ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 塔67 6/1 349–351ページ
  • 『われこゝにあり 我をつかはしたまへ』

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 『われこゝにあり 我をつかはしたまへ』
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1967
  • 副見出し
  • アルバニア
  • ブルガリア
  • 中国
  • チェコスロバキア
  • 東ドイツ
エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1967
塔67 6/1 349–351ページ

『われこゝにあり 我をつかはしたまへ』

エホバの証人が困難な状況下で働く12の国々の報告(1)

― エホバの証人の1967年度年鑑から

ここに報告する国々のエホバの証人は,困難な状況のもとで働いているため,国別に証人の数をかかげるのは賢明ではありません。ほとんどの国においては,いわゆる地下活動をせざるを得ないのです。兄弟は定期的に集会を開いていても,もちろんおおやけの場所においてではありません。エホバ神に専心の献身をし,また仲間の証人と集まり合う場所を喜んで提供する兄弟の家で,大方は秘密裡に,神の言葉を学ぶため彼らは集会を開いています。これは別に目新しいことではありません。キリスト教の創立当初から,人々がおだやかに神の言葉を学ぶため時には身を隠すことが必要でした。幾世紀も前のクリスチャンがまことの崇拝を続けるため,カタコームの中に身を隠したように,エホバの証人は身を隠していますが,しかし家から家をおとずれる方法にはよらずに,おおやけの証言を続けています。これらの国々の多くにおいては,神の約束について話すことができると思われる人,あるいは聖書に関心を持つ人がいると聞いた時,そのような隣人との日常の会話で,聖書と聖書の教えにふれて反応を見ることも時々あります。聖書に耳を傾けた人が本心から学ぼうとしているかどうか多分,何週間,時には何ヵ月間も用心しなければなりません。ほんとうに学びたいということがわかると,彼らは神の言葉をもっと深く研究するためエホバの証人のグループに出席するよう招待されるかもしれません。関心を示した見知らぬ人がスパイであり,政府あるいはエホバの証人に憎しみを抱く宗教家に密告する時もあります。そのような結果,エホバの証人は時々投獄されたり,あるいはすべての国民を弟子とするわざをほとんど不可能にする処置が講じられることがあります。しかしここにあげるすべての国でこのような用心深い伝道方法が必要なわけではありません。二,三の国においては,エホバの証人が家から家を訪問し,家庭でおおやけに聖書研究を司会しています。しかしそれでもエホバの証人は歓迎されません。彼らは迫害を耐えなければならないために,これらの国の場合にはエホバの証人の数を公表することは望ましくありません。私たちはみな,地下活動の必要がなくなる日を待ち望んでいます。全地ですべての人がエホバ神を賛美するときそうなるでしょう。なんとすばらしい日ではありませんか!

アルバニア

アルバニアの兄弟たちは,信仰のためのきびしい戦いをしなければなりません。投獄されたり,なんらかの形で拘束されている兄弟たちが大勢います。エホバのしもべがともに集まって学ぶことは非常にむずかしくなってきましたが,彼らは堅い信仰を保とうと決意しています。一兄弟は手短かに述べました。「信仰に堅く立つことができるように皆さんの祈りの中に私たちのことを覚えてください」。昨奉仕年度の野外奉仕報告を提出することはできませんでしたが,私たちはアルバニアの兄弟たちが示す勇気の模範をよく認識しています。

ブルガリア

共産主義のきびしい支配下にあるブルガリアでは,公にまた家から家に伝道する尊い自由を享受することはできません。とはいってもエホバの御国の音信は国内に宣べ伝えられており,耳を傾ける人は大勢います。多くの人々は現在の国情に満足せず,また,なんの望みも教えない教会を全然たよりにしていません。それで御国の音信は誠実な人にとって,大きな慰めとなっています。一昨年よりもっと多くの人々が真理に接し,また以前より多数の者が伝道に参加しました。しかし聖書を学ぶ人々が円熟するには時間と忍耐が必要です。

中国

昨年中,私たちは中国の兄弟と連絡をとろうと努力しましたが,なんの応答もありませんでした。私たちのたよりが彼らのもとにとどいたかどうかは疑問です。兄弟からの知らせを受け取ろうと2年間努力しましたが無駄でした。

チェコスロバキア

チェコスロバキアの兄弟はすばらしい奉仕をしました。政府は前年よりもエホバの証人の取り扱いをやわらげたため,今あまり多くの問題はありません。

自分の家から教会まで14キロあるにもかかわらず,一人の少女は