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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 2012
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尋ねてみたいこと 3: なぜこんな苦しみに遭うのですか

イアンの父親は大酒飲みで,イアンは子ども時代,必要な物に事欠くことはなかったものの,父親からは感情面で支えてもらえず,「わたしは父にあまり愛情を感じませんでした。それは主に,父の飲酒と母に対する接し方が原因でした」と述べています。そして,成長するにつれて,神の存在を疑問視するようになりました。「『もし本当に神がいるのなら,人が苦しむのをなぜ許しているのか』と考えたのです」。

そう尋ねるのは,

自分の生活にはさほど問題がなくても,罪のない人々が苦しんでいるのを見れば,正義感がかき立てられるからです。しかし,イアンのように,自身が辛い経験をした場合や,愛する人が病気になったり死んだりした場合には特に,なぜこんな苦しみに遭うのかとますます疑問に思うものです。

人々から返ってくる答えは,

神が苦しみを許しておられるのは,人に試練を与えて謙遜や思いやりを教えるためだ,というものです。あるいは,苦しみに遭っているのは前世で罪を犯したからだ,というものです。

そう考えると,

神は人の苦しみを何とも思わない残酷な方で,愛し難い存在であることになります。

聖書によれば,

人間が苦しむのは神のせいではありません。こう書かれています。「試練に遭うとき,だれも,『わたしは神から試練を受けている』と言ってはなりません。悪い事柄で神が試練に遭うということはありえませんし,そのようにしてご自身がだれかに試練を与えることもないからです」。(ヤコブ 1:13)実際,苦しみを神のせいにする考えは,神のご性格に関する聖書の記述と調和しません。

神の主要な特質の一つは愛です。(ヨハネ第一 4:8)聖書は,そのことを強調し,神を,乳をふくませる母親のような感情を持つ方として描いています。そこには神の次のような言葉が収められています。「妻が自分の乳飲み子を忘れて,自分の腹の子を哀れまないことがあろうか。こうした女たちでさえ,忘れることもあり得る。しかし,わたしがあなたを忘れることはない」。(イザヤ 49:15)確かに,優しい母親が故意に自分の子を傷つけることなど考えられません。慈しみ深い親なら,子どもの苦しみを何とか和らげようとするものです。同様に神も,罪のない人たちに苦しみをもたらしたりはされません。―創世記 18:25。

とはいえ,罪のない人々が現に苦しんでいるので,『もし神が全能者で,人間のことを気遣っているのなら,なぜ苦しみの原因を一掃しないのか』という疑問が生じるかもしれません。

神が今のところ苦しみを許しておられるのには,十分の理由があります。その一つは,人が人に苦しみをもたらしていることです。苦痛をもたらす暴君や圧制者の多くは,自分のやり方を変えたがらないので,神は,苦しみの主な原因を除き去るために,その者たちを滅ぼすしかありません。

神がまだ滅ぼしておられない理由については,使徒ペテロがこう書いています。「エホバはご自分の約束に関し,ある人々が遅さについて考えるような意味で遅いのではありません。むしろ,ひとりも滅ぼされることなく,すべての者が悔い改めに至ることを望まれるので,あなた方に対して辛抱しておられるのです」。(ペテロ第二 3:9)エホバ神の辛抱強さは,その愛と憐れみに富むご性格の表われです。

しかし間もなく,エホバ神は行動を起こし,罪のない人たちに「患難をもたらす者に患難をもって報い」ます。不当な苦しみをもたらしている者たちは,「永遠の滅びという司法上の処罰を受けます」。―テサロニケ第二 1:6-9。

先ほどのイアンは,苦しみについての疑問に対する納得のゆく答えを見いだし,人生観が変わりました。その点については,「聖書は人の生き方を変える」と題する次の記事の経験談をお読みください。

神が苦しみを許しておられる理由や,それに関してこれから行なわれる事柄について,詳しくは,「聖書は実際に何を教えていますか」という本の第11章をご覧ください。下記のウェブサイトでダウンロードできます。www.jw.org/ja

苦しみについてイエスは何と語ったか

イエスは,周囲に見られる苦しみを神のせいにはしませんでした。それどころか,次のようなことをしました。

イエスは,神が罪のない人を苦しみに遭わせて罰したりするような方ではないことを示しました。例えば,病気の人,足のなえた人,目の見えない人を治しました。(マタイ 15:30)そうした奇跡から,次の二つの重要な事実を学ぶことができます。第一に,イエスは神の力を用いて,苦しみを引き起こすのではなく和らげた,ということです。第二に,イエスは何の感情も交えずに人を癒やしたわけではない,ということです。苦しんでいる人を見ると,『哀れに思った』のです。(マタイ 20:29-34)イエスは苦しみに対する天の父の感情を完全に反映していたので,わたしたちはその言動から,神が苦痛を見て深く悲しんでおられることや,苦痛をなくしたいと思っておられることを学び取れます。―ヨハネ 14:7,9。

イエスは,人間の苦しみの多くを引き起こしているのが悪魔サタンであることを示しました。例えば,『その者は,その始まりにおいて人殺しであった』と述べています。(ヨハネ 8:44)また,悪魔サタンが「この世の支配者」で「人の住む全地を惑わしている者」である,ということも示しました。―ヨハネ 12:31。啓示 12:9。

イエスは,苦しみすべての終わる時が来るという希望をもたらしました。弟子たちに,「天におられるわたしたちの父よ,……あなたの王国が来ますように。あなたのご意志が天におけると同じように,地上においてもなされますように」と祈ることを教えたのです。(マタイ 6:9,10)神の王国が来れば,地上に苦しみはなくなります。それは,天に苦しみがないのと同じです。

イエスは,使徒ヨハネに与えた啓示の中で,神の王国のもとで生きる人々の生活がどのようなものになるかを描写しました。その王国のもとで,神は『彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやなくなります。以前のものは過ぎ去るのです』。―啓示 1:1; 21:3,4。

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