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  • 終りの時における家族
    ものみの塔 1962 | 8月1日
    • 応じた務をはたすとき,家族という組織は円滑に動きます。家族の輪は,けわしい道も平らな道もころがって行きます。車軸を中心にして車輪のわくが正しい位置に保たれる限り,それは坂を上り下りするにもコントロールを失うことはありません。しかしスポークが1本でも長過ぎたり,短か過ぎるなら,あるいは車の中心部分が割れていたり,あるいは中心をはずれているならば,がたぴしし始め,円滑に動きません。前進ははばまれてしまい,一緒に進んでいる者たちも満足を覚えないでしょう。

      15 新世社会内の家族はまとまりのある一体であって一緒に働きます。「スポーク」が分離していたり,「車の中心部分」が半分欠けていたりすることはありません。車輪のような家族の全員は一諸に働き,崇拝し,学び,遊び,物事をします。これによって家族は満ち足りた健全な気持ちと平和を得,生命に至る道に進みます。家族のだれかが,家事のために無理な働きを強いられることはありません。「男は夜明けから日暮れまで働くことがあっても,女の仕事は終ることがない」といった非聖書的な言葉は,神権的に物事を行なうクリスチャンの家庭では通用しません。家族の全員が手分けして家事をするので,仕事は手早く片づけられ,他の有益な活動の時間が得られます。―コロサイ 4:5。

      16 新世社会における家族の一致した崇拝を述べなさい。

      16 神権的な古代のイスラエルにおけると同じく,今日の新世社会の家族にとっても,一致した家族の崇拝は欠くべからざるものです。かしらである父親は,家族の霊的な必要物を意識しています。毎週1回あるいはそれ以上,家族の聖書研究が定期的に開かれます。子供も大人も家族全員がそろって参加するのです。多くの家庭では朝食の食卓で,協会の年鑑を用いて家族全部が日々の聖句を討議しています。食事の度に,日毎の糧をエホバに感謝する祈りがささげられ,1日の終りには多くの家庭で家族の全員が祈ります。その時,父親が声を出して祈り,多くの場合,家族の者はかたわらでひざまずいて父親の祈りに和するのです。週のあいだ,家族の各人は自分の都合の良い時,個人的に聖書を学ぶことをすすめられます。週に5時間,新世社会の最寄の会衆で開かれる三つの集会には,家族そろって出席します。このような家族の者は神を恐れる心を持つ,献身した奉仕者であり,家から家に伝道し,善意者と聖書研究を司会する奉仕のわざにも,毎週,時間をついやします。このようにして,今日のクリスチャンは,神の設けられたとりきめ,いわば祭壇の上に賛美の犠牲を捧げるのです。子供でさえも両親について家から家の伝道に行き,公に賛美がささげられるのを聞きます。やがて小さなダビデ,小さなダイナも,世の人々に証言するわざを助けたいと望むようになるでしょう。―マタイ 5:3。出エジプト 12:26,27。エペソ 6:18。ヘブル 10:25; 13:10,15。マタイ 21:15,16。

      17 家庭の円満な運営には,何が必要ですか。

      17 円満な家庭の運営には,愛,協力としつけが必要です。父親は万事を治めるかしらであって,何事にも率先し,家族の方針を定め,妻は夫に従います。助け手また協力者である母親は父親を助けて家を治め,夫のいない間,秩序を保ちます。子供は幼い時から両親に対する尊敬と従順を教えられ,いいつけを守るようにしつけられます。両親は互いに,また子供に対して愛を示します。必要な時には,子供の愚かさをためるため,こらしめのむちが使われるでしょう。クリスチャンの両親は,子供の霊的な福祉に責任を持つことを十分に認識しています。行いと奉仕において忠実なクリスチャンの手本を示す両親のゆえに,未成年の子供は間接に清い者となって,エホバの恵みと祝福を受けます。―テモテ前 3:4,5。エペソ 5:22。箴言 22:6。コリント前 7:14。

      18 ひとつに結ばれた神権的な家族の受ける益をあげなさい。

      18 ひとつに結ばれた神権的な家族には,多くの益があります。家庭には理解と調和があり,何事をするにも一致して働き,互いの間にまさつはありません。それぞれの人格が溶け合い,関係が調和し合って,愛,喜び,平和,忍耐がかもし出されます。金銭のことでいさかいが起きることはありません。物質主義は押えられて,霊的なことが重んじられるからです。家族そろって娯楽を楽しむことから,深い喜び,上品な笑い,落着きが生まれます。子供は霊的なものの価値を知るようになり,10歳代の時にさえ,円熟,落着き,自信を身に着け,将来に対して賢明な志を抱くようになるでしょう。聖書の原則を話し合って理解し,毎日の生活に応用することが行なわれます。このすべては家族全員の霊的な健康を守るものとなり,悪い欲望は打ち捨てられてしまいます。ひとつに結ばれた家族の生活は,あらゆる面において報いをもたらすものです。―ガラテヤ 5:22,23。

      19,20 (イ)青少年の関心をどの方向に賢明に導きますか。だれが導きますか。(ロ)新世社会の青少年が古い世の青少年にくらべて,著しく異なるのはなぜですか。(ハ)どんな状態について,まだしらべることが必要ですか。何時しらべますか。

      19 子供を日曜学校にやったり,あるいは子供の望むままに近所の「遊び仲間」や,色々な青少年団体に入れたりすることは行なわれません。10歳代の子供たちは,放課後の時間を新世社会の他の青少年と共に過ごします。そして有益な事に時を使うのです。神のお造りになった,興味深い「自然の本」から,広い分野にわたって自然の驚異と美を探ることができます。あるいは特別に宣教活動に従事することもあるでしょう。それは心をおどらせる活動です。目ざといクリスチャンの両親は,子供の熱意と関心を正しい方向に導き,例えばハイキングに連れて行って自然を観察するとか,神権的な大会への行き帰りに見学旅行をするなどのことをします。また有益ならば,10歳代の子供たちを自分の職場に連れてゆくこともあるでしょう。社交的なパーティーに出席するよりも,両親に連れられて,価値ある分野に関心を向け,また探求するほうが,子供にとっても楽しいのです。

      20 古い世の社会の青少年は,放任され,欲求不満に悩み,性のことで頭をいっぱいにし,射幸心を持ち,捨てばちで,平衡と落着きを失っています。実際のところ,これでは将来円熟したおとなとなることはできません。新しい世の社会の青少年は,これらの者よりもはるかに先んじています。神権的な青少年は勇気があり,活発で,自分たちが有用であり愛されていることを知っています。また熱意を持ち,尊敬を示し,人もうらやむほどの徳と節制を保っています。このすべては,ひとつに結ばれた家族の結ぶ実のひとつに過ぎません。離婚は見られず,円満な結婚生活が行なわれています。家庭生活全般が,徳と名誉のあるもの,喜びのあるもので,その神エホバに名誉を帰するものです。しかし,家族全部がエホバの証者ならば,その通りに行なうこともでき,それは本当にすばらしいと,ある人は言うことでしょう。クリスチャンは分裂した家庭内でどのようにふるまうか,そして新世社会の成員としての立場をどのように保つかという質問が出ます。次の記事でこの問題を考慮しましょう。

  • 分裂した家庭内でのクリスチャンの行い
    ものみの塔 1962 | 8月1日
    • 分裂した家庭内でのクリスチャンの行い

      「妻よ,あなたが夫を救いうるかどうか,どうしてわかるか。また,夫よ,あなたも妻を救いうるかどうか,どうしてわかるか」― コリント前 7:16,新口。

      1,2 (イ)振舞に関するどんな出来事が,カナダで起きましたか。(ロ)公に謝罪したことは,どのように精神的な勇気を表わしていましたか。そのことはどのような祝福になりましたか。

      1 「編集者への手紙: この事に関係のある奉仕者におわび致ましす。ラルフ〔の町〕を自動車で通行中,卵をぶっつけられた奉仕者のかたは,ガソリン・スタンドで車を洗い,勘定書を私共に送って下さい。そのようにして私共の謙遜な謝罪を受け入れていただきたいと思います。またラルフに再びお出での節は,宅にお立ち寄り

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