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  • エホバの友 それとも 世の友 ― あなたはそのどちらですか
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1976
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1976
塔76 6/1 328–334ページ

エホバの友 それとも 世の友 ― あなたはそのどちらですか

「あなたがたは世との交友が神との敵対であることを知らないのですか」― ヤコブ 4:4。

1 友はどのように定義されていますか。友を選ぶ時にはどんなことを考慮しなければなりませんか。

ほとんどの人は,友に選ぶ人物について慎重です。友とは,「愛情もしくは尊敬心によって別の人と結びついている人」,「親密な仲間」と定義されています。あなたは,自分のきらいなくせのある人,いつも自分とは反対の考えや意見を示す人,自分の敵と交際したりその味方になったりする人を親友に選びますか。わたしたちが友人の選択に慎重であるからには,宇宙の至高の神も同様に慎重であられるに違いありません。ですから,どうすれば神エホバの友になれるか,そしてまたその友情を維持できるかを学ぶことは,非常に大切です。

2 神は人間がご自分の友となるのを阻んでおられますか。神は友を選ぶ際にどのように精選されますか。

2 エホバは人類がご自分の友となることを阻んではおられません。実際,エホバは人類に対する愛から,ご自分の最も愛する「独り子を与え,だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで,永遠の命を持つようにされ」ました。(ヨハネ 3:16)しかしわたしたちは,エホバがどんな人の味方にでもなられることを期待することはできません。詩篇 5篇4節(新)には,エホバがご自分の友にお許しにならない態度と行動が述べられています。「あなたはよこしまなことを喜ぶ神ではないからです。悪い者は一時もあなたと共に住むことを許されません」。

3 世俗的名利を追う人と親しく交わることについて,イエスとヤコブはなんと述べていますか。

3 イエスの追随者たちは,世と世の腐敗から常に離れていなければならないことを認めています。(ペテロ第二 1:4)イエスがヨハネ 17章16節で認めておられる通りです。「わたしが世のものではないのと同じように,彼らも世のものではありません」。イエスの異父兄弟ヤコブは,その離れた状態を保たない場合の重大な結果を指摘し,次のように言いました。「姦婦たちよ,あなたがたは世との交友が神との敵対であることを知らないのですか。したがって,だれでも世の友になろうとする者は,自分を神の敵としているのです」― ヤコブ 4:4。

世の友ではない

4 (イ)世の友となるということはどういう意味ですか。(ロ)肉の業にはどんなものがありますか。それを追い求めるとどんな結果になりますか。

4 世の友になる,とはどういうことですか。それは,世のようになる,世のように考える,世の人々と同じような欲望を持つ,世の人々が持っているような野望を心に抱く,世が持つ偏見や憎しみを示す,ということにすぎません。世の友である人は,世の社会に浸透している支配的な態度を取ります。使徒パウロはそれを,「不従順の子らのうちにいま働いている霊」と言いました。(エフェソス 2:2)その霊は,パウロがガラテア 5章19節から21節に列挙している世の行ないに人を誘い込む可能性があります。「さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,不品行,偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事がらです」。そのような世の習わしに従うなら,どんな結果になりますか。「そのような事がらをならわしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません」と,わたしたちは警告されています。

5 クリスチャンはどんな道に従わねばなりませんか。エホバはどんな実を喜ばれますか。

5 ですから,エホバの憎まれるそういう行ないをすることが,エホバをうとんずることであることは明らかです。したがって,わたしたちは神の霊と態度を反映することにより,その逆の道を歩まねばなりません。パウロは,「霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,柔和,自制です。……キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲および欲望とともに杭につけたのです」と述べています。(ガラテア 5:22-24)それで,そのような実を示すことは,世ではなく神を喜ばせることになります。

