あなたはだれかに監視されていますか ―“電子の上司”
「従業員の監視は,徐々に機械によって行なわれるようになっている。以前よりずっと多くの人が監視されており,監視は生産ラインからオフィスに広がっている」と,「科学技術評論」誌は伝えています。
米国議会の技術評価局が1987年に行なった調査によって,米国では400万人から600万人にのぼる事務員が,ビデオ・ディスプレー端末機を通してコンピューターの監視を絶えず受けながら仕事をしていることが明らかになりました。
コンピューターによる監視システムは,保険会社,銀行,公共事業関連の会社,電話局,航空産業やホテル業界などで非常に広く用いられています。そうした職場の従業員は,“電子の上司”による監視のもとで働きます。“電子の上司”とは,従業員がどんな仕事をしているか,どれほどの速さで仕事をしているかを見守るために作られた監視システムです。
“電子の上司”は目を閉じることが決してありません。コンピューターのネットワークやビデオ監視装置,それに電話機に取り付けたマイクなどを通して,何百人もの社員を同時に監視し続け,仕事時間中に一人一人が何をしているかを分刻みで正確に会社に知らせることができます。コンピューターによる監視を導入するところが多くなるにつれ,だれか ― あるいはなにか ― に見られているのではないかと考える従業員が増えてゆくのも当然です。
従業員や経営者は,この新しい“上司”についてどう感じているのでしょうか。また,コンピューターによる監視が導入された職場にはどんな影響が及んでいるでしょうか。
監視装置にできる事柄
このコンピューター・システムは,事務員が電話に要した時間や,売り上げをレジに記録するのに要した時間を自動的に測定できます。上司は離れた場所にいてもボタン一つで,従業員がタイプするスピードを測ったり,事務員が1日にどれくらいのミスをするかを数えたりすることができます。
監視システムの中には,“プラグを抜いた時間”,つまり社員がトイレに行ったり休憩したりしてデスクから離れている時間を会社側に知らせるものもあります。また,職場で従業員が交わす会話を経営者の耳に入れるためのシステムもあります。あなたの話すことや,隣の人の話すことがすべて筒抜けなのです。
「科学技術評論」誌によると,ある会社は,トラック運転手の車のスピードやギアシフトやアイドリングなどを監視するために,会社が所有するすべてのトラックにコンピューターを取り付けました。そのコンピューターは,運転手が昼食やお茶のために休んでいる時間まで報告するのです。
一部の人が推奨するわけ
コンピューターによる監視を推奨する人もいます。とかく偏見にとらわれがちな人間の上司が監視するよりも,コンピューターが監視することによって,会社側は社員の仕事をいっそう正確に客観的に評価できるというわけです。
「コンピューターには偏見がない」と,コンピューター事務機器製造者協会のビーコ・E・ヘンリーキズ会長は書いています。「コンピューターは,性別,人種,宗教,身体的な障害,職業に関する履歴など,会社に対する差別訴訟の根拠となり得る要素を度外視して,すべての人を公平に扱ってくれる」。
一人一人の仕事をコンピューターで監視する結果,際立った能力を持った従業員が上司から見過ごされる可能性は少なくなると言われています。「例えば,機械によって測定すれば,会社は高い業績を残している従業員をいっそう容易に見分け,それなりの処遇をすることができるようになる」と,ヘンリーキズはマネジメント・ワールド誌上で述べました。
しかし,コンピューターによる監視は効果的な管理手段ではあっても,それが「思いやりのない方法,場合によっては無責任な方法」で用いられることもある,とヘンリーキズは認めています。どのように用いられるのでしょうか。
思いやりのない“上司”
「コンピューターによる監視は労働者のストレスを増加させ,仕事から得られる満足感を減少させ,ひいては,生産を上げるという経営本来の目的をくつがえしてしまう」と,ビジネス・アンド・ソサイエティー・レビュー誌上で主張しているのはカレン・ナスボームとバージニア・ドリバーグです。確かに,コンピューターによる監視は耐え難い重荷だとこぼす従業員は大勢います。ナスボームとドリバーグによれば,“電子の上司”はストレスに押しつぶされた労働者を生みだしているのです。
