大会に出席した経験をお持ちでない方がたくさんおられることでしょう。それで,日本でこれまでに開かれた四つの国際大会について振り返ることにしましょう。
9 最初に開かれた国際大会は,1963年8月21日から25日にかけて開催された「永遠の福音」京都大会です。公開講演には3,534人が出席し,嵐山の美しい背景の中,保津川で292人がバプテスマを受けました。外国からの訪問客を初めて迎えた日本の証人たちは,自分たちが世界的な兄弟関係と結び合わされているということを初めて実感しました。海外の代表者と日本人の特別開拓者がマンツーマンで,京都市内で戸別証言を行なうという興味深い体験もありました。兄弟たちはこの大会から大きな励みを受け,6年後に開かれた次の国際大会までに伝道者の最高数は2,884人から7,889人に増加しました。
10 1969年10月14日から19日まで「地に平和」大会が開かれました。東京の後楽園競輪場で開かれたこの大会には,米国統治下の沖縄を含む海外の国々から,約1,000人の兄弟たちが出席しました。統治体の成員,ノア兄弟,フランズ兄弟そしてスーター兄弟が励みとなる話を行ないました。ノア兄弟の話には1万2,614人が耳を傾け,798人がバプテスマを受けました。この大会で,支部建設のため,沼津市に1,200坪の土地が購入されたこと,「クリスチャン・ギリシャ語聖書 新世界訳」の日本語翻訳が始まるという発表を聞き,今後の業の進展に思いをはせました。
11 3番目の国際大会は1973年7月25日から29日にかけて大阪で開かれました。「神の勝利」大会には,統治体の5人の成員を含め,500人の兄弟たちが海外から訪れました。英国,オーストラリア,カナダ,ドイツ,グアテマラ,ハワイ,ニュージーランド,ナイジェリア,パプアニューギニア,米国から来ていました。日本の神権的歴史において沖縄の兄弟たちを含む全国の証人すべてが一つの大会に集まったのはこれが最後です。
12 そして,4番目の大会は1978年に4か所で開かれた「勝利の信仰」大会です。最高出席者数の合計は,7万8,136人でした。大阪大会では最初の2日間,台風の余波の激しい風雨の中でしたが,13の国からの約250人の出席者と大勢の沖縄の代表者を迎えました。東京大会ではナチ政権下を含む48年もの間,全時間奉仕を行なってきた,忠実なドイツの兄弟姉妹の経験やスペイン,シンガポール,太平洋の島々からの代表者の経験も聞くことができました。それまでの過去2年間,7月には伝道者が新最高数に達せず減少が見られていましたが,この年の7月は日本の伝道者の合計が初めて4万5,000人を上回り,4万5,019人の新最高数が得られました。
13 出席するための努力: 初期の日本の兄弟たちにとって,国際大会に出席するということは多大の信仰と忍耐,それに普通以上の努力が求められました。大会の発表があると,兄弟たちは出席のための準備をすぐに始めました。大会に出席する許可を得るため,未信者の夫や家族,職場の上司,学校の先生たちと何度も話し合う必要がありました。大会の開催期間が5日または6日もありましたので,旅費や宿泊費用を蓄えるのに余分に働かねばならない兄弟たちは少なくありませんでした。しかしどれほど苦労が大きくても,大会出席から得られる益を金銭に換えることはできないという認識がありました。初期の兄弟たちはこうして霊的成長を確実なものとし,信仰を不動のものとしたのです。
14 一例を挙げましょう。1978年大阪国際大会への出席を計画していた,沖縄の800名以上の証人たちは,船をチャーターしていました。ところが台風の影響で出発が1日遅れました。しかも船が鹿児島近くに来たとき天候はさらに悪化し人々の船酔いは極度のものとなりました。船長はこれ以上そのコースを行くことは危険であると判断し沖縄へ引き返すことにしました。ここで引き返したら大阪大会には絶対に間に合いません。数人の長老は船長に大阪まで運んでほしいと熱心に頼みました。ついに船長は航海の続行を決心しました。台風を避けながら64時間航海し,大会の2日目,午前のプログラムの開始時に彼らは会場に入りました。特別の歓迎の言葉と出席者全員の拍手により温かく迎えられました。
