かわいい羽に乗って過ごす一生
ブラジルの「目ざめよ!」通信員
花から花へ飛びかうさまざまな色のチョウの繊細な舞が想像できますか。その1匹がフヨウの大きな花にとまると,太陽の光が,絹のような青い羽の上に降りそそぎます。近くでは,こんな会話が聞こえます。
「お花に乗って何をするの」。幼いメリーが尋ねています。
「じっと見ててごらん」。ウイルおじさんが答えます。
別の花に触れんばかりに,そのすぐ上を舞いながら,チョウは,うずのように巻いた細い舌を伸ばして,花の奥深くに差し込み,みつを吸います。
「舌はかわいらしいホースみたいだね」。ジョンが叫びます。
しかし,そうとは限りません。二つに分かれているからです。飛び出た二つの目玉の間にあるその舌は,ふだんは,時計のぜんまいのように巻かれていますが,必要な時には,まっすぐに伸ばせるのです。ついでですが,みつを吸うことができるのは,ふいごによく似た一種のポンプがあるためです。
羽のはえた宝石とでも言いたい,この目のさめるようなブラジルブルーチョウをながめていると,ほかにもいろいろな種類のチョウが飛び回っては,忙しそうにみつを吸っているのに気づきます。ジョンは,その中の1匹のあとを追いかけ,やがて,それをつかまえ,羽のところを手にして帰ってきます。
「ジョン,手を見てごらん。細かい“粉”がいっぱいついているはずだよ。ほら,ここに小型顕微鏡があるから,このガラスに,指の先についている“粉”を少しのせてごらん。“粉”の粒の形が見えるかい。実際はみんな細かいうろこだね。そのうろこの形は種類によってちがうのだが,たいてい羽の上に規則正しい列をなしているんだよ」。
ウイルおじさんは続けます。「これで,チョウとガの学名がレピドプテラであるわけがわかったかな,これは,ギリシア語から出たことばで,レピス(うろこ)そしてプテロン(羽),つまり,“うろこでおおわれた羽”というわけだ」。
「なんてきれいな青なんだろう」。ジョン君が叫びます。
「それに,弱々しそうなこと」。メリーちゃんが付け加えます。
「ところがね,ふたりとも外形にだまされているんだよ」と,ウイルおじさんは説明します。「顕微鏡で見ると,はねは,ただの茶色だけど,その上の透明なうろこが光をじゃまするものだから,ほかの色に見えるのだ。それから,チョウは,けっしてみんなが考えるように弱々しくはない。肢は管のようになっていて,かたく,骨格の役もしており,そのために自分を保護することもでき,抵抗力もある。それに,頭・胸・腹部からなっている,からだの中には,心臓も胃もあるんだよ」。
驚くべき変態
「おじちゃん,チョウがどうして生まれるか話してくださらない」。メリーがお願いします。
「そうだね,まず,雄と雌のチョウが,いっしょにならなければならない。そのために,雄は一対の触角を備えている。それは数多くの小さな節からなっていて,遠くにいる雌を捜し出すことができる。時には,数キロ以上も離れていることがあるんだよ。たぶん,においでわかるのだろうね。雄は風上に触角を向けるくせがあるから。
「雄は,自分の選んだ雌に近づくと,ダンスをしているかのように飛び回って,持っている全部の色を見せびらかすそうだ。受精がすむと,雌は体内から出した分泌物でからだをおおう。そうすると,ほかの雄は近寄らない。それから卵を産む。1,000個ぐらいかな。これで雌は生がいの目的を達成したことになり,何も食べないで二,三日もすると死んでしまう。雄もすぐ死ぬ」。
「おじちゃん,それから,どうなるの」。
「卵がふ化する。そして,毛虫が出てくる。おなかのすいた毛虫がね,メリー。卵がふ化するには,普通,8日から10日かかる。毛虫は,おかあさんがいなくても,自分で食べることができる。だって,がんじょうなあごがついているし,目が八つから十もあって,それで食べ物を捜すのだからね。みずみずしい緑の葉っぱが毛虫の献立だ。観察者たちがある時,調べた結果によると,1匹の毛虫が52日間に食べた葉っぱの数は120枚,飲んだ水の量は15グラム,体重は,生まれた時から比べると,なんと8万6,000倍になったそうだ」。
