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  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1975
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    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1975
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1975
塔75 1/15 40–44ページ

わたしは賭博狂でした

17年間賭博に凝っていた人がその習慣を首尾よく捨て去った苦闘の経験

場外馬券売場の前を通る時など,わたしは今でも時おり賭博への衝動に駆られます。競馬新聞を手にした群衆が街路にまであふれていることがあります。そして,いつの間にかこんなことを自問しているのです。「今でも勝ち馬を当てることができるだろうか」。こうした考えが容易に頭の中に浮かんできます。わたしはそれに対して闘い,別の方角に目を向けながら歩みを速めるのです。

17年以上もの間わたしは賭博にうつつを抜かしていました。かけはわたしの生活を支配していました。わたしはかけ事をしないではいられなかったのです。わたしにとって,それは,飲食,睡眠,性,そうです,他のどんなものよりも大切なものになっていました。

どんな生活をしていたか

そうした年月の間,競馬の“予想”をするため夜遅くまで起きて翌日どの馬にかけるかを選んだり,日中を競馬場で過ごすために夜働いたりしました。賭博をするため,人に金銭をせびったり,借りたり,人から盗んだりしました。わたしたちが持っている物で金目の物はすべてどこかの質屋にありました。

わたしは給料をもらうとすぐ競馬場に行ったものです。「10㌦かけてそれをふやせるか見てやろう」と自分に言います。その馬が負けると,「失った金は取り返さねばならない。せめてとんとんにしておかねばならない」と言ったものです。こうして,幾度となく給料をすってしまいました。

それは,衣食住のためのお金が全く残らないことを意味していました。空腹のまま過ごすことも幾度となくありましたが,妻と二人の娘までそうせざるを得なかったのです。身に着けるものもほとんどなく,家賃を払わないために家主に追い立てられたことも少なくありません。あるいは,高利貸しから身を避けるために,夜逃げをしたこともあります。

わたしが知っていた賭博者たちは,ほとんどすべて高利貸しの世話になっていました。しかも,たいてい幾人かの世話になっていました。正式の金融業者は多くの借金をしている人には貸しませんが,それら暗黒街の金貸しは貸してくれました。

そうした高利貸しが乱暴を働くこともありました。彼らは用心棒を雇っていました。友人の一人が借金を返せなかったために散々殴られたのを覚えています。ですから,恐怖のうちに生活するのは普通のことでした。本当にどうにもならなくなると,荷物をまとめて夜逃げをしました。幸いなことに,わたしもわたしの家族も,肉体的に傷つけられたことはありませんでした。

どこへ行っても賭博をする

かけ事がどれほど行なわれているか,信じるのは難しいかもしれません。レストランやバーなど,わたしが働いた所ではどこでも,聞く話といえば“馬”のことばかりでした。しかしそのほかの賭博もなされていました。

暗黒街に巧妙に作られた賭場がニューヨークの至る所にあります。しかし,そこへ入るには,つてや“承認”が必要です。そこには,ルーレット,ポーカー,サイコロなど,あらゆる種類の賭博がそろっていました。こうした所へ出入りすることもありましたが,わたしのかけはたいてい競馬でした。

競馬場にもよく出かけましたが,近くの私設馬券屋でかけをすることのほうが多くありました。そのほうが興奮を覚えました。より大規模な行為があるからです。私設馬券屋は,あらゆる種類の複雑な競馬のかけを提供してくれるのです。各地の競馬場でなされるレースについて,だるま返し,背中合わせ,総当たり,数当てなどの賭博ができました。公認の事業にそうしたかけはありません。これは,かけ事に凝ってくると,公認のものに余り魅力を感じなくなる理由の一つです。

数当て賭博は特に大きな魅力でした。週に六日そうしたかけをしたものです。それぞれの日の数は,三つの数字で構成されていました。例えば8-3-9です。最初の数字は,その日の最初の三レースの配当支払い額合計の㌦単位の最小けたを取ることによって決まります。つまり,それらのレースの後の支払い額が359㌦73㌣なら,最初の数字は9になります。そして,第五レースと第七レースの後の配当支払い額の合計は,第二と第三の数字を決めるのに,同じ方法で用いられます。

わたしは,私設馬券屋に雇われた仲介人にしばしばかけを申し込んだものです。わたしたちの所へ来る牛乳配達人は,長い間数当て賭博のなじみの仲介人でした。普通50㌣かけ,毎朝彼に数字を書いた紙とかけ金を渡しました。一度全部の数をきれいに8-3-9と当て,300㌦の配当金を受けたのを覚えています。かけ金が50㌣だったのですから相当の金額です!

