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  • 生命は自然に発生するか
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1978
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1978
塔78 10/15 5–8ページ

生命は自然に発生するか

創造者が存在しないとすれば,生命はひとりでに始まったに違いありません。多くの人はそのように考えています。しかし増し加わる知識はこの考え方を裏づけていますか。

古代エジプト人はタマオシコガネが土の中から突然に姿を現わすのを見,それがひとりでに生じたと考えました。アメリカ百科事典に次のことが出ています。「ナイル川沿いの堤の地面には無数のタマオシコガネがよく見いだされた。そしてこれが自然発生の考えを裏づけるものとなった」。(1977年版第24巻336ページ)しかし実際には何が起きたのでしょうか。めすの甲虫が糞をまるめて作った球に卵を生みつけ,それを埋めたのです。卵がかえると,幼虫は糞を食べて成長し,後に甲虫となって姿を現わしました。結局のところ自然発生ではなかったのです。

ギリシャの哲学者は生命の自然発生を教えました。西暦前5世紀にはアナクサゴラスとエンペドクレスの両人がそれを信じていました。その1世紀後にアリストテレスは,うじとかたつむりが腐敗の産物であると教えています。西暦17世紀になってさえ,フランシス・ベーコン,ウイリアム・ハービーなどの科学者が自然発生を教えました。

しかしその同じ世紀にレーディは,はえが卵を生みつけて後に初めて肉にうじがわくことを明らかにしました。微生物が発見され,自然発生の証拠としてもてはやされましたが,18世紀になってスポランザニは芽胞からそれが生ずることを明らかにしました。1世紀後にパストゥールは論争にけりをつけました。彼は生命からのみ生命が生まれることを証明したのです。今日の科学者はこの考えを受け入れていますが,それでも多くの科学者は,20億年から30億年の昔に生命が自然に発生したと主張しています。

化学的進化論,最新の臆説

メタン,アンモニア,水蒸気,二酸化炭素および少数の他の気体から成る原始の大気が紫外線の衝撃を受け,分子が破壊されて原子になり,それらが組み直されてアミノ酸つまりたんぱく質の構成成分を作ったと,多くの科学者は信じています。これら,および他の有機化合物が水の中に凝集し,膜を作り,生きた細胞になったとされています。これはおそらく初めはメタンから,そして後には発酵作用からエネルギーを得ました。さらに後になると,細胞は光合成の過程を“発明”しなければならなかったと言われています。しかし簡単な細胞がこのように作り出され,生きていくことが実際に可能でしょうか。最もすぐれた科学者でさえも,光合成を完全に理解することはできず,まして人工的にそれを行なうことは不可能であると,謙そんに認めています。

幾つかの落とし穴

多くの科学者は,細胞がこのようにして自然に発達したということを理論づけています。しかしその理論には落とし穴が多く,しかもそれは非常に深いのです。

第1の落とし穴: 地球の原始の大気には,連鎖反応を引き起こすのに必要な気体が適当な割合で含まれていたとするのは大胆な仮説です。この事を裏づける証拠はありません。

第2の落とし穴: このような大気が存在したとしても,そしてアミノ酸が作り出されたとしても,それはメタンおよびアンモニア,水蒸気を分裂させたと同じエネルギーによって破壊されてしまうでしょう。アミノ酸はきわめて複雑な分子です。したがって安定性が悪く,容易に破壊されます。それは3個のれんがよりも10個のれんがの積み重ねを押し倒すほうが容易なのと同じです。大気の上層部で形成されるゆえに,このようなアミノ酸が生き残って地球上の水に達することはまずありません。また達したとしても,凝集して,進化論でいうところの“スープ”になるまで長く残存しないでしょう。科学雑誌ネイチャーの1960年5月28日号に載せられたD・E・ハル博士の記事からの次の抜粋は,そのことを確証しています。

