草原から石炭を掘る
カナダの「目ざめよ!」通信員
車は主要な国道をそれて,草原の前方に見える灰色の“山々”に向かった。ほとんどどこを向いても,荒涼とした“連山”が平坦な草原にそびえているかの様相を呈していた。一行はそれら“山々”の中ではなく,そのそばにある特異な採炭場見学に向かっていた。
車は,すぐ前に見える巨大な発電所の,奥行き14.4キロの貯水池の水をせき止めている,ロックフィルダムを横切った。「国境ダム発電所 ― サスカチェワン電力会社」という標識を見て,一行は,カナダとアメリカの国境線の北,わずか11.2キロの地点にいることを思い起こした。車は,積み上げられた膨大な量の石炭の山と発電所との間を走り,やがて方向を転じて,“連山”の端に沿って進んだ。それら連山は岩石でできた山々ではなく,泥土を積み上げた丘の並んだものであった。その丘の一つを回ったところ,道路は狭くなって,深い堀割りに通じていた。
ふたりの子どもたちは,興奮のあまり,先を争うようにして車の外に飛び出したが,一行から離れないようにとの注意を受けた。休日とはいえ,付き添いなしに採炭場を歩き回るのは,やはり危険だからである。しかし,われわれの案内者は,この特異な採炭場で一行が安全に見学できるよう十分に取りはからいうる人であった。読者もわれわれ一行に加わってはどうであろうか。
採炭場を切り開く機械類
一行はまず,暗いたて坑ではなく,大きく口を開いた深さおよそ15メートルもの採掘坑を一目のぞいて驚いた。草原をこのように掘って,石炭を採掘する露天掘りが初めて行なわれたのは,およそ100年前のことである。
しかし,採掘坑の大きく開いた坑口もさることながら,そのそばにそびえ立つ掘削機に思わず目を見はる。それは,通称,“クライマックス号”として親しまれている巨大な可動性掘削機であり,カナダにある同機種の掘削機の中では最大のものだ。こうした掘削機類は露天掘りを成功させる主因だとのことである。ここで,その日の作業を指揮する現場監督が一行に加わり,親切にも十分の時間をかけて,思いがけない見どころを楽しませてくれた。
現場監督の説明によれば,問題の“クライマックス号”は,「十階建てのビルの高さに匹敵し,重量は1,700トンある」とのことだが,それは一行の車のなんと一千倍もの重さに当たるのである。
現場監督はこう続けた。「この掘削機は27.5メートルの深さまで掘削でき,1回に26.8立方メートルの土を掘り上げることができます。しかし今日は,この掘削機を運転していませんから,よろしければ,内部を見学できますが,いかがですか」。
願ってもないことであった。一行がその掘削機の巨大な車台部に登ったところ,現場監督は,あたかも大きなビルにでもはいるかのように錠をあけて,入口の戸を開いた。内部に踏み込んだ一行は,巨大な歯車やモーター,それに,実に太いケーブル類を目のあたりにして驚嘆した。
現場監督はこう説明してくれた。「モーターや歯車などの機械装置はいっさい,この主要なかこいの中にはいっています。この装置で,ブーム(張出し棒)や,先端のバケットを動かすケーブルを操作します。ブームを下げると,1本のケーブルを伸ばして,バケットを落下させ,次に,別のケーブルでバケットを地面に沿って引っぱったり,引きずったりして,それに土砂を満たします。ブームを上げると,掘削機全体が車台部を中心にして回転し,採掘坑口のそばの土砂捨て場の上でバケットを傾けて土砂を捨てるのです」。
今度は,別の金属性のはしごを登って,狭い操縦室にはいる。操縦室はこの機械の上部前方の一角に位置しており,視界のきく,その有利な場所で,ひとりの操縦者が三つのレバーと二つのペダルを操作しながら,採掘作業すべてを進行させるのである。
現場監督はほほえみながら話した。「これは,車の運転同様に簡単ですよ。操縦者は,備え付けの無線電話で,いつでも採炭場事務所と連絡できるようになっています」。
眼下に広がる草原の眺めは,まさに胸を打つものがあり,幼い女の子さえ,石炭のほこりや機械油で美しい洋服が汚れそうになるのも意に介さず,草原の光景に見入ったほどである。また,幼い男の子は,クッションのきいた操縦席に腰かけて,がん丈なレバーを小さな手で握っては,喜々として子どもらしい想像力をかきたてていた。
一行は入口に向かって降りる道々,こんな巨大な機械がどのようにして草原を移動してゆくのだろうかと考えずにはおれなかった。
現場監督はこう説明してくれた。「移動する場合は,橋台をおろして,機械部をその上に乗せ,かえる飛びをするかっこうで,後ろ向きに進むので,“歩くドラグライン”とも呼ばれています。しかし,移動する際の操作には細心の注意を払わねばなりません。なにしろ,全長72メートル余のブームと重量20トンのバケットの平衡を十分に保って運転しないと,機械全体がひっくり返ってしまいますからね」。
この“クライマックス号”は最近,原野を横断する長途の旅を経たのだが,その光景はたいへんな見ものだったに違いない。
「そうです,この大型ドラグラインは,13キロほど離れた別の採炭場から,この現場まで,毎分約1.8メートルの速度で移動してきました。この機械は電気で作動するものですから,移動する全行程にわたり,ケーブルを敷設し,“ドッグハウス”と呼ばれる小屋を設けねばなりませんでした。それらドッグハウスには変圧器がはいっており,それらの変圧器を用いて,送電線の7万2,000ボルトの電圧を,“クライマックス号”に合う4,160ボルトの電圧に下げました」。
移動の途中,“クライマックス号”は,鉄道線路を1回,国道を2回,川や小川をそれぞれ1回横断したが,最大の難関は,ダムの下の渓谷を横切ることであった。
「その渓谷の通過箇所の直下距離は27.5メートルあったので,10分の1こう配の特別な道路を渓谷の両岸の傾斜面に作らねばなりませんでした」と現場監督は説明してくれた。にもかかわらず,“クライマックス号”は移動開始後16日を経て,無事,現在の採炭場に到着したのである。
読者は,この掘削機は世界最大の機種と考えるかもしれないが,そうではない。実際,アメリカ,オハイオ州南部で用いられている同種の掘削機に比べれば,ひとまわり小さく見えるであろう。オハイオ州のものは,一度に168立方メートルの土砂をすくえるのである。
何百万ドルもするドラグラインを何台も使用しなければならないとすれば,いったい露天掘りはどうして採算がとれるのであろうか。こうした機械類を使用すると,採炭に要する相当の負担を容易に軽減できるので,露天掘りは実際的な仕事となるのである。露天掘りは,たいてい昼夜兼行で行なわれており,たとえば,その方法を取っているこの採炭場では,カナダの他の場所のたて坑式炭坑の経費のおよそ6分の1の費用で出炭している。
採炭場を歩く
さて,読者もわれわれ一行に加わっておられるのだから,いっしょに行ってみよう。思いもかけない見学ができるであろう。車に戻った一行は,荒れ果てた土地の観を呈する,泥土の積み上げられた,荒涼とした丘に沿って進む。けわしく傾斜した道を下って,黒々とした地面で車を止める。一行の車はなんと,採炭場のただ中に停車したのである。
同行の案内者は説明してくれた。「私たちの足もとのこの石炭層は3.2キロ先まで続いていると考えられています。この石炭は褐炭の一種で,以前は品質の劣る石炭とされていましたが,燃焼方法が改善された今日では,火力発電用の優秀な燃料となっています」。
「これはまるで深い峡谷のようですね」。
「現在位置から地上までの壁面の高さは18メートルほどあります」。
「炭層の深さはどのくらいありますか」。
「炭層は平均およそ1.8メートルの深さがあり,海の波のように上下しながら続いています。炭層はところどころで,“とぎれ”ており,その地点では石炭は突然姿を消しますが,数メートル先を掘ってゆくと,また炭層に達します」。
露天掘りを開始するには,少なくとも2年前に炭層の図面を作製し,採掘計画を立て,重い機械装備の移動や運搬を最小限にすることができる。
案内者はさらに説明してくれた。「石炭がみつかると,ブルドーザーで炭層の表土を深さ数センチほど除去し,必要なら,特別の掃除機で石炭をきれいにします。次に無限軌道式のパワーショベルを導入して,石炭をすくい取り,トラックに積み込みます。中には80トンも積めるトラックがあります」。
こうして採炭場を見,掘り出されたままの石炭の固まりを調べてみると,いったいどのようにしてこれほど膨大な炭層が形成されたのだろうかと考えざるをえない。一行の案内者は,この分野の専門家であり,同時に,地球の造物主であられるエホバ神の創造の働きを正しく評価する,円熟したクリスチャン奉仕者のひとりでもある。
彼はこう説明した。「褐炭の炭層の中にしばしば木の一部分が見られることからもわかりますが,石炭は,明らかに,腐朽した植物からできたものなのです」。
ここで,そうした有機体から石炭が形成されるに要する時間の問題が取り上げられた。というのは,石炭の形成に何百万年も要するという,一般に受け入れられている学説は,聖書の正確な年代表と相反するものだからである。案内者は,ノアの日の全地をおおった大洪水前は,地球全体の気候が湿度の高い温室内の状態に似ていたことを思い起こさせてくれた。創造の第3“日”に植物が創造されたのち,そうした気候状態が何千年も続いたのである。それは,巨大な樹木や重々しい植物が繁茂し,同時に,枯死した樹木その他の植物が腐朽するのに絶好の条件であった。
植物体が石炭に変化する際の化学的かつ物理的過程が,強大な圧力と,そうした圧内から生ずる熱とによるものであることは,注目に値する。時間が最も重要な要素ではないのである。大洪水の水が地球をおおった1年の間,腐朽したそれら植物体は相当の圧力を受けたに違いない。そうした異常な状態が,石炭の形成をいっそうじん速に進行させる主要な役割を果たした,ということは十分に考えられるであろう。
そうした気候状態がかつて存在していたことだけでなく,一般に考えられているよりもはるかに短時間で石炭を形成させうることを確証する研究が幾つか行なわれている。1963年,ニューヨーク・タイムズ紙は,オーストラリアの科学者の一チームが,ビクトリア州産の褐炭と化学的組成の点で見分けのつかないような石炭を,わずか6週間で作り出せることを報じた。
貴重な資源
一行が発電所に戻ったところ,案内者は,うず高く積み上げられた石炭の山を指さした。
「石炭運搬車はあの急こう配を登って,計量器のところに行き,計量器は運搬車の運ぶ石炭の量を測ります。次に,石炭は貯炭ホッパーに入れられ,粉砕機にかけられて石炭の固まりが小さくされて,たくわえられます,そののち,石炭は,私たちの頭上に渡されているかこいの中のベルト・コンベヤーで,発電所の建物の上方の燃料庫に運ばれます。そこから,今度は,大型の球形の粉砕機に送り込まれて,粉おしろいほどに粉砕されます」。
こうして粉状にされた石炭が圧さく空気とともに,ボイラーの燃焼炉に吹き入れられ,そこでガスのように爆発同然の仕方で燃焼し,ボイラーからのスチームがタービンを回し,次に,発電機が回転するわけだ。この発電所は,完成のあかつきには,43万2,000キロワットの電力を生産することになろう。
しかし,草原の地下から採掘される石炭は,発電所のしゃく熱の燃焼炉に供されて,すべてが終わるわけではない。その“飛散灰”は他の用途に供されるのである。それは,褐炭を燃焼したのちに副産物として生ずる,きめのこまかな灰で,コンクリートを作る際の有用な添加物となる。発電所に隣接する円塔状の巨大な貯蔵所は4,250トンの飛散灰を貯蔵でき,飛散灰はそこで大型のタンク式トラックに積み込まれて,建築資材製造所に運ばれることになっている。
幾千トンもの飛散灰が生ずることからすれば,燃焼される石炭の量は膨大なものである。実際のところ,この発電所の増築施設が完成すれば,ここの年間石炭消費量は200万トンを越えるものと見られている。こうした需要からすれば,サスカチェワン州は出炭量の点でカナダ第2の州となるであろう。
エステバン周辺のこの地域の石炭の埋蔵量は,推定4億5,000万トンとされているので,高水準の出炭がかなりの期間続くものと期待されている。しかも,この地域は,約2万6,000平方キロメートルの面積,つまり,およそベルギーほどの広さを擁するサスカチェワン州の炭田のほんの一部にすぎないのである。
石炭の需要は増大している。化学産業は,香水・医薬品・プラスチック・肥料を含め,各種製品を石炭から作り出すことを必要としている。さらに,石炭は,カナダの草原から採掘される褐炭の主要な用途の場合と同様,熱や動力の安価な供給源として顕著な地位を保っている。しかも,近い将来に石炭資源が枯渇するおそれはまずない。一部の権威者によると,今日知られている石炭の埋蔵量からすれば,現在の割合で使用しても,今後5,000年間はまに合うとされているからである。石炭が重要かつ貴重な天然資源であることには,いささかも変わりがない。
地球の資源を正しく評価する
発電所を去るにつれて,例の“山々”が遠くなってゆくとともに,草原の地下に秘められている資源を思い起こさせる,泥土の積み上げられた荒涼とした丘のことを考えさせられた。現在の事物の体制下では,地上の鉱物資源はおもに商業上の利潤を得るために採掘されており,したがって,捨てられた泥土の山を平らにして,肥沃な土でおおうことは法律で要求されていないため,普通,そうした余分の費用のかかることは行なわれていない。
人間の住む,この美しい地球に備えられている天然の富があまり正しく評価されていないのは,なんと悲しむべきことであろう。しかし,まもなくエホバの正義の新秩序によって,この地球の美しさが保持されることになるのを思えば,感謝せざるをえない。そのとき,地球上の資源は正しく用いられるので,いっそうの荒廃がもたらされるかわりに,楽園が広がり,砂漠にさえバラのごとくに花咲くことであろう。―イザヤ 35:1。