話を聴く技術
カナダの「目ざめよ!」通信員
男の子がおばあさんの家の勝手口から飛び出そうとしたところ,突然,「ちょっと待って」と大きな声でおばあさんに呼び止められました。
「なーに,おばあちゃん」。
「何を買って来てくれるつもりなの」。
「パン一斤,……それから,えーと……コーヒー500㌘」。
「そうよ。……それから?」
「えーと……忘れちゃった」。
男の子は一つの品物を忘れてしまいました。その品物が何であるかは聞いたのに,一瞬注意を怠り,耳を傾けて聴くことをやめたからです。
その子は,おばあさんから親切なヒントをもらってやっと3番目の品物,バターを思い出しました。このおばあさんは賢明にも,独特の控え目な方法で,昔から伝わる次の教訓を教えていました。つまり,大切な事柄を覚えておくには,真剣に聴く必要があるということです。おばあさんは,注意を払うことと物事を首尾よく行なうことは密接な関係にあることを知っていました。
普通の状況では,聞くことに努力はいりません。一方,耳を傾けて聴くことは,身に着け,練習する必要のある技術とみなすべきです。ですから,耳を傾けるとは,「入念な注意を払って聞くこと」を意味します。この観点からすると,聴くことは正に一種の技術です。
実業界で役立つ
現代の産業界は,おばあさんが知っていた事柄を知るようになりました。アメリカのスペリー株式会社の社長によれば,「今日,実業界が直面している最重要な問題の一つは,話の聴き方がお粗末なこと」です。同社長は,「実業界は通信機構に頼っている。したがって,それが崩れるなら,思い違いによって多大の犠牲が生じることになりかねない」と述べました。
職場の人々の「話を聴く能力」は50%を下回ると言われています。それを仕事に当てはめて考えると,毎日,口頭で伝達される事柄の半分も正しく処理されていないということです。
しかし,最近の職場では聴くことが一方通行でなくなっています。経営者たちは従業員の話に耳を傾ける態度を次第に身に着けるようになっています。上司が筋の通った申し立てを聴いてくれると感じると,従業員たちの不満は少なくなり,生産性は向上し,ストライキが減ります。
問題を解決したり生産性を向上させたりする点で,従業員が雇用者に劣らない能力を持っていることを証明する場合が時折あります。一報道はある室内空調設備会社で起きた例を伝えています。その会社では溶接部分の漏れが問題となり,管理当局者はそれをどうすることもできませんでした。ところが,従業員がその解決策を提案し,「会社は年間数千㌦節約できるようになった」ということです。
さらに,現在北アメリカには,“クオリティーサークル”と呼ばれる方式を採用している会社が約100社あります。この方式は元々日本で開発されたものですが,現在アメリカでは約2,000から3,000の“クオリティーサークル”が活動しています。それら“サークル”は,労使双方を集めて問題を解決するための会合を開きます。会社の中には,従業員の提案を採用した結果,幾百万㌦も節約できたと言うところもあります。
生活に役立つ
職場で話を聴く技術をおろそかにしないことによって多くの人が様々な関係を改善できるのであれば,一般家庭や地域社会や国家間の状態も,話を聴く技術によって改善されるのではないでしょうか。確かに,改善されるに違いありません。いわゆる世代の断絶も実際には意思の疎通の断絶ではないでしょうか。こちらの話を上の空で聞いていると親が子供をとがめることは珍しくないのではありませんか。また,若者たちは今日,一身上の問題を話そうとしても親は聴いてくれないと言うのではありませんか。夫婦間の問題が,「意思の疎通の欠如」にあるとされることは少なくありません。いさかいが起きると,多くの家庭でよく聞かれるのは,「あなたはわたしの言うことを聴いていない」という言葉です。
あなたは妻の語ることを注意深く聴いているでしょうか。夫の言うこと,親の言うこと,子供の言うことを聴いているでしょうか。本当にそうしていますか。それとも何と返事をしようかということばかり考えていますか。話を聴く時には話し手に対する公正な気持ちより,反ばくする気持ちの方が強いですか。前にも同じことを聞いたからというわけで,今度もそれを“無視”しますか。そのようにするなら,確かな根拠に基づいていて,こちらの考えを正した方がよいと感じさせるような新しい情報を見過ごすことがあります。意思の疎通が十分行なわれるだけで人間の抱える問題がずいぶん解決されることでしょう。耳を傾けて聴くことは意思の疎通の肝要な部分を成しています。
