“ワライ”ハイエナとその仲間
夜空には銀色の月が懸かっています。いなかでは,柔らかな月光に照らされた樹木や岩などがみな静まり返っているように見えます。しかし突然,不気味な音が聞こえてきます。それは気の狂った人間のヒステリックな笑い声のようです。確かに神経をいら立たせる音です。
しかし,男であれ女であれ人間がこんな荒れ地にいる訳がありません。知っている人が気違いになったのでもありません。その“ヒステリックな笑い声”は,別の所から聞こえてきたのです。好むと好まざるとにかかわらず,ハイエナが“笑う”際の,人をろうばいさせる不気味なほえ声が聞こえてきたのです。
あるいは,この奇妙な動物に“出会う”のは,これが初めてかもしれません。ある種のハイエナはどのように,またなぜ“笑う”のだろう,と不思議に思っておられるでしょう。ハイエナにまつわる様々な話を聞かれたことがあるかもしれません。しかし,どこまでが神話で,どこまでが事実なのでしょうか。例えば,あるハイエナは自由に性転換ができると言われています。それは本当ですか。この動物は死肉しか食べないと多くの人は言いますが,捕食動物だと言う人もいます。どちらが正しいのでしょうか。ハイエナは人を襲い,また殺すとも言われていますが,それは事実ですか。実際,ハイエナとはどんな動物なのでしょうか。
まず外観の描写について
ハイエナは大きな犬のように見えますが,犬の親類ではありません。科学的に分類すると,それはハイエナ科に属し,マダラハイエナあるいはワライハイエナ(アフリカのサハラ砂漠南部に生息する),シマハイエナ(北アフリカから小アジア,インドに生息する),チャイロハイエナ(南アフリカ産)の三種があります。
マダラハイエナあるいはワライハイエナの毛は黄色っぽい灰色で,黒あるいは茶色のぶちがあります。灰色がかった毛に黒あるいは茶色のしま模様のあるのはシマハイエナです。そしてチャイロハイエナは濃い茶色で,足のつま先に近い部分や首の毛は灰色がかっています。シマハイエナとチャイロハイエナには,長いたてがみがあります。
種類によって様々な違いはありますが,一般にハイエナには,かなり大きな耳とがっしりした頭があります。また前足は長く,後ろ足は短いので,肩は後半身より高くなっており背中は傾斜しています。各々の足には指が四本あり,そのつめは引っ込みません。この動物の歩き方はラクダに似ており,片側の前足と後ろ足を同時に前に出します。マダラハイエナあるいはワライハイエナの雄は,肩までの高さが1㍍あり,体長は1.5㍍で,さらに33㌢ほどの尾が付いています。そして体重は82㌔もあります。興味深いことに,ベルリン動物園のマダラハイエナは40年も生きています。しかも想像できるでしょうか。飼い慣らされたハイエナは,かわいがられることを喜ぶのです。
でも,ハイエナの強い歯とあごを甘く見てはなりません。「これらの見かけのよくないがんじょうな動物は,動物界でも特に骨を砕くのが得意」と言われています。「その歯は大きく,あごの強さは,シマウマや水牛など大きな動物の大たい骨を粉々にかみ砕くほどである」。(「動物界」)マダラハイエナのあごは,「体の大きさに比べ,恐らく現存のほ乳動物の中で最も強力であろう」と,「国際野生動物百科辞典」は述べています。この動物はライオンにも砕けないような骨をかみ砕くことができ,その骨随を食べます。マダラハイエナより小型のチャイロハイエナとシマハイエナは,そのように骨を砕くことはできません。
捕食するか,死肉を食べるだけか
それで,マダラハイエナあるいはワライハイエナが強い動物であることは明らかです。昼間は,大抵草木の茂るねぐらか,暗いほら穴の中か地上の何かの穴の中で眠って時間を過ごします。そうしたねぐらからは,この夜行性動物の分捕品が見付かることがあり,動物の骨のようなものや,墓地からこっそり取って来た人間の頭がい骨のかけらまで出てきます。
