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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2025
塔研25 8月号 20–25ページ

研究記事 35

121番の歌 自制が必要

欲望に負けないためには

「死んでいく体の中で罪が王として支配するのを許して,体の欲望に従う,ということがもうあってはなりません」。ローマ 6:12

ポイント

(1)欲望に駆られた時に感じる後ろ向きな気持ちをどう振り払えるか。(2)誘惑に負けないために何ができるか。

1. 私たちはみんなどんなことと闘わなければいけませんか。

良くないことをしたいという気持ちに駆られたことがありますか。エホバが喜ばないことだと分かっているのにです。もしそうだとしても,自分は駄目だなどと思わなくて大丈夫です。聖書にはこうあります。「皆さんが受けてきた誘惑は,多くの人が同じように経験してきた誘惑です」。(コリ一 10:13)あなたと同じように,欲望と闘っている兄弟姉妹がたくさんいるということです。あなたは独りではありません。エホバに助けてもらえば,必ず闘いに勝てます。

2. どんな欲望と闘っているクリスチャンやレッスン生がいますか。(写真も参照。)

2 聖書にはこう書かれています。「人はそれぞれ,自分の欲望に引かれて惑わされることにより,試されるのです」。(ヤコ 1:14)どんな欲望に引かれるかは人によって違います。性的な欲求に駆られる人がいます。異性に引かれる人も,同性に引かれる人もいます。ポルノを見るのをやめたのに,また見たくて仕方がなくなる人もいます。ドラッグやお酒への依存をせっかく乗り越えたのに,逆戻りしそうになっている人もいます。クリスチャンやレッスン生はほかにもいろいろな欲望と闘っているかもしれません。私たちは皆時々,こう言ったパウロと同じような気持ちになるのではないでしょうか。「正しいことをしたいと願うのに,自分の中に悪がある」。(ロマ 7:21)

誘惑は不意に襲い掛かってくる。(2節を参照。)c


3. 欲望とずっと闘っている人は,どんな気持ちになるかもしれませんか。

3 ずっと欲望と闘っていると,もう勝ち目がないと感じて無力感に襲われるかもしれません。また,欲望を振り払えない自分はエホバから見放されていると感じて,絶望感を味わうかもしれません。でもそんなふうに感じる時,思い出したいことがあります。この記事で取り上げる次の2つのことです。(1)無力感や絶望感を感じてしまうのはどうしてか,(2)欲望に負けないために何ができるか。

「邪悪な者」はどう思わせようとしているか

4. (ア)サタンは私たちに,誘惑に勝てるはずがないと思わせようとしています。なぜですか。(イ)私たちが誘惑に勝てるのはどうしてですか。

4 私たちに無力感を感じさせ,誘惑に勝てるはずがないと思わせようとしているのは,サタンです。そのことを知っていたイエスは,弟子たちにこう祈るように勧めました。「私たちを誘惑に陥らせないで,邪悪な者から救い出してください」。(マタ 6:13)人間は誘惑に遭えばエホバを裏切る,というのがサタンの主張です。(ヨブ 2:4,5)そもそも,欲望に引かれるがままにエホバに真っ先に背を向けたのは誰でしょうか。サタン自身です。それでサタンは,人間も自分と同じで,誘惑に遭えばあっさりエホバを捨てる,と言い張っています。誘惑の力には神の子イエスでさえ勝てない,と考えていました。(マタ 4:8,9)では,私たちは本当に無力で勝ち目がないのでしょうか。いいえ,そんなことはありません。パウロが言っている通りです。「力を与えてくださる方のおかげで,私は強くなり,どんなことも乗り越えられます」。(フィリ 4:13)