ウイルおじさんはさらに話を続けます。「毛虫は敵に対して弱いから,警戒しなければならない。夜間だけ食べ物を捜すのもいるし,葉の裏面だけを食べるもの,また,ねじれた葉でできた網のようなところや,みぞのように引っ込んだところに身を隠す毛虫もいる。驚くほどじょうずに,からだの色を変える毛虫もいるんだよ。自分の周囲で起きる光の反射に神経が反応し,その結果,からだの色が変わる。たとえば,あとばねの赤いガの幼虫は,周囲が緑色になると,青味を帯びた緑色になり,暗いところに置かれると,青味を帯びた灰色にというようにね」。
「毛虫は最後にはどうなるの」。ジョンが尋ねます。
「ある日,本能に動かされるまま,どこかの隠れ場所に引っ込み,絹糸のようなものを吐き出して繭を作る。それから最終段階が来る。それがさなぎといって,つのに似た円筒形の包みのようなものだ。さなぎの期間は1週間から,数年に及ぶのもある。この円筒の中で,ほんとうの奇跡が起こる。毛虫のからだが変わって,別の生物になる。やがて,ある暖かい日,かたいからが破れて,さて,そこから何が出てくると思う」。
「わたし,知ってるわ。チョウでしょう」。メリーが突然,声を出しました。
「そのとおり。チョウかガが出てくる。卵がどちらに属するかによって決まる。だけど,考えてごらん。もう,ぬるぬるした毛虫ではなくて,思わず息をのむような,羽をもった美しいこん虫 ― しかも,とても美しい色をしているかもしれないのだよ。さて,そのチョウは羽を伸ばし,その羽に体内から何か液状のものを注入する。そして,羽がかわくと,初飛行の準備がととのったというわけだ」。
ほとんど全地に分布している
「チョウにはたくさん種類があるの」。
「そうだよ,メリー。チョウとガとを合わせると,はっきりわかっている種類だけでも8万は下らない。12万種類ぐらいではないかと信じられている。チョウの種類が一番多いのはブラジルだそうだ。アマゾン地域で,1時間に700種類のチョウを観察したという生物学者もいたよ」。
「じゃあ,チョウは世界中どこでも見られるのですか」。ジョンが質問します。
「花を咲かせる植物が育つところにはほとんどいるのだよ。だが,北極や南極のように非常に寒いところにはすまない。北極圏には少なくとも46種のチョウがいるが,アイスランドでは全然知られていない。最も美しいチョウが見られるのは熱帯地方だね。
「チョウの化石も発見されたことがある」と,ウイルおじさんは説明を続けます。「たとえば,バルト海沿岸地方のコハクの中につつまれたものなどがそうだ。しかし,そうした古代の標本を見ても,今日,飛びまわっているチョウとの間に重大な相違があるわけでもなく,何千年もの間に発達してきたという形跡もない。明らかに,類にしたがって,神によって造られたのだね。聖書によると,それは創造の5日目のことだ」。―創世 1:20-23。
不思議な放浪者
「おじさん,チョウは遠くまで飛びますか」。
「そうだよ,ジョン。もっとも,この点も一様ではないのだが。たいていの種類のチョウは数日,あるいは数週間,生きているだけで,一定の場所にとどまっている。中には数か月間も生き,たった1匹で,あるいは群れをなして何千キロもの距離を飛ぶチョウもいる。たとえば,マダラチョウを例にとってみよう。夏だと,北緯でいえば,ずっと北のハドソン湾あたりまで,たくさん飛び回っている。その次の世代のチョウがカリフォルニア州やメキシコの同じ地方に帰ってきて,そこで冬を過ごす。春になって,元気を回復すると,風に乗って北方に向けて長い旅に出る。6月までには目的地に着き,卵を産んで,そして死んで行く」。