ハイエナは非常に鋭いきゅう覚を備えているので,大分遠方からでも動物の死体をかぎ付けます。恐らく,それはライオンや野犬に殺された動物の死体でしょう。一匹のハイエナ,あるいはハイエナの一群は,そのにおいに引かれて死体を捜し出します。(80匹ないし100匹から成るマダラハイエナの群れは,明確に定まったなわ張りに住み,ほら穴や通路が入り組む地下の巣で,共同生活をしています。)死体のにおいをかぎ付けたり,ハゲタカがその上空を旋回したりすると,ハイエナは動物の死体をむさぼり食う体制を整えます。
しかし,ハイエナは単に死肉を食べるだけだと考えないでください。タンザニアのヌゴロンゴロ噴火口で働く,オランダの科学者ハンス・クルック夫妻は,マダラハイエナが他の動物をえじきにすることを証明しています。クルックはこう書いています。「大抵の人々同様,わたしとジェーンも,ハイエナはより勇敢な動物の仕留めた獲物に依存し,その死肉を食べるものと考えていた。しかしハイエナの群れが活動している様子を見て以来,彼らもまた有能な捕食動物で,主にウシカモシカやシマウマを常食とすることを知った。その上ハイエナの狩猟技術は,彼ら自身のみならずライオンにも役立ち,わたしたちはそうした場面を幾度も見た。ヌゴロンゴロのライオンは他の場所のライオンと違い,めったに動物を捕えない。その代わりに,獲物を食べるハイエナの不気味な“笑い声”に誘われて,ハイエナの獲物を奪いに来る。略奪者が数匹でやって来ると,ハイエナは獲物をあきらめるが,侵入者が一匹だと,しばしば自分の獲物を守る。ある時私たちは,ハイエナの群れが一匹の雌ライオンを獲物のそばから追い払うのを見た。彼らは雌ライオンがうなり声を上げながら茂みに逃げ込むまで,そのでん部をはたき続けた」。―「動物の行動の驚異」。
それで,ハイエナは死肉を食べる場合もあれば,捕食する場合もあります。例えば,マダラハイエナの群れがシマウマの群れを襲うとします。いつもそうとは限りませんが,マダラハイエナはしばしば,びっこを引いていたり,病気だったりする動物,それに年のゆかない動物をねらいます。ハイエナは粘り強く,ねらった獲物は大抵仕留めます。(人間の居住地ができたために野生動物がある地域から追われると,マダラハイエナは空腹の余り,羊や牛などの家畜をえじきにします。)ハイエナは単独で動物を捕える場合もありますが,群れになると,もっと上手に捕えます。マダラハイエナは非常に力が強く,ロバの死体を引きずって運んだことが知られています。
ハイエナは食物を得るためなら,異常な状況でも利用せずにはおきません。“ごみ集めをする”シマハイエナは,大変上手に食物を集めます。アフリカのある村のへいには穴があり,ハイエナは村人たちが小屋から出したごみを食べるため,その穴を通って入って来ます。朝には骨のかけらしか残っていないそうです。
マダラハイエナあるいはワライハイエナに関して,バーンハード・グルジメク博士は,このように報告しています。「第一次大戦中,ハイエナの群れはムバガシー畜殺場(ナイロビ近辺にある)から出るごみを食べていた。当時,畜殺場では牛の肉しか処理されず,内臓や骨,頭は捨てられた。大戦の終了後,畜殺場は操業停止となり,ハイエナは新しい食糧源を捜さねばならなかった。ハイエナはほうきの先を食いちぎったり,なべを引きずったり,くつや自転車の腰掛け,汗まみれの帽子のリボンなど,革製品をかんだり飲み込んだりし,またごみ入れの中をかき回し,畑で働く女性を殺したことさえ何回もあった」。
人間を殺す?