5. 私たちが誘惑に勝てるとエホバが信じていることは,どうして分かりますか。

5 エホバはサタンとは大違いです。私たちが必ず誘惑に勝てると信じています。エホバは,忠誠を守り抜く大群衆が大患難を生き残ると予告しているからです。偽ることのできないエホバが,少数の人たちだけではなく,数え切れないほど多くの人たちが新しい世界に入ると言っています。その人たちは「自分の長い衣服を子羊の血で洗って白くし[た]」とある通り,エホバから見て清い人たちです。(啓 7:9,13,14)エホバは私たちに勝ち目がないなどとは思っていません。必ず勝てると信じています。

6-7. サタンは私たちに希望がないと思わせようとしています。どうしてですか。

6 サタンは無力感だけでなく,絶望感も味わわせようとしています。良くないことに引かれてしまう自分は,エホバに喜ばれてはいないんだと思わせようとしてきます。でも,本当に絶望的なのは誰でしょうか。サタンです。永遠の命を受けるに値しないとエホバから裁かれているからです。(創 3:15。啓 20:10)希望を失ったサタンは,私たちにもエホバから見捨てられていて希望がないと思わせようとしています。でも聖書によると,エホバは私たちを見捨てるどころか,助けたいと思っています。「神は,一人も滅ぼされることなく,全ての人が悔い改めることを望んでいる」のです。(ペテ二 3:9)

7 それで欲望と闘っている時,自分には勝ち目がないとか,何の希望もないと感じてしまうとしたら,サタンの狙い通りになっていることになります。そういうサタンの手口に乗るのではなく,しっかり立ち向かっていきたいと思います。(ペテ一 5:8,9)

受け継いだ罪のせいでどんな気持ちになるか

8. 罪は悪い行いだけでなく,どんなことも指しますか。(詩編 51:5)(「語句の説明」も参照。)

8 無力感や絶望感を感じてしまうのはサタンのせいだけではありません。アダムとエバから罪を受け継いでいるせいでもあります。a (ヨブ 14:4。詩編 51:5を読む。)

9-10. (ア)アダムとエバは罪を犯した後,どんな気持ちに苦しめられましたか。(挿絵も参照。)(イ)私たちは罪のせいでどんな気持ちになることがありますか。

9 アダムとエバは罪を犯した後,どんな気持ちになったでしょうか。2人はエホバから隠れ,体を覆いました。このことについて,「聖書に対する洞察」にはこう書かれています。「両人は罪のゆえに罪悪感を抱き,心配や不安や恥ずかしさを感じました」。アダムとエバはその4つの感情に苦しめられました。まるで4部屋しかない家に閉じ込められたかのようでした。部屋から部屋に移動することはできますが,家から出ることはできません。罪を負った状態から決して逃れられなくなったのです。

10 もちろん私たちは,アダムとエバと全く同じというわけではありません。2人は贖いの恩恵を受けられませんが,私たちは贖いのおかげで罪を許され,晴れやかな良心を持てます。(コリ一 6:11)でも,罪を負っていることに変わりはありません。それで私たちも罪悪感,心配,不安,恥ずかしさに苦しめられることがあります。聖書によれば,罪は人間をいわばがっちりとつかんでいるかのようです。「アダムの違反と同様の罪を犯さなかった人」のこともです。(ロマ 5:14)悲しい現実です。でもだからといって,勝ち目がないわけでも希望がないわけでもありません。では,そういう後ろ向きな気持ちを振り払うためにどうすればいいでしょうか。

アダムとエバが恥ずかしげにエデンの園から出て行っている。2人は動物の皮でできた服を着ている。

罪を犯したアダムとエバは罪悪感,心配,不安,恥ずかしさを感じた。(9節を参照。)


11. 誘惑には勝てないという心の声が聞こえてくる時,どうすべきですか。どうしてですか。(ローマ 6:12)

11 誘惑には勝てない,と心の声がささやき掛けてくる時,思い出したいことがあります。その声を発しているのが,受け継いでいる罪だということです。罪が言うことに耳を貸してはいけません。罪が「王として支配する」のを許してはいけない,と聖書にあるからです。(ローマ 6:12を読む。)欲望を感じる時,その欲望のままに行動するかどうかは自分で選べます。(ガラ 5:16)エホバは,誘惑に立ち向かうようにと言っています。必ずそうできると信じているからです。(申 30:11-14。ロマ 6:6。テサ一 4:3)エホバがそう思ってくれているのですから,自分は無力だなどと思う必要はありません。

