自分の考えをはっきり言い表わせますか
「あの人のように,自分の考えを言い表わせたらどんなによいだろう」。このように言ったことがありますか。もしそうでしたら,それはあなただけのことではありません。自分の考えをはっきり言い表わすのは容易なことではないと感じている人は今日少なくないからです。
ところが今や,物事をはっきり述べることは,かつてないほど必要とされています。実業家や従業員は特定の商品あるいはサービスの利点を顧客に納得させなければなりません。公開講演を行なう人は,啓発的で興味深い資料に聴衆の注意を引きつけなければなりません。親子は互いに自分の気持ちを通わせる必要があります。
自分の考えをはっきり言い表わせずに困っている人がたいへん多いのはどうしてでしょうか。どうすればこの問題を克服できますか。
明快な話し方の妨げとなるもの
時には感情が明快な話し方を妨げる場合があります。例えば,遊んでいてひどいけがをして泣き叫びながら家に飛び込んでくる子どもは,落ち着くまでは何が起きたのかはっきり話すことができません。何か新しい情報を知って興奮している人は「一気に話をしよう」として,結果としてはあいまいな話をします。実際に聴衆を前にして話をすると,時には緊張のあまりぼう然となる場合もあります。ですから,明快な話をするには感情を制することが関係しています。しかし,それがすべてではありません。
種々の考えが,明快な話し方を妨げる場合もあります。というのは,人の話す事がらは,考えている事がらを言い表わしたものにすぎないからです。考えが頭の中ではっきりしていなければ,話す事がらもはっきりしてはいません。一方,秩序だった,はっきりした考えがあれば,表現は明確なものになります。このことは一つの挑戦ともなります。それはどうしてでしょうか。
なぜなら,論議すべきある論題について考えると,おびただしい詳細な事がらが一度に頭に浮かんでくるからです。関係している人物,起きた事がら,時,場所など,あらゆる事がらがいっしょになってしまう場合があります。注意しないと,ただ思いつくまま話すことになり,結局わき道にそれたり後戻りしたりして,つじつまの合わない話し方をし,だらだらと長話をする恐れがあります。また,考えが混乱していると,「えー」とか,「あのー」とか,「えーと」というような耳ざわりで不必要なことばが出るようになります。会話を録音して聞き,自分の話し方で一番印象に残ったのは「えーと」ということばの連発だったのでがっかりさせられた人は少なくありません。読者にもそのような経験がありましたか。
考えを整理する
どうすれば明確な表現を生む整然とした考え方を展開できるでしょうか。単に思いつきの断片的な情報を述べるだけでは,聞き手を益することにはなりません。この点を忘れないでください。物事を明確に表現するには,前もって注意深く考えなければなりません。聖書は箴言 15章28節で,『義者の心は答うべきことを考う』と指摘しています。ウィリアム・G・ホフマン教授は,自著「上手な話の仕方」の中で,人前での話し方についてこう書いています。「上手な話し手は,家でも事務所でも歩道でも,つまり演壇以外のどこででも夢中になって本格的な思索を行なう。熟考し,再考し,計画することによって初めて良い話ができることを知っているのである」。
事前に考えるとはいっても,一度にあらゆる方向に考えを向けるのではなく,むしろある一定の型に従って考えるべきです。ホフマン教授はこう続けています。「良い話とは多くの点を漠然と取り上げたものではなく,深く掘り下げた話である。それは,『例えば?』というような疑問に答えようとする話であって,ある点を取り上げたかと思うとすぐその点から話を移して次の点を取り上げるようなことはしない」。
では,どうすればそのような具体的な情報を集めることができますか。講演者あるいは作家として成功している人の中には,英国の作家ラジャード・キップリングが述べた次のような六つの項目のもとに事実を分類するよう勧める人が少なくありません。
「私には六人の誠実なしもべがいる。
(私の知っていることはすべて,彼らが私に教えてくれたのである)
なに,なぜ,いつ,
どのように,どこ,だれ ― これが彼らの名前である」。
これら六つの疑問を考慮すれば事実を把握することができます。これらの点を事前に(できるだけ)別個に詳しく取り扱っておけば,話し方は秩序立った明快なものになります。もちろん,たいていの人は一度にある事がらの一つの面を考え抜くということに慣れてはいません。しかし,そのような能力を培うことができます。そうすれば,やがてひとりでに物事を明確に考えて,はっきりと表現できるようになります。しかし,これだけでは,自分の言うことを聞き手に必ず理解してもらえるとは言えません。どうしてでしょうか。
あなたの聴衆に話してください
また明快な話をするには,自分が話しかけようとしている聴衆のタイプを知っておくことも必要です。一つの論題にしても,人はそれぞれ関心を持つ点が異なっていますから,それに応じて論題の展開の仕方を考慮する必要があります。ある出来事について述べるのであれば,“何”が起きたかを知るだけで満足する人もいます。しかし,何らかの行動を取るよう説得したい場合には,恐らく“なぜ”かという点を強調しなければならないでしょう。他の人々はその出来事の起きた場所や時間その他の事情について知りたいと思っているかもしれません。
