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目ざめよ! 1999
目99 9/22 10–12ページ

若い人は尋ねる…

不公正にどう対処したらよいのだろう

「お金のある人たちだけが尊敬されて,僕たちのように食べる物や寝る場所さえない者は動物のように扱われるんだ。将来に何かを期待するとしたら,それはだれにも気づかれずに死ぬことさ」。―アルヌルフォ,15歳のホームレスの少年。

世界には不公正な事柄がたくさんあります。国連児童基金(ユニセフ)は次のように報告しています。「過去10年間に,戦争で殺された子どもは200万人以上,生き残ったものの手足を失った子どもは400万人以上,孤児になるか家族と離れ離れになった子どもは100万人以上に達した」。世界人口の大多数を苦しめている飢えや貧困は,しばしば富や豊かさと隣り合わせです。発展途上国では,アルヌルフォのような若者が大勢,教育を受ける機会を奪われています。

あなたを愛し保護すべき立場にある人から不公正な扱いを受ける場合,それは特につらいものです。スザンナという名の17歳の少女のことを考えてみましょう。スザンナと2人の弟は母親から捨てられました。「あれから何年もたちますが,母は同じ町に住んでいるのに一度も,一緒に住まないかと尋ねてくれたことはありません。『愛している』という言葉さえかけてくれたことがないんです。これにはいつも腹を立ててきましたし,今でもそうです」と,スザンナはつらそうに語ります。あなたもこのようなむごい仕打ちを受けているなら,怒りをこらえるのが難しいことに気づくかもしれません。子ども時代に性的ないたずらを受けたある被害者は,「神に対して悪感情を抱くことさえありました」と語っています。

むごい仕打ちを受けて,傷ついたり,怒ったりするのはごく自然なことです。聖書は,「単なる虐げが賢い者に気違いじみた行動を取らせることがあ(る)」と述べています。(伝道の書 7:7)毎日の生活の中で不公正を耐え忍ばなければならないとしたら,気がふさぐこともあるでしょう。(詩編 43:2と比較してください。)そのために,不公正がなくなることを強く望むかもしれません。中央アメリカのある少女はこう述懐しています。「13歳のとき,わたしは学生運動に加わりました。私の夢は今の状況を変化させるために何かをして,子どもたちが飢えなくなるようにすることでした。……のちにわたしは武力闘争に加わりました。」この少女は公正を見いだすどころか,仲間の兵士たちから言葉で言い表わせないほどのひどい虐待を受けました。

こうした状況は,大半の人々が自分の境遇を改善する点で無力であることをわたしたちに再認識させます。では,不公正による被害を受けている人々は問題にどう対処したらよいのでしょうか。a 胸に込み上げてくるかもしれない苦々しさや怒りをどのように克服できますか。

苦々しさと怒りを捨て去る

時折,わたしたちはこの事物の体制の「終わりの日」に住んでいることを自分に言い聞かせる必要があるかもしれません。聖書は,今の時代の人々が「ののしる者,……愛のない者,人を許さない者,中傷する者,自制心のない者,残忍な者,善を愛さない者,不信実な者」となることを予告していました。(テモテ第二 3:1-4,「新国際訳」)多くの人々は,「いっさいの道徳感覚を通り越し」ています。(エフェソス 4:19)したがって,不公正は避けて通ることのできない現実です。それで,「資力の乏しい者が虐げられたり,管轄地域で裁きや義が奪い取られたりするのを見ても,その事で驚き惑ってはな(り)」ません。―伝道の書 5:8。

聖書は十分な理由があって,苦々しさのとりこにならないようにと警告しています。例えば,聖書には,「すべて悪意のある苦々しさ,怒り,憤り……を,……あなた方から除き去りなさい」とあります。(エフェソス 4:31)なぜでしょうか。苦々しい怒りを抱きつづけることは,長い目で見れば結局害になりますし,自滅的だからです。(箴言 14:30; エフェソス 4:26,27と比較してください。)「エホバ……に向かって激怒」している場合は,特にそのように言えます。(箴言 19:3)神に対して怒るなら,あなたをだれよりも助けることのできるその方との関係を損なうことになります。聖書には,エホバの「目はあまねく全地を行き巡っており,ご自分に対して心の全き者たちのためにみ力を表わしてくださる」とあります。―歴代第二 16:9。

聖書はまたエホバについて次のように述べています。「そのすべての道は公正である。忠実の神,不正なところは少しもない。義であり,廉直であられる」。(申命記 32:4)不公正は,アダムとエバの反逆をもって始まりました。(伝道の書 7:29)「人を支配してこれに害を及ぼし(て)」きたのは人間であって,神ではありません。(伝道の書 8:9)また,「全世界が邪悪な者[悪魔サタン]の配下にある」ことも忘れないでください。(ヨハネ第一 5:19)世界中に見られる不公正の背後には,エホバではなく,サタンがいるのです。

