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  • 沖縄 ― 東西の交流点
    目ざめよ! 1972 | 5月8日
    • 外国人たちが同化されたことは一度もない。二つの文化は油と水のように平行して流れ,混じり合うが決して融合しない。アメリカ人の沖縄があり,沖縄人の沖縄がある。ほとんどの沖縄人は英語を学ばないし,アメリカ人の大半は,ここに一時的に住むだけであるから,島民の生活様式を取り入れない。

      長年にわたり,沖縄の日本への復帰が強く叫ばれてきた。その理由の一つは,沖縄の人々が土地を非常に必要としており,しかもアメリカがそのかなりの部分を支配しているということにある。1953年,琉球列島のうち北方の小さな群島,すなわち奄美諸島が日本に帰属した。その後,1971年6月,アメリカは沖縄と他の琉球列島の日本返還条約に調印した。1972年中には復帰が期待されている。そうすれば,日本は,第二次大戦で最後にアメリカに奪われた領土を,約27年ぶりで取り戻すことになる。

      しかし,それはアメリカの沖縄撤退を意味するものではない。アメリカは88の軍事施設を保持し,したがってそこに人を配置するのに引き続きかなり多数の人員を必要とする。

      東西の融合

      沖縄の人々は,評判の高い核兵器を含む,強力な軍事基地の存続をよく思っていない。「はがねの台風」を経験した彼らにとって,軍事兵器の類は楽しい思い出を呼ぶものではない。だから,神の管理下で人々が「剣を鋤に打かへその鎗を鎌に打ちかへ」るという,聖書の約束は,沖縄人の多くにとって快い音信である。―ミカ 4:3。

      1952年,沖縄には,神の王国がもたらす平和について伝道するエホバの証人がひとりもいなかった。しかし今では500名を上回るエホバの証人がいる。彼らは11の会衆にわかれて,聖書研究をしたり,交わりを持つために定期的に集まる。そのうち10の会衆においては集会は日本語で行なわれているが,英語を話す人々からなる会衆も1968年以来存在するようになり,現在そこには100名を越す人々が交わっている。その会衆の人々は,沖縄にいる英語を話す人たちを訪問する。こうして,他の土地で聖書を学んだことのある多くの人たちと連絡が取れ,そのうちの多くは援助を受けて霊的に進歩した。

      日本語を話すエホバの証人と,英語を話すエホバの証人たちは,使い慣れたことばで聖書を学ぶため別個に集会を開いてはいるが,両者の間には真の協力が見られる。彼らの大会はその一例である。現在大会には750人を越す人々が出席するが,彼らはそうした集まりを成功させるために密接に協力して働く。意志の伝達はおもに手ぶりや身ぶりで行なわれるが,彼らの間に見られる一致は,どうすれば人々が共に平和で幸福にくらせるかということのりっぱな実例である。

      そうした一致が沖縄に充満する分裂や混乱と対照をなしていることに気づく人もいる。事実,日本語を使う会衆と英語を使う会衆が商業ビルの空家を集会場として使用するために修理したところ,近所の人々は二つのグループがいっしょに働いているのを見てたいへん驚き,わざわざやって来て質問する人が少なくなかったほどである。東洋人であれ,西洋人であれ,確かにそれらの人は混り合うだけでなく,融合して一致した一つのクリスチャン家族をなしているのである。

  • 防水処理
    目ざめよ! 1972 | 5月8日
    • 防水処理

      ● 防水処理は現代の人間が最近発明した方法ではない。事実,人間はそれを鳥,特に水鳥から学んだといってよかろう。それら飛ぶ生き物には創造者の計らいによって防水の仕組みが整えられている。油をつくりだす腺が備わっており,その油が羽毛全体に分泌されて防水処理が施されるのである。羽毛に防水処理が施されているおかげで,カモは一晩中,湖上で眠っていても,ずぶぬれにはならない。H・モーティマー・バエッテンは「内陸の鳥類」と題する本の中で「野ガモは泳いだり,もぐったりしても,表面の羽毛のほかは湿気を帯びるようなことはない」と述べている。

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