この世界はこれから先どうなるか
講演者はロサンゼルス警察の高官でした。その人は,「昔は人が人を殺す場合,理由があったものです」と語り,さらにこう述べました。「今日では理由のない殺人の方が多くなっています。スリルのための殺人です」。
米国を横切って反対側にあるニューヨーク市の警視総監も同じような点を指摘しています。「近ごろの子供で35.7口径のけん銃を持っているような者は,ほかの子供や老婦人から42㌣を巻き上げて,相手の子供の顔つきが気に入らないとか老婦人の涙が気に入らないという理由で,その人を殺し,逮捕されてもにやにや笑っている。……そんな行為を理解できる人間はいない。全く恐ろしいことだ」。
理由のない殺人,戦争,人を人質に取ること,暴力などがすべて今日の世界で一般化してきており,恐れにおののく市民や被害者たちは,『この世界はこれから先どうなるか』と尋ねずにはいられなくなっています。
前述のロサンゼルス警察の当局者には持論があって,聴衆に次のような点を指摘しました。「一つの社会が存在してゆくには,ある水準の道徳を保っていかねばならないことを歴史は示しています。しかし,わたしたちはその水準を下回る所にまで達したように思えます」。
鈍感になってゆく
この警察当局者は事態をおおげさに述べているのだ,と主張する人もいるでしょう。実際には,これまでと比べてそれほど悪くはなっていないと言うのです。そうした意見は正しいでしょうか。それとも衝撃的な見出しを絶えず見ているために,無感覚になってしまっただけのことでしょうか。
ニューヨーク市の学校の教師に起きている事柄を考えてみましょう。「ニューヨーク市の公立学校の教師に対する犯罪はごく一般的なものになっているため,教師の多くはそうしたものがあってももはや衝撃を受けることはない」と最近ニューヨーク・タイムズ紙は述べました。様々な機会にこづかれ,脅され,ののしられ,強奪に遭った一教師の言葉が引き合いに出されていましたが,その教師は,「鈍感になって,自分の視野を狭くしなければだめです」と述べています。
世界の状態が悪化するにつれて,人々は一般に『鈍感になってゆき』,つり合いのとれた物の見方を失ってきているのでしょうか。
結局のところ,わたしたちの大半は毎日の新聞で戦争や残虐行為,社会情勢の悪化などについて読みながら育ってきました。それ以外のことを本当に知っているわけではありません。しかし,年配の人々の中には今でも別の時代のことを覚えている人がいます。
「そのすべてが終わった」
最近行なわれた講演の中で,英国の元首相ハロルド・マクミランは,自分の若かりしころの世界を回想しました。ビクトリア女王の時代に,人々は「自動的な進歩」を期待しており,「何事も向上の一途をたどるものと思われた」と元首相は語りました。ところが,「1914年のある朝,突然,思い掛けずにそのすべてが終わった」のです。
一般市民も同じような観察をしています。1899年生まれのアメリカ人,ジョージ・ハナンは次のような点を指摘しています。「だれも第一次世界大戦を予期してはいませんでした。それは大きな衝撃でした。人々は世界が高度に文明化したので,もはや戦争などないであろうと言っていました。ところが,何もない所から青天のへきれきのように世界大戦が起こったのです」。
興味深いことに,1914年によく売れていた本は,ノーマン・エンジェルの「大いなる幻想」でした。戦争は国際経済に大打撃を与えるので,戦争など考えられないというのがその本の主旨でした。
第一次世界大戦が勃発した時,エワート・チティーは16歳で,英国にいました。チティーは思い出をこう語っています。「1914年以前の世界は異なっていました。今日には見られない安心感が全般的に行き渡っていました。安全であって当たり前と見られていました」。今日,安全を当たり前と見ている人がどれほどいるでしょうか。
