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科学者は生物を再設計しているのですか目ざめよ! 1981 | 11月22日
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科学者は生物を再設計しているのですか
セイウチが言った。「様々な事柄について語るべき時が来た……ブタに翼があるかどうか」―「鏡の国のアリス」
翼の生えたブタですって? ばかげた話です。ところが,今や科学者は,将来ブタに翼が生えるかもしれないということまで予告しようとしています。もっと正確に言うなら,遺伝子組み替えと呼ばれる新しい工学技術の利用について盛んに取りざたされています。これによって,肥料のいらない作物,鉱石や石油を採り出すバクテリア,塵芥をアルコールに変える酵母が造れるとされています。言うならば,科学者は生物体の再設計に取り組もうとしているのです。
空想科学小説での話でしょうか。遺伝子組み替えつまり専門的にはDNA再結合として知られる工学技術がこれまでに成し遂げた事柄を考えてみるなら,そうではないことが分かります。次にその例を幾つかご紹介します。
1978年9月 ― 米国カリフォルニアの科学者たちは,人間のインシュリンを造り出す合成遺伝子を用いて,通常のバクテリアをごく小さなインシュリン製造“工場”にすることに成功しました。ご承知のように,インシュリンは多数の糖尿病患者が毎日用いており,これらの患者の中には現在使用されている動物性インシュリンにアレルギーを起こす人もいます。
1979年7月 ― 人間の遺伝子を加えたバクテリアが人間の成長ホルモン分子の複製を造り出しました。現在のところ,下垂体性矮小発育症の治療手段となっているのは人間の成長ホルモンだけです。この病気にかかっている人は米国だけでも2万人います。これまでは人間の死体の下垂体からしか成長ホルモンを得ることはできませんでした。
1980年1月 ― 自然のウイルス抑制物質である人間のインターフェロンが初めてバクテリアによって造り出されました。インターフェロンはこれまで人間の血液からだけしか得られませんでした。しかも,3万㍑の血液から,インターフェロンはわずか100㍉㌘しか得られないのです。ペニシリンがバクテリアに効く抗生物質であるように,インターフェロンはウイルスを抑制する抗生物質となるのではないかと科学者は期待しています。
科学者は遺伝子組み替え実験の進歩を速めることに熱意を傾けています。もしバクテリアに手を加えて人間のインシュリンや成長ホルモン,インターフェロンを造らせることができるのであれば,その先はどうなるのでしょうか。「今後15年以内に,本質的には蛋白質であるものが無尽蔵に造り出されるようになろう」と,米国マサチューセッツ工科大学の一科学者は予告しています。
ところで,遺伝子組み替えとは何のことでしょうか。どのように生物体の再設計を行なうのですか。それはどんな将来をもたらすでしょうか。
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蛋白質,遺伝子,そしてあなたの体目ざめよ! 1981 | 11月22日
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蛋白質,遺伝子,そしてあなたの体
“蛋白質”というと,大抵の人は汁の滴るおいしいステーキを思い浮かべるでしょう。しかし蛋白質はそれだけのものではありません。肉に蛋白質が含まれているのは,生物体,特に動物が,特定の働きをする様々な種類の無数の蛋白質からできているためです。
蛋白質に種類があるのですか。水分を別にすれば,あなたの体重のほぼ半分は蛋白質の分子によって占められていますが,これらの蛋白質はみな同じではないのです。髪の毛や皮膚やつめに強さを与える蛋白質もあれば,体の細胞内の化学反応を制御する,酵素と呼ばれる蛋白質や,体を病気から守る抗体を造る蛋白質もあります。
蛋白質は何からできているのでしょうか。あなたの体を形造る幾千もの異なった蛋白質はいずれも,アミノ酸と呼ばれる小さな分子が結び合わされてできています。ところが,地上のすべての樹木や花,動物,人間の形成にあずかっている様々な蛋白質すべてを造り上げるには,わずか20種ほどのアミノ酸が必要とされるに過ぎません。英語のアルファベットわずか26文字を組み合わせるだけで幾十万もの単語ができるのと同じです。
