お菓子の彫刻
日本へ来て間もなく私が興味を覚えたのは,色とりどりの店の並ぶ商店街でした。その中に明るい照明の店があって,私はそこのショーウインドーの繊細な展示品に心が引かれました。小さな盆に栗のいがを二つ並べ,紅葉したかえでの葉をあしらってあるのです。一つのいがははじけて,栗の実をのぞかせています。
私は立ち去りかけましたが,また引き返して,もう一度それをながめました。これは何でできているのだろう。陶器だろうか。それとも紙張子だろうか。入口の上方に看板があるのですが,外人の私には読めないので,店に入って確かめることにしました。
楽屋裏
引戸の向こうにあったのは,見て楽しむだけでなく,とりわけ食べてその味を楽しむものでした。ウインドーの中のあの見事な彫刻品は菓子だったのです。それは私の知る菓子というものとはあまりにも異なっていました。というのも,まず,材料が欧米人の考える糖菓の材料とは異なっています。では,何でできているのでしょうか。なんと,米を原料とする餅と豆を煮て作る餡でできているのです。材料となるのはそれだけではありませんが,餅と餡が最も基本的なもので,幾百年も昔から使われています。
日本には多種多様な独特の菓子がありますが,それらを総称して“和菓子”と呼びます。食後のデザートは通例果物です。昔ながらの菓子は茶受けに少量出されます。和菓子は色や形,きめ,香りで季節感を出しています。春に木製の盆をにぎわすのは,桃,梅,椿,水仙の花の形をした菓子です。そのほか,ウグイスをかたどり緑色の大豆の粉をまぶしたうぐいす餅があります。
親子2代続いている和菓子の店に入ってみませんか。仕事場をのぞかせてくれるかもしれません。私たちが笑顔でていねいにおじぎをすると,店の主人は奥へ案内してくれます。すみにはこんろがあり,その上に,大きな銅のなべが載っています。その中で見事な彫刻品の主要な材料が煮えています。いうまでもなく,それは豆です。アオイマメ,大豆,小豆をそのなべで順番に煮るのです。これらの豆はいずれも脂肪分が少なく,ビタミン,たん白質,鉄分に富んでいます。この店は防腐剤をほとんど使いません。
近くのテーブルの上には,餅米の粉を丸め,つぶ餡を詰めて蒸しただんごが並んでいます。和菓子の職人は,ふきんと木製の道具を使い,確かな素早い手さばきで,そのだんごを印象派風の果物や花の形にします。仕上げには寒天が使われます。寒天は,天草という海草から採れるゼラチンの一種で,見た目や用途はほかのゼラチンと変わりませんが,ヨー素に富むというおまけが付いています。きょうは,それに緑や柔らかな淡い色が付けてあります。葉や花の部分に使うためです。また,寒天は,こし餡と混ぜるとようかんになります。ようかんは日本人の好物で,外人の間にも人気があります。柿,栗,緑茶その他色々な味のようかんがあって,夏には冷やして食べると,さっぱりしていておいしいものです。
外国から渡来した砂糖が,あめの製造に使われるようになるはるか以前,甘味料および香料として使用されたのは東洋独特の水あめ(米のでんぷんと麦から採る)や果物のエキスでした。自然の材料を使うという習慣は今でも広く行なわれています。隣のテーブルでは,においの強い草と餅を混ぜて,その名の通りの草餅を作っています。私たちは,桜の葉に包んだ淡いピンクの餅に目を見張りました。その桜の葉は塩づけにしたもので,食べても一向差し支えありません。飾りとして菓子を包むのに使われる木の葉には,そのほか,カシ,ササ,ツバキの葉があります。
旅人のみやげ物
昔,旅行が主として徒歩で行なわれていた当時,ちょうど今のドライブインのような形式の小さな休息所を営んで自家製の菓子の名前を広めた店が少なくありませんでした。旅人はそこで茶を飲み,串だんごを食べます。そして串だんごをさらに買い,アイスキャンデーよろしく,歩きながらほおばったり,家族へのみやげにしたりしたものです。寒さが厳しく道の険しい青森県を旅行した人々は氷餅を好みました。氷餅はもともと非常食でしたが,その後,干した甘い餅を滝状にわらでつなげた今のような形になりました。300年後の今日でも,青森を訪れる観光客は,氷餅を手に入れようとします。
南へ下って,かつての城下町館林へ行くと,落雁という非常に古くからの菓子があります。落雁は麦かトウモロコシを主原料とし,その粉を木の型に入れて押し固め,花や葉,小枝,石,その他ありとあらゆる形に作った,一口大の菓子です。日本の町や都市には,どこへ行ってもその土地特有の菓子,つまり名物が見付かります。名物はしばしばその土地の発展や歴史に由来しています。
最後に作業場を見回すと,確かにこの店には天火がありません。和菓子の製造に必要なのは,煮る,こねる,温めるといった作業です。想像力と彫刻家の優れた技巧も必要です。目の前にある,様々な形の菓子は,菓子とは呼ばれていても中味は滋養分の多い食品であることが分かりました。
私たちが買った品を店員がきれいな化粧箱に詰めているとき,主人がお茶と菓子をごちそうしたいと言ってくれました。私は,バラのつぼみをかたどり,寒天のかかった菓子と草餅を選びます。あなたはどれになさいますか。形のおもしろさで決める人もいれば,色の美しさで決める人もいるでしょう。いずれにしても,おいしいことは間違いありません。―寄稿。