動物たちがおめかしをする時
くしとヘアブラシ,パウダーとパフ,歯ブラシとつまようじ。こうした物品を見て,動物の生活を連想する人はまずあるまい。実際のところ,そんなことを考えることさえ,ある人には,ばかげた事柄と思えるかもしれない。にもかかわらず,動物の生態を観察,研究している人々は,海生および陸生動物,またこん虫の多くが,そうした化粧用品ともいうべきものを備えており,定期的にそれらを用いて,みずからを美しくしているということを知っている。
おめかしをするという考えは,動物たちの思いつきではない。それら化粧用具を彼らに備えさせ,また,意図されたとおりに,それらを用いる本能を彼らに与えたのは,動物たちの創造者であられる,全能の神である。したがって,動物たちは,そうした備えのおかげで,良い健康を保つ助けとなる,実際的な衛生管理を行なえる。
動物たちのくしとブラシ
たとえば,地面をはうアリの化粧用品を考えてみよう。それら小さなこん虫は,いわば,くし・ブラシ・石ケン・ポマードの類を備えており,何度も盛んに用いている。事実,アリは,人間が用いると同じように,目の細かなくしと,目のあらいくしの両方を持っており,それらは足の第4関節に備えられている。
R・ディクソンとB・エディはその共著,「こん虫の個性」の中で,多年,アリを研究してきたマックーク博士のことばを次のように引用している。「これ(脛節にあるくし)は,人間のくしの発明家のための見本になったかもしれないほどの正真正銘のくしである。その主要な違いは,それが,くしを動かす足に取りつけられていて,決して取りはずせないことである。そのくしには,短い柄や堅い背があり,歯が整然とついている」。歯は,「それぞれ離れていて,先端はとがっており,つけ根の方が太くなっている。また,堅さと弾性を備えており,普通のくしの歯同様,曲がっても,また,元にはね返る」。
アリのブラシには創意に富む実際的なくふうが施されている。ブラシは,管を内蔵する柔らかな毛でできており,一種の潤滑油つまりポマードにあたるものが,その管から分泌され,それによって,よごれやごみがくっつき合うので,除去しやすくなる。
アリがおめかしをするのは,たいてい,目を覚ます朝である。その時刻に観察すれば,アリたちが盛んに,くしやブラシを使っているところを見ることができる。もちろん,アリは潔癖なこん虫なので,必要と思えば,何度でもおめかしをする。興味深いことに,アリはくしやブラシをかけたり,からだを洗ったりする点で,互いに助け合い,自分の手の届かないところは,他のアリにきれいにしてもらう。なんと,彼らはマッサージさえ施すのである。
化粧用品を備えた別の動物はビーバーだ。彼は備えつけのくしと整髪用のポマード類を持っている。うしろ足は2本とも2番目の指のつめが裂けており,その指は関節の関係で,どの方向にでも自由に曲がる。それで,ビーバーは,尾の上に腰をおろし,自分のくしを使って,毛皮のコートを美しく整える。尾は脂肪の腺の分泌を助けると考えられている。
翼のある動物の中では,尾が自在に動くコウモリが最も効果的なヘアブラシを持っている。その足の外側の指には,短い剛毛の房状のものが突き出ており,それら剛毛は先端部の少し前で直角に曲がっている。それで,コウモリは足をどの方向に動かすにしても,体毛のつけ根深く,くしけずることができる。それに,コウモリは,たっぷり時間をかけて,おしゃれをする。そして,両方のヘアブラシを交互に何度も動かしてそうするが,それが終わると,背中の毛は,まん中から,きちんと二つに分けられているのである。
クルマエビには,ビンを洗う剛毛に似たものが,はさみにはえており,クルマエビはそれらのブラシを盛んに動かして,からだのあらゆる部分を,からの下部のたいへん離れた部分まできれいにする。ブラシがよごれると,口でしごいて,いとも容易に,きれいにする。
パウダーをつける
動物たちの中には,化粧品としてパウダーを用いて,おめかしをするものもある。そのパウダーは,たいてい砂や土である。しかし,なまの貝や小魚を常食にする,足の長いアオサギの私室の化粧机を,ちょっとのぞいてみよう。そうした泥だらけのえさは羽をよごすので,アオサギは食事がすむと直ちに,そのよごれを落とさねばならない。そのために二つの化粧用具を備えつけている。
その胸にパウダー・パフを持っているのである。それは,ろう質のパウダーで包まれた短くて堅い羽毛でできている。また,足の中指のつめが,のこぎりの歯状を呈している。その部分は,顕微鏡で見ると,くしそっくりである。アオサギは食事を終えると,頭と首を胸のパウダー・パフにむぞうさに押し込んで,パウダーをたっぷりつける。すると,パウダーは泥その他のよごれを吸い取る。次に,1本の足で釣合を保ち,他方の足のつめのくしを使って,パウダーを羽毛から取り去るのである。それから,口ばし,次に二つの翼を順にきれいにする。翼を広げて,足でその裏側をくしけずり,羽をきちんと整えるのである。
