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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1991
塔91 12/1 2–5ページ

宗教は本当に必要か

あなたにとって宗教は大切なものですか。もしかしたらあなたはどこかの宗教団体,または教会に属しておられるでしょうか。もしそうであれば,ドイツの哲学者カール・マルクスが,「宗教は人民のアヘンである」と書いた1844年に生きていた人々と多くの共通点を持っていることになります。当時はほとんどすべての人が教会に行き,宗教は社会のあらゆる階層に強力な影響を及ぼしていました。今では大きく変わりました。幾億人もの人々の生活の中で,宗教はほとんど何の役割も果たしていません。教会に通っている人々は地域社会の中では少数派のようです。

この変化の原因はどこにあるのでしょうか。一つには,カール・マルクスが反宗教的な哲学を発展させ,それが大きな影響を与えるようになったためです。宗教は人類の進歩の障害になるとマルクスは考えていたようです。人類の必要は,神や伝統的な宗教の入り込む余地の全くない哲学,つまり唯物論によって最も良く満たされる,とマルクスは断言しました。そのため彼は,「民衆が幸福になるための第一条件は,宗教を廃止することである」と述べました。

マルクスの唯物論は,ドイツの社会主義者フリードリッヒ・エンゲルスと,ロシアの共産主義の指導者ウラジミール・レーニンとによってさらに発展を遂げました。そのためマルクス・レーニン主義として知られるようになりました。最近まで,人類の3分の1以上は,程度の差こそあれ,この無神論的な哲学に従う政府の下で生活していました。今でもそういう状態にある人は少なくありません。

世俗主義の増大

しかし,人類に対する宗教の支配力が衰えたのは,共産主義的な哲学の普及だけが原因ではありませんでした。科学の分野における発展も原因の一つとなっています。例えば,進化論が一般化することによって大勢の人々が創造者の存在に疑問を抱くようになりました。さらに別の要因もあります。

ブリタニカ百科事典は,「超自然の力によるものと以前みなされていた現象が,科学的に説明されるようになり」,「医学,教育,芸術などの活動分野から,組織宗教の影響が排除された」ことを述べています。こうしたことが進展し,世俗主義が増大するようになりました。世俗主義とは何でしょうか。それは,「宗教と宗教的な考えとは無視すべきである,あるいは意識的に排除すべきであるとの前提に基づいた人生観」と定義されています。世俗主義は共産主義の国でも非共産主義の国でも影響力を持っています。

しかし,宗教の影響力が衰えたのは世俗主義とマルクス・レーニン主義だけのせいではありません。キリスト教世界の諸教会にも責任があります。なぜでしょうか。何世紀もの間,諸教会は権力を乱用してきたからです。また,聖書ではなく,聖書に反する伝統や人間の哲学に基づく教義を教えてきたからです。そのため,信徒のうちの多くは霊的に非常に弱くなり,世俗主義の猛攻に耐えることができませんでした。

さらに,諸教会そのものの大半が最終的に世俗主義に屈服してしまいました。19世紀には,キリスト教世界の宗教学者たちが一種の高等批評を考え出したため,聖書は霊感を受けた神の言葉であるという多くの人の信頼はそれによって崩れ去りました。ローマ・カトリック教会を含め,諸教会は進化論を受け入れました。それでもなお創造を信じていると主張します。しかし諸教会は,魂だけは神によって創造されたけれども,人の体は徐々に進化したと考え得る余地を残しました。1960年代には,プロテスタント教会は「神は死んだ」という神学理論を持ち出しました。多くの僧職者たちは物質主義的な生活様式を大目に見,婚前交渉はおろか,同性愛さえも黙認しました。カトリックの信仰と革命的なマルクス主義とを混ぜ合わせた解放の神学を発展させたカトリックの神学者たちもいました。

世俗主義の後退

こうして世俗主義は,特に1960年代から1970年代の半ばにかけて幅をきかせるようになりました。その後,事態は再び変化しました。宗教が勢力を盛り返しているように見えました。しかし,その大半は主流教会ではありませんでした。1970年代の終わりと1980年代には,世界中で新しい宗教団体が次々と誕生しました。

宗教が息を吹き返したのはなぜでしょうか。フランスの社会学者ジル・ケペルによると,「世俗の教育を受けた平信徒たちは……世俗の文化は我々を行き止まりへ導いた。人間は神からの自由を主張し,非行,離婚,エイズ,麻薬の乱用,自殺など,自分たちが誇りと虚栄心とによってまいたものを刈り取っていると考えて」います。

最近のマルクス・レーニン主義の崩壊以来,世俗主義の後退に一層拍車がかかりました。多くの人にとって,この無神論的な哲学は紛れもない宗教になっていました。ですから,それを信頼していた人々の当惑ぶりを想像してみてください。ワシントン・ポスト紙に載ったモスクワ発の特報によれば,共産党高官学校の元校長は次のように述べました。「国の存続というものは,経済や制度のみならず,神話や建国の父たちによっても支えられている。最も偉大な神話が,真理にではなく,宣伝や空想に基づいていたことが発見されれば,どんな社会にとってもそれは破壊的である。しかし,レーニンとロシア革命について,我々はまさに今それを経験している」。

共産主義と資本主義の両世界について,フランスの社会学者であり哲学者でもあるエドガル・モランは次のように述べました。「我々はプロレタリアートの前に開かれていた明るい未来の崩壊を目にしただけでなく,科学と理性と民主主義が自動的に発展してゆくとされていた世俗の社会の自動的で自然な進歩が崩壊するのも目にした。……今はどんな進歩も保証されていない。我々が望んでいた将来は崩壊してしまった」。神を除外してよりよい世界を造り出そうとする人間の努力に信頼を置いた人の多くは,同じような空しさを感じました。

宗教に対する関心が再び高まる

このような幻滅を感じた世界中の大勢の誠実な人々は,生活の中に霊的なものが必要であることに気づきました。宗教の必要を理解しました。それでも,主流教会には満足できません。信仰治療を行なう分派,カリスマ的団体,秘教的宗派,また悪魔崇拝的団体をも含め,新しい宗教に疑いを抱いている人々もいます。宗教的狂信もその醜い頭をもたげつつあります。ですから,宗教はある程度勢力を盛り返しています。しかし,そうした宗教の見直しは,人間の益になるでしょうか。実際,宗教であれば何でも,人の霊的な必要に本当にこたえてくれますか。

[3ページの図版]

「宗教とは抑圧された者たちのため息,無情な世界の感傷,魂の抜け殻の状態のことである。宗教は人民のアヘンである」

[クレジット]

写真: New York Times, Berlin—33225115

[4ページの図版]

ウラジミール・レーニン(上)とカール・マルクスは宗教が人類の進歩の障害になっていると考えた

[クレジット]

Musée d'Histoire Contemporaine—BDIC (Universitiés de Paris)

[5ページの図版]

マルクス・レーニン主義者のイデオロギーは,多数の人々の心に高遠な希望を抱かせた

[クレジット]

Musée d'Histoire Contemporaine—BDIC (Universitiés de Paris)

[2ページの図版のクレジット]

表紙の写真: Garo Nalbandian

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