ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 目83 12/8 17–20ページ
  • カトリック主義とブードゥー教の混合 ― あなたはどう見ますか

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • カトリック主義とブードゥー教の混合 ― あなたはどう見ますか
  • 目ざめよ! 1983
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • 混合過程
  • その是非
  • それが招く結果
  • アフリカ風のカトリック
    目ざめよ! 2005
  • にせの王国の出現
    「あなたの王国が来ますように」
  • アフリカのカトリック教会
    目ざめよ! 1994
  • あなたはどの神を崇拝していますか
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1990
もっと見る
目ざめよ! 1983
目83 12/8 17–20ページ

カトリック主義とブードゥー教の混合 ― あなたはどう見ますか

ブラジルの「目ざめよ!」通信員

数年前のこと,ブラジルのある有名な女性テレビタレントが,自分の養子にバプテスマを受けさせたことがありました。午前中にローマ・カトリック教会の儀式に従ってバプテスマを受けさせ,午後にはカンドンブレ(ブラジルのブードゥー教)の儀式に従ってバプテスマを受けさせました。そして後ほどメシア派および薔薇<バラ>十字会の儀式に従ってバプテスマを受けさせることになっていました。得意の母親は,「息子が大きくなった時に,すべての宗教の保護があるようにと思ってしているのです」と説明しました。

宗教に対するその人の広い見方はあなたを驚かすでしょうか。あなたが住んでおられる所でも時々このようなことが見られますか。ブラジルでは別に珍しいことではありません。僧職者でさえこうした見方に影響されています。

少し前のことですが,ローマ・カトリックのある司祭が,アフリカ系ブラジル人の諸宗教を研究するために,ブラジルのバイア州に移転したことがありました。ところがその司祭は,結局,それらの宗教の一つに入ってしまいました! この話を掲載したインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙によると,その司祭は4年間ブードゥー教の教会の指導者を務め,教区民のために執り成しをする霊たちを定期的に呼び出していました。「といってもそれはローマ・カトリック教を捨てたという意味ではない」と,トリビューン紙ははっきり述べています。「私は常にイエスを通して神と語り,霊たちを通して語るようなことはしない」と,その司祭は説明しています。

異なる宗教の信条をこのように混合することを言い表わす専門用語があります。つまり「混合主義<シンクリティズム>」という語です。これには多分驚く人もあると思いますが,多数のブラジル人は,ローマ・カトリックの儀式と古い異教の神々の崇拝とを混合することに何の困難も覚えないのです。これはそもそもどんなことから始まったのでしょうか。

「ブラジルにおける混合主義は古くから見られる現象である。というのは,植民地化が始まった時から,キロンボ・ドス・パルマレス(逃亡奴隷の隠れ場所)にそれが見られたからである。……キューバにも,ハイチにも,ブラジルにおけると同じ形のものが見られる」。歴史家のロジャー・バスタイドはその著書,「コントリブイソーン・アオ・エストゥード・ド・シンクレティスモ・カトリコ-フェティシスタ」の中にこのように書いています。

混合過程

バスタイドが続けて説明するところによると,混合はアフリカからの奴隷の輸入に続いて生じました。「ブラジルに到着すると黒人[奴隷]は教義問答で[カトリックの基本的教理を]ばく然と教えられ,少なくともバプテスマは受けた。しかし彼らは,強制的に教えられるその宗教については何も理解していなかった」と彼は述べています。黒人奴隷たちはどうしたでしょうか。表面ではこの新しい宗教を信じているようなふりをしていましたが,思いや心の中では,生まれ故郷のアフリカの神々を思い出して崇拝を続けていました。

ではそれはどんな結果を招いたでしょうか。「カトリック主義は[徐々に]……伝統的な信仰の隠れみのへと変わった。実際には[カトリックの]聖人は崇拝されず,むしろその背後で,聖人に相当するオリクサ[アフリカの神]が崇拝された。カトリック主義は秘密に行なわれる儀式を隠すための見せかけにすぎないものになった。……混合主義においては,キリスト教が提供するものはポルトガル語だけで,ほかはすべて呪物崇拝である」と,バスタイドは述べています。