6 (イ)世の目標とクリスチャンの目標はどのように異なりますか。(ロ)生活に必要な物を得ることについて,イエスはどんな励ましを与えましたか。

6 世の目標はクリスチャンの目標とは異なることを忘れないようにしましょう。世の目標は物質的なものです。利己的な関心を推し進めるためには,たとえその過程で親友が傷つくようなことがあっても,正しい原則を犠牲にすることくらいなんとも思いません。世の考えは,だれもがもう少し豊かであるべきだという考え方が中心になっています。世は,何を食べ,何を飲み,何を着るか,自分の魂のことを心配します。(マタイ 6:25-30)そういう物質的な見方を模倣しないようにするには,エホバはその民に必要物を供給される,ということを信じなければなりません。生活に必要な物を得るためのわたしたちの努力を,エホバは祝福することができ,また祝福してくださる,という信仰を持たねばなりません。わたしたちの主人であるイエスには,まくらする所さえありませんでしたが,それでもイエスの父は必要なものを供給されました。(ルカ 9:58)同様に,イエスは生活に必要なものを得ることについて心配しないよう,追随者たちを励まされました。ご自分の論点を証明する強力な教訓を与えたあと,イエスはマタイ 6章25節から30節で次のように述べて,追随者たちに確信を与えられました。「それで,思い煩って,『わたしたちは何を食べるのか』,『何を飲むのか』,『何を身に着けるのか』などと言ってはなりません。これらはみな,諸国民がしきりに追い求めているものです。あなたがたの天の父は,あなたがたがこれらのものをすべて必要としていることを知っておられるのです。それでは,王国と神の義をいつも第一に求めなさい。そうすれば,これらほかのものはみなあなたがたに加えられるのです」― マタイ 6:31-33。

7 どんなこの世的見方を避けねばなりませんか。この点でどの聖句はわたしたちの助けになりますか。

7 世の人々が『楽な生活』と考える生活をしようとして「生活上の思い煩い」に捕えられないようにすることが必要です。(ルカ 21:34)イエスは種をまく人の例えの中で,「この事物の体制の思い煩いと富の欺きの力がみことばをふさぐ」と言われました。(マタイ 13:22)ルカ 12章15節の,「満ちあふれるほどに豊かであっても,人の命はその所有している物からは生じない」というイエスの言葉もなんと真実でしょう! 安楽な生活を送ることを目的として物質の富を築くことに時間を費やすことの愚かさを,ヤコブは例を用いてよく示しています。彼はこう言いました。「太陽が焼けつくような熱さを伴って昇り,草木を枯らすと,その花は落ち,その外観の美しさはうせるのです。富んだ者もそれと同じように,生涯の途上で消えてゆきます」。(ヤコブ 1:11)後ほど彼は,『あなたがたは,少しのあいだ現われては消えてゆく霧のようなものである』と指摘して,人生のはかなさを示しています。ですからわたしたちは,自分の計画に自信を持つ代わりに,「もしエホバのご意志であれば,わたしたちは生きていて,これを,あるいは,あれをすることでしょう」と言うべきです。(ヤコブ 4:13-15)物を蓄えて安楽な生活を送ることに努めるよりも神との友情を培うほうがずっと大切であることを,これらの聖句はなんとはっきり示しているのでしょう。

8,9 (イ)世の人々は著名な人をどのように見ますか。しかし,若い人もおとなも,どんなことを忘れてはなりませんか。(ロ)神の友のどんな模範を,どんな目標をもって見倣わねばなりませんか。

8 この世の名士や有名な人 ― 芸能界,スポーツ,科学その他の分野と関係のある人々に対し,わたしたちはどんな態度を取りますか。そういう人々は男女を問わず世の人々から非常に尊敬されています。著名であるがゆえに,おとなも子供も彼らに心酔し,彼らの性格や物事のやり方を模倣します。しかしながら,エホバの友は世のこのパターンに従い始めないよう警戒しなければなりません。そういう人々の考えややり方は,エホバの道とは一致していないのだということを忘れてはなりません。彼らは世の親密な仲間です。したがって彼らの話し方,服,身繕い,行動などを模倣した生活や行動をすることは,神の友となるのではなく彼らの友となることです。

9 若い人々は,年上の人を模倣する自然の傾向があるので,そういう人々のまねをしないよう,特に気をつけなければなりません。それら著名な人々も不完全な人間にすぎず,自分の行ないを変えてエホバの規準に従わなければ,ハルマゲドンの時に死んでしまうのです。では,そういう人々のやり方をまねることによって彼らと共に歩むのは賢明ですか。若い人もおとなも,神の友であることを証明した人,すなわちモーセ,ヨシュア,ダビデ,バラク,エフタ,そしてイエスのような人々を尊敬するほうがよいのではありませんか。またルツ,ラハブ,デボラその他,エホバとの交友を保った,そして本当にわたしたちの賞賛と尊敬に値する人々はまだたくさんいます。(ヘブライ 11:4-38)神の友としてとどまった人の現代の例はどうでしょうか。エホバとの交友をやめないがゆえにヒトラーのナチ政権や共産主義型の独裁の攻撃を受け,それに耐えた,あなたの兄弟たちの忠節と忍耐に見倣いたいと思いませんか。その人々や,今日までの時の流れの中で神と共に歩み続けた他の無数の人々は,「大患難」後生きていますが,この世の著名な友たちは永久にその存在を失っているでしょう。―詩 37:10,34,38。マタイ 24:21,22。