15 大会の準備に協力する: 1973年の「神の勝利」大会は大阪の万博記念公園のお祭り広場で開かれましたが,この広場には座席もステージもありませんでした。近隣の諸会衆は大会で使用する椅子を借りることについて情報を寄せるよう依頼を受けました。ある都市では,長老たちはすべての学校を訪れ,校長と交渉が行なわれました。さらに,大手の電気機器製造会社の社長にも,大会のために椅子を借用できるかどうか頼んでみました。この依頼に関して大会監督は会社の代表者と会うことになりました。会社側には,貸し出せるような余分の折り畳み椅子はありませんでしたが,5,000脚の椅子が借りられるだけのお金を喜んで寄付してくれました。それでも,まだ椅子が必要でした。どのように解決したのでしょうか。建設会社から借りた足場板でベンチを作ったのです。ベンチは大会の数日前に完成し,3万1,263人の聴衆が公開講演を聞きました。
16 出席者のために全部で16万8,317食の食事が作られました。炎天下で長い食事の列に並んだことを覚えている兄弟姉妹は少なくないことでしょう。巡回監督の妻たちは簡易食堂で使う585枚のエプロンと400個の調理帽を縫うために非常に忙しく働きました。
17 2003年国際大会準備の進捗状況: 2001年12月31日に,日本支部は統治体から1通の手紙を受け取りました。それは,2003年10月に日本で国際大会を開催することの見込みについて打診する手紙でした。選ばれた都市での会場が確保され,大会開催が統治体によって承認されました。それ以来,支部と地元の兄弟たちは大会準備のために忙しく働いてきました。今年は日本で25年ぶりに国際大会を開催するというだけでなく,海外で開かれる国際大会に代表者を派遣するというもう一つの大きな仕事が同時進行しています。アメリカ,ハワイ,オーストラリア,それに南アフリカの三都市での大会に出席する大勢の代表者は皆さんにすばらしい報告を伝えてくれるはずです。
18 今回の国際大会には,アメリカ,カナダ,ドイツ,韓国,東南アジア諸国,モーリシャスなど合計15の国と地域から1万人を超す代表者が日本を訪れる予定です。これまでの代表者数が,数百人から多くても1,000人であったことを考えると,もてなす側にいるわたしたちにはなすべきことが非常に多くあることが分かります。しかし,山のように思える障害が一つ一つ克服されてゆくにつれ,エホバが日本で開かれる国際大会に深い関心を持っておられ,確実に物事を動かしておられることを確信することができます。
19 外国から来るゲストにとって,物価の高い日本に滞在することはかなりの費用がかかることを意味しています。そのため,幾つもの支部が民泊を要請してきました。支部は外国の兄弟たちの必要にこたえるため,大会組織と協力しつつ,この難題に取り組みました。住宅事情に恵まれない都市部の兄弟たちが大半ですが,宿舎の提供を呼びかけたところ,大勢の方が1週間近い宿舎の提供に応じてくださいました。その結果,横浜大会で2,629人,札幌で811人,さいたまで1,747人,神戸で1,196人分の民泊を確保することができました。
20 1991年8月にチェコのプラハで国際大会が計画された時も,宿舎部門は膨大な仕事に取り組まねばなりませんでした。ヘンシェル兄弟とジャラズ兄弟は,プラハ中のホテル候補を下見した際,ホテルの各部屋を入念にチェックしました。公共の浴室や共同トイレがあるホテルは不適切であるとの指摘がありました。ヘンシェル兄弟はこう説明しました。「普通の状況ならそれで十分でしょう。……しかし,大会の代表者たちは大体同じ時間に出発して戻ってきます。トイレのところでどうなるか想像できますか。兄弟たちにそうさせることはできません」。統治体の成員は大会出席者一人一人の福祉に個人的な関心を払っていたのです。今回,日本の大会委員会は,この教訓を大会運営に反映させたいとの決意を表明しました。