12. 欲望に駆られてしまう自分のことをエホバは愛していない,という声が聞こえてくる時どうすべきですか。どうしてですか。

12 欲望に駆られてしまう自分のことをエホバは愛していないんだ,という心の声が聞こえてくることもあります。その声を発しているのも受け継いでいる罪です。耳を貸してはいけません。エホバが私たちの罪深さや弱さをよく分かってくれている,と聖書にあるからです。(詩 103:13,14)エホバは私たちについて「全てのことを知って」います。受け継いだ罪のせいで人それぞれにどんな弱さがあるかということもです。(ヨハ一 3:19,20)悪いことをしないよう,欲望と闘い続けるなら,エホバは私たちを清い人と見てくれます。どういうことでしょうか。

13-14. 欲望が湧いてきたということは闘いに負けたということですか。説明してください。

13 聖書は,間違った行動と間違った欲望を区別しています。行動はコントロールできますが,欲望は自分の意思に反して湧き上がってくることがあります。例えば1世紀のコリント会衆には,以前同性愛者だった人がいました。パウロは「皆さんの中には,以前そのような人もいました」と書いています。ではクリスチャンになった後は,同性に引かれる気持ちが全くなくなったのでしょうか。そうは考えられません。そのような欲求は大抵,心の奥深くに染み付いてしまっているものだからです。でも,欲望を抑えて行動をコントロールすることはできました。諦めずに闘うクリスチャンのことをエホバは喜び,「洗われて清く」なったと見ていました。(コリ一 6:9-11)私たちもエホバから同じように見てもらえます。

14 どんな欲望と闘っているとしても,必ず勝てます。たとえ欲望が時々湧いてくるとしても,それを抑えることはできます。「罪深い……自分の意志や考えのままに行動し」なくて済みます。(エフェ 2:3)では,どうすれば闘いに勝てるでしょうか。

闘いに勝つためには

15. 闘いに勝つために,自分の弱さを正直に認めることが必要なのはどうしてですか。

15 闘いに勝つには,自分の弱さを正直に認める必要があります。「間違った考え方」をして自分の心を欺こうとしてはいけません。(ヤコ 1:22)弱さについて言い訳したり人のせいにしたりしないようにしましょう。例えば,「あの人の方がたくさん飲んでるのに」とか「妻がもう少し優しかったら,ポルノを見ようと思ったりはしない」と考えるのは良くありません。そういう考え方をしていると,誘惑に負けやすくなってしまいます。それで,悪い行いをする口実を考えないようにしましょう。自分の行動には責任を持たなければいけません。(ガラ 6:7)

16. 正しいことをするという固い決意を持つにはどうしたらいいですか。

16 弱さを認めるだけでなく,弱さに屈しないという固い決意を持つことも大切です。(コリ一 9:26,27。テサ一 4:4。ペテ一 1:15,16)自分がどんな誘惑に弱いか,どんな時に屈してしまいやすいのかを考えてみてください。例えば,疲れている時や夜遅い時はガードが緩みやすくなるかもしれません。どんな誘惑が潜んでいるか,誘惑に遭ったらどうするかを前もって考えておきましょう。大切なのは,誘惑に遭う前に心の準備をしておくことです。(格 22:3)

17. ヨセフからどんなことを学べますか。(創世記 39:7-9)(挿絵と写真も参照。)

17 ヨセフがポテパルの妻から誘惑された時にどうしたかを思い出してください。すぐにきっぱりと断りました。(創世記 39:7-9を読む。)どうしてそうできたのでしょうか。誘惑される前から,正しいことをしようと心に決めていたからです。私たちもヨセフと同じようにできます。誘惑にさらされる前から,決して負けないという強い決意を持つことが大切です。そうすれば誘惑に遭った時,心の中で決めていた通りにできるはずです。

