清らかな水 ― 自然の驚異
水は1度使えばそれきりというものではありません。わたしたちが今,毎日使っているその同じ水を,人々は幾千年もの間,繰り返し用いてきたのです。
自然界に見られる自浄作用のおかげでどの時代の人も清らかな水を得ることができますが,それは偉大な知恵の表われです。同時に人間には,この自浄システムが過度に乱されることなく正常に機能できるよう,それに調和した行動を取る務めがあります。
自浄システム
太陽熱の働きで,海や湖その他の水の表面,あるいは湿った地面から水分が蒸発していきます。この蒸発作用によって,毎日膨大な量の水蒸気が大気中に送り込まれます。たとえこれらの水そのものやその表面が汚れていたり塩分を含んでいたりしても,蒸発した水にはほとんど混じり気がありません。
やがて,この水は雨(や雪)となって地上に戻ります。その際,ほこりその他を流し去るので,空気の浄化にも一役買います。地上に達すると,植物その他の表面の汚れを流し去ります。水の一部は河川に流れ込み,一部は地中に浸透します。
それなのに,ちゃんとした井戸から地下水をくみ上げると,その水は汚れていません。清らかな,申し分のない飲料水になっているのです。どうしてこのようなことが起きたのでしょうか。
地中に染み込む水は,まず物理的な浄化作用を受けます。つまり,土壌がろ過装置の役を果たし,通過する水の中の固体粒子はこし取られて土壌の中に残ります。
しかし,水には,土壌によるろ過作用では除き去れない有機不純物その他の混じり物も含まれています。ところが,水を浄化してそうしたものを取り除く備えもなされています。
生物学的浄化作用
土壌によるろ過過程で水から除去できない不純物は生物学的浄化作用によって処理されます。この過程では,土壌の中の無数の様々な微生物が不純物に作用します。水が地中にゆっくり浸透してゆく間に,バクテリアその他の微生物が水の中の様々な不純物を食べるのです。その体内で消化される際,これらの不純物は分解され,植物の栄養分になります。
水はこのように浄化作用を受けながら,その一方で土壌から種々の有用な無機物を吸収します。これらの無機物は水の味を良くする働きもします。多くの場所で,地下水をそれ以上浄化しないでもそのまま申し分のない飲料水になるのは,こうした理由によります。
河川や湖や海にも,似たような驚嘆すべき仕組の浄化システムが備わっています。固体不純物の大部分は水の底に沈み,残りの不純物は生物学的過程により処理されます。雨水は土壌から大量の栄養分を流し去り,これを河川や湖,海に運びます。その中には,様々な窒素化合物や燐化合物をはじめ無数の異なった物質が含まれています。河川や湖や海の微生物がこれらの物質の処理を行ない,それを分解して水生植物の栄養分に変えます。水の中にこれらの栄養物が適当量あると,均衡が保たれ,水質もほど良い状態に保たれます。
また,太陽の光を浴びると,水生植物は水の中で酸素を作り出します。微生物や魚が生きてゆくにはこの酸素が必要です。このように,この仕組全体は秩序と協働作用と効率の極致と言えます。
人間の作り出した問題
自然の自浄システムは幾千年もの間,何の問題もなく,順調に機能してきました。しかしやがて,人口の集中化が進み都市が絶えず拡大を続け,自然の均衡を乱す様々な問題が生じるようになりました。
都市には早くから排水路が造られました。これらの排水路から,汚水や汚物が直接,河川や湖,海に流されました。これが水質汚染の始まりと言えるでしょう。やがて,自然の浄化作用では処理しきれなくなりました。こうして,都市部を流れる河川の多くは悪臭を放つ,むき出しの下水路と化してゆきました。
多量の汚物が河川や湖や海に流れ込むと,どのようなことが起きるでしょうか。まず,微生物が急激に増殖し,水草も繁殖します。そのため,水が濁ってきます。植物が水中で酸素を造り出すには太陽の光が必要です。ところが,水が濁っているため光が表面にしか届かなくなります。そのため,比較的深い所にある水草は死んで腐り始めます。
