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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1969
塔69 11/15 700–701ページ

真の崇拝 ― 生活の道

あなたの前途には,神の国のもとでとこしえの命を受けるという見込みがあります。この見込みは真理である神ご自身のみことばに基づいてます。こうしるされています。「正しい者は地を所有し,その上に永遠に住むであろう」(詩 37:29,新)そして,ほんとうに神を愛し,「真理にしたがって歩(み)」つつ神を崇拝するなら,この見込みはあなたにとって現実のものとなるでしょう。―ヨハネ第二 1-4,新。

真の崇拝とは,単に真理を知っているということではありません。それはまた,真理をただ他の人に語ったり,宣べ伝えたりするということでもありません。それは,真理を信じ,真理に基づいて行動することであり,真理を自分の日常の生活にあてはめつつ「真理にしたがって歩(む)」ことです。(ヤコブ 1:22-25)真の崇拝は初期クリスチャンの日常生活に非常に大きな影響を与えるものとなったため,「この道」また「真理の道」として知られるようになりました。(使行 9:2。ペテロ後 2:2,新)これは神の定められた「道」であり,真の崇拝者すべてはとこしえの命の目標を目ざしつつこれにしたがって生活しなければなりません。

それで,エホバ神に対するわたしたちの崇拝は,生活のほかの部分と切り離してなされるものではありません。むしろわたしたちは,生活のあらゆる活動を,真理である神のみことばに従って行なわねばならないのです。聖書はこう説明しています。「食べるにも,飲むにも,そのほか何をするにも,いっさいのことを神の栄光のために行ないなさい」。―コリント前 10:31,新。コロサイ 3:17もごらんください。

わたしたちのいっさいの行動はみことばの原則と一致しているべきであり,それゆえ神の栄光となるものであるべきです。これはわたしたち自身にとって永続的な幸福となります。神のみことばの正しい原則が人の住む場所や個人の環境によって変わることはありません。それは常に真理であり,常に正しいのです。―詩 119:142。

真の崇拝をほんとうに実践するなら,それは今のあなたに何を意味しますか。それはあなたの全生活を神の道と一致させることです。神のみことばはこう命じています。「あなたがたの以前の行動にしたがう古い人格を脱ぎすて……あなたがたの心に働く力によって新たにされ,真の義と忠節にそいつつ神の御心にしたがって造られた新しい人格を着けるべきである」― エペソ 4:22-24,新。

新しい人格を着けるとは,ひわいで偽りのことばを捨て,かわりに清い真実のことばを語ることです。泥酔や性の不道徳行為を,誉れのある正直な行為と置きかえることです。それは,貪欲さのかわりに愛と寛大さをつちかうことです。―コロサイ 3:5-10。

家族,仕事仲間,知人,あるいははじめて会う人など,わたしたちは毎日人に接しますが,そのたびに敬虔な資質を表わせるなら,どんなにか快いことでしょう。神のみことばの次の助言を実践した場合の結果を想像してごらんなさい。「あわれみ,親切,謙そん,柔和,寛容など,やさしい心を身に着けなさい。だれかに不満のある場合でも,たえず互いに忍び合い,だれでも人に対して責めるべきことがあれば,喜んで許し合いなさい。エホバがあなたがたを許してくださったように,あなたがたもそうしなさい。しかし,これらすべてのほかに,愛を身に着けなさい。愛は一致のための完全なきずなだからである」― コロサイ 3:12-14,新。

しかし,このような変化を遂げ,それを毎日保つのはむずかしいことに見えますか。神の霊の助けを受けるなら,これは可能です。真の崇拝によって,あなたはすばらしい神の霊の実を自分の生活の中に生み出すことができるのです。その霊の実とは,「愛,喜び,平和,寛容,親切,善良,信仰,柔和,自制」です。―ガラテヤ 5:22,23,新。

真の崇拝が生活の道となるなら,それは何ごとにおいてもあなたを導くものとなります。どんな決定をする場合でも,あなたはいつもこう自問するようになるでしょう。「エホバ神を喜ばせることは何か。神のみことばにある原則から見て正しく賢明なのはどの進路か」。―詩 119:105。箴言 3:1-6。

たとえば,真のクリスャンは,世俗の職業のためにエホバ神への奉仕が妨げられ,あるいは聖書が非とする仕事や慣習に携わることを避けます。(ヘブル 13:5,18。イザヤ 2:3,4。黙示 18:4)何か娯楽をする場合でも,神のみことばを導きとして健全で建設的なものを選ぶでしょう。(ピリピ 4:8)あなたの生活のすべては真の崇拝の良い影響を受けるようになるのです。

忍耐がもたらす幸福な報い

しかし,この世が純粋のクリスチャンに加える圧迫のゆえに,「真理の道」にしたがって忠実に歩み続けることはやさしくないかもしれません。イエスは,真の崇拝者がご自分と同じように憎しみや迫害を受けることを予告されました。(ヨハネ 15:18-20。テモテ後 3:12)聖書を定期的に学び,会衆の集会で仲間のクリスチャンと交わることがむずかしくなるような事態がもち上がるかもしれません。あるいは,反対のために伝道の仕事が困難になり,危険にさえなるかもしれません。その時あなたはどうしますか。

聖書はこう助言しています。「神の御心を行なったのち約束の実現にあずかるため,あなたがたには忍耐が必要で(ある)」。(ヘブル 10:36,新)それで,とるべき唯一の進路は,神がささえてくださることを信頼し,勇気をもって神への奉仕を推し進めてゆくことです。神のみことばはこう述べます。「なんぢの荷をエホバにゆだねよ さらばなんぢをさゝへたまはん,たゞしき人のうごかさるゝことを常にゆるしたまふまじ」― 詩 55:22。ヘブル 6:11,12。

弟子ヤコブは初期のクリスチャンにこう書きました。「わたしの兄弟たちよ,さまざまな試練に会うとき,それをただ喜びとしなさい。あなたがたの知るとおり,こうして質を試みられるあなたがたの信仰は忍耐を生み出すからである」。(ヤコブ 1:2,3,新)そうです,反対に直面する場合でも,その信仰の試練に対して敢然と立ち向かうなら,わたしたちには真の喜びがあります。なぜ?

なぜなら忍耐することにより,わたしたちは,大論争において天の御父の側を擁護していることを,全宇宙の前で示せるからです。さらに神の御子は,「あなたがたは忍耐によって自分の魂を得るであろう」と保証しておられます。そうです,忍耐によって,あなたはとこしえの命の報いを得るのです。―ルカ 21:16-19,新。ペテロ前 2:21-23。テサロニケ後 1:4,5。

わたしたちは人類史上最も恵まれた時代に生きています。まもなく,エホバとその御子キリスト・イエスは,神の国のすべての敵を宇宙から一掃します。その戦いののち,地上の楽園の正義の状態下で生活することはなんと大きな喜びではありませんか。そこには死も苦しみも悲しみもないのです!

あなたはこの希望をほんとうに確信できます。なぜ? なぜなら,『神は偽ることができない』からです。(テトス 1:2)この恵まれた前途をあおぎ,まことの神エホバの崇拝を決して捨ててはなりません。真理の道を歩み続けてください。「世は過ぎ行きつつあり,その欲も同じである。しかし,神の御心を行なう者は永遠にとどまる」のです。―ヨハネ第一 2:17,新。

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