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最初の四つのラッパが吹かれる『その時,神の秘義は終了する』
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第四の使いがラッパを吹く
44 幻の中で,第四の使いがラッパを吹いた後に何が起こりましたか。
44 「また,第四の使いがラッパを吹いた。すると,太陽の三分の一が強打され,月の三分の一と星の三分の一が強打された。それは,それらの三分の一が暗くされ,昼がその三分の一にわたって光明を持たず,夜も同じようになるためであった」― 啓示 8:12。
45 天体が暗くなると,地の住民はどうなりますか。しかし神の民はそれと同じように影響を受けますか。
45 大気圏外でこのような異常現象が起こるなら,地あるいは地の住民の三分の一は,昼も夜も光を少しも受けないことでしょう。それは,古代エジプトよりさらに広範な地域に及びます。エジプトはモーセの時代,三日間昼も夜も,まるでさわれるほどの濃い,全きやみにうたれました。エジプトに臨んだその古代の苦しみは,一種の打撃,災厄とみなされ,エホバ神のみ手からの十の災厄中九番目に当たります。(出エジプト 10:21-23)しかし,エジプトで虐げられていた,エホバの民は例外で,彼らの『住まいには光』がありました。今日,油そそがれたクリスチャンの忠実な残りの者は,エホバ神を崇拝する仲間の「大群衆」と共に,自分たちの住まいに天からの霊的光を持っており,地の「三分の一」を覆うやみを指し示しているのです。
46 異教徒の人たちの霊的な状態については何と言えますか。
46 聖書は,地の異邦諸国民すべて,つまり,エホバの選ばれた民に属さない者たちが,宗教的なやみの中にあって,まことの神から疎外されていたと,あからさまに述べています。(エフェソス 5:8; 6:12。コロサイ 1:13。テサロニケ第一 5:4,5。ペテロ第一 2:9。イザヤ 60:1,2)ですから,いわゆる異教徒たちが霊的なやみにいると描写しても,少しも奇異なことではありません。しかし,自分は“異教徒”とは別であるとする,キリスト教世界はどうですか。
47 キリスト教世界の観点から見ると,同世界はどんな霊的状態にありますか。
47 現在,世界人口の約三分の一を包含するキリスト教世界は,昼夜天からの霊的光に浴していると主張します。同世界は自分の領域に聖書を1,337の言語で,20億冊配布しました。また,カトリック,正教会およびプロテスタントの僧職者を有していることを誇り,彼らのみが正式な任命を受けたキリスト教の僧職者であり,聖書を説明する権限を付与された者であると主張します。同世界は,教会の有力者に著名な政治家,軍の高官,富裕な実業家がいることを自慢できるので,神から恵みの光を受けていると考えます。また,政治国家の保護も受けています。キリスト教世界の観点から見ると,同世界だけが,太陽,月,星で表わされる天からの霊的な光を享受しています。しかし,「第四の使い」が啓示したところによると,事実はどうですか。
48 (イ)1925年8月,第四の天の使いの導きの下に何が起こりましたか。(ロ)この大会で採択された決議は,キリスト教世界に天の光が全く臨んでいないことをどのように示しましたか。
48 今日から見て分かることですが,国際聖書研究者協会は,天の第四の使いの導きの下に,1925年,8月24-31日にかけて,アメリカ,インディアナ州インディアナポリスで地域の大会を開きました。8月29日,金曜日午後,協会の当時の会長は,大会に集まった幾千人もの出席者を前に,イザヤ書 62章10節の預言に基づき,「行動への召し」という主題で話をしました。彼はその結びの部分で,「希望の音信」と呼ばれることになった決議を提出しました。この決議は主に,世の霊的光であると主張するキリスト教世界に関するものでした。では,その6,7節に注目してみましょう。
カトリック教は,正当には神にのみ属するものを自分のものであると主張し,また,そうみなしています。現代主義者は神を否定し,そのみことばと贖いの計画とを否定し,人間の荒廃した状態を救済するものとして,盲目的な力を提供しています。根本主義者は聖書を信じていると公言するものの,行動によりそれを否定しています。彼らは,神に恥辱を与える偽りの教理を教え,カトリック教徒および現代主義者と共に,この世の政治および商業上の権力者と結び,神の王国を地上に樹立し得ると冒とくの主張をしています。彼らすべては,自分たちの最高の主サタンの下に結託し,神をすみに押しやってしまい,そのみ名を汚しています。
その結果人びとは,商業上の不当利得者やそれにくみする者たちの圧制の下敷きになってあえいでおり,政治指導者に対する信頼を失い,自分たちを誤導した宗教家たちに,もはや敬意を抱いてはいません。そうした不敬虔で,神聖を汚す同盟の偽りの光に導かれ,諸国民はやみに落ち込んだのです。……
49 この大会の期間中およびその後,一般の人びとはどのようにキリスト教世界のやみについて知らされましたか。
