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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1955
塔55 9/1 325–336ページ

物質主義とクリスチャンの家庭

万事は物であり,そして物質主義の哲学は精神的な福祉をもたらすと,あなたは考えますか? この記事は,まつたく大切な知らせをあなたに伝えています。

物質主義とその哲学は世界を征服しています。しかし,物質主義の哲学は,神の御意とは全然逆なものであるため,その征服の期間は短いものです。それが,いまの苦難の世界を救えないことは,ちようど広島における原子爆弾の爆発がキリスト教の原則を説明し得ないことと同じであります。人間には物質主義が正しく見えるかも知れませんが,神にとつては全然悪いものです。『人の道はおのれの目に正しとみゆ。されどヱホバは人の心をはかりたもう。』『人のみずから見て正しとする途にして,その終はついに死にいたる途となるものあり。』物質主義は,その途の一つです。―シンゲン 21:2; 14:12。

物質主義は現世のことだけを考えます。それは霊的なものの反対です。その理論の教えることは,こうです。人間の現象は,歴史的なものでも,社会的なものでも,あるいは心理学的なものでも,霊的な面から見たり解釈せず,むしろ肉体や物質上の面から見たり解釈すべきであるというのです。物質主義は,神に信仰を持たないこの世から生まれたものであり,そして科学の偶像崇拝,自己礼讃,真理と価値の歪曲という有害の食物を取つています。それはヱホバ神をうしろに隠してしまい,人間生活に影響する神の御霊の貴重な価値をできるだけなくそうとしています。そして,人間の働きや考えを誇張して一番理論的であると誇つています。物質主義による技術の進歩は,人類の福祉に貢献すると見せかけるものの,その実際面から見るとき,それは人類の亡びをもたらす敵になつています。なぜならば,どんなことをしようとも,物質主義はこの悲惨な文明を救つてハルマゲドンの戦を通過させ,神のつくる新しい世に入れさせることができないからです。それに,物質主義は永遠の幸福や,平和や,そして生命を与えることができません。

人間は生きるために神を崇拝しなければなりません。『神は霊であられ,神を崇拝する者は,霊と真をもつて崇拝しなければならない。』それで,霊的な事柄をおろそかにしたり,軽んじたりする人は,正しい価値判断をしていません。その人は,イエスが譬話の中で用いた物質主義の人のようです。この人は,こう言いました『「魂よ,お前は長年分の良い物を貯えているぞ。気楽にし,食べ,飲み,楽しめ。」すると神は彼に言われた。「分別の無い者よ。今夜お前の魂は取りさられる。そのとき,お前の貯えたものは誰のものになるのか?」 自分のために宝を積んでも神に対して富まない者はこれと同じである。』この教訓はこうです。『豊かに物を持とうとも,持物によつて生命は得られない。』『宝は怒の日に益なし。されど正義は救うて死をまぬかれしむ。』それで,物質主義に警戒し,自分の身を守りなさい。―ヨハネ 4:24。ルカ 12:15-21,新世。シンゲン 11:4。

物質主義はキリスト教国に充溢

聖書は,しのびこんでくる物質主義の麻痺について警告を与えていますが,それにもかかわらず物質主義は世界をすつかり征服しました。(ニューヨーク)第5番街にある長老派教会のジョン・スーザーランド・ボネルはこう述べています。『腐敗と万事金次第は,恐ろしい程アメリカ全地にひろまつている。物質主義は,アメリカの心に食い入つている。我々は,鉄や,銀や,金や,木の神々をつくつた。神の大いなる息が国中隈なく吹かねばならぬ必要がある。』ジョン・ヘイエス閣下は『自由の物質主義』の定義を下し,それは現代の文明において,非常な失敗,孤独,そして混乱をつくり出したと述べています。『それは奴隷の労働,飢餓をつくり出し,そして子供たちは両親を密かに窺うようになつた。それは神の信仰なしに,文化を持つ立派な民族をつくり得るという考えをひろめている。そのような哲学は,人間の知つている光と力の唯一つの源を取り除いてしまう。』物質主義は『理智のある我々の全歴史の中で,人間の平和と幸福に対する最大の犯罪』であると,彼は極めつけました。

『クリスチャン』の家庭が,どの程度まで物質主義に食いこまれているかは,イエスの言葉から測ることができます。『地に宝を貯えることを止めなさい。』『今日は生きていて明日は炉に投げられる野の草をも,神はこのように装つてくださるのなら,ましてや,あなた方をそれ以上に良く装わない筈があろうか。あなた方信仰のうすい者たちよ。それであるから,「何を食べようか」「何を飲もうか」「何を着ようか」と言つて思いわずらつてはならない。これらのものは,諸国民の切に求めているものである。あなた方の天の御父は,これらのものがことごとくあなた方に必要であることを知つておられる。まず御国と神の義を求めなさい。そうすれば,これら他のものもすべてあなた方に添えてあたえられるであろう。あすのことを心配しなさるな。あすは,あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は,その日一日で十分である。』― マタイ 6:19,30-34,新世。

今日,大部分の『クリスチャン』家庭では,イエスの言葉の逆を行つてはいませんか? ヱホバの証者が,アメリカ合衆国のいわゆる『クリスチャン』の家庭を訪問すると,その受ける答はたいていの場合,次のようです。『生活に追われていて,とても忙しい。』『そんなものを読む時間などは無い。』『信仰をする時間が無い。』『聖書に興味はない。』『宅には宅の宗教があります。』『新聞も娯楽雑誌をも読む時間はない。聖書など到底読めない。』まるで,新聞や娯楽雑誌は,神の御言葉や知識である聖書より,はるかに大切のようです。

