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  • 神のお名前はむなしい仕方で用いてはならない
  • 目ざめよ! 1970
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目ざめよ! 1970
目70 11/22 28–30ページ

「あなたのみことばは真理です」

神のお名前はむなしい仕方で用いてはならない

神のお名前に関する十戒の第3条は次のとおりです。「あなたは,あなたの神エホバの名を,むなしい仕方で取り上げてはならない。エホバは,彼の名をむなしい仕方で取り上げる者を,罰されないまま放置なさらないからである」― 出エジプト 20:7,新。

神のお名前,「エホバ」は,実際には動詞形で,文字どおりには,「彼は,ならせる」という意味です。神は,そのみことば,聖書全巻を通して,ご自分の名前の重要性に注意を引いておられます。たとえば,エホバはモーセにこう言われました。「わたしは,アブラハム,イサク,ヤコブに全能の神として,よく現われたが,わたしの名,エホバに関しては,わたしはみずからを彼らに知らせなかった」。この名前は,ヘブル語聖書の中だけで,6,961回出ており,この回数は,「神」「主」「至上者」など,まことの神の他の名称の使用回数の2倍を上回っています。―出エジプト 6:3,新。

では,いったい,十戒の第3条には,どんな重要性また意義があるのですか。それは何を戒めていますか。現代のユダヤ教の学者の中には,それが戒めているのは偽証にほかならないと唱え,その戒めをこう訳出している人がいます。「あなたは,あなたの神である主の名によって偽りの誓いをしてはならない。主は,彼の名によって偽りの誓いをする者の身のあかしを立てられないからである」。そうした学者は,神のお名前の単なる誤用は,十戒の第3条で禁ずるほどの重大な罪ではないと考えるのです。

こうした論義は筋が通っていますか。いいえ,そうは言えません。その一つとして,もし,その論議が正しいとすれば,十戒の第3条は,偽証を戒めた第9条と同じ事がらを述べていることになるからです。「汝その隣人に対して虚妄の証拠をたつるなかれ」― 出エジプト 20:16。

レビ記 24章10から16節の記録を見れば,エホバ神は実際に,ご自分のお名前の乱用そのものを重視しておられたことがわかります。その記録は,「エホバの名」を不敬な仕方で用いた男のことを述べています。エホバが,ご自分のお名前が乱用されることをささいな事がらとみなさなかったのは明らかです。それは,死刑つまり極刑に値したのです。

十戒の第3条の内容についていえば,少なくとも四つの事がらが戒められているといえるでしょう。すなわち,その違反となる事がらは四つあげることができます。それら四つの事がらはみな,クリスチャンにとって重大なものです。なぜなら,この戒めの根底を成す原則はクリスチャンにもあてはまるからです。たとえば,イエス・キリストは,その模範的な祈りの中で,まず最初に,「あなたのお名前が清められますように」という願いを述べておられます。清めるとは,むなしい仕方で取り扱うことの正反対です。神がクリスチャンを召されたのは,クリスチャンが「彼の名のための民」となるためである,と使徒ペテロは書きました。―マタイ 6:9,使行 15:14,新。

まず第一に,十戒の第3条は,不敬な仕方で神の名を唱えることを戒めています。口ぎたなくののしったり,卑しいことを言ったりする際に,神の名を用いることを禁じたのです。何かのことで大声を上げる際,きまって「神」あるいは「キリスト」のことを口にする国民がいますが,そうした用い方は,やはりむなしい,もしくは不敬な仕方でエホバの名を用いることなのです。

第二に,一部のユダヤ教の学者が指摘しているとおり,神の名によって偽りの誓いを立てるのは,むなしい仕方でエホバの名を用いることです。しかし,それらの学者が主張するように,これが十戒の第3条の主要かつ根本的または唯一の違反であるとは言えません。

さらに,ふさわしくない仕方でエホバの名をになうことも,無意味な,あるいは,むなしい,もしくは不敬な態度で,それを取り上げることになります。たとえば,イスラエルは,エホバによって救い出され,その律法と法令を与えられ,エホバとの契約関係に入れられたゆえに,エホバの名の民となりました。モーセがその民に語ったとおりです。「地の民みな汝がエホバの名をもて称へらるゝをみて汝を畏れん」― 申命 28:10。

まさしく彼らは,エホバの名の民,その証人となりました。事実,イザヤ書 43章10節(新)にしるされているとおり,神みずからこう述べられたのです。「エホバはこう言われる。『あなたがたはわたしの証人であり,わたしの選んだ,わたしのしもべである』」。彼らが神の名をにないながら,その民としての責務を果たさなければ,むなしい仕方でエホバの名を用いていることになるのです。ご自分の預言者エゼキエルを通して,エホバが彼らに告げられたとおりです。「イスラエルの家よ 我汝らのためにこれをなすにあらず 汝らがその至れる国々にて汚せしわが聖き名のためになすなり」。(エゼキエル 36:22)ゆえに彼らは,エホバ神の崇拝者であると唱えながら,偶像崇拝に走って確かに神の名を汚しました。その名は,むなしい仕方で用いられ,非難がもたらされたのです。

しかし,十戒の第3条の違反となる事がらはまだ,ほかにもありました。それはなんですか。神のお名前を隠したり,無視したり,また,なおざりにしたりすることでした。今日,神のお名前はあまりにも無視されているため,ユダヤ人や自称クリスチャンで,十戒をよく知っていながら,神が他からはっきり区別できる特有の名前を持っておられること,また,それがどんな名前かを知らない人は実にたくさんいます。その名前を知っている人の大多数は,彼らの宗教指導者を通してよりも,むしろ,エホバの証人の活動を通して知るようになったのです。しかも,そのお名前は,そのかたを,ひとりのまことの神,また,天地の創造者として,他の神々すべてとわかつものであることを忘れないでください。ついでですが,非常に多くの聖書翻訳者が,その名前を無視してきたことも事実です。

エホバ神は,無意味で,むなしい,あるいは不敬な仕方で,ご自分のお名前を取り上げる者たちを罰さずに放置することはない,と警告されました。イスラエル国民は確かに,むなしい仕方で,しかも,前述の四つの事がらすべての面で,そうした仕方でエホバのお名前を取り上げました。そのために,彼らは,紀元前607年,世界帝国バビロンの手で流刑にされ,処罰されたのです。彼らは再び,エホバの名にふさわしくないことを示し,また,むなしい仕方でその名を用いたため,エホバは,ご自分の名の民として彼らを永遠に捨てたのち,西暦70年,彼らがさらにきびしい処罰を受けるままにされました。こうして,エホバの警告は立証されました。

今日でも同様で,エホバのクリスチャン証人であると唱えながら,背教したり,不道徳な行ないにふけったりして,その主張の偽りを暴露する人が,罰されずに放置されることはありません。エホバの証人という名をになうにふさわしくないとして,クリスチャン会衆から排斥,つまり破門されるからです。それらの人はみな,『神の過分の恵みを受け入れながら,その目的を逸した』のです。―コリント後 6:1,新。ユダ 8-16。

そのうえ,エホバのお名前を無視する者,あるいは,どんな仕方にせよ,不敬の念をもってそれを遇する者はすべて,きたるべき「大かん難」で滅びるでしょう。その名を受け入れ,かつ,深い畏敬の念をいだいて,その名を取り扱う人びとだけが救われるでしょう。確かに,「エホバの名は堅固な塔である。正義の人はそれに駆け込んで,保護を与えられる」のです。―箴言 18:10,新。

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