生産のスピードを上げるためにコンピューターの技術を使っている会社もあります。つまり,コンピューターに後れをとるまいとして競うよう従業員をあおるのです。また,余りにも徹底的な監視がなされているため,従業員がみな被害妄想に取りつかれているような雰囲気の会社もあります。タイム誌によると,米国西海岸のある航空会社は,400人の予約受付係が1本の電話を受けるのに何秒かかるか,あるいは電話を受けていない時間がどれくらいかを正確に監視するためにコンピューターを使っています。もし1回の通話が繰り返し109秒を超えたり,昼食やお茶のための休憩時間とは別にトイレに行く時間が1日に12分を超えたりすると,従業員の評価は減点されます。1年で37点以上減点されると,解雇されることがあります。
評論家によると,このようなシステムは労使間に敵対関係を生じさせます。また社員は,仕事のスピードのちょっとした変化にいちいち文句をつけようとしている上司が自分の肩越しにいるかのような錯覚に陥ります。
それに加え,“リモコンの上司”は労使関係から人情味を奪い去ります。従業員は,機械を喜ばせるために働いていると感じるようになります。これは少しも愉快な経験ではありません。コンピューターによる監視は,生産を向上させるどころか,従業員のやる気や士気を奪い去ってしまうため,かえって生産を減少させることもあるのです。
「機械は労働者に動機づけを与えることができない。従業員の問題を理解することができない。会社に対する忠節心を育成することができない」と,ナスボームとドリバーグは主張しています。
そのような“上司”と付き合う
世の中の営みは愛の原則に基づいていない場合が多いことからすると,従業員も会社側も互いの最善の益を心にかけているわけではないかもしれません。“電子の上司”が登場したのもそのためです。しかし,コンピューターによる監視をもっと効果的に,しかもストレスをあまり生じさせない方法で行なうために,できる事柄は沢山あるという点で労使双方の意見は一致しています。
例えば,経営者は監視を行なうことを従業員に前もって知らせることができます。そうすれば,従業員はこっそりだれかに見張られていると感じずにすみます。従業員に関して集めたデータを従業員自身が自由に閲覧できるようにすることを勧める経営者もいます。
ヘンリーキズは,「従業員を監視する期間は道理にかなっているべきである。調子の浮き沈みはだれにでもあることを考慮に入れなければならない」と述べています。これに沿って,ある会社は,社員の仕事を監視する期間を長めにすることが賢明であると考えています。そうすれば,何週間もしくは何か月かの期間における調子の良い日と悪い日の平均を出すことができます。
また,仕事を行なうスピードをコンピューターが決めるよりも,社員自身が勤務中の行動に関する現実的な規準を定めるようにすれば,ストレスも緩和されます。「従業員に勤務中の行動規範を定めるようにさせて,監視する必要性を減らしている会社もある」と,「科学技術評論」誌は述べています。
興味深いことに,仕事は「神の賜物」であり,「人はみな,食べ,まさしく飲み,そのすべての骨折りによって良いことを見るべきである」と聖書は述べ,『人がその業を歓ぶことに勝るものは何もない。それが彼の分だからである』と付け加えています。(伝道の書 3:13,22)ですから,神の新しい世においては,“電子の上司”などという,喜びを奪う監視装置が存在しないことを確信できます。
しかし,その新たな夜明けを迎えるまでの間,毎日毎日“電子の上司”と顔を突き合わせなければならないのは,気のめいることかもしれません。しかし,前向きの態度を持つことは,問題に対処する助けになります。ある電話交換手は,「ある程度の開き直りとユーモアのセンス」によって,電子機器の監視のもとで働くという重圧に対処していると語りました。ですから,そうした思いやりのない“上司”のもとで働かざるを得ないとしても,前向きで柔軟な態度を保つのです。決して見張ることをやめないその“上司”と付き合ってゆくために最善を尽くしてください。