「大気あるいは海洋中において分解するにしては,これらは寿命が短い。したがってどれほどの時を経ようとも,有機化合物の有用な濃縮が蓄積する可能性はない。…それが生命の自然発生を促す最初の有用な材料になる可能性は,許容される限り最大のものを考えても,絶望的と言えるほど少ないようだ。…これらの論拠から得られる結論は,自然発生論にとって致命的でないにせよ最も重大な障害となるものである。まず,熱力学の計算から予想できることであるが,最も簡単な有機化合物でさえ,その濃縮はごくわずかなものだ。第二にこのような化合物を合成する際に用いられる反応は,その分解を促す力のほうがはるかに強いことが知られている」。

科学者の行なったある実験において,注意深く調合した混合気体に放電を行なったところ,最も簡単な二,三のアミノ酸が確かに蓄積されました。しかしそれは放電の場から直ちに取り去られたからにほかなりません。もしこれらのアミノ酸に放電を続けるならば,生ずる事態は,ひとりの人がれんがを作るそばから,別の人がハンマーでそれを砕いてしまうのと同じようなものです。ふつうのたんぱく質を作るには,数百のアミノ酸をひとつの鎖の中に正しい順序で結びつけることが必要です。そして最も簡単な有機体を作るにも,数百の異なるたんぱく質を必要とします。それでれんがを作る人のたとえで言えば,彼は何百ものれんがを一列に並べてセメントで接合し,さらにこれられんがを並べたものを何百も蓄積しなければなりません。―しかも一方の人が盛んにハンマーを振るっている最中にこのすべてをするのです。それでもこれは極端に簡単なたとえです。なぜなら生きた有機体を作るには一連のアミノ酸よりもずっと多くのものを必要とするからです。

さらに多くの落とし穴

第3の落とし穴: アミノ酸は無作為に形成される時,化学的には同一の,しかし一方は“右きき”で他方は“左きき”の分子という二つの形をとります。それぞれの種類のものがほぼ同じ数だけ混ざり合っているのです。しかし生体内においては“左きき”のアミノ酸だけが使われています。それで先のたとえにもどって言えば,れんがを作る人は赤と青の二種類を作ります。そして赤と青のものが入り混じった何百万というれんがの山を積み上げます。(もちろんハンマーを振るう人はいなくなったものと仮定しなければなりません。進化論者も破壊的な紫外線が作用しなくなったものと仮定しています。)さて,巨大なシャベルが,何百万という赤と青のれんがの山に突っ込まれ,何十万個のれんがをすくい取ります。すると,偶然にそのすべてが赤いれんがなのです。同様に,単細胞の生体を作っている何十万の,そして時には何百万のアミノ酸すべては,偶然に“左きき”でなければなりません。しかもそれは“右きき”の他のものが何百万も入り混じった中から取られているのです。

第4の落とし穴: 正しい種類のものを十分な量取り出すだけがすべてではありません。20種類のアミノ酸のそれぞれは,たんぱく質を作る鎖の中で正しい順序に結合することが必要です。1個のアミノ酸の位置がずれるだけで,生体は不具になったり,死ぬことがあります。ゆえに巨大なシャベルは赤いれんがだけをすくうのみならず,そのひとつひとつを正しい位置に落とさなければなりません!

第5の落とし穴: 細胞膜は膜組織で形成されます。進化論者の理論によれば,たんぱく質の小さな塊の周囲の水の膜が細胞膜になったか,あるいは脂肪球がたんぱく質を包み,細胞膜になったとされています。膜は非常に複雑で,糖,たんぱく質,脂肪の分子から成り,どの物質が細胞内に入れるか,そしてどの物質が入れないで通り過ぎるかを支配します。その巧妙な仕組みすべてが解明されている訳ではありません。バーナルは「生命の起源」の中で,「我々が今なお欠いているのは,前述したように脂肪の起源を示す納得できるモデルである」と述べています。(145ページ)脂肪がなければ細胞膜はあり得ず,細胞膜がなければ生物はあり得ません。