当年90歳になるマックスウェル・フレンドはこう語っています。「第一次世界大戦が始まった時,私はオーストリアのウィーンにいました。この戦争で人々は変わりました。人々は非常に愛国的になり,国家主義的になりました。無感覚になった人も少なくありません。ロシア軍に追われて東方からウィーンへ流れ込んで来た難民たちのことを覚えています。彼らは何もかも,涙さえ失っていました。さんざん泣いて涙がかれてしまっていたのです」。
戦争と宗教
人類史上類例のない第一次世界大戦を生き残った人々に,どれほどの傷跡が残ったか想像してみるとよいでしょう。ワールドブック百科事典はこう述べています。「歴史上初めてのこととして,第一次世界大戦中に人類は総力戦というものを知るようになった。交戦国の住民すべてが戦争遂行のために働いた。幾百幾千万もの男女子供が殺された」。
当時ロンドンにいたエワート・チティーは,「英国は搾り取られるだけ搾り取られました」と述べています。オーストリアでは「国中が血と涙で満たされました」とマックスウェル・フレンドは語っています。生き残った人々はどんな影響を受けたでしょうか。
エワート・チティーは当時のことを次のように思い起こしています。「第一次世界大戦中に多くの兵士たちは僧職者たちの偽善を目の当たりにしたのだと思います。その結果,彼らは変わりました。その多くは宗教に対する敬意を失いました。中には,神に全く背を向けてしまった人もいました」。そしてこう付け加えています。「私の少年時代には,人々は全般的に神の言葉聖書に関心を抱いていました。聖書は人々の敬意を受けていました。それについてどんな人にでも話すことができました。大戦後,そうした状況に変化が生じるようになりました。今日,人々は聖書のことなど全く忘れてしまったかのように思えます」。
78歳になるジョン・ブースは,米国でも幾らか似たような事柄が生じたことを思い起こしています。ブースはこう語っています。「諸教会は戦争遂行に深くかかわるようになりました。説教者たちはいずれもドイツ人の残虐行為について語り,『民主主義にとって安全な世界を造り出すために』戦争は必要であると説教したものです。
「父は田舎の小さな教会の下男でしたが,そうした愛国的な熱情のすべてにいつも頭を悩ませていました。近くの教会の説教者が戦争についての説教をしようとしなかったために辞めさせられたことを聞いて,父ががっかりしていたのを覚えています」。
世界中の正直な心の持ち主は同様の観察をしています。そうした世界的な戦争はどんな結果をもたらしましたか。「1914年から1918年までの戦争は,ヨーロッパがその文明の価値について抱いていた自信,それも衰えつつあった自信を粉砕してしまった。それはキリスト教の国々の間で行なわれた戦争だったために,世界的な規模でキリスト教を弱体化させるものであった」― ブリタニカ百科事典。
キリスト教それともキリスト教世界?
実は,第一次世界大戦の勃発はすべての人に衝撃を与えたわけではありません。幾年にもわたって,熱心なクリスチャンから成る小さなグループは,1914年に世界を揺るがす出来事が起こることを予告していました。そのグループは国際聖書研究者と呼ばれ,今日ではエホバの証人として知られています。
ジョージ・ハナンは当時のことを思い起こしてこう語っています。「聖書研究者は1914年に関するその見解のゆえに非常によく知られていました。そして,同年の前半,すべてが実に平和そうであった時,彼らはかなりの嘲笑を浴びていました。聖書研究者は『その日付を撤回して』別の日付を定めなければならなくなるであろう,と人々は言っていました」。
戦争が突然勃発したため,多くの人々は国際聖書研究者の予告していた事柄を思い起こしました。1914年8月30日付のニューヨーク・ワールド紙はその雑誌欄を割いて,聖書研究者に関する記事を載せました。その記事は,「ヨーロッパでの恐るべき戦争の勃発は,まれにみる預言の成就となった」と述べていました。
キリスト教世界の主要な教派にとっては寝耳に水であったのに,クリスチャンのこの小さなグループが苦難の臨むことを予期していたのはなぜでしょうか。それはこれらエホバの証人たちが聖書預言を熱心に研究していたからです。聖書預言はこの20世紀の状況について多くのことを語っています。