原住民のインディオにも同様のことが起こりました。別の歴史家は次のように書いています。「この国の原住民は,長期間にわたりキリスト教の福音書を教えられてきたが,征服された当時と全く同じで今でもクリスチャンではない。……ボリビアおよびペルーの南部には,現在でも,昔の異教の神パチャ-ママ(母なる大地)が,聖母マリアに吸収されてはいるものの,依然として健在である。……メキシコにおけるグアダルーペの聖母の崇拝は女神トナンジン(神々の母)崇拝に起源を持つ」― ルギエロ・ロマノ著,「メカニスモス・ダ・コンキスタ・コロニアル」。

メキシコ征服の歴史を研究する歴史家,ウィリアム・H・プレスコットは,同国内のインディオについてさらに次のように付け加えています。「インディオには,人々の間を歩んでいた慈悲深い神ケツァルコアトルの像を崇拝する代わりに聖母もしくは救い主の像を崇拝すること,また雨の神の象徴として崇拝していた十字架の崇拝の代わりに救いの象徴である同じ十字架を崇拝するよう求められたにすぎない」― ウィリアム・H・プレスコット著,「メキシコ征服の歴史」。

こうしてカトリックの儀式が,アフリカや原住民の崇拝形式に接ぎ木される一方,非キリスト教的信条が反対にカトリック主義の中に浸透していきました。ワルデマール・バレンテは,「カトリック主義は……迷信的な考えや,不条理な信条,魔術を行なう呪物崇拝者の概念などで汚された」と述べています。―「シンクレティスモ・レリジオソ・アフロ-ブラジレイロ」。

その是非

このような宗教の混合を読者はどのようにご覧になりますか。キリスト教の堕落であると考えて憤慨する人もいるでしょう。一方,別に悪いことではないと考える人たちもいるでしょう。歴史を通して無数の人々が宗教戦争や十字軍,迫害,暴動などの犠牲になって死にました。今ブラジルで起きていることなど,少なくともそれよりはましだとその人たちは言うでしょう。

さらには,何を今さらそんなに大騒ぎをしているのだろう,と考える人もいるでしょう。そして,カトリック教自体が,聖書のキリスト教,ギリシャ哲学,中東やヨーロッパで人気のあった色々な異教と,少なくとも三つの宗教的伝統の所産であることを指摘するでしょう。どうしてそう言えますか。

カトリック教会は,聖書は神の言葉であると教えます。そしてカトリック教会が崇拝において用いる名称や概念の多くは聖書から出ています。しかしながら,カトリックの神学者たちは,異教を奉じていた古代ギリシャ人の哲学の影響を強く受けていたので,彼らの教えもその哲学によってゆがめられたものになりました。例えば,人間の魂は生来不滅であるという教理は聖書にはありません。(エゼキエル 18:4,20)しかし,ギリシャの哲学者たちはそれを教えました。そして今ではカトリック主義の基本的教理になっています。

3番目の伝統,すなわち人気のあった色々の異教の宗教がカトリック教会の多くの信条の中に見られます。クリスマスやイースター,儀式における十字架や像の使用,「三位一体」,「聖人」,「神の母」などの崇拝はすべて,聖書ではなくそうした宗教に由来します。この点に関しては,ジョン・ヘンリー・ニューマン枢機卿が,「キリスト教教理の発展に関する論文」の中で,「香,燈火,ろうそく,献納品……聖水,保護所,聖日……」などを含む伝統的な慣習を数々挙げてから,それらは「みな異教に起源を有するもので,カトリック教会に取り入れられることによって神聖にされた」と述べているのを思い出すでしょう。

したがって,ブラジルで進展している宗教の混合,つまり混合主義は,歴史的な過程の続きにすぎないと言えるでしょう。読者もそのように見ますか。興味深いことにローマ・カトリック教会の中にはそのように見ない人が少なくありません。同教会の一部の指導者たちの言葉には深い憂慮がうかがえます。

タイム誌の伝えるところによると,法王ヨハネ・パウロ2世はブラジル訪問中に,キリスト教は「どんな民族の文化的表現」を受け入れてもよいが,キリスト教自身の教えを「損なって」はならないと警告しました。ブランダンウ・ビレラ枢機卿は,ブラジル国民が「アフリカ化」の時代に入りつつあることを心配しています。女神イエマンジャの祭典の時に大群衆が押し寄せたのを見た時には,「宗教混合主義の行き過ぎ」を非難しました。―「ベジャ」,1981年1月7日。