わたしたちの言葉と振る舞い

10,11 (イ)世との交わりはわたしたちの言葉に影響を及ぼしますか。説明してください。(ロ)聖書は振る舞いや服装についてなんと述べていますか。コリント第一 15章33節に注意しないとどんな結果になる恐れがありますか。

10 加えて,神の友は,建設的な事柄を語るよう訓戒されています。パウロはこう書いています。「腐ったことばをあなたがたの口から出してはなりません。むしろ,必要に応じ,どんなことにせよ築き上げるのに良いことばを出して,聞く人たちに恵みとなるようにしなさい」。(エフェソス 4:29)世の友はこの言葉に注意していると言えますか。建設的な事柄を語りますか。「聞く人たちに恵み」となる事柄を伝えますか。ヤコブは舌について多くの意見を持っていました。そして次のように述べました。「祝福とのろいが,同じ口から出て来るのです。わたしの兄弟たち,こうした事がこのようにして続いてゆくのは正しくありません」。(ヤコブ 3:2-12)では,この世の名利を追う人々と交わり,もしかしてヤコブが述べたような舌を持つようになるとしたら,それは賢いことでしょうか。

11 またわたしたちの振る舞いはどうですか。それはこの世の型に従ったものですか。それともペテロが勧めているような,『諸国民の中にあってりっぱなもの』ですか。(ペテロ第一 2:12)わたしたちの服装はどうでしょうか。最新の流行に遅れないよう骨折っていますか。そのようにしながら,パウロの励ましに従い「慎みと健全な思いとをもって」身を装うことができるでしょうか。(テモテ第一 2:9。箴 11:2。ミカ 6:8)自分を欺いてはなりません。パウロは力をこめて言いました。「悪い交わりは有益な習慣をそこなうのです」と。(コリント第一 15:33)したがって,今検討した分野においては,次のことが明らかです。つまり考え方や振る舞いによって世との交わりを楽しみながらなお神と友だちの間柄でいられることなど期待できない,ということです。

12 ペテロ第二 3章11節から14節でペテロはなんと述べていますか。わたしたちが参加できる行状や行動にはどんなものがありますか。

12 神の友としてとどまるためには,霊感を受けたペテロの次の言葉に従わねばなりません。「これらのものはこうしてことごとく溶解するのですから,あなたがたは,聖なる行状と敬神の専念のうちに……それをしっかりと思いに留める者となるべきではありませんか」。(ペテロ第二 3:11-14)それらの行状や行動には,良いたよりの伝道にあずかること,神の民の集会に出席すること,また「自分を世から汚点のない状態に保つこと」などがあります。(マタイ 24:14。ヘブライ 10:25。ヤコブ 1:27)そういう「聖なる行状」や「敬神の専念」に心がけているなら,わたしたちはいつも非常に忙しくて,世と交わる,あるいは世の習わしについて考える時間の余裕はないでしょう。これは神の友となるのに非常に重要な点です。

兄弟間の友情

13 (イ)わたしたちは兄弟に対してどのようにこの世的な態度を示す恐れがありますか。このことについてヨハネ第一 4章20節にはどのように述べられていますか。(ロ)イエスは,兄弟と何をするようわたしたちを励ましておられますか。なぜですか。

13 ほかにも考えなければならない事柄があります。兄弟たちに対するあなたの態度はどうでしょうか。あなたは兄弟たちを愛していますか。兄弟たちと交わることによってそれを示していますか。すべての兄弟とこだわりなく話しますか。ちょっとした仲たがいがあって,もう何年もある人と口を聞いていないという状態ですか。または何かの理由である人を避けていますか。あなたは宣べ伝える業に多くの時間を費やすかもしれません。すべての集会でよく注解するかもしれません。会衆のすべての活動に心を打ち込むかもしれません。しかし,たとえそうであっても,あなたの兄弟をのけ者扱いにするなら,あなたは本当に神の友でしょうか。神は何と言っておられますか。「『わたしは神を愛する』と言いながら自分の兄弟を憎んでいるなら,その者は偽り者です。自分がすでに見ている兄弟を愛さない者は,見たことのない神を愛することはできないからです」。(ヨハネ第一 4:20)ですから,イエスが訓戒されたように,「まず自分の兄弟と和ぼく」することはどうしても必要です。兄弟に対する愛のない態度は,エホバの友でないことを表わすからです。―マタイ 5:23,24。ペテロ第一 1:22。