同じ方法で,おしゃれをする鳥には,ほかにサンカノゴイがいる。そのえさは,アオサギのそれと同類だからである。しかし,そのくしは,いっそう精巧にできており,よく整った歯が,なんと36枚も備わっている。
定期的に土をあびるキジやシャコは,いずれも,自分たちのお気に入りの場所,いわば土ぶろを持っている。キジは,しばしば土をあびるので,パウダー状の細かい土をからだじゅうがおおわれるようになる。1羽が土ぶろにはいって,羽をばたばた動かし,パウダーのような土を羽毛に入れだすと,土ぼこりが,まるで雲のように立ちのぼる。乾季の間,シャコは,路上といわず,土手の下のむき出しになった乾いた土の上であれ,毎日,自分の土ぶろを訪れる。
土をあびるのはゾウも大好きである。ゾウは,その大きな足を前後に引きずるようにして,土ぶろの用意をする。そして,十分の土を寄せ集めると,それを背中に吹きかける。ハエや暑さで苦しめられると,しばしばこうして土をあびる。母ゾウはこの点で,子どもの世話をたいへんきちょうめんにする。子ゾウがいやがっても,母ゾウは無理にでも子ゾウを水に入れて,全身を洗ってやり,水浴が終わると,次に,細かい土のパウダーをからだじゅうにつけてやる。おめかしの最後として,母ゾウは,鼻で子ゾウのからだをマッサージしてやる。
歯をきれいにする
ある動物たちはどのようにして歯をきれいにするのかを,読者はご存じであろうか。その口の中を見れば,その答えがわかる。くちびるやほほの内側にある隆起物が,天然の歯ブラシの役目をしている。中には,舌のまわりに隆起物がある,ほ乳動物もいる。口を開閉するたびに,それら天然のブラシが歯をきれいにするのである。
キツネザルは,下の前歯6本が前あごからまっすぐに突き出ている。それがくしの役目をしているのだが,毛その他のものが,それにくっついた場合,どのようにして取り除くのだろうか。舌の前方の下に,角質の小さな突起がついており,突き出た歯の上で舌を前後させて,じつに上手にそうじをする。
マングースは,鋭いつめを,つまようじ代わりに用いる。フランク・W・レインは自著,「自然界のパレード」の中で,愛がん用に飼ったマングースについて語った,ある人のことばを紹介している。「マングースは法外に潔癖で,食事がすむと,じつにおかしなかっこうで,つめを使って歯のそうじをした」。
海のオウムウオは,溶解して作った金属板を思わせる歯を持っているが,とげのあるひれを持つ,べらという小魚が,その歯のそうじの仕事を受け持っている。この小魚は,他の魚のうろこの掃除をするばかりか,ウツボ科の恐ろしいウナギの口腔衛生の管理にさえ一役買っている。その口の中にはいって,寄生虫を一掃するのである。その仕事が行なわれている間,ウナギは,自分たちの歯科医を襲うことは,まずない。
ワニの生きたつまようじの役目をしているのは,ワニドリとチドリである。ワニは岸に上がって,日光浴をしながら,口を大きく開いたままにして,口の中や歯をチドリにそうじしてもらうのである。チドリの羽には鋭い突起があって,清掃が終わるまでは口を閉じないよう,ワニに思い起こさせているのではないか,と考えられている。
フランク・レインは,年取った1頭のワニが,自分の口の中をそうじしてもらっているのを忘れて,口を閉じたため,チドリたちをかみ殺した例を報告しているが,他の鳥たちは,その年老いたワニの失策を決して忘れなかったようである。彼らは災いを避けるかのように,そのワニに近寄らなかったからである。
他の動物に助けられて,おしゃれをする
サルが仲間のからだの毛を一心にほじくっているのを,読者はごらんになったことがあるであろうか。たぶんノミを取っているのだろう,と思われたかもしれないが,実は,小さなうろこ状になった皮膚をさがしているのである。それは塩分を含んでいるため,サルが好むのである。しかし,それだけではない。そうした仕方で,おめかしの手伝いをしてもらうと,明らかにたいへん快い気分を味わえるわけだ。
牛は,自分でできないところを互いにきれいにし合って,おめかしをする。彼らは面と向かって立ち,相手の頭や首をなめる。互いに,いわば顔面マッサージをするのである。
カナダの生物学者ダン・マッコーアンは,1頭のミュールジカが,いろいろなウサギの毛のおめかしを手伝っているのを目撃したことを報告している。とある森のはずれで,若芽を食べているミュールジカのもとに,ウサギが飛びはねてゆき,その前にすわると,すぐに,ミュールジカはウサギの頭や背中そして,わきをなめはじめた。それは10分ないし12分間も続いた。シカがそうした仕方で,ウサギのおめかしを手伝っているところを目撃した人がほかにもいるということを,マックコーアンは知った。明らかに,シカは,ウサギの毛についている,塩分を含んだ物質を賞味し,一方,ウサギは,シカの舌で優しくなめてもらうのを快し,としているのである。
確かに,おめかしをするのは人間だけではない。それは,動物の生活の日常のならわしなのである。