不可能なことを信ずる

進化論には,電光あるいは放射線によって衝撃を与えられた原始の大気に始まって,生殖能力を持つ単細胞生物に至るまでの途中至るところに文字通り何千という落とし穴があります。有能な科学者はだれでもその事を知っています。またこれらの落とし穴を避けるために提出された多くの臆説が不適当なものであることも承知しているのです。エネルギーと物質を支配する法則は,生命の自然発生が不可能なことを明白に示しています。数学の確率の法則から見て,その可能性は皆無です。

生殖を営む生物として最も簡単なもの(H39型ミコプラズマ)は,それぞれ平均400個のアミノ酸から成る625のたんぱく質を持っています。しかし理論的にはこのようなたんぱく質が124あれば足りるという説も出されています。“右きき”と“左きき”のものが混ざり合った中から“左きき”のアミノ酸400を持つ,これらたんぱく質のひとつが作られる確率はどれほどのものですか。10120(1に120のゼロをつけた数)分の1の確率です。

しかし実在しないこの細胞には124のたんぱく質が必要です。これだけ多くがすべて“左きき”の分子から偶然に生成する確率はどれほどのものですか。1014,880分の1です。しかしこれらのアミノ酸はただ無差別に結びつけばよいのではありません。正しい順序に結合しなければならないのです。それぞれに平均400を数える“左きき”のアミノ酸がこれら124のたんぱく質の中に正しい順序で結合するとなれば,その確率は1079,360分の1になります。この数字(1に79,360のゼロをつけた数)を書き表わすとすれば,この雑誌の約20ページを埋めることになるでしょう。確率の権威であるエミール・ボレル博士によると,ある事柄の起こる確率が1050分の1よりも小さければ,それはどんなに長い時間をかけても決して起こらないでしょう。しかもこれは,このページの2行以内に書き表わせる数字です。

著名な進化論者たちはこの問題に気づいています。それを宇宙空間のかなたに押しやろうとしている人々もいます。英国の天文学者フレッド・ホイル卿は,『生命の起源を地球に求める現在の説は,化学的な理由からしてきわめて不満足なもの』であり,『生命は地球上に発生したのではなくて彗星に起源がある』と述べています。別の人々は証拠がないにもかかわらず,無理に信じています。ノーベル賞を受けた生物学者ジョージ・ワルド博士はこう述べました,「生命のある有機体の自然発生が不可能なことを認めるのは,考えただけでも大変な仕事である。それでも,我々は自然発生の結果,存在しているとわたしは信ずる」。自分でも認めているとおり,同博士は不可能なことを信じているのです。このような考え方は一時代前の生物学者D・H・ワトソンのそれに比べられるものです。彼は次のように語りました。進化論が「広く受け入れられているのは,論理的に首尾一貫した証拠によってその真実が証明されているからではなく,それに代わる唯一のもの,特別な創造を信じられないことが明白だからである」。

あなたは軽信的それとも論理的ですか

進化論に関する著述家は,他に根拠がないため,権威という名の横暴に訴えます。『有力な科学者はみなそれを信じている; 著名な生物学者でそれを疑う人はいない; 知識人ならばそれを疑問視しない; 理知的な人はだれでもそれを受け入れている; それを受け入れないのは,宗教的偏見を持つ人だけである; それは繰り返し証明されてきた; これ以上の証拠はもう必要ない』。圧力を加えることや洗脳はこのようにえんえんと続きます。

しかしあなたはご自分で調べるべきです。そしてご自分で決めてください。あなたの命があなたの決定にかかっていると言えます。そして次の事を考えてごらんなさい。あなたが20階のビルから飛び降りたとします。地面にたたきつけられる直前に激しい突風が起こってあなたを捕え,ビルの屋上に連れもどします。それはありそうな事ですか。まずあり得ないことです。それを当てにすることはできません。しかし生物の自然発生は,それよりもはるかにありそうもない事なのです。それを当てにしないでください。

聖書の詩篇 36篇9節にはこう記されています,「いのちの泉はなんぢ[神]に在り」。生命が自然に発生したことを信ずるのは軽信です。理知ある神によって生命が創造されたことを信ずるのは理にかなっています。次の記事はそのことを示しています。

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