14 (イ)わたしたちは,世の人々の他の人たちに対する態度を見倣うべきですか。なぜですか。(ロ)他の人の不完全さを見逃したり許したりするのに何が助けになりますか。

14 世の人々の別の特徴は,友だちに対して容赦のない冷酷な態度を取ることです。彼らは他の人たちを見下し,その弱点をあばき,他の人々について苦情を言い,また他の人を軽べつするような話し方をしないでしょうか。聖書は彼らについてこのように言っています。『邪曲なる人は悪を掘る その口唇にははげしき火のごときものあり』。(箴 16:27)しかしながら,エホバの友にはそういう行動は無関係のものでなければなりません。他の人たちの弱点やささいなとがを大目に見るのですから,わたしたちは違っているのです。わたしたちは自分から進んで許します。なぜでしょうか。エホバが手本を示してくださってはいませんか。ダビデは詩篇 103篇9節(新)で次のことを思い出させています。「彼は常に過ちを探し出すことはされない。また,定めのない時に至るまで憤慨し続けられるのでもない」。そして14節では,「彼ご自身わたしたちの造りをよくご存じだからだ。わたしたちが塵であることを覚えておられる」と述べています。見倣うべきなんと立派な模範でしょう。では,兄弟が自分の期待に添わなかった場合にわたしたちはどうしますか。エホバがなさる通りにします。許すのです! その際に,次のような事柄を自問すると助けになるかもしれません。それは彼の不完全さが原因だっただろうか。彼が考えていなかったからだろうか。不満を最小限にすることができるだろうか。善意に解釈すればよいのではないか。『互いに対して熱烈な愛をいだく』ほうが確かに良いでしょう。「愛は多くの罪を覆う」からです。(ペテロ第一 4:8。エフェソス 4:32。コロサイ 3:13。ペテロ第一 3:8,9)そうするとき,わたしたちは自分が世の友ではなくて神の友であることを示していることになります。

神との交友を保つ

15 悪魔は,わたしたちと神との交友を断つために何を用いますか。どうすれば世の習わしに巻き込まれないですみますか。

15 敵意を持つ,友好的でないこの世は,神の友に対して今日非常な圧迫を加えます。神の友は,神との友好関係を保つのに大きな努力を傾け,懸命に働かねばなりません。悪魔はその交友を必死になって断ち切ろうとしています。悪魔はこの世を非常に魅惑的に,人の心を奪うようなものにすることによってそれをしようとしています。ヨハネ第一 2章16節に書かれていることに注意してください。「すべて世にあるもの」と述べた後ヨハネは,世から出る,そしてサタンが用いるもの三つを挙げています。すなわち「肉の欲望と目の欲望,そして自分の資力を見せびらかすこと」です。ヨハネは世をなんと正確に描写しているのでしょう。世の習わしに巻き込まれて神の友としての身分を失うことを望まないなら,わたしたちはその世に抵抗しなければなりません!

16 イエスはどのようにサタンに対抗されましたか。わたしたちはどのようにして対抗できますか。

16 クリスチャンは,「この世の支配者」サタンとその仲間に対抗する確実な手段を講じなければなりません。(エフェソス 6:10-18。ヤコブ 4:7)どのように? イエスは荒野で三度にわたり誘惑を受けたとき,どうされましたか。イエスは,「……と書いてあります」と答えられました。(マタイ 4:1-11)この完全な人は,神の言葉を自分の生涯の導きとしました。イエスは模範を残されたのですから,わたしたちはイエスに見倣わねばなりません。詩篇作者は言いました。「あなたのみ言葉はわたしの足のともしび,わたしの小路の光」。(詩 119:105,新)このように,神の言葉に従ってすべての活動を行ない,サタンに対抗するなら,わたしたちは,わたしたちの友エホバとの関係を強めることができます。

