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仲間の兄弟として一致して仕えるものみの塔 1976 | 3月1日
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24 この道を歩むことからどんなすばらしい益が得られますか。それはクリスチャンの一致にどのように大きく寄与しますか。
24 へりくだった,慎み深い精神が行き渡っている会衆内で共に奉仕するのは,どんなに楽しいことでしょう。クリスチャンの長老たちが時間の浪費になる論争や激しい議論をする傾向をなくして,兄弟愛の精神を示すとき,それは,人々が一つの集合体として共に効果的に働く,なんと大きな力となるのでしょう。(テモテ第一 2:8)この点,わたしたちすべてが熟考すべきことは確かに少なくありません。わたしたちは,兄弟愛を動機とするそのような謙そんな奉仕からくる真の偉さを求めているでしょうか。わたしたちは各自,人をよく助け,思いやりを示し,目立たない人たちを含めてすべての人に関心を払い,当然与えられるべき個人的威厳と価値をすべての人に与えることにより,それを示しましょう。(ローマ 12:10,15,16)そうすることによってわたしたちは,奉仕の点で卓越しておられる神の子キリスト・イエスの真の弟子であることを示すのです。
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「奉仕者」であるとはどういう意味ですかものみの塔 1976 | 3月1日
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「奉仕者」であるとはどういう意味ですか
1,2 (イ)いろいろな国で,「奉仕者」という語は何を思い起こさせますか。(ロ)この語の現代的な用法につき,初期の用法と比較してどんなことに注意する必要がありますか。
あなたは「奉仕者」という語をどこかの国のことばで見たり聞いたりするとき,何を思い浮かべますか。ある国々の言語では,これに相当することばは,「法務大臣」とか「総理大臣」といった,政治上の要職にある人しか指しません。しかし,(この語の語源である)ラテン語を基礎とする,あるいはラテン語の影響を強く受けている言語を持つ国々では,「奉仕者」という語はまた宗教人,一般にはプロテスタントもしくは福音派の僧職者を思い起こさせます。
2 実際,今日用いられている,そしてほとんどの人が考えている「奉仕者」という語の意味は,西暦初期の世紀にこの語が有していた意味とはかなり異なっています。また同様にこの語は,ギリシャ語ディアコノスが種々の言語でたいてい「奉仕者」と訳されているのに,霊感によって書かれた聖書の中で用いられているディアコノスの意味とはかなり異なっています。その違いはどんなものでしょうか。またどのようにして生まれたのでしょうか。
3,4 (イ)ラテン語ミニステルの本来の意味は何でしたか。それで聖書の翻訳の際にこの語はどのように用いられましたか。(ロ)この語の用法にどんな変化が起こりましたか。それはどんな状況が原因となりましたか。
3 西暦初期の世紀において,ギリシャ語ディアコノスとラテン語のミニステルは基本的に同じもの,すなわちしもべを意味しました。従者,給仕その他,個人のしもべがそれでした。したがって聖書がラテン語に翻訳されるようになったとき,ディアコノスを訳すのに選ばれた語は,たいていミニステルでした。しかしやがて,当初用いられていたとおりの,へりくだって仕えるという概念はこの語からしだいに失われていきました。それは,真のキリスト教に対する背教が生じたことに少なからぬ原因がありました。
4 使徒パウロは,エフェソスの長老たちに話した際,わたしが去ったあと,「圧制的なおおかみがあなたがたの中に入って群れを優しく扱わないことを,わたしは知っています。そして,あなたがた自身の中からも,弟子たちを引き離して自分につかせようとして曲がった事がらを言う者たちが起こるでしょう」と,前もって警告しました。そのような利己的な者たちは,「受けるより与えるほうが幸福である」という原則にのっとって物事を行ないませんでした。(使徒 20:29,30,35)彼らの行ないは,彼らが神のしもべではなく,神の敵のしもべであることを表わしました。―コリント第二 11:12-15,行間。
5 聖書が予告していた背教はどんな結果を招きましたか。それはクリスチャン会衆の指導管理にどんな影響を及ぼしましたか。
5 この予告されていた背教こそ,最後にキリスト教世界を,その多くの教派ならびに僧職者・平信徒の区別とともに生み出したものです。しかしながら,初期の会衆にはそのような区別はありませんでした。マクリントックとストロングの百科事典(第8巻,355,356ページ)は,「長老」に関して次のように述べています。
「彼らの最初の任命方式に関しては明確な説明がなされていないので,……ユダヤ人の間に見られる長老制からある程度類推して,年功の尊重による指名という自然の方法が取られたものと推論するほかはない」。
同百科事典はさらに,後日使徒たちは長老たちを「承認した。ことによると任命したかもしれぬ」と述べ,次のようにつけ加えています。
「すべての長老団において,全体を指導管理するための主宰の職もしくは首位の職の必要が存在した。そこで長老団の中の一人が,年功によってか,または正式の選択により,長老団ならびにその下の会衆の監督(エピスコポス)として奉仕すべき,プリムス・インテル・パレス[同等の者たちの間の主要な者]として指名された」。
また同百科事典は,監督の地位について次のように述べています。
「この職はもともと,同じ教会もしくは管区内の数人の長老が交替で務めることのできないような性格のものではなかったのであるが,管理が順調に行なわれると,同じ人物が長くその職にとどまる傾向が生まれた。そのために,やがて生涯変わらぬ職となった」。
そのようなわけで,一人の長老もしくは監督が永久的な首位権を他の人々の上に行使し,他の人々にその特権を与えないようになりました。こうして,長老の一団が会衆を導くという形は徐々に排除されました。a
6 (イ)会衆について「君主制形態」の制度という場合,それは何を意味しますか。そのような制度の発達を促したのは何ですか。(ロ)一人の人間に権力を集中することが,信仰と信条の真の一致を維持するクリスチャン的方法である,と聖書は示していますか。もし示していないとすれば,それをするための手段は何ですか。
6 このようにして「君主制形態」の制度,すなわち統治権と種々の特典が,他の者を除外して一人の人物だけに与えられる体制が発達しました。(コリント第一 4:8と比較してください。)ヒエロニムス(西暦四世紀)は,ただ一人の監督(エピスコポス)が首位権を持つようになったのは,「主の実際の任命によるのではなく,むしろ習慣による」もので,分裂を防ぐための一つの手段である,と述べたと言われています。したがって,一人の人間が強大な権威を付与され,その増大した権力によって,異なる意見を持つ者たちをすべて従わせるときに,一致は最もよく保たれるという考えがあったわけです。(サムエル前 8:4-7,19,20と比較してください。)それとは対照的に,使徒ペテロは仲間の長老たちに対し,彼ら相互にゆだねられている群れを牧するよう,「神の相続財産である人びとに対していばる者のようにではなく,かえって群れの模範となり」,へりくだった態度で互いに譲り合うよう勧めました。(ペテロ第一 5:1-6)使徒パウロもまた,監督は,「自分の教えのすべに関して信ずべきことばを堅く守る」ときに初めて,「健全な教えによって説き勧めることも,また,言い逆う者を戒めることもできる」ということを示しています。彼らは,真理と神の聖霊の力に対する信仰を示さねばなりませんでした。―テトス 1:7,9-11,13。テモテ第二 2:24-26と比較してください。
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