そうです,ハイエナが人間を殺すことは知られています。土地整理が行なわれたり,その地域に野生動物がいなくなると,こうしたことが起きるのです。マダラハイエナが,昼間に人を襲うことはめったにありません。しかし夜には,暑さのために戸外で眠ることのある原住民は,よくハイエナに襲われます。襲う際に大抵,犠牲者の顔をねらうので,ある人々の顔にはこうした経験を物語る,ひどい傷跡があります。前述の「動物界」は,このように述べています。「また,アジアやアフリカの多くの土地では,死にそうな年寄りを小屋や村の外に出す習慣がある。原住民は死に関して迷信深いので,自分たちの家の中で人を死なせるようなことは決してない。年寄りは戸外で死ぬがままにされるが,そうした絶好の機会にハイエナが見向きもしなくとも,驚くには及ばない。というのは,この動物が墓から死体を盗んだことは幾度も報告されたからである」。
骨をかみ砕くこの動物に襲われないよう,十分用心するに越したことはありません。一方ハイエナは,犬に追い詰められると,闘わずに逃げ出します。しかし逃げられないときには,死んだ振りをして,犬の裏をかきます。それから敵が油断しているすきに飛び上がって,安全な場所へ逃げ出します。それも突然,大変な速度で走り出すのです。そのスピードは時速64㌔にも上ります。
ハイエナは両性か
言い伝えによると,マダラハイエナは雄雌どちらの役でも自由に果たせると言われています。確かに,彼らの雄と雌の生殖器は外見が非常によく似ています。しかし,この動物は両性でしょうか。
ある医師はマダラハイエナを射止め,解剖の結果,雄であるはずのハイエナに雌の生殖痕跡器官があるのを発見しました。彼の撃った別のハイエナは雌でしたが,雄の生殖痕跡器官を持っていました。さらに別の成熟したマダラハイエナからも,雄雌両方の生殖痕跡器官が見付かったと言われています。少なくとも一度は,父としてまた母として子供をもうけたことのあるハイエナを飼っている,と報告した人もいます。しかし,前述の医師の調べた三匹のハイエナは恐らく成熟していなかったのではないか,という点が指摘されています。さらに,「動物界」は次のように述べています。
「カール・M・シュリーダーの報告は,動物園にいるマダラハイエナの交尾の観察に基づき,1952年に発表されたが,結局この動物が両性でないことを証明しているようだ。
「ほ乳動物の発生初期の生体は,雄と雌のどちらになる可能性をも有しており,発達するにしたがって一方の性が支配的になる。自然界には不完全な産物があり,一匹の動物に雄雌両方の痕跡の見られる場合がある。そうした生物が両方の生殖機能を果たすことは絶対不可能で,大抵どちらの機能も果たせない」。
このようなわけで,子供を産むのは雌のハイエナであることが分かります。マダラハイエナあるいはワライハイエナの場合,99日から110日の懐胎期間の後,1匹もしくは2匹(時には3匹)の子を産みます。ついでながら,ハイエナの子は完全に毛の生えた状態で生まれます。また,目も開いており,誕生後すぐに走ることができます。
気味の悪い“笑い”についてはどうか
こうして調べてみるとこの動物をすべて“ワライ”ハイエナとは呼べないことに気付かれるでしょう。そのような特徴が見られるのは,アフリカのマダラハイエナに限られています。したがって,その気味の悪い遠ぼえを聞こうと思えば,大抵の人はかなり旅行せねばなりません。
チャイロハイエナは笑いませんが,「ワーワーワー」という陰気な声を出します。その点,ワライハイエナは様々な音を出します。普通遠ぼえするときには,低くて悲し気な音からかん高い音になります。オオカミは月の方向に頭を上げてほえますが,マダラハイエナは頭を地面に近付けて,長くて割に柔らかい声を上げます。しかし動物の死体の近くに来ると,このハイエナの鳴き声は実に不気味な声になります。一種の腹話術を使うので,その奇妙な声の出所を知るのは容易ではありません。ひどく興奮したヒステリックな人間の笑い声に似ているため,しばらくはハイエナの鳴き声にだまされるかもしれません。しかし遅かれ早かれ,骨をかみ砕く面で名人とも言える,“ワライ”ハイエナの,寒気をもよおさせる鳴き声だと分かるでしょう。