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目ざめよ! 1980
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薬の宣伝に踊らされていませんか

オーストラリアの「目ざめよ!」通信員

生きるということは人間の持つ極めて基本的な願望です。ですから,長生きさせてくれたり病苦から解放してくれたりする力のある人に対して,人は惜しみなくお金を使ってきました。

昔の本にも病気の様々な治療法が数多く書かれています。その中には,役に立つものもあれば,危険極まりないものもあります。しかし,この20世紀ほど医学が隆盛を極めた時代はありません。新しい医療技術が次々に開発されているだけでなく,おびただしい数の薬が発見されてきました。最近の1年間に,7,200種もの薬や複合薬が市場に出回りました。

一方,裕福な先進国は歴史上まれに見る薬づけ社会になってしまったと感じている人もいます。世界の薬事情を物語る一つの点は,膨大な額の金銭が薬に関連して用いられていることです。人口わずか1,400万人のオーストラリアだけで,医療用薬剤に年間3億オーストラリアドル(約750億円)が用いられています。自然の情として,幾百万もの人々が健康に関心を抱いていますが,それが製薬関係者に利用されているということはないでしょうか。

宣伝攻勢

薬局,スーパーマーケット,数多くの小さな店には,医師の処方箋なしに買える薬が並んでいます。製薬会社は,薬をどしどし買ってもらおうと,新聞・雑誌・広告板・ラジオ・テレビなどを通して,実に手の込んだ宣伝攻勢を展開しています。宣伝の専門家は,“目標大衆<ターゲット・オーディエンス>”(広告主の特定の医薬品を使用すると思われる人々)の必要,傾向,好みを研究し,適切な宣伝活動を準備します。様々な媒体を通して,独創的な宣伝文句,カラフルな広告,人目を引く商品化計画が薬を買わせようと働きかけています。

人々の関心をひきつけるために数々の巧妙な手段が用いられています。実際には,以前からある薬を複合しただけなのに,“新”薬と銘打つ薬もあるようです。自社の製品には“XYZ”が含まれているので普通とは違うと主張する会社があるかもしれませんが,その“XYZ”なる名称はごくありふれた成分の商品名であるにすぎないということもあります。競争会社の製品と自社の製品とのささいな違いを吹聴することもあります。しかも,そうした違いはあまり重要でないことが少なくありません。研究室での試験の結果や医師の推薦の言葉,白衣を着た人の登場する広告などが用いられることもあるでしょう。

鎮痛剤が広く一般に使用されていることは,絶え間ない大量宣伝の結果を物語るものです。鎮痛剤を服用するのはごく普通のことであり,生活上の小さな問題を解決してくれる一つの助けとみなすように人々に思わせる宣伝がなされています。販売組織が完備していて,ほとんどどこでもこれを入手できます。

アスピリン(溶解性のアスピリンを含む)は比較的安全で,よく効く鎮痛剤であるという医師が少なくありません。しかし,アスピリンにフェナセチンなどの他の成分を加えた,頭痛を抑える単純な鎮痛剤ですら,重大な腎臓障害を引き起こす非常に有害な薬になりかねません。そのため,様々な医療組織が,この種の薬剤を現在のように簡単に入手できる薬の部類から除外するよう活発な運動を展開しています。関係当局の中には,鎮痛剤は安全で,気分を楽にさせ,緊張をほぐし,気を落ち着かせ,元気づけるなどという,誤解を生じかねない宣伝文句を禁じているところもあります。

ですから,店頭売りの薬を買う時には,まず最初に,それをほんとうに必要としているかどうか注意深く考慮するようになさってください。完全な薬などというものはないことをいつも念頭に置くようにしましょう。ちょっとした病気なら,どんなものでもそれを治す薬が薬局にそろっているという考えは,製薬会社にとって好都合かもしれませんが,必ずしもわたしたちの最善の益にかなっているわけではありません。また,これらの薬は通例,病気の症状を緩和させるだけのものであり,根本原因を取り除くのに役立たないことも覚えておきたいものです。

“処方”薬の販売促進

医師の承認がないと“処方”薬を入手することはできないため,医師はこれらの薬を扱う上で患者と製薬会社の間に立つことになります。医師も人間ですから,宣伝技術の影響を受けます。そのため,医師のもとには,体裁のよい,人目を引く薬の宣伝文書が大量に送られて来ます。そうした文書には,特定の薬をできるだけ多くの分野の病気に使いたいと医師に思わせるような巧みな広告が載せられています。

オーストラリアの製薬会社は,その支出1㌦につき20㌣を販売促進費に用いています。そのうちの42%は訪問社員の仕事に関連して用いられます。これらの訪問社員の提示するものは,医師の必要にぴったりと合っています。そして,訪問の終わりには,医師に処方してもらいたい薬の名前が入ったメモ帳かボールペンを残して帰ることでしょう。