どんな仲間たちだったか

賭博者たちが使う言葉は同じで,その主な関心事も同じでした。それには興奮と煩いが付きまといました。しかし,互いに対する真の関心は悲しいほど欠けていました。先の牛乳配達人が良い例です。

わたしは彼を信頼していました。長い間知っていたうえ,勝った時には必ず配当金を払ってくれたからです。ですからあの300㌦を得た後,彼の家での大きなサイコロ賭博の集まりに招待された時も少しも疑いませんでした。その勝負が不正なものであることに気付いた時には,すでに自分のあり金をほとんど失っていました。“だまされた”のです。しかし何もすることができません。不正を証明するのは難しかったからです。

しかし“友だち”にだまされたのはその時だけではありません。ある時わたしは,かけるべき馬のリストとかけ金を仕事の同僚に渡しました。彼は分割勤務で,その日の午後私設馬券屋へ行くはずでした。後でレースの結果を聞いて,自分が勝ち馬を四つ当てたことを知って驚きました。もちろん,“友だち”がその晩やって来た時,興奮して配当金を請求しました。ところが彼は,かけをしなかったという言いわけを幾つかを並べたのです。証明することはできませんでしたが,彼が配当金を着服したことは明らかでした。

賭博に凝っている人々はほんとうにねじけた人々です! わたしが得た配当金を持ち逃げした下劣な私設馬券屋も少なくありません。しかし本当のことを言えば,わたしも同じ穴のむじなでした。お金を借りても返済しなかったり,露骨に盗みを働いたこともあります。そうした出来事の幾つかを思い返すと悲しい気持ちになります。

魅力と興奮

自分のしていることが間違いであることはわかっていました。しかしその習慣の奴隷になっており,特に,金銭がたやすく手に入る魅力のとりこになっていました。実際にはその魅力が,そもそもわたしに競馬を始めさせたのです。

それ以前にも賭博をしたことはありました。子どものころフィラデルフィア市の街角でサイコロ賭博をしましたし,後に17歳になって海に飛び出した時,船の上でポーカーをしました。競馬に関心を持つようになったのは,結婚した1928年のことです。

その時わたしはニューヨークのレキシントン街49丁目にあるドラッグストアーの軽食堂で働いていました。わたしは,競馬をする人たちが自分たちの勝ちについて得意げに語るのに心を奪われました。彼らは負けた時のことを決して口にしません。そのことを知ったのは後になってからでした。「たやすく手に入るこの金を見過ごす手はないぞ」とわたしは考えました。

賭博者たちが馬に関する情報をデーリー・ミラー紙から得ていることがわかりました。それである日,その中から二頭を選び,それにかけました。まだその名を覚えています。バック・ヒーローとサンフラワーです。「初心者のつき」で,わたしは両方とも当てました。

わたしは勝ち馬を当てたのですから,競馬をするほかの人々と,いかにもよく知っているようにして話せました。「だるま返しにしなかったのは残念だったな。そうしていれば大もうけできたのに」とある人が言いました。ほどなくして,わたしは可能な限りすべてのかけを試みていました。懸命になって馬について調べ,自分で予想を立てるようになりました。

時には競馬場へ行って大勝することもありました。そんな時は本当に興奮して誇らしく感じたものです。借金を少し返すこともありましたが,次の日には「一つすごい大もうけをする」ために競馬場へ戻り,たいていはそのすべてを失っていました。

それでも,莫大な配当金を狙って賭博を続けました。わたしはカトリックの孤児院で育てられましたが,そこで祈りの仕方を教えられていました。それでわたしは,しばしば馬のために祈ったものです。絶望的になって悪魔に祈ったことさえあります。

人をとりこにする賭博の魅力の一部は,結果に対する並々ならぬ期待にあると思われます。気をもませるその興奮状態を長引かせるために,わたしはしばしば他の人に新聞でレースの結果を調べてもらいました。それからその人に次のような質問をします。「第二レースの勝ち馬の名は10文字ですか。その重量は幾らですか。配当は幾らつきましたか。騎手はだれでしたか」。

勝ち馬に近づいている時は最初の一つか二つの質問の答えからわかりました。そして最後に,何々,つまり,自分がかけた馬が勝ったかどうかを聞いたものです。それが勝ったのを聞く時には,わたしは得意満面でした。

勝ち馬を当てるための努力

競馬の予想をするには,込み入った過程を経ねばなりません。かけるのに良い一頭の馬を選ぶのに何時間もかかることがありました。そのレースにはかけるのに手ごろな馬はないと判断することもあります。ところがそれから何が起きますか。