話を聴く技術をみがく方法
まず第一に,意欲的に聴くとは,話されている事柄に専念し注意を払うことです。しかし,話し手が退屈な話し方をする人である場合はどうでしょうか。(あなたは耳を傾けていましたか。その場合でも,今述べた通り,『話されている事柄に専念する』べきです。)話し手が洗練されておらず,教育を十分受けていない場合でも,有用で,実際的で,価値のある事柄に耳を傾けてください。相手の態度や外見のことは当面考えないようにしましょう。その人が語っている事柄は真実で有益なものではありませんか。ある婦人は二人の訪問者に,「少なくとも文学修士号を取った人とでなければ,こうした事柄について話し合うことは致しません」と言いましたが,そのような横柄な態度を示さないようにしましょう。
第二に,聴き手は,話し手の速度より4倍も速く聞き取ることができるので,そのゆとりを利用して情報を分類してください。それをすでに知っている事柄と関連付け,その情報を適用した結果をよく考えてください。しかし,性急に結論を出してはなりません。相手の話を最後まで聴きましょう。偏見を持たないようにしましょう。そうすれば感情的な反応を示さずに済みます。「情報源を考慮せよ」というのは必ずしも従うべき良い助言ではありません。賢明な人は,だれが話しているかということには関係なく真理を識別するものです。後に妥当な結論を導き出せるようによく聴きましょう。どんな話し手の場合でも,普通そうする時間はあるものです。ですから,経験に富んだある経営者が,会合の席上一群の人々に述べた,「ではゆっくりお聴きください」という言葉に従うのは適切です。
“即座に反ばくする”という反応を示さないようにしましょう。最後まで聴かずにある事柄に答えようとするなら,恥ずかしい思いをすることがある,と聖書は警告しています。(箴言 18:13)結局のところ,すべてのことを知っている人がいるでしょうか。現在自分が持っている考え方も,しばらく前に取り入れた情報によって形成されたものであることを忘れてはなりません。そのような見方をいつもしていたわけではないのです。では,偏見のない心を持ち続けましょう。学ぶべき事はまだ多いということをわきまえている人は賢明です。
最後に,聴いた事柄に基づいて行動する用意をしておきましょう。与えられる指示や助言を実行しないなら,何かを成し遂げることはまずできません。スペリー社の従業員が,ある訓練計画の中で教えられている通りです。「効果的に聴くこと……は次の4段階から成る ― 知覚(メッセージを聴く),理解(それを解釈する),評価(判断する),そして応答(聴いた事柄に関して何らかのことを行なう)」。
いつから始めるか
この記事を読まれた方は,さっそくお始めになってはいかがですか。話を聴く技術を向上させることは,隣人を自分のように愛する道にほかなりません。その益は数々あります。人の名前がよく覚えられる。大切な約束や責任を忘れることが少なくなる。細かな点に気付き割り当てられた仕事を徹底的に行なうという評判を得る。これらは得られる益の二,三の例に過ぎません。
子供を持つ方でしたら,話を聴く技術をお子さんの幼い時から訓練し始めてください。どれほど早くから始めたらよいでしょうか。「ゆりかごの時から」と言う研究者も幾人かいます。一教育者が述べているように,「誕生時から3歳までが,物事を学ぶ最適の時である」ということを知るなら,早くから始める必要のあることが分かります。赤ん坊や幼児に本を読んで聞かせるのは聴き方の訓練になり,言葉や,本,また考えをまとめることにも慣れさせることができます。活発な頭脳を持つ幼い子供が,種々様々な数多くの詳細を驚くほど正確にすらすらと思い出すことに驚嘆する親は少なくありません。
どんな技術でも同じですが,話を聴く技術を身に着ける場合には,たとえ才能があったとしても,訓練と練習と忍耐が必要です。大変な努力が必要ですし,本人の決意も必要です。しかし,他の分野の場合と同じように,話を聴く技術を十分にみがくことは,自分と他の人に満足をもたらし,生活の様々な領域における実り多い人間関係を向上させる面で大いに役立ちます。
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奥さんが話し掛ける時,注意深く聴きますか
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話を最後まで聴かずに答えようとするなら,恥ずかしい思いをすることがあります