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『ほねおって働き,また努力する』ものみの塔 1981 | 4月1日
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ておられます。ですから今日のキリスト教も証言を行なう宗教であるべきであり,実際に依然としてそのような宗教です。クリスチャンには,「あらゆる人,特に,忠実な者の救い主」である神への奉仕に熱意を抱く働き人でなければならない十分の理由があるのです。―テモテ第一 4:10。
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『良いたよりの聖なる業に携わる』ものみの塔 1981 | 4月1日
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『良いたよりの聖なる業に携わる』
『[わたしが,神から過分のご親切を与えられたのは,]わたしが諸国民に対するキリスト・イエスの公僕となって神の良いたよりの聖なる業に携わるためでした』― ローマ 15:15,16。
1,2 なぜ言動は大切なものですか。
人はその言動に基づいた評判を得ます。他の人々は多くの場合,その人が行なうことを見,言うことを聞いて,その人またその人の主義について結論を下します。ソロモン王は次のように書きました。「若者でさえその行動により,その働きが清いかどうか,また方正かどうかを表わす」― 箴 20:11,ヤングの字義訳。マタイ 7:16-20。
2 もしあなたがクリスチャンであるならば,このことにはどんな意味があるでしょうか。他の人々がわたしたちの言動を見る時,わたしたちが真の神エホバに仕えていることが分かるようでなければならないのではないでしょうか。聖書を読むと,神が神聖で清くあられることや,神の原則が義にかなった,また善を生み出すものであることを確信できます。(イザヤ 6:3。ヨブ 34:10。申命 32:4)もしわたしたちが本当に神の根本的な精神態度を吸収しつつあるのであれば,そのことがわたしたちの生活にはっきり表われていなければなりません。―エフェソス 5:1。
3,4 (イ)イスラエルが行なった崇拝とイスラエルの歴史はどんな影響を及ぼしましたか。(ロ)キリスト教を観察する人々はどんな影響を受けるはずですか。
3 真の崇拝が人の生活に表われる場合,他の人々は有益な感化を受けることができます。例えば,エホバは,しばらくの間主にイスラエルと交渉を持たれ,こう言われました。「あなた方は聖なる者であるべきである。あなた方の神であるわたしエホバは聖なる者だからである」。(レビ 19:2,新。出エジプト 19:5,6と比較してください。)神がイスラエルにお与えになった飲食,衛生および
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