49 大会出席者は,このように暴露された事実をふれ告げる決議の採択を,起立によって表明しました。8月31日,日曜日の午後,会長は「人びとのために旗印を掲げる」という主題の公開講演を行ないましたが,その講演には約1万人が出席しました。講演に先立ち,大会ですでに採択されていた「希望の音信」と題する決議が聴衆のために読まれ,公開講演の終わりに,その大勢の聴衆は決議とそれを支持する論議を承認するしるしとして起立しました。決議はさらに,雑誌「ものみの塔」と「黄金時代」に掲載され,1925年10月31日,土曜日には,英語の話される幾つかのキリスト教国で,冊子になった「希望の音信」の配布が始まりました。最終的にこの冊子は,いろいろな言語で約5,000万部配布され,こうして,人口の宗教的三分の一としてのキリスト教世界に関し,『昼はその三分の一にわたって光明を持たず,夜も同じようになる』ことがあまねく明らかにされました。(啓示 8:12)同世界は,天の真理と恵みの光を享受してはいなかったのです。
50 キリスト教世界の深まるやみを人びとに知らせるため,1925年以降何が行なわれていますか。
50 混乱した世界情勢の中で施すすべもなくもがいているキリスト教世界の様相は,同世界を包む宗教的なやみがいかに徹底的なものであるかを痛ましく強調しています。エホバのクリスチャン証人の油そそがれた残りの者たちは,第四のラッパが吹かれた後に象徴的に明らかにされた暗黒の状態を,恐れなく大胆に指摘し続けてきました。1955年,「キリスト教世界またはキリスト教 ― どちらが『世の光』ですか」と題する32ページの冊子が出版され,深まるキリスト教世界のやみに特別の注意が向けられました。この冊子は数か国語で広く配布されました。しかし,真のキリスト教とキリスト教世界の相違は,今日に至るまで,忠実な油そそがれた残りの者たちとその仲間である,神の「善意の人びと」の「大群衆」により暴露され続けており,この相違に気づく人びとは増える一方です。
「鷲」
51 ヨハネは次に,地に対するさらに多くの災いを予告する何を見ましたか。
51 不利な影響を受けた人たちは,天の使いたちが最初の四つのラッパを吹いた後に生じた情景の成就だけで十分の災いだ,と考えたかもしれません。しかし,さらに多くの,もっと恐ろしいこの種の事柄が起ころうとしていました。そして,それは神の完全な目的に従って実際に生じたのです。そのことは,使徒ヨハネが第四のラッパと第五のラッパが吹かれる間に生ずるのを目にした休止によって表わし示されていました。彼は次のように記しています。「またわたしが見ると,中天を飛ぶ一羽の鷲が大声でこう言うのが聞こえた。『災い,災い,災いが地に住む者たちに来る。ラッパを吹こうとしている三人の使いの吹き鳴らす残りのラッパの音のために』」― 啓示 8:13。
52 (イ)なぜ鷲は幻の中で発表を行なうのにふさわしいものでしたか。(ロ)この鷲は何を表わしていましたか。鷲の語ったことと調和して,油そそがれた残りの者は何をしましたか。
52 鷲は非常に高いところを飛ぶので,その下にいる人間は広い範囲にわたって,その姿を見,その声を聞くことができます。鷲の目は遠くまで見通すことができ,はるか前方をはっきり見ることができます。(ヨブ 39:29)ヨハネが神の天のみ座の回りに見た「四つの生き物」の中に,第四の生き物で,「飛んでいるわし」に似た者のいたことが思い出されます。(啓示 4:6,7)この鷲のような「第四の生き物」は,黙示の第四の騎士“死”が,ハデスに伴われながら,青ざめた馬を乗り進めているのを,ヨハネに来て見るよう招待しました。(啓示 6:7,8)中天を飛んでいるのをヨハネが見た象徴的な「鷲」が,世界的な重要性を帯びる発表をしている,神の天のケルブのひとりを表わしているかどうか,わたしたちに確かなことは分かりません。いずれにせよ,この鷲は,直前の事態を予見できる力を神から付与されており,「鷲」が使徒ヨハネに事前の通知を与えたように,自分の予見したことを地上の油そそがれた残りの者に知らせるあるしもべ,あるいは,しもべ級を表わしています。こうして残りの者は,引き続いて生じる災いに関するあからさまな暴露に先立ち,さらに三つのラッパが吹かれることを思い起こさせられました。それは,残りの者に対するさらに多くの業を意味しており,勇気が大いに必要とされます。そのため,ものみの塔聖書冊子協会はさらに国際大会を計画し,それを発表しました。
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第五および第六のラッパが吹かれる『その時,神の秘義は終了する』
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第17章
第五および第六のラッパが吹かれる
1,2 第五の使いがラッパを吹いた時,ヨハネは何を見ましたか。
天の第五の使いがラッパを吹いた後に使徒ヨハネの視界に映った事柄は,ヨエル書 2章1-11節に預言的に描写されている,恐ろしいいなごの災厄を思い出させずにはおきません。事実,ヨエルの預言の中に出て来る幾つかの考えや対照は,ヨハネの描写におけるそれと一致しています。使徒ヨハネは真に迫った表現で次のように記します。
2 「また,第五の使いがラッパを吹いた。すると,わたしは天から地に落ちた星を見た。底知れぬ深みの穴の鍵が彼に与えられた。そして,彼が底知れぬ深みの穴を開けると,大きな炉の煙のような煙がその穴から立ち上り,その穴の煙によって太陽が,また空気が暗くなった。そして,その煙の中からいなごが地上に出て来た。それら
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