その晩,ある馬が勝つ夢を見,次の日にはその馬にかけているのです。または競馬場へ行ってストローハットが出走しているのを目に留め,その日偶然にも自分がストローハット(麦わら帽)をかぶっているのに気付きます。そこでもちろんストローハットにかけます。ある時,たなからパイナップルのかん詰めが落ちて弟の頭に当たりました。その日の出走表を調べるとパイナップルという馬が走っているのを見つけ,弟はそれにかけて勝ちました。賭博に凝っている人はそんなものです。彼らは非常に縁起をかつぎます。ですから,よく調べた上での選択につき従うよりも,かんでかけをするのです。

カトリック教会が,賭博に凝る人のこの特長を知っていることは確かです。競馬場の近くには,献金箱を持った尼僧が必ずいるからです。“シスター”を無視するカトリック教徒がどうして競馬に勝てるでしょうか。わたしたちの多くはカトリック教徒でしたから献金をしました。その日の勝負に勝つと,わたしたちは特にたくさん献金しました。それが引き続き成功をもたらすことを念じていたからです。

わたしが,839という数,それが当たって300㌦を得たあの数になぜそれほど執着したかおわかりでしょうか。わたしが8月に生まれ,長女が3月に,妻が9月に生まれたからです。縁起をかついでいたに過ぎません。それが自分のラッキー・ナンバーであると考えたのです。それが当たったことも幾度かありました。

しかし実際は,勝つより負けるほうが多く,家族の者にとって生活はどん底の状態でした。わたしはやめたいと思い,幾度も決意したものです。「もうやらないぞ。これからは絶対競馬をやらない。競馬新聞を見ることさえやめよう」。それから何が起きましたか。

わたしが仕事へ行くと,隣りの同僚が「おい,きのう何々にかけて,幾らもうけたぞ」と語りかけます。「その馬は,自分がいつもかけていた馬だ」とわたしは考えます。そして,その次にはまた賭博に舞い戻っているのです。

転換点

そんな中にあって,わたしの生活を最終的に変えるようになった事が1944年に起きました。わたしは家族を連れて一時的にニューヨークを離れ,オハイオ州デイトン市から数㌔離れたパターソン・フィールドに働きに来ていました。娘がセブンティーン誌の定期購読を申し込んだところ,その時のベストセラーか聖書が景品になっていました。わたしは聖書を選びました。以前から一冊欲しいと思っていたからです。それから数日たって,一人の男の人が訪ねて来て,「真理はあなたがたを自由にする」という本を配布していきました。

数週間後のある晩,一人でいる時にわたしはその本を取り上げて読み始めました。それは宗教や聖書についてそれまでに聞いた他のどんなことより意味のあるものでした。そしてそれが,それまで38年の生涯で聞いた他のどんな事よりすばらしいものを示していることを確信しました。

その人が再び来た時わたしは大喜びし,エホバの証人の集会へ来るようにとのさそいを受け入れました。しかしその後に病気になって長い間病院で過ごし,その後ニューヨークへ帰りました。しかしオハイオ州のエホバの証人は,そこでも証人が訪問するように取り計らってくれました。

ある集会への招待を受け入れた時,同行してくれた証人がたばこをすわないのに気付き,こう聞きました。「エホバの証人はたばこをすいますか」。否定の答えを聞いてこう考えたのを覚えています。「それでは,わたしはだめだ。たばこと賭博は,わたしがどうしてもやめられない習慣だから」。しかしそれは間違いでした。

何が変化を可能にしたか

生まれて初めて,人間がいかに偉大な創造者を持っているかを認識するようになりました。もちろん,以前から神を信じてはいました。神が存在していることは知っていたのです。そうでないとすれば,複雑な機能を持つ理知ある生命体はどのようにして存在するようになったのでしょうか。しかし,今度,自分にとって神は現実の存在となり始めました。神が人類を祝福する目的を持っておられることがわかるようになりました。

以前,次の祈りを幾度もしたことがあります。それは孤児院で教えられたものです。『天にいます我らの父よ,ねがはくは,み名のあがめられん事を。御国の来たらんことを。みこころの天のごとく,地にも行なはれん事を』。(マタイ 6:9,10,文)しかし今,神の王国が実際の政府であり,神がその政府の活動を開始させ,世界を揺るがす結果をもたらす時が来ていることを認識するようになりました。

わたしは,この体制が確かに置き替えられる必要のあるのを確信しました。全能の神がそれを本当にもたらすのを知り,胸が躍りました。聖書のダニエル書に記されている次の預言は,特に意味あるものでした。「天の神は,決して破滅に至らされることのないひとつの王国を建てられます。そして,その王国自体は,……これらの王国をすべて打ち砕いて終わらせ,それ自体は定めのない時まで立つでしょう」。(ダニエル 2:44,新)病気や死からの解放さえ伴う地上の楽園に関する聖書の約束も,わたしの生活を変える強い力となりました。―詩 37:9-11。啓示 21:3,4。

