読者よりの質問
● 他の聖書の翻訳は,『十字架』という言葉を使つていますが,新世訳はたいていの場合『杙』を使います。しかし,或るところでは,使徒行伝 5章30節の欄外にあるごとく,『木』を使っています。これはなぜですか。―アメリカの一読者より
キリスト教国で一般に用いられている聖書の中で,『十字架』と訳されているギリシャ語は『スタウロス』という言葉です。本来,この言葉は1本の杙または柱を意味する,つまり横木のない柱を意味するために用いられました。イエスは杙にかけられたのです。そのことは使徒ペテロとパウロが,使行 5:30,使行 10:39,使行 13:29,ガラテヤ 3:13,そしてペテロ前 2:24で,イエスは木にかけられたと述べていることからも分ります。『木』と訳されているギリシャ語は,『ザイロン』です。この言葉から木片でつくられている音楽楽器『ザイロホン』(木琴)という言葉ができているのです。しかし,この『ザイロン』というギリシャ語は地面に生長して実を結ぶ生木を意味しません。生長して実を結ぶ生木に対しては,ギリシャ人は『デンドロン』という別の言葉を用いました。この言葉から,森林学という意味の英語の言葉『デンドロジイ』という言葉が派生しました。デンドロンというギリシャ語は,マタイ 3:10; 7:17,18,19; 12:33; 13:32; 21:8。またマルコ 8:24; 11:8。ルカ 3:9。ユダ 12。黙示 7:1,3; 8:7; 9:4というような節に用いられています。
それで,ギリシャ語を話していた昔の人は,イエスの苦しみの杙を指すときに生木であるデンドロンを用いず,ザイロンを用いました。それで,このザイロンは丸太または杖に相当します。全くのところ,この言葉はマタイ 26:47,55。マルコ 14:43,48。ルカ 22:52(欽定訳)で『杖』と訳されています。群衆がイエスを引き捕えて使用したザイロンは,十字架では決してなく,また地面に根づいている生木でもありません。ときどき樹木を構成する木部から照らし合わせて,生木でさえもザイロンと呼ばれることがあります。この場合には,前後の文脈から判断して,それが死んだ木であるか,又は生木であるかを知ります。その例はルカ 23:31。黙示 2:7; 22:2,14です。
それで,前述の論議からも分るように,イエスがつけられた苦しみの杙なる木は,キリスト教国の教えるような十字架ではなく,また横木のついた丸太でもありません。それは直立したまつすぐな柱,あるいは丸太であつて十字架という性崇拝の象徴とはまつたくちがうものです。