植物が腐敗する際,水の中の酸素が消費されます。この過程に伴う酸素の消費量は生きている植物が作り出す酸素の量を上回るため,酸素の供給が次第に途絶えます。当然これは,生きてゆくために酸素を必要とする微生物や魚が死ぬことを意味します。
人口の増加と工業化に伴い,様々な場所でこれに似た問題が引き起こされてきました。無知と無関心が相まって,膨大な量の汚物や毒物がそのまま水中に排出されました。自然の浄化作用ではとうていこれに追い付くことができません。
その結果,非常に有害な物質の幾つかが植物や魚,鳥や人体に入り込むことになりました。やがて,汚水処理に関する立法措置を講ずることが必要になりました。そして,水質汚染を改善する措置が取られるようになり,事態は目に見えて改善されました。では,どのようにしてそれは成し遂げられたのでしょうか。
汚水の処理
鍵となった要素は汚水の処理でした。そしてこれには,自然の生物学的浄化過程を利用する方法が採用されています。代表的な処理施設で,汚水がどのように処理されていくのかを見ることにしましょう。
汚水には大きな固形物が含まれているため,初めにスクリーンでこれらの大きな固形物を除去します。次に,下水は小さな池の中をゆっくり流れ,その間に砂のような重い物質が底に沈みます。沈殿物は後にここから取り除かれます。この池は沈砂池と呼ばれます。
次に汚水は大きな沈殿池に流れ込み,その中を一,二時間かけてゆっくり動きます。ここで,汚泥が沈殿して底にたまります。底にたまった汚泥はポンプで池の外に送られるようになっています。
しかし,この時点では,汚水の中にまだ大量の有機物質が含まれています。そこで,汚水は次に生物学的処理段階に入り,微生物による“高級処理”を受けます。大規模な処理施設では,これは一般に,汚水を曝気槽に送り,濃縮した微生物を汚水に加えることによって行なわれます。この槽の名称が示しているように,ここでは空気もしくは純粋酸素が汚水に吹き込まれます。こうして汚水の中には酸素も栄養物も豊富に含まれるようになるので,微生物は急激に増殖し,効率よく不純物を分解してゆきます。
この後,微生物と浄化された水を分離するため,水を沈澄槽に通す必要があります。ここで微生物が底に沈殿します。こうした処理を終えて比較的きれいになった水は,湖や河川に放流しても差し支えなくなっています。しかしその水にはまだバクテリアが大量に含まれているかもしれず,その中には病原菌が含まれていることもあるので,普通は,有害なバクテリアを殺すために塩素やオゾンなどで消毒がなされます。
改良が加えられた浄化法
ここ何年かにわたり,様々な国で汚水処理法の改良が図られてきました。その目標は燐化合物や窒素化合物を汚水からこれまでより効果的に取り除くことにあります。人間の排せつ物や様々な合成洗剤には多量の燐が含まれていますが,生物学的処理によって取り除けるのはそのうちのわずか3分の1ほどに過ぎません。
燐を取り除かないでおくと,水中の藻の生長が促進されます。ですから,生物学的処理を終えた後,水の中に含まれている燐の90%以上と結び付いてこれを沈殿させる化学物質が添加されます。その後,底にたまっている沈殿物を集めて除くことができます。産業廃棄物の硫酸アルミニウムや硫酸鉄をこうした目的に使用することができます。
浄化の度合を大幅に高めるため,他の物理・化学的方法も採用されています。その中には,活性炭その他の吸収剤を用いる吸収法,逆浸透法,イオン交換法,蒸留法などがあります。
汚水処理施設の建設や処理そのものにかなりの経費がかかるのは明らかです。しかし,これは人口の集中化や工業化の代償として支払わねばならない経費の一部です。清らかな水の価値を知っているので,大抵の人は,かけがえのないこの液体の自然のサイクルをあまり乱さないようにするためにある程度の犠牲は喜んで払うに違いありません。
[23ページの図版]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
汚水処理施設の略図
汚水
中央制御装置
スクリーン
砂れきの除去
スクリューポンプによる揚水
前曝気
余分の活性汚泥
第一次沈殿
曝気層
第二次沈澄
水量計測ダム
放流