21 交通輸送部門は,観光シーズンたけなわという時期にチャーターバスを確保したり,電車利用者のための安全や便宜を図ったりするという大きな課題を抱えています。問題はあるものの,兄弟たちの熱心な奉仕が報われることも多々あります。今回青森県の兄弟たちは札幌国際大会に出席するよう招待されました。大会委員会は兄弟たちの経済的な負担を少しでも軽くしようと,ホテル関係者やJR,フェリー,バス会社と交渉を重ねてきました。JRは青森・札幌間の「『神に栄光』札幌国際大会専用列車」を仕立て,利用者には行き帰りの朝食をサービスするという便宜を図ると約束してくれました。他の大会でも専用列車が用いられることになるかもしれません。また必要とされる何千台分もの駐車場の確保のためにも,兄弟たちは忙しく働いています。
22 皆さんの協力が不可欠: 大会開催まで残り時間がわずかとなってきました。古代イスラエルにおいて,王権がサウルからダビデに移った時期のことを考えましょう。歴代第一 12章22節は,このときに,エホバの油そそがれた王のもとに集まり,兵士として活発な役割を果たす道を選んだ人たちが大勢いたことを記しています。続く12章32節で彼らは,「イスラエルが何をすべきかを知るよう,時代をわきまえる知識のある」者であると描写されています。
23 彼らは,その時期に何をするのが神のご意志かを識別するのに敏感であったために祝福を受けました。一定期間内に,いつまでも待つことのできない特別な奉仕にあずかり,特別な仕事をやり遂げようとする人たちでした。今日エホバは同じような精神態度を持つ僕たちを有しておられます。各大会は30近くの部門に組織され,責任を委ねられた兄弟たちは,宿舎,交通輸送,案内,レセプションなど通常の地域大会では考えられないような膨大な量の仕事に取り組んでいます。そのすべては時機を逸すれば後戻りできないような重要な務めです。
24 あなたはいかがですか。大会委員会から求められることがあるなら,自分にできる分野で協力なさってください。空港での歓迎を含むさまざまな自発奉仕が呼びかけられるかもしれません。大会会場において,遠くから来た客をもてなすこともできるでしょう。海外代表者のために,大勢の兄弟たちが宿舎の提供に応じています。兄弟たちをもてなすことを宿泊先の家族にまかせるのではなく,会衆全体でもてなすこともできるでしょう。
25 自ら大会に出席することに加え,外国の兄弟たちをもてなそうとする自己犠牲的な愛は必ずやエホバの祝福を受けるに違いありません。大会の前後の期間,見知らぬ土地に住む愛する兄弟たちのため,自分を広くし,兄弟愛を引き伸ばし熱烈に歓迎してください。(コリ二 6:13。ペテ一 4:8,9)同時期に開催される四つの国際大会と17の地域大会に約30万人が出席するものと期待されています。この大会に出席した人たちは,世界的な兄弟関係という聖書の言葉の真の意味を体験するはずです。そして,この貴重な霊的財産を,これから後の世代にぜひとも伝えたいと願わずにはいられないことでしょう。―詩 78:4,6。
26 これまで皆さんが示してきた宣教に対する熱意は,世界中の兄弟たちに励みを与えてきました。同じ忠実さと忍耐の記録を保ってきた海外の兄弟たちから「強める助け」を得て,最終的な収穫の業に備えることができますように。―コロ 4:11。
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プログラムの時間 ― 国際大会
木曜日
午後1時20分–午後5時
金曜日
午前10時–午後5時25分
土曜日
午前9時30分–午後4時50分
日曜日
午前9時30分–午後4時30分
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プログラムの時間 ― 地域大会
金曜日a
午前10時–午後5時30分
土曜日
午前9時30分–午後5時
日曜日
午前9時30分–午後4時30分
[脚注]
a 中国語,ポルトガル語,およびスペイン語大会の金曜日のプログラムは,午前9時30分から午後5時までとなります。