20世紀のファックス
ニューヨークからトロントまで1分足らず。それがファックスのスピードです。ファックスとは何でしょう。簡単に言うと,離れたところから無言で情報を伝える複写装置のことです。ファクシミリ機は,米国だけでも毎月10万台以上売れています。
医師が医療報告書を送るときも,弁護士が法律上の書類を送り出すときも,雑貨屋が食料品の注文に応じるときも,ラジオ局が聴取者から歌のリクエストを受けるときも,すべてファックスで行なうことができます。カリフォルニア州のある女性は,出産後1時間以内に赤ちゃんの足形をファックスで別の州にいる祖父母のもとに送りました。
どんな仕組みになっているのか
仕組みはとても簡単です。必要なのは,電話とコンセントとファックス機だけです。書類が機械に吸い込まれると,中の走査装置がページの暗色部分をすべて読み取り,それを電気信号に変換してから電話回線を通して伝送します。受信側のファックスはそれらの信号を暗色部分に変換し直し,正確なコピーを作ります。
どこでこの技術は始まったか
1843年に,時計屋であり発明家でもあったアレクサンダー・ベーンというスコットランド人は,最初のファックスを開発して特許を取りました。それは今の標準からすれば幼稚な走査装置でした。電線につながった針が振動する振り子の先端に付いており,それが金属製の文字版の上を往復すると,電気信号が電線を通して送られ,電線につながるもう一方の振り子が各信号を黒い点に変換して電気感光紙に打ち出しました。
1907年には,回転式円筒と光電管を使ったファックスが開発されました。光電管が,円筒に巻かれた紙の普通の活字を直接読み取るという仕組みでした。しかし,無線電波による送信はスピードが遅く,混信が起きやすいという問題もありました。
1980年代に入ると,ファイバーオプティクス,デジタル伝送,信号圧縮などの技術により,特殊な条件下であれば3秒に1ページという速さで解読・伝送できるファックスも登場しました。いま最も普及しているのは,約45秒で1ページという実用的な伝送スピードを持ったファックスです。
ファックスはどのように使われているか
緊急な情報は普通,終夜営業の運送会社や郵便局によって伝えられていましたが,今では数分で伝えることができます。重要書類をファックスで送り先方に届くまでの時間は,封筒にあて先を書いて切手を張り,投函するまでの時間とほとんど変わりません。
最近,カナダのある赤ちゃんは,命が危ぶまれるほどの重度の合併症で輸血が必要と診断されました。エホバの証人である両親はどんなことがあっても血液は使わないという信念を曲げませんでした。医療研究者たちに問い合わせがなされると,無血の代替治療を医師団が評価するのに助けとなる資料が,数分以内にファックスで担当医に送られました。両親の意思は尊重され,赤ちゃんの治療は成功しました。それ以来,医師団が病院間で医療上の情報を交換する際にファックスを使うようになったので,赤ちゃんの両親は深い感銘を受けました。
マスコミもファックスを有効に利用しています。1989年に中国は北京の天安門広場で国軍が学生の反乱を鎮圧した時,中国政府はテレビやラジオや新聞の報道を規制しましたが,国際貿易を維持するために電話回線は開かれていました。それで記者たちはファックスを使って中国内外の人々にニュースや写真を送りました。
広告業界もこの技術を活用してきました。ある会社の宣伝部長は,ファックスで広告を送ると「メッセージに緊急感や切迫感があるので,先方はすぐに読んでくれる」と語りました。しかしファックスの所有者の側では,そういうくだらないファックスは機械をふさぐだけで,仕事上重要な情報が受け取れなくなると感じている人も少なくありません。
以上のことから分かるように,工夫しだいでファックスの使いみちはいくらでも広がります。しかし,新しい技術が登場すると大抵そうですが,ファックスを悪用している人もいます。
将来どんなファックスができるか
あるコンピューター技師は,ファックスのスピードも機能もさらに向上すると予想しています。卓上の機械が職場で一般化するにつれ,社内ファックスが社内郵便に取って代わることでしょう。カラーファクシミリや携帯用ファックスも現在開発中です。コピーとプリンターとファックスが一体になりパソコンで操作する機械も登場する見込みです。ある大手メーカーは,メモ用紙ぐらいの大きさで100㌦(約1万3,500円)前後のパーソナル・ファックスがいずれ普及すると見ています。
確かに電話でも口頭ですぐに情報を伝えられますが,そのようなメッセージは誤って引用されたり誤解されたりする恐れがあります。しかしファックスは実際の言葉を文字にして,しかも速く伝えることができます。今では,わたしたちの生活の重要な情報伝達手段です。ファックスは一人前になって,すっかり定着しているのです。