生きている細胞は,車両を連結して長い列車を作るように,幾つものアミノ酸をつないで必要な蛋白質を造ります。例えば,インシュリンを造るには,膵臓の細胞がアミノ酸鎖と呼ばれる2列の“列車”を組み立てます。この“列車”は折れ曲がって独特の形を作ることができます。最初の鎖は21文字から成る“単語”,2番目の鎖は30のアミノ酸“文字”から成る“単語”のようなものです。次いでこれらの鎖が結び合わされると,体内にインシュリンの分子が造り出されることになります。そしてこれが血流中の血糖値の抑制に寄与します。糖尿病の人がよく知っているように,インシュリンのような蛋白質は健康には欠かせません。
設計図と青写真 ― DNAとRNA
ところで,膵臓の細胞は様々なアミノ酸を連結してインシュリンを造る方法をどのように知るのでしょうか。また,足の親指の細胞の働きを抑制してインシュリンを造らせなくしているのは一体何でしょうか。その答えはDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる非常に大きな特異な分子にあります。人体を構成している幾十兆個もの細胞一つ一つの核に,大抵これがあります。DNAはどのような働きをするのでしょうか。
建設現場に行ったことのある人なら,大工,レンガ工,電気工など,様々な職種の人が働いているのに気付いたことでしょう。これらの人々は,行なうべき事柄が記されている青写真をひんぱんに調べます。その青写真はどこから得られますか。建設現場事務所には何枚もの建築設計図があり,それを特殊な機械でコピーして青写真が作られます。様々な職種の現場監督が事務所から青写真を持ち出して現場の作業員に渡します。
細胞では建設工事と似たような仕事が行なわれます。細胞核(“建設現場事務所”)の中に,体が今後必要とするすべての蛋白質の“原図”が置かれています。これらの“製図”に相当するのがDNA分子です。インシュリンが必要になると,膵臓の特定の細胞の核の中でDNAの一定の区分つまり遺伝子と呼ばれるものが活性化します。
建築設計図の原図が一般に作業場で用いられないのと同様,DNAが核の外に出ることはありません。DNAは貴重で持ち出せないのです。代わりに,伝令RNA(リボ核酸)と呼ばれる特殊な分子によってDNA遺伝子の“青写真”が造られます。この“伝令”が青写真を核から“作業場”に持って行きます。そこには作業班がインシュリンの分子を組み立てるため待ち受けています。
この作業班は主に,大工の棟梁のような働きをする1個の分子リボゾームおよび転移RNAと呼ばれる幾つかの助け手から成っています。小柄な助け手の分子である転移RNAがアミノ酸を集めてリボゾームの所に連れて行きます。リボゾームは伝令RNAの“青写真”を「読んで」インシュリンの鎖を造り上げます。
各細胞の“建設現場事務所”には,その細胞の機能に必要な分をはるかに上回る“製図”が置かれています。例えば,足の親指の細胞にはインシュリンを製造するための遺伝子があります。ただ,これらの細胞は活性化されることがないのです。足の親指の細胞の中では,その製図は「鍵を掛けて厳重に保管」されています。それぞれの細胞は,自分が必要とするものを造り出すため,核内のDNAのほんの一部分だけしか使用しません。これはわたしたちにとって幸いなことです。なぜなら,使うべきでない設計図を得ようと「押し入り」,造るべきでない蛋白質を製造し始めるなら,その細胞は自分自身や他の細胞を損ないかねず,ガン細胞になる恐れさえあるからです。
設計図の変更
巨大な超高層ビルの建設の指揮に用いられた一組の複雑な製図はただ偶然に存在するようになったと言い出すなら,専門の設計技師の大半は強く抗議することでしょう。そうした製図には,高度の技術を持ち,十分の経験を積んだ設計技師が必要です。生物の細胞内のDNAには,一組の設計図よりもずっと複雑で詳細な指示が収められています。バクテリアやカエデ,人間の“建設”といった精巧な作業を指揮するDNAは,偉大な建築設計者の手によるものに違いないと考えるのは理にかなっていませんか。その偉大な建築設計者とはエホバ神です。―創世 1:11-28。