この二人の教会指導者は教理を「損なって」しまうことを批判しました。もちろん,宗教を単に個人的意見の問題とみなす人にとってはこの非難は少しも気にならないでしょう。そういう人にとってはどの教理もあまり変わりません。しかし,そのように「損なって」きたために過去の時代に破滅的な結果がもたらされたことを知っている人も少なくありません。

それが招く結果

例えば,イエス・キリストがこの地を歩む以前の時代に,イスラエル人は近くに住んでいた異教徒の信条とエホバに対する崇拝との混合を図りました。その結果彼らは性崇拝,「聖なる」売春,それどころか子供を犠牲としてささげることにまで関係するようになりました。そのためにエホバ神は彼らを保護することを差し控えられるようになり,彼らはやすやすと,帝国建設に意欲を燃やしていたアッシリア人のえじきになりました。(列王第二 17:16-18)なぜそのような極端な反応が起きたのでしょうか。

理由は明白です。エホバがイスラエル人に行なわせた崇拝は高い道徳規準を奨励するものでした。(異教の教えを混入せずに)これを忠実に守るなら,イスラエル人は霊的に保護されただけでなく肉体的にも保護され,メシアの到来に備えることができました。しかし異教的要素を加えたので,ちょうど汚れた水をきれいな水に加えるときれいな水が汚れるのと同じように,その崇拝の質は低下しました。

クリスチャンが行なう崇拝についても同じことが言えます。使徒パウロはこのように警告しました。「不釣り合いにも不信者[イエス・キリストを信じない人々]とくびきを共にしてはなりません。義と不法に何の交友があるでしょうか。また,光が闇と何を分け合うのでしょうか。……また,忠実な人が不信者とどんな分を共に持つのでしょうか。そして,神の神殿と偶像にどんな一致があるでしょうか」。(コリント第二 6:14-16)パウロの言葉の知恵を歴史がいかによく証明してきたかを考えてみてください。

キリスト教は有機的統一体です。自分と神との関係にかかわる生き方です。それには,聖書に基づいた信仰 ― とりわけ神の目的におけるイエス・キリストの占める位置に関する信仰 ― 生活のあらゆる面に触れる行動規準,信仰を他の人々に広める特別の責任などが含まれます。どの点で妥協しても全体が弱くなります。

ですから,異教教理が入り込むのを許す原因になった進んで妥協する態度は,また非クリスチャン的な不道徳,残酷,圧制などが入り込むことをも許したのです。その結果,史上最悪の残虐行為が,キリストの追随者と称する人々によって行なわれました。教理と行ないのすべての面で聖書のキリスト教を固守しようと努めた人々だけが,使徒たちの実践したキリスト教の高い標準を維持することができました。

このことを考えると,誠実な人なら,次のように述べたカトリックの神学者の心配が分かるでしょう。「客観的に言って,混合主義は神の言葉をわい曲するので正当とは言えない。……混合主義はきわめて嘆かわしいものである」― オー・エスタド・デ・サンパウロ紙,D・エステーバン・ベッテンコート。

エホバの証人もやはりそのように感じます。エホバの証人は,今日生きているすべての人がどのような仕方で崇拝を行なうかを選ぶ自由を持つべきだと考えています。しかしまた,真の宗教は一つしかないと信じています。それはイエス・キリストの教えと生涯に基づく宗教です。ではどうすればその宗教を見分けることができるでしょうか。

使徒パウロは,『あなたを賢くし,救いに至らせることができる』,「聖なる書物」を指摘しました。そして続けてこう説明しました。「聖書全体は神の霊感を受けたもので,教え,戒め,物事を正し,義にそって訓育するのに有益です。それは,神の人が十分な能力を備え,あらゆる良い業に対して全く整えられた者となるためです」― テモテ第二 3:15-17。

したがってエホバの証人は真の宗教を学ぶために聖書に頼ります。そうすることによって,今日ブラジルで生じている一種の混合主義を避けます。また何百年も昔に生じた混合主義を避けます。その混合主義は地獄の火や霊魂不滅,三位一体,像,十字架その他の異教的信条をキリスト教世界の崇拝システムに持ち込みました。もし教理を「損なって」しまう混合主義が今日間違っているのであれば,何百年か前の混合主義もやはり間違っているに違いありません。

ご自分で聖書を読んで真の崇拝とは実際にどんなものかを調べてご覧になってはいかがですか。そうすれば神に対する自分の奉仕を異教の儀式で汚すことを避け,また ― 神の助けを得て ― 救いに至る知恵を得ることになるでしょう。

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする