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目ざめよ! 1971
目71 11/8 4–5ページ

道徳にかんする僧職者の態度にフランス人はショックを受ける

シリーズの最初のテレビ放送において,フランス国営テレビが番組の一部を『成人向け』にした理由が明らかにされました。それは成人のカトリック教徒さえショックを受けるほどのものでした。とくにひどかったのは道徳にかんする部分で,カメラがオランダへ向けられたときにはっきりしてきました。

最初の場面は,植物や花また養魚ばちや大きな鳥かごなどで装飾されたオランダのカトリック教会でした。カトリック教会にしてはちょっと変わった装飾が施されている理由が礼儀正しく尋ねられました。この質問に対して土地の司祭は次のように答えました。ミサは,「ソレスメ[グレゴリー聖歌のエクスパートである,フランス・ベネディクト会修道士の本部]ではなく,ウッドストック[アメリカにある,ヒッピーが大『ポップ』フェスティバルを催す場所]のようなフェスティバルです。」

しかしこれはまだ序の口でした。もっと大きな驚きが,フランス,ベルギー,そしてスイスのフランス語を話すテレビ聴視者を待っていました。二,三の場面のあと,テレビ解説者は罪の秘密告解に問題を移し,オランダにおける実状をかいつまんで説明しました。「人々はもうほとんど告白をしなくなりました。それはおもに,性の解放の波がオランダ全土を洗ったため,人々はもはや何が性的な罪なのかわからなくなってしまったからです」。

ある教区司祭はこの道徳の低下に対して,カトリック教会にも一部責任があることを認めました。彼は,カトリック教会がカトリックの精神病学者や心理学者に不道徳への防壁を低めるのを許したことを指摘しました。

最大のショック

ついで,聴視者は最大のショックを味わさせられました。カトリック教会が性の不道徳のみならず性倒錯まで黙許している証拠を見聞きさせられたのです。

聴視者たちは,アムステルダムにカトリック教徒の同性愛者だけでできている「教区」があることを知らされました。彼らに奉仕する司祭は,「同性愛者は,他の人々と同じようにクリスチャンでありえますか」という質問を受け,「はい,私はそう確信しています。ここオランダで,10年間同性愛者のあいだで働いてきたわたしたちのグループのメンバーもみなそう考えています」と答えました。

この司祭はオランダのカトリック教会で少なくとも二つの同性愛者同志の「結婚式」があげられたことを明らかにしました。そのような式の正当性について質問されたとき,彼は「二人の同性愛者がそれを望むなら,司祭は彼らを祝福できると私は考える」とつけ加えました。

これを見ていたフランス語を話すカトリック教徒たちは,自分の目と耳を疑いました。しかし,それよりもさらにひどい場面が展開されたのです。カトリックのある司祭が彼自身同性愛行為を行なっていることをおくめんもなく認める光景を見せつけられました。インタビューはつぎのように行なわれました。

解説者「同性愛はもはや罪とは考えられていませんので,学生教区の司祭でいらっしゃる ― 神父は,率直にお話しくださるということです。―神父,あなたは司祭でいらっしゃる。また,同性愛組織のC・O・Cにもはいっていらっしゃるのですね」

司祭「はい」

解説者「あなたは同性愛者ですか」

司祭「そうです」

解説者「あなたが同性愛者であることが世間に知られてからどのくらいになりますか」

司祭「そんなに長くありません。6か月です」

解説者「このことであなたの司教から何か反応がありましたか。司祭が同性愛者で,同性愛組織の活発なメンバーであることを公に知られるようになったのは,これがはじめてのことと思いますが」

司祭「いいえ,司教はまだなんの反応も示していません」

解説者「あなたはご自分が,ほかの人々の目から見て,他の司祭同様よい司祭であるとお考えですか」

司祭「もちろんです。どうしてそう考えてはいけませんか」

司教と枢機卿の意見

このおどろくべき対話のあと,テレビの報道員は,ひとりのオランダ人司教に,もしあなたの管区のある司祭が同性愛者であることをおおっぴらに認めたとしたら,あなたはどうしますかという質問をしました。

番組を見ていた多くのカトリック教徒は,この高位聖職者が少しもちゅうちょせずに,『すぐに停職処分にする』と答えることを期待していたにちがいありません。ところがその期待ははずれて,彼らはこの司教が『遠回しに』次のように言うのを見また聞いたのです。「これはたいへん答えにくい質問です。もしそういう事態が生じたなら,私はその司祭に会って,彼の立場が信仰深い人々にショックを与えているかどうかを見なければならないと思います」。このような状態に彼自身ショックを受けたかという問いに対して,彼はどもりながら「それは……その……その,まったく初めてのことで」と答えました。

この事件と直接関係のある司教は,同性愛者を公然と自称するその司祭に対して何の措置も取りませんでした。インタビューを受けたこの2番目の司教は,その事態にショックを受けてもいなければ,また,ショックを受けていないという勇気もありませんでした。誠実なカトリック教徒にとってこれはなんという模範でしょう。

残されたひとつの希望は,カトリック教会の教階制度が聖書の正しい原則を公にし,僧職者の成員が行なっている,また黙許している不道徳を非難することでした。その希望は,この番組の最初からずっとスタジオにすわっていたフランスの枢機卿ダニエルーに向けられました。テレビ解説者は同枢機卿に次のような質問をしました。「神父さん,あなたはオランダでこうしたことが起こっているのをごらんになって,どうお感じになりましたか」。

それはキリスト教の原則を擁護する絶好の機会でした! それだけに,この高位僧職者が問題を哲学的に扱い,キリスト教の原則を曲げるのを聞いたときの誠実なカトリック教徒の失望は大きいものでした。枢機卿は答えました。「同性愛の問題はだれが見ても劇的な性質をもつものですから,教会は慎重に研究しなければならないと思います。しかし,同性愛者が教会に属し,信仰をもつ完全な権利を有することはきわめて明らかです」。

同性愛が『正常』でないことをのちほど認めたとはいえ,このフランス人の枢機卿は,カトリックの聖書がこれを「汚れたこと」,「倒錯」,「非道な行ない」,「堕落」とよんでいるのを忘れたらしく,同性愛を一度も非難しませんでした。―ロマ 1:26-32。ドーゥェイ聖書。エルサレム聖書。

この番組のあと,リヨンに住むひとりのけいけんなカトリック教徒の若い婦人は,ダニエルー枢機卿あてに次のような公開状を送りました。「性,とくに同性愛にかんして,私たちが昨日テレビで聞いたような卑劣な考えが公表されるのをごらんになったら,神父さま,あなたはいすから飛び上がって,それを否認し嫌悪しておられることを,大声ではっきりとさけぶべきではなかったでしょうか。……私は恥ずかしくて泣けそうでした」。この公開状はル・プログレ・ド・リヨン紙に載せられました。

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