丹念に描き上げた特定の建物の製図に,権威も資格もない人が手を加えたらどう感じるか,優秀な設計技師のだれにでも尋ねてみてください。設計技師はそうした変更をいやがります。製図を書き替える人がその書き替えで全般的にどんな結果が生ずるかを考慮に入れていないことを設計技師は知っているからです。確かに洗面所は大きくなるかもしれませんが,通路から貴重な空間が奪われるならどうなるでしょうか。配管の再設計が必要になったら,どうなりますか。
科学者は今や,生物のDNAの内容を変える,つまり創造者が用意された“建築設計図”を書き替えることができるようになりました。人間のインシュリンを製造する遺伝子をバクテリアに組み入れるなどの事例では,こうした組み替えが人道主義的見地から,医学目的のためになされていると言われています。ウイルスの遺伝子をネズミの胎児に組み込むなどの他の組み替えの場合は,細胞を活動させるものを突き止めようとする科学的好奇心が一層大きな動機となっています。
科学者は今や遺伝子を造り替えることができるまでになりましたが,遺伝子の働きについて十分な理解を得ているとはとても言えません。1979年に,ニューヨーク・タイムズ紙は次のように伝えました。「新たな発見によって次のことが明らかになった。人間の遺伝子を含め動物の遺伝子の構造は,少なくともこれまで20年間受け入れられてきたものとは全く異なっている」。一体どうしたのでしょうか。それまでの科学者の考えとは違って,動物の遺伝子は一般に,バクテリアの遺伝子と違った仕方で働くことが分かったのです。動物の遺伝子はバクテリアの遺伝子より複雑です。またこれには,まだ理解されていない一続きの長い情報も収められています。実際,科学者は,期待とは裏腹に,バクテリアの“設計原図”が読めても人間の“設計原図”が読めるわけではないことを知りました。
また,科学者は最近,それまでの定説とは異なり,DNA分子の遺伝暗号<コード>が普遍ではないことも知りました。DNAが核の中ではなく,細胞の中のミトコンドリアと呼ばれる別の部分にある時には,その暗号がわずかに違うことが分かっています。「遺伝暗号は普遍であるとする定説は揺るがされてきた」とニュー・サイエンティスト誌は述べました。なぜ暗号が変わるのでしょうか。科学者にはそのことが分かりません。同誌は,「遺伝子解析が明らかにした予想外の新事実に伴って生じた疑問の幾つかは決して解けないであろう」と述べています。
ですから,遺伝子の研究に潜む危険について懸念する人がいるのも不思議ではありません。今では大抵の生物学者が,そうした研究にはほとんど危険が伴わないと主張していますが,それらの生物学者は知り尽くしていると言えるほど遺伝子のことを本当に理解しているのでしょうか。1950年代に科学者たちは,米国の西部で行なう原爆実験は一般大衆に危険をもたらすことはないと主張していました。ところが,実験場の風下に住んでいた人々のガン罹患率は今や,それらの科学者が間違っていたことを示しています。
十分に理解してもいない材料や生物学的技術をもてあそんでいるうちに,科学者がこれまで知られていない何かの恐ろしい病気を思わぬ事故で人類に臨ませてしまう恐れはないでしょうか。一部の人はそうした可能性があると考えています。
ところで,科学者はそれらの遺伝子にどのようなことを行なっているのでしょうか。
[4ページの図版]
英語のアルファベットわずか26文字の組み合わせで幾十万もの単語ができるように,わずか20種の異なったアミノ酸から,地上のすべての樹木や花,動物,人間を形成する様々な蛋白質すべてが造り上げられている
[6ページの図版]
核
伝令RNA
リボゾーム
転移RNA
アミノ酸
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将来の見込みとプラスミド目ざめよ! 1981 | 11月22日
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将来の見込みとプラスミド
細胞というものは非常に小さく,この文の終わりにある読点の中に普通の大きさの細胞が優に500個以上も入ります。ところが普通,これらの細胞の一つ一つに,人間などの生物を造り上げるのに必要なDNAがすべて収められています。
細胞が小さければ,DNA分子も極めて微小なものでなければなりません。このDNA分子はよじれた長い糸のような形をしています。DNAは非常に長く,人間の体内にあるDNAをすべて伸ばしてその端と端をつなぐと,地球と太陽の間を幾度も往復するほどの長さになります。一方,糸は非常に細く,その直径はわずか40万分の1㍉しかありません。
この細長いDNAの糸を何とか細胞の中に収めなければならないため,問題は一層複雑になってきます。これを細胞の中に収めるには,よじって堅く絞った束にするしか方法がないのです。そのため,科学者にとって,自分たちが関心を持つ,特定のDNA分子の領域つまり遺伝子の正確な位置をつきとめるのは容易なことではありません。細胞を顕微鏡で見ながら,目当ての遺伝子を見付けてそれをピンセットで取り出し,空いた所に別の遺伝子を入れるわけにはいかないのです。
プラスミドの助けを借りる
しかしながら,バクテリアにはしばしば,比較的扱いやすいDNA分子の含まれていることが知られています。これらDNAのより糸のようなものはバクテリア内の残りのDNAとはある程度独立しています。これらはいずれも環状になっており,一つのバクテリアから別のバクテリアに簡単に移ることができます。これがプラスミドと呼ばれるものです。現在のところ,遺伝子組み替えの鍵となっているのはプラスミドです。
動植物の細胞にはプラスミドがなく,その遺伝子調節機構もはるかに複雑であるため,動植物の遺伝子組み替えはかなり難しいものとされています。しかし,科学者はそうした組み替えが間もなく可能になるものと期待しています。これに成功すれば,土壌の中で窒素を固定するバクテリアの遺伝子を植物に組み込むことが可能になり,土壌に窒素肥料を施す必要がなくなるでしょう。また,いつの日か,人体の欠陥遺伝子を入れ替えて,鎌状赤血球性貧血のような遺伝病を治療できるようになるという期待も抱いています。
ナショナル酒造化学会社の会長ドラモンド・C・ベルはリーダーズ誌の中で次のように書いています。「石油の再生能力を持つ微生物の開発が進められている。地下から金属を抽出するための生体プログラムの組み込みもなされている。最先端を行く次のような新製品が,すでに製造されているか,その一歩手前にある。糖尿病の治療に用いるヒト・インシュリン,人間の細胞から造った抗ガン物質インターフェロン,肝炎やマラリアなどの病気を予防するワクチン,小人症や血友病の治療薬に用いるワクチン,牛やブタの成長促進剤。目下のところ次のようなものが発見されている。低カロリーで糖値の高い果糖,空気から必要な肥料を造り出すことのできる植物,現在の品種より蛋白質の量が2倍も多い新種の小麦,水分が今日栽培されている品種の10分の1ですむ新種の小麦」。
また,遺伝子組み替えによって家畜の口蹄病に効く安全なワクチンが製造されるようになったと言われています。―タイム誌1981年6月29日号。
遺伝子組み替えが一大産業に急成長したのも不思議ではありません。しかし,研究所の実験台から実際の生産ラインへのこうした変化が進むにつれ,一部の人々の間から警戒の声が上がるようになりました。一体なぜでしょうか。
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どのようにして遺伝子の組み替えを行なうのですか目ざめよ! 1981 | 11月22日
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どのようにして遺伝子の組み替えを行なうのですか
ある遺伝子の組み替えをしたい場合,どうしたらよいでしょうか。
まず,目当ての遺伝子,つまり特定の蛋白質のための“暗号”すなわち“設計原図”を含むDNAの位置区分が必要になります。今では,種々の“遺伝子装置”を使って,不活性の化学物質から単純な遺伝子を合成できます。もっと複雑な遺伝子の場合は,生体細胞のDNAを調べてその位置を定め,必要な遺伝子を取り出すことが必要です。
次にプラスミドと,制限酵素と呼ばれる特別な化学物質が必要になります。後者はプラスミドの的確な場所を破壊して開口部,つまり遺伝子を付着させるための“粘着性の先端”を造ります。
また,組み替えようとしている遺伝子の言わば「スイッチを入れる」特別な遺伝子にその新しい遺伝子を正しくつなぐことも忘れてはなりません。そうしないと,新しい遺伝子はいつまでも仕事を開始しないでしょう。遺伝子を組み込もうとしているプラスミドやバクテリアには,その新しい遺伝子は必要ではないのです。それは宿主にとって益となることを何もしてくれません。その遺伝暗号が指示するものを造って時間やエネルギーを浪費することなど,どうしてできるでしょうか。
「スイッチを入れる」というのは,バクテリアをだまして,自分に必要なものを生産していると思い込ませることです。もっとも実際には,それらのバクテリアは人間が必要としているものを造っているのです。このスイッチの役を果たすものは“調節遺伝子”と呼ばれています。
次に化合調節遺伝子と新しい遺伝子を組み合わせて一緒にし,それを粘着力のある沢山のプラスミドと一緒にします。すると一部のプラスミドが新しい遺伝子とつながり,再び環状になります。次に,“組み替えの終わった”プラスミドを皿の中に入れ,沢山のバクテリアと混ぜます。すると一部のバクテリアがプラスミドを吸収します。バクテリアはしょっちゅうプラスミドを交換しています。例えば,抗生物質に対する免疫性を与えてくれる新しい遺伝子の得られる所には普通,プラスミドが存在しています。
もしこのすべてが順調にいけば,バクテリアの少なくとも一部は目当ての新しい遺伝子を持つプラスミドを吸収することになります。そして,プラスミドの少なくとも一部はバクテリアの体内で活動を開始し,バクテリアの中のリボゾームや他の“働き手”を使って人間の望んでいるものを造ってくれます。バクテリアは人間の思い通りに働く小さな“工場”となったのです。しかもこれには自ら増殖するという特別の利点があります。バクテリアは分裂して殖えますが,そのすべてに先の特別の遺伝子が含まれており,すべてのバクテリアが望み通りの蛋白質を造ってくれるのです。
[8ページの図版]
遺伝子 + プラスミド = 修正されたプラスミド → バクテリアに吸収される
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遺伝子組み替え会社 ― 危険な事業?目ざめよ! 1981 | 11月22日
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遺伝子組み替え会社 ― 危険な事業?
「それは科学界ではほとんど先例のない行為であった」と,サイエンス・ニューズ誌は驚きの声を上げました。1974年,科学者たちが遺伝子組み替えの基本技術の開発に取り掛かろうとしていた矢先に,そうした実験に伴う危険を指摘する切迫した警告の声が上がりました。その警告のどこが特に変わっていたのでしょうか。この警告を発したのは事情に疎い心配性の人たちではなく,遺伝子研究の第一線で活躍中の科学者たち自身だったのです。
これらの科学者の懸念は後に“バーグ書簡”として知られるようになった文書の中で表明されました。その名称は,遺伝子組み替えの研究で1980年度のノーベル化学賞を受けた米国スタンフォード大学の科学者ポール・バーグの名からきています。“バーグ書簡”には別の著名な人物,米国ハーバード大学のジェイムズ・T・ワトソンも名を連ねていました。ワトソンは1953年にDNAの構造の解明に貢献したことで有名になりました。(その功績で,後日ノーベル賞を受けています。)
バーグ,ワトソン,それに他の9人の著名な科学者は,遺伝子組み替えによって,「生物学的特性が事前に全く予測できない新しい型の伝染性のDNA成分が造り出される」危険を懸念していました。言い換えれば,だれかが新しい病原菌を造り出し,それが外部に漏れて,恐ろしい病気が流行したらどうなるのか,というものでした。その書簡は,ある種の実験の一時凍結と,今後の実験をすべて安全に行なえるようにするための指針の作成を呼び掛けていました。“バーグ書簡”は実を結び,米国国立衛生研究所によって遺伝子組み替えの詳細な指針が定められました。
危険が伴うかどうかは別として,やがて遺伝子組み替えは産業界にとってドル箱となる可能性を秘めていることが明らかになってきました。バクテリアは信頼性に富む低価格のインシュリンを造り出すことができたでしょうか。生物学の教授ヨナタン・キングは,「糖尿病患者にインシュリンを販売する商売は年間1億㌦もの収益を上げている」と語っています。植物の遺伝子を改良して,作物の収量を上げたり,肥料の量を減らしたり,これまでよりも栄養価の高い作物を造り出したりできるようになったでしょうか。そうした作物の市場について考えてみてください。カルテックのボナー生物学教授は,「農業は依然として世界最大の産業である」と語っています。