クリスチャンと自称するこれらの人々が,霊の思を持つていないことは明らかです。彼らが御国を第一に求めていないことは,確かです。彼らは,霊の価値のすべての意義を失いました。ただ,生活の必需品と快楽だけに思いわずらつて,霊的な事柄にたいする時間はありません。彼らは『物質を求めるロボット』になつてしまい,そして霊的な必要物は物質でもつて満足が得られると考えています。例えば,キリスト教国は物質の勢力を用いて平和を求めます。しかし,平和とは心の状態であつて,神の御霊の結ぶ実であります。よろこび,幸福,そして満足は,御霊によつてつくり出されるものです。しかし,この世の人々は,新しい家,シャレた家具,最新の自動車,大きな冷蔵庫,21インチのテレビジョン,その他のような物質を持つことによつて,よろこびや,幸福を得ようとします。しかし,物質は真実の満足を与えておらず,彼らはそれを疑問に思つています。

彼らは次のことを理解していません。すなわち『肉の人は神の御霊の事柄をうけいれない。それは彼には愚かなことである。それは霊によつて調べられるために,彼には理解することができない。しかし,霊の人はすべての事をことごとく調べるが,自分自身はだれからも調べられない。』御霊によって生活する,― つまり,神の御言葉の指示に従つて生活するならば,愛,よろこび,平和,親切,善,信仰,温和,節制は,自然に私たちのものとなります。争いと分裂をひき起す利己主義や,競争や,そしてねたみは,神の御意の働くときに,消え失せてなくなります。神の御霊が豊かに働くクリスチャンの家庭には,平和と満足が充ちています。―コリント前 2:14,15,新世。

しかし,物質主義がクリスチャンの家庭内に入りこんでくると,キリスト教はすぐに無くなります。人よりも物に強調が置かれると,愛情と家庭はすぐに分裂します。『あなた方の宝のあるところに,あなた方の心もあるであろう。』妻は,良い家を維持するために,外の仕事をしなければならぬと信ずるようになります。家政は副のものになり,子供の世話は,おろそかになります。おたがいの必要を感じなくなります。間もない中に問題が生じます。―マタイ 6:21,新世。

近代の便利施設や『幸福を生み出み出す方法』というようなものを持てば安全であるという偽りの気持が生じてきます。『自分の家や,仕事や,家族や,友人がある。それに,自分たちの宗教があります。お分りのように,私たちには聖書は必要でありません。もうすつかり満足しています。欲しいものは何でもあります。どうもありがとう。』これには物質主義の臭いが感ぜられます。そのような家では,宗教はちよつとした方便であつて,仕事や社交上,あるいはいざという時に役立せるものにすぎません。多かれ少かれ自動車に備えられた予備タイヤのようです。予備タイヤがあれば,安心しておられるし,それにパンクした時には役に立ちます。この家の宗教もそれと同じようであつて,ただ便宜のために持たれているのです。

物質主義を克服する努力

しのびこんでくるこの麻痺を克服するため,この物質主義の世を変えようとする努力が為されています。それは,いまよりもつと物質主義になることにより,そして宗教が政治と社会の事柄に一層関係するようになり,かつ物質主義的な海軍と軍隊に,より一層の信頼をすすめることによつてです。まるで気が狂つていてとうてい考えられないと思うかもしれませんが,そのような哲学がこの世界を導いているのです。クリスチャンの家庭に物質主義を入れることは,災をうけることです。『姦淫を行う者よ,世の友となることは,神の敵になることをあなた方は知らないか? それであるから,世の友となろうと欲する者は,誰でも自ら神の敵になるのである。』この物質主義の世に加わることは,神と戦争をすることです。―ヤコブ 4:4,新世。

物質主義は,巨大な蛇のようにこの世界を取り巻いています。それは,宗教指導者の愚と無能を通して,その犯罪を長く行つてきました。物質主義の人は,知識を祭り上げて偶像にしてしまい,神には背を向けています。彼は,自分の仕事を達成させるための道具と理智の供給者,すなわち造り主に讃美を捧げません。

チャールス・リンデバーグが『フライト・アンド・ライフ』の中で,ぴつたり言い中てているように,物質主義の持に信頼するこの世は,『生命の真の特質 ― 地の美,その季節と空,人間の兄弟愛,妻と子供たちのよろこび,時間を生き残るのに是非とも必要とする無限の力 ― 戦争により亡ぼされず,平和により腐敗されない要素』を失つた。彼はこう結論しています。『私はいま悟つたのであるが,都の石垣に漆喰が必要であること以上に,霊的な真理は国家に必要である。国民の行為が,これらの真理によつて導かれないならば,その石垣がくずれるのは時間の問題である。』

時は刻々と過ぎさつて,間もなく世界最大の戦争が起ります。この戦争に生き残る者たちは,かたい岩の土台に家を建てる慧き人になぞらえられています。その人は神の永続する御言葉に従順に従います。そのクリスチャンの家の壁は,しつかりと立ち残ります。他のものはことごとくくずれ落ちてしまいます。あなたが,自分の家を霊的な土台の上に立てる賢い建て主でありますように。そして,ある人は戦車や,馬に頼もうとも,救いを与える方はヱホバだけであることを憶えていて下さい。―マタイ 7:24-27。詩 20:7。

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