医師に情報を提供していくのは極めて重要なことである,と製薬会社の側は主張しています。確かに,医師が新薬の情報に通じていれば,有益な結果をもたらすこともあるでしょう。しかし,こうした活動の大半は,従来の薬を新たに配合し直した結果,その薬が既存の他の薬より優れたものになっていることを医師に納得させ,その会社の薬をより多く処方してもらう気運をつくりだす点にその主眼を置いているように思えます。一方的な見解だけを伝え,副作用についてあまり語っていない広告があることを非難する声が医師たちの間に聞かれます。

さらに,製薬業界は,高価な視聴覚資料を製作し,会議を後援し,医学誌を発行しています。これらは,医師が無料で利用できるようになっています。こうしたものはいずれも良い益をもたらしますが,それは同時に,医師たちが隠れた販売促進攻勢に絶えずさらされることを意味します。

残念なのは,現在入手可能な様々な薬の使用法や副作用に関する知識を,製薬会社の宣伝と,同僚との限られた接触に頼っている医師が少なくないことです。ですから,オーストラリアの“ブカナン”議会報告書に次のように書かれていたのも驚くにはあたりません。「薬剤の過剰処方が著しく認められる。これは避け得るものである。この過剰処方は[国家保健]計画の出費増や薬害の一因となっている。また,これによって,優れた薬が将来効かなくなる恐れがある」。

しかし,医師の置かれた立場は,薬の使いすぎに関係した様々な問題のほんの一つにすぎません。こうした事態が生じている責任の大半は患者の側にあります。

医師のジレンマ

医師が直面している最大の問題の一つは,一般の患者が薬をむやみに欲しがることです。病気の回復に必要なのは休養と時間と適度の看護である場合でも,医師に診てもらいながら薬を処方してもらわずに帰れば時間とお金のむだになると考える患者が少なくありません。混雑している待合室を目にすると,医師は,薬が不必要であることを患者に納得させるという,時間を要し,場合によってはめんどうな仕事を行ないたいとは思わないでしょう。患者と製薬会社の圧力にさらされて,処方箋を書く方がめんどうがないと考えるかもしれません。

製薬会社も苦しい立場にあると主張しています。8,000人もの悲劇の奇形児が生まれた“サリドマイド禍”以来,各国政府は新薬を発売する前にこれまでにも増して厳格な試験を行なうよう義務づけています。新薬の研究・開発・登録には多額の経費を要します。新薬を出せば,必ずよく売れるというわけではありません。たとえよく売れたとしても,その薬の特許期間は限られています。そのすぐ後に,さらに優れた薬が発見されることもあります。そのため製薬会社は,短期間に自社の薬をできるだけ多く使ってもらうようにしなければならないと躍起になるのです。

自分の身を守るために何ができるか

できるだけ多くの薬を買わせてそれを使わせようとする人々に利用されないようにするにはどうしたらよいでしょうか。まず,人体には様々な病気を自然に治癒する驚くべき仕組みが備わっている点を認めることです。「オーストラリア処方法」と題する出版物は次のように述べています。「薬剤は様々な病症に有効であるが,多くの患者の問題には薬物を用いない治療法が最も有効である。最良の治療には必ずしも錠剤や薬剤を必要としない」。体を薬づけにして無理やり働かせるよりも,体に休息を与えるほうがずっと益になる場合が少なくありません。特定の食物や自然療法が役立つこともあります。

処方箋を書くよう医師に圧力をかける代わりに,当面,薬物療法がほんとうに必要かどうかを医師が判断できるように協力しましょう。薬物療法が必要な場合は,それによってどのような副作用や合併症の生じる可能性があるのか確かめます。良心的な医師は喜んでそうした情報を教えてくれることでしょう。それが治療の効果を上回るようなことはありませんか。どれほどの量の薬をどれほどの期間服用するのでしょうか。

精神状態を変える薬を服用したところで,情緒障害の根本原因が除去されないという点を認識しておくのは大いに身の守りとなることでしょう。人生に立ち向かってゆけないように思える場合,自分の生活の仕方を率直に吟味なさってください。必要に応じて生活を変化させる勇気があれば,それで十分ということもあります。

薬を服用することがどうしても必要であると思える場合は,医師の指示に正しく従うようにします。医師の指示を受けたのでない限り,幾つもの薬を同時に服用することは避けてください。服用時には飲酒や運転を控えるようにといった注意事項に留意します。

薬が幾百幾千万人の生命を救ってきたことは確かです。回復を早め,病気に対する恐れを大いに取り除くのに役立ってきました。一方,何の疑問も抱かずに不必要な薬物治療の犠牲者となり,薬を手放せなくなったり,薬害に苦しむようになったりする人も少なくありません。しかし,しかるべき配慮と理解をもって薬を扱うなら,薬の宣伝に踊らされることはありません。

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