このことに関連して,自分が話そうとしている論題に関し聴衆がすでにどの程度の知識を持っているかを知ることも必要です。この点を例えで考えてみましょう。ある場所へ行く道順を人に尋ねられたとします。その場合,まず最初に,「本町通りをご存じですか」などと聞いてみるでしょう。相手がそれを知っていれば,そこからの道順を説明します。しかし知らないなら,そこに行くまでの道順をも教えなければならないでしょう。同様に,自分の考えをはっきり述べようと努力するさいには,次のように自問するのはよいことです。聞き手はこの問題についてすでにどの程度知っているだろうか。これらの点をはっきり伝えるには,どんな基礎を据える必要があるだろうか。
論点を納得させる
だれかに話をさえぎられ,「要点を述べていただけませんか」と言われたことがありますか。これは明確な表現のもう一つの重要な面に触れています。つまり,話をするさいには,相手に何を伝えたいのかを正確に知っておくことです。講演あるいは他の形で行なう人前での話を準備するさいには,要点を一つの文にして書き出しておくと役立つことを知った人々もいます。その場合,話の資料を幾つかに分け,おのおのの最初のところに各部分の要点をまとめた一文を書いておきます。こうしておくと,話し手は相手に特に伝えたいと考えている点は何かを思い起こせます。
聞き手に要点を理解してもらいたいのであれば,もう一つの重要な要素となるのは,話をする順序です。どの点を最初に取り上げ,どの点を最後に話しますか。要点をどんな順序で配列すべきでしょうか。これもやはり,どんな聴衆に話すか,またどんな効果を得たいと考えているかという点にかかっています。自動車事故について警察官に説明する場合には,事故が起きた順序(日付順)に従って詳細を述べるでしょう。しかし,危険な交差点を避けるよう子供をさとす場合には,たぶん同じ詳細を述べるにしても,全く別の順序(論理的な順序)で話すことでしょう。
また,話す速度よりも聞き手の考える速度のほうがずっと速いという点を知っておくのも重要なことです。頭はとかくよそごとを考えるものなので,注意していないと聞き手は話の要点を聞き損う恐れがあります。では,どうすればよいでしょうか。
反復という方法を用いてください。資料を追って話を進めるにつれ,すでに論じた要点を繰り返して述べ,主題と関連づけてください。中には,話の結論の部分ですべての要点を簡単に要約することが効果的であると考えている人もいます。反復には,主要な考えを強調し,また最後まで話に耳を傾けさせる二重の働きがあります。
論点を納得させる上でさらに助けとなるのは,例えです。例えを用いると,話す事がらを意味深い絵の形で聞き手の脳裏に印象づけられます。適切な例えは,知性に訴える点と感情面で効果をあげるものを備えています。ですから,例えは思考を鼓舞して,新たな考えをもっと容易に理解させるものとなります。しかし,慎重に選ばないと,益をもたらすのと同じほどに反対に害をもたらす恐れがあります。ですから,必ず簡潔な例えを選び,例えを用いる理由を聴衆が理解できるようにしてください。話の要点を支持し,要点を理解しやすくするような例えを選んでください。また,あまり多くの例えを用いないようにしましょう。
さて,結論について考えてみましょう。結論は論点を納得させる上で最も重要な部分と言えます。多くの場合,最初に思い出されるのは,最後に聞いた事がらです。結論にはそれまでに話した事がらの要約を含めるとは言え,それだけに限るのは賢明なことではありません。結論では,何をすべきかを聴衆に示すべきです。「聞き手の好む,人前での話」と題する本は一部次のように述べています。「話の終わりは鉛筆の先端のように,鋭く要点を突くものでなければならない。……『それでは何をすべきか』という聴衆の疑問に答えるものでなければならない。……話の結論では,ある特定の行動を取るよう聴衆を促すことである」。
明快な話の仕方は習得できる
なかには,明快な話をするのは比較的容易であることに気づく人もいますが,それはとらえがたい目標のように感じている人もいます。しかし,自分の考えをはっきり言い表わしたいとほんとうに願い,そのために喜んで一生懸命努力する人は,必ず進歩します。必要な努力を喜んで払いますか。次に簡単な練習方法を記します。
まず,何か価値のある主題を考えてください。次いで,1枚の紙に線を引いて六つの欄を作り,各欄の初めに,事実を知るかぎとなる前述のことば(だれ,なに,なぜ,いつ,どこ,どのように)を記入します。一度に一つの点を取り上げ,その点に関する事がらを書きとめていきます。実際的と思われるだけの行数を取って詳細を記入してゆき,別の欄についても同じことを行ないます。そうすれば,諸事実が秩序正しく整理されていくことになります。
次に,それらの情報をどのように用いるかを決めます。この点で助けになるのは,聞き手に銘記させたい主要な考えを(できれば一つの文にまとめて)別の紙に書きとめることです。それから,対象となる聴衆のタイプ,また聴衆に取らせたいと思っている行動についても簡単に書きとめておきます。例えや実例を記す余白も取っておきます。
こうした事がらを紙に書いておくと,自分の話したいと思う事がらの筋書を作るのに役立ちます。少しの間この方法を練習すると,こうした過程の大半を頭の中だけで行なえるようになります。そうなると,物事を明確に考え,考えをはっきり表現する方法は身についてゆきます。
明快な話し方は確かに身につけられます。しかしそれには,時間と忍耐と勤勉な努力が要ります。では,必要な努力を喜んで払いますか。そうする人は,それだけの努力を払ったことを喜ぶことになりますし,聞き手も喜ぶことになります。