1. ヨセフがポテパルの妻から逃げている。ポテパルの妻の手にはヨセフの服が残されている。2. 10代の兄弟が学校で女の子から声を掛けられた時,きっぱりした態度を取っている。

ヨセフのように誘惑をきっぱりはねのけましょう。(17節を参照。)


「いつも確かめてください」

18. 欲望との闘いに勝つために何ができますか。(コリント第二 13:5)

18 欲望との闘いに勝つためには,自分自身を「いつも確かめ」,最近の自分はどうだろうかと振り返ってみることが大切です。(コリント第二 13:5を読む。)自分の考えや行動を見つめ直し,必要なところを調整しましょう。誘惑に負けなかったとしても,すぐにきっぱりとはねのけられただろうか,と考えてみてください。とっさに反応できなかったとしても自分を責めたりせず,どうすれば次はもっとうまくできるかを考えましょう。こんなふうに問い掛けてみてください。「どうしたら間違った考えをもっと早く振り払えるだろうか。自分が気晴らしに見たり聞いたりしているものは本当に安心して楽しめるものだろうか。いかがわしい画像が出てきたら,すぐに目を背けているだろうか。簡単ではなくてもエホバの基準に従うことがいつも自分のためになる,と心から信じているだろうか」。(詩 101:3)

19. 小さいことで良くない判断をしてしまうと,欲望に負けやすくなるのはどうしてですか。

19 そうやって自分を確かめる時,言い訳したくなる気持ちを抑えましょう。聖書には「心はほかのどんなものよりも信用できず,必死になる」とあります。(エレ 17:9)イエスは「邪悪な考え」は心から出てくると言いました。(マタ 15:19)例えば,ポルノを見るのをしばらくやめていた人が,欲望をかき立てるようなものを目にしてこう考えるとします。「完全に裸の画像というわけではないから,別に大丈夫だ」。あるいはこう考えます。「想像するだけなら,実際に悪いことをしているわけじゃないし,問題ない」。いわば,心が「罪深い欲望を満たすために計画」しています。(ロマ 13:14)どうすればそうならずに済みますか。小さいことで良くない判断をしてしまうと,やがて大きなことでも良くない判断をするようになります。欲望に負けて悪いことをしてしまいます。b それで,あれこれ言い訳して自分を正当化する「邪悪な考え」に気を付けましょう。

20. 私たちにはどんな将来が待っていますか。今,闘い続けられるのはどうしてですか。

20 この記事で学んだように,エホバは誘惑に負けないための力をくれます。たとえ失敗してもエホバは許してくれるので,新しい世界でずっと生きるという希望を持ち続けられます。新しい世界では,後ろめたさを感じることなく晴れやかな気持ちでエホバに仕えられます。その時まで,無力感や絶望感に負けず,欲望と闘い続けていきましょう。そうやって頑張る私たちをエホバは必ず支えてくれます。私たちは闘いに勝つことができるのです。

何を学びましたか

  • 無力感や絶望感を振り払うためにどんなことができますか。

  • 「王として支配する」罪との闘いにどうすれば勝てますか。

  • どうすれば自分自身を「いつも確かめ」られますか。

122番の歌 揺らぐことなく勝利を得る

a 語句の説明: 聖書の中で「罪」という語は多くの場合,盗みや姦淫や殺人などの悪い行いを指します。(出 20:13-15。コリ一 6:18)でも,生まれつき悪いことをしてしまいがちな状態を指すこともあります。たとえ悪い行いをしていなくても,生まれつき罪があるということです。

b 格言 7章7-23節に出てくる若い男性は,良くない判断を重ねているうちに,性的不道徳という大きな過ちを犯してしまいました。

c 写真や挿絵: 左: カフェで若い兄弟が,男性同士のカップルが親しげにしているのを見ている。右: 若い姉妹が,たばこを吸っている人たちを見ている。

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