「おじちゃん,どうして同じ場所に移ることができるのかしら」。
「その能力は神さまが授けられたのだよ,メリー。ここでも,においがたいせつな役割を果たしているのだそうだ。マダラチョウの雄はそれぞれ,あとばねに黒い点が一つあって,そこをおおっている黒色のくぼんだうろこがスイカズラに少し似た良いにおいを放つ。それはおもに交配のためなのだが,大群をなして移動する時は,そのあとに,においの跡を残すとも考えられる。
「もちろん。全部の種類のチョウが同じ方向に飛ぶとはかぎらない。アフリカのことだそうだが,別の方角を目ざして飛んでいたチョウの大群がすれ違って,いわば道を互いに横切っているところを見た人がいる。しかし,各の種類のチョウの群れは独自の道を飛びつづけ,あらしの中でも,その道からそれない。チョウの大群といっても,中には膨大なものがあり,ヨーロッパでは幅64キロにも及ぶ一群が見つかり,一定の場所を通過するのに,時速10キロで3日間かかった。その大群のチョウの数は約30億と推定された」。
「チョウの飛ぶ速さはそれが普通ですか」。
「必ずしもそうではないのだよ,ジョン。その点を調べてみると,ほんとうに驚くようなことがわかる。英国では,時間を計ったら,1時間に42キロの速さで飛ぶチョウが観察された。ヘリコプターであとを追ったら,220キロの距離を4時間42分で飛んだのもいる。しかも,このこん虫たちの必要とする燃料は,人間の造りだした飛行機と比べると,比較にならないほど微量だ。ヘリコプターは1時間の飛行中に,その重量の4ないし5%に相当する重量の燃料をくう。飛行機の場合は12%。ところがチョウは同時間に,体重の0.6%の重量の燃料しか必要としないんだよ」。
ほかの珍しい点
「おじちゃん,チョウはどれぐらいの大きさになるの」。メリーが尋ねます。
「中にはとても大きいのがいる。たとえば,ニューギニアにいるトロイデス・アレグザンドルのメスは大きさが25センチから30センチある。オーストラリアの北クイーンズランドにいるオルニソプテラ・カサンドラは約16センチ,ボルネオにいる別の種類のチョウは,羽を広げると,全長約18センチ」。
ウイルおじさんは続けます。「それに,チョウの世界にも“スカンク”のようなのがいる。敵,おもに鳥を近寄せないようにするために,いやなにおいを出す。また,チョウの羽の形は巧妙にできている場合が多く,なかなか見つからないようになっている。ふくろうの目のような模様の羽,また,古い枯れ葉のような羽を持つチョウもいるし,さらには,羽の裏に,数字の80や88に似た模様のついたのもいる」。
「それでは,ガとチョウはどのように違うんですか」。
「一般的に言えば,チョウは昼間,ガは夜間,飛ぶのだよ。しかし,例外もある。ジョンも,昼間,飛ぶガを見たことがあるだろう。チョウは休む時,少なくとも前ばねをたたんで,まっすぐに立てる。ガのほうは,前ばねを斜めに広げたまま休む。それから,ガはだいたい,チョウのようにあざやかな色をしていないね」。
「おじちゃん,もう一つ聞きたいことがあるのだけど。チョウは何かの役にたつの」。
「そうだとも,メリー。チョウは,注意して見る人の目に喜びをもたらすだけでなく,植物のためにも重要な役割を果たしているんだよ。花粉を花から花へと運んでくれるから,植物が繁殖する。それから,蚕についても前に聞いたことがあるだろ。蚕もガになるのだが,幼虫の時に純絹の繭をかけ,人間はそれを自分たちのために用いる。さあ,太陽が沈みかけた。ふたりともそろそろ帰る時間だよ」。
「おじさん,いろいろ教えていただいてありがとう。あの,レピ……なんだったっけ」。
「レピドプテラ。思い出したかな。うろこでおおわれた羽」。