不公正の終わり

幸いなことに,不公正は永久に続くわけではありません。そのことを心に留めておくなら,問題に対処しやすくなります。聖書時代に生きていたアサフという名の男の人が経験したことを考えてみましょう。アサフはエホバに仕えると主張する民の中で暮らしていましたが,周囲の至るところで不公正を目にしました。残忍な人々が人を虐待しても罰せられず,かえって安楽でぜいたくな暮らしをしているように思えました。アサフはこう認めています。「わたしは邪悪な者たちが平安でいるのを見るたびに,……ねたましくなった」。アサフはそのようなことで頭がいっぱいになるままにしたので,一時的にバランスを失ってしまいました。―詩編 73:1-12。

時たつうちにアサフは,自分の誤りを劇的な仕方で悟るようになり,邪悪な者についてこう述べました。「確かに,あなた[神]は彼らを滑りやすい地に置かれます。あなたは彼らを滅びに陥れました」。(詩編 73:16-19)そうです,邪悪な者で罰を本当に逃れることのできる人は結局だれもいないということを,アサフは理解するようになりました。邪悪な者はしばしば自分の犯した悪行に追いつかれ,投獄や破産,失業や権力の座から降ろされるなどの苦い経験をします。そして最終的には,神が邪悪な事物の体制に裁きを下されるときに,「滅びに陥れ」られます。―詩編 10:15,17,18; 37:9-11。

神が近い将来に事を正されることを知ると,怒りや落胆の気持ちを抑えるのが容易になります。聖書にはこのような諭しがあります。「だれに対しても,悪に悪を返してはなりません。すべての人の前に良いものを備えなさい。できるなら,あなた方に関するかぎり,すべての人に対して平和を求めなさい。わたしの愛する者たち,自分で復しゅうをしてはなりません。むしろ神の憤りに道を譲りなさい。こう書いてあるからです。『復しゅうはわたしのもの,わたしが返報する,とエホバは言われる』」― ローマ 12:17-19。ペテロ第一 2:23と比較してください。

助けと支えを得る

しかし人によっては,つらい記憶など,深い心の傷を抱えているかもしれません。ユニセフの伝えるところによれば,「暴力に絶えずさらされている子どもたちは,人を全般的に信頼しなくなることなど,考え方や態度の著しい変化をほとんどいつも経験する。子どもがかつて隣人や友達だと思っていた人から襲われたり虐待された場合は特にそう言える」。

そのような問題は簡単には解決できないものです。しかし,消極的な感情やつらい記憶がいつも頭にあるなら,おそらく助けが必要でしょう。(詩編 119:133と比較してください。)まず,自分が経験した問題を特に扱った資料を読むことができます。例えば,「目ざめよ!」誌には,レイプや強盗や児童虐待などの犠牲になった人々に実際的なアドバイスを与える多くの記事が載せられてきました。また,感情移入のできる円熟した人に自分の思い煩いや気持ちを聴いてもらうなら,大きな助けになるでしょう。(箴言 12:25)もしかすると,親に打ち明けることもできるかもしれません。

しかし,親の支えが得られない場合はどうしますか。では,クリスチャン会衆からの支えを求めてください。エホバの証人の間では,会衆の長老たちは苦しんでいる人々の避け所になっています。(イザヤ 32:1,2)長老たちに自分の話を聴いてもらえるだけでなく,実際的なアドバイスも受けられるかもしれません。また,ほかの円熟したクリスチャンたちもあなたの「兄弟と姉妹と母」になることができることを忘れないでください。(マルコ 10:29,30)母親に捨てられたスザンナのことを覚えていますか。スザンナと彼女の弟たちはクリスチャン会衆からの支えを得ました。あるクリスチャンの奉仕者はスザンナの家族に非常に深い関心を示したので,スザンナはその人のことを養父と呼んでいます。そのような支えのおかげで,「わたしたちは円熟し,真理のうちに堅く立つことができています」と,スザンナは語っています。

有意義な活動を日課とすることも助けになる,と専門家たちは言います。学校に行ったり家事をするだけでも,消極的なことを考えないよう大いに助けられます。しかし,霊的な活動の良い習慣 ― クリスチャンの集会に出席することや良いたよりを宣べ伝えること ― を守るなら,特に益を得られるでしょう。―フィリピ 3:16と比較してください。

神の王国が来て神のご意志が全地に行なわれるようになるまで,不公正はなくなりません。(ダニエル 2:44。マタイ 6:9,10)ですから問題に対処できるよう,それまでの間は自分にできることを行ないましょう。イエス・キリストが神の王国の支配者として,『助けを叫び求める貧しい者,また,苦しんでいる者や助け手のない者を救い出す。彼は立場の低い者や貧しい者をふびんに思い,貧しい者たちの魂を救う』という約束をご自分の支えにしてください。―詩編 72:12,13。

[脚注]

a この記事は,貧困にあえぐ国の若者たちが経験するかもしれない不公正に焦点を当てていますが,ここで考慮する原則はどんな形の不公正にも当てはまります。

[11ページの拡大文]

「神に対して悪感情を抱くことさえありました」

[12ページの写真]

仲間のクリスチャンからの支えは不公正に対処する上で助けになる

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