それが人類を祝福する神の目的であれば,神の要求に従うべく最善を尽くすことによって自分の認識を示そうと,決意しました。わたしが学んだ一つの要求は,人は「自分に属する人びと,ことに自分の家の者に必要な物を備え」るべきである,という点です。(テモテ第一 5:8)そこでわたしはそれを実行し始めました。もちろんそれには賭博を制限する必要がありました。家族の者たちまたわたしを知る他の人々はその変化にただ目を見張りました。

全能の神を喜ばせたいとの願いが大きくなるにつれ,この変化は可能になりました。しかし,エホバの証人が発行する健全な書物を読み,彼らと定期的に交わるのも欠かせない事でした。その集会に行くといつでも親しみ深く接してもらえました。一度も会ったことのない人でさえ近づいて来てあいさつしてくれました。わたしにはその友情が本当のものであることがわかりました。それは偽善ではありませんでした。そうした人々にいつも接していると本当に良い感化を受けます。わたしはたばこをすうことさえやめました。

全く解放される

しかし賭博は,はるかに強い拘束力を持っていました。これは驚きでした。たばこよりも賭博をやめるほうが簡単だと思っていたからです。ところが賭博をしたいという衝動は圧倒的なものとなり,それを正当化させていました。「聖書の中に賭博を非とする聖句はないし,わたしは自分の家族をきちんと養っている」。こうしてわたしは時おりかけをしたものです。事実,1946年わたしが初めて出席したオハイオ州クリーブランド市でのエホバの証人の大会の時,ほとんどのプログラムを聞きましたが,ある日の午後そこを抜け出して競馬場へ行ってしまいました。

こうしたことを幾年もしていました。その衝動にどうしても抵抗できなかったのです。「余分なお金が数㌦あるぞ。少しぐらい楽しんでいいだろう」と言い訳をしました。ところが時たつうちに,思ったよりひんぱんに賭博をするようになってしまいました。またそのころクリスチャン会衆内での自分の立場を危うくするほどの財政上の問題に陥っていました。わたしの生活は危機に見舞われました。

しかしクリスチャン兄弟たちは愛のうちに援助の手を差し伸べ,忍耐強く助言と導きを与えてくれました。わたしは「ものみの塔」や「目ざめよ!」誌の記事を読み,賭博が本当に間違った行為であることをさらに認識するようになりました。1964年の「目ざめよ!」誌の「賭博はクリスチャンにとって正しい事ですか」と題する記事には特に心を動かされました。その記事は,賭博を非とする聖句が確かにあることを認識させてくれました。

賭博者たちがどれほど縁起をかつぎ,勝つために“幸運のレディー”に祈るかはわかっていました。彼らは不正をし,勝つためにはほとんどどんな事でもしました。勝つことは偶像になり,幸運のレディーは女神になりました。ですからその記事の中で論じられていたイザヤ 65章11節の言葉には心を打たれました。それは真の神を離れて『机をガド(禍福の神)にそなへ まぜあわせたる酒をもりてメニ(運命の神)にささげる』人について述べています。

これを読んだ時,賭博が偽りの崇拝といかに密接な関係を持っているかを認識するようになりました。事実,初めてかけをして勝つとそれをよく「初心者のつき」と呼ぶことがあったのを思い起こしました。しかしそれが,何らかの方法で物事をあやつり,人々が最初に勝つようにして賭博に誘い込む悪魔の悪巧みであることを確信するようになりました。悪魔はそれによって,幸運と金を神とする堕落した形の偽りの崇拝に人々をつり込むのです。

こうした認識を持って,わたしはそれまでにないほど賭博への衝動と闘うようになりました。絶対に負けるわけにはゆきません。最後にかけをしたのはもう何年も前のことですが,それでも時おりあの衝動を感じることがあります。しかし,全能の神が賭博を是認されないのですから,二度と再びかけ事をしない覚悟です。

賭博をするよう誘惑されることがあったら,その悲惨な結果を忘れないでください。それが人にどんな影響を与え,人をどのように堕落させ,偽りの崇拝にさえ陥れるかを忘れないでください。その最初のかけをしてはなりません。すでに賭博癖に取り付かれているなら,それを克服できることを確信してください。それには方法があります。エホバの証人は,わたしを助けてくれたのと同様,喜んであなたを助けるでしょう。―寄稿。

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