こうした可能性があるため,遺伝子工学を専門とする新しい商売が見る間に出現しました。1976年にはそうした会社の一つジェネテック社が作られましたが,その共同設立者に,“バーグ書簡”の署名者である一教授も名を連ねていました。その教授は500㌦(約11万円)を出資しましたが,1980年に同社の株が公開されると,その持ち株はまたたく間に4,000万㌦(約88億円)の価値を持つようになったのです。株を買った人は明らかに,遺伝子組み替えが一大産業に成長するものと踏んでいました。ある製薬会社の副会長は,「原子の発見以来,重要性の面でこれに並ぶ業績はない」とまで言い切っています。
米国ではここ何年かの間にジェネテック社のような小さな会社が幾つもでき,カリフォルニアのスタンダード・オイル,モンサント,デュポンといった大企業も現在,巨額の資金を投じて遺伝子の研究を行なっています。昨年の6月には,米国最高裁判所が改造遺伝子を持つ生物も他の発明と同様に特許登録ができるという判決を下し,論議を呼びました。
そこにはお金の影がちらついています。ですから,遺伝子組み替えは結局のところそんなに危険ではないようだという言葉が,科学者の間から最近よく聞かれても驚くには当たりません。それらの科学者は,大抵の実験で使用される変種のバクテリアは研究室の外では生きられないという点を指摘します。一般に改造DNAは遺伝的に“片輪”の微生物しか造り出さないため,自然に存在するものと比べると人間にとって危険は少ない,と言うのです。恐らくワトソン博士は最近のこうした動きを端的に示す例でしょう。同博士は今では,“バーグ書簡”に署名したことを「自分の人生における最大の愚行」と呼んでいます。
科学者たちは強固な科学的証拠に基づいてこうした新たな見解を表明しているのでしょうか。バーグ博士の次の言葉が示すように,そうではありません。「十分なデータがそろっているのではない。従来のものを少し突っ込んで考えただけのことである。ほとんどデータは同じだが,形勢を見ては旗色の良い方に味方しているのである」。
バーグ博士は次のようにも語っています。「自信に満ちた様々な発言が記録にとどめられているが,そうした発言はすべてこの分野で明らかな既得権利を持つ者たちによってなされている」。
科学史の研究者スーザン・ライトも同様の懸念を表明しています。同女史は,「実験データに基づかず,科学者の意見によって」米国国立衛生研究所の指針を緩和する決定のなされたことが少なくとも一度ある,と語っています。業界誌である化学・工学ニューズ誌は次のことを認めています。現在までのところ遺伝子組み替えの安全性については良い記録が得られているが,「批判的意見を持つ少数の人々の間には,遺伝子組み替え操作が安全であると確信するにはまだまだ程遠いのが現状であり,未解決の問題に真の答えを与えないまま一種の多数による力で残されている疑念を吹き払おうとする動きが見られる,との声がある」。
安全性の問題は現在特に重要な意味を帯びるようになっています。というのは,小規模な実験ではお金にならず,大量生産施設ならお金になるからです。アメリカ労働総同盟産業別会議の安全問題の専門家ジョージ・テーラーは,「[遺伝子に関する]工学技術が研究所を出て大規模な商業生産施設に移りつつある今,安全規則の必要は大いに高まっている」と警告しています。培養皿の中に微量のバクテリアを入れて置くことと,バクテリアを満たした大きなタンクから商業ベースに乗る量のインシュリンやインターフェロン,他の蛋白質を取り出すこととでは,安全性に大きな違いがあるのは当然です。
ところが,米国国立衛生研究所の定めた指針は研究所内での研究を対象としたものであり,研究者の自発的な協力を当てにして実施されました。これらの指針は次々に緩和されており,しかもその緩和された指針をさえ産業界に強制的に守らせる機構はできていません。生物学者であるキングは次のように不満を表明しています。「今や指針は大幅に緩和されており,公衆衛生のためというより,この工学技術に関係する人々を一般人の調査や規制から守るためのものとなっているのが実情である」。