17 前途に控えている試練を克服するために何をする必要がありますか。条件付で降伏するなら何を失いますか。

17 今から現体制が終わるまでの間,わたしたちは悪魔と戦いますが,自分自身の力でそれに勝つことは不可能です。神からの助けが必要です。直面する試練や誘惑に対抗するための知恵と導きを神に請い求めなければなりません。(ヤコブ 1:5)悪魔の策略に対して免疫になっている者はわたしたちの中には一人もいません。悪魔は悪い欲望や彼の世の圧力にわたしたちを条件付降伏させようとして一生懸命に働いています。しかし降伏することは,神との貴重な交友を失うことを意味し,またそれは永久の死につながります。(ヤコブ 1:14,15)そのような行為は,その代価に値しますか。

18 神はご自分の友を助けるために,外にどんなことをされましたか。わたしたちはそれにどう反応すべきですか。

18 またエホバは,利己的な欲望を満たすことに抵抗するよう,ご自分の友を励まし助けるために,長老たちを任命することにより,さらに手段を講じられました。彼らの助言に答え応ずるのは賢明なことです。パウロは忠告しています。「あなたがたの間で指導の任に当たっている人たちに従い,また服しなさい。彼らは言い開きをする者として,あなたがたの魂のために見張りをしているのです」。(ヘブライ 13:17。ガラテア 6:1)時には,彼らの言うことが気に入らないこともあるかもしれません。自分が望んでいることとは反対のことを聞かされるかもしれません。しかし,神の友であるためには,彼らの言葉に耳を傾け,彼らの助言に謙そんに従わねばなりません。詩篇作者はこう言っています。『愚かなる者はみずからその道を見て正しとす されど知恵ある者はすすめを容る』― 箴 12:15。

19 ゆゆしい悪事を行なう人には希望は全くありませんか,説明してください。

19 もし人が『愚かなる者』となって,ゆゆしい悪事を行なうようになったならどうでしょうか。希望は全くなくなってしまったでしょうか。そうではありません。ヤコブはわたしたちに次のことを思い出させています。「その人が罪を犯しているなら,それはゆるされるでしょう。ですから,互いに自分の罪を公に告白し,互いのために祈りなさい。それは,あなたがたがいやされるためです」。(ヤコブ 5:13-16)ですから,長老たちの援助を求め,罪の道から立ち直るよう彼らの助けを得てください。(箴 28:13)神との交友を一時的に失うことがあっても,悔い改めて神の道と一致した道を歩むなら,再び信頼できる友としての立場に戻していただけるということを知るのは,なんと大きな慰めでしょう!―イザヤ 55:7。

20 (イ)この世で得る有利な立場は永続的なものですか。(ロ)だれがわたしたちに良い手本を残していますか。彼はなぜその道を歩みましたか。

20 世との交友は,ある点で有利な結果をもたらしますが,それは罪の一時的な楽しみに過ぎません。それは短命です。将来のない生活です。せいぜいこの古い世に残されているわずかの期間続くに過ぎません。モーセが示した立派な模範に倣うほうが良いのではありませんか。聖書は彼について次のように述べています。「信仰によって,モーセは,成人した時,ファラオの娘の子と呼ばれることを拒み,罪の一時的な楽しみを持つよりは,むしろ神の民とともに虐待されることを選びました。キリストの非難をエジプトの宝にまさる富とみなしたからです。彼は報いをいっしんに見つめたのです」。(ヘブライ 11:24-26)モーセは,世の友となる勧めを,その富や魅力と共に退けました。なぜなら,エホバからの報いを望んだからです。その報いとは何だったでしょうか。神の友としてとどまれば神に覚えられ,義の新秩序で復活させていただけることを彼は知っていたのです。

21 (イ)神の友のために蓄えられている報いを得るには何をしなければなりませんか。(ロ)わたしたちが受ける報いは何ですか。

21 わたしたちの信仰また希望も,モーセのそれと同じほど強いものでありますように。生活のすべての面で,世とその友の『汚れに染まらない』状態を常に保つことができますように。願わくは,わたしたちの考えや行動が,わたしたちの親しい友エホバを中心としたものであり,わたしたちの心の願いが,エホバを親密な友として深く愛し続けることでありますように。わたしたちが,『主の油そそがれた者』の一人であろうと,「大群衆」の一人であろうと,それは現在多くの祝福を受けることを意味しますが,なかでも最も大きな祝福は,エホバの友だけが住む義の新秩序において永遠の命という賞を受けることです。―テモテ第一 4:8。

[330ページの図版]

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