この新しい工学技術の利用を急ぐあまり,スリーマイル島事件の生物工学版が引き起こされる恐れはないでしょうか。
答えを必要とするもう一つの問題があります。遺伝子組み替えによって,科学者の主張する通りのことが実際に行なえるようになるのでしょうか。例えば,植物の遺伝子を改造すれば,その植物は土壌の中から必要な窒素を取り出してそれを固定することができるようになり,肥料も,それを生産するための経費やエネルギーもほとんどいらなくなるとされています。そうした植物を人工的に造り出せるのでしょうか。
窒素を固定してくれるバクテリアがその根にいるため,大豆などある種の植物は余分の窒素を必要としないことを,科学者は知っています。一方,バクテリアの方は宿主の植物から栄養を得ています。この共生関係は大豆とバクテリアの双方にとって役立っています。これは明らかに創造者によってもくろまれたものです。科学者はこの関係を改良しようとしています。
しかし,それには問題が伴います。まず,他の生物の遺伝子を植物に組み込んで正しく機能させようとしても,バクテリアの場合のように簡単にはいきません。助けになるプラスミドがない上,植物はバクテリアよりずっと複雑です。
しかし,たとえ遺伝子に関する問題が克服できても,化学的により重要な基本的問題がまだ一つ残っています。自然の状態にある窒素原子は二つ一組になっています。植物がその窒素を用いられるようになるためには,対になっている原子を事前に「力づくで引き離して」おく必要があります。引き離す作業が肥料を製造する際に人間の手によって行なわれるにしても,あるいはバクテリアや植物自身によって行なわれるにしても,これには多大のエネルギーが必要とされます。植物を研究している一科学者は,「その過程を生じさせるために植物が費やさねばならないエネルギー代償は決して小さなものではない」ことを認めています。エネルギーを失うため作物は小柄になり,単位面積当たりの収量が大幅に減ることになるでしょう。
これから明らかなように,創造者の考えはなかなかよいものだったのです。
確かに,遺伝子組み替えにより,バクテリアに人間の望む化学物質を造らせることができます。しかし,それは改良されたバクテリアを生み出しているのでしょうか。そうではありません。その小さな“工場”がバクテリアにとって何の価値もないものを生産している分だけ,バクテリアは成長を速めたり強くなったりするのに使えるはずのエネルギーを浪費していることになります。バクテリアの立場から見れば,遺伝子組み替えが造り出した新種のバクテリアは実際には劣悪なものなのです。
下等なバクテリアの造りをさえ改良できないのに,より複雑な動植物の造りを改良する力が人間にあると本当に期待できるでしょうか。科学者たちは,空気力学的には“不可能”に思えるマルハナバチの飛翔,渡り鳥の航行本能,遠く離れた仲間と連絡を取り合うクジラの能力,幾何学的にも建築学的にも構造の極致を示す骨の組織に驚嘆の目を見張っています。そうした科学者に,創造者が設計してくださったものを改良する用意が本当に整っているのでしょうか。幼い子供は父親の懐中時計を分解する方法を知っているかもしれませんが,だからと言って,もっと優れた時計を設計する能力があることになるでしょうか。
現代の科学者についても同じです。単純な生体を幾つか分離することはしましたが,その内部に見いだしたものを十分に理解していないことを科学者自身が認めています。科学者はDNAの幾つかの長い区分の機能が理解できないため,そうしたDNAの前に“痕跡”とか“ナンセンス”という言葉を付しています。(医師たちも,虫垂や扁桃腺のことを,十分な知識がなかった間はそのように呼んでいました。)
強い好奇心を抱いて生物体の働きを知ろうとするのは少しも悪いことではありません。もし人間が生まれながらに備えているそうした好奇心を用いて,エホバ神がお定めになった生物の造りから謙虚に何かを学ぼうとするなら,益が得られるでしょう。しかし,物質的な利得を第一に得ようと,思い上がって貪欲にも神の創造物の再設計を図るなら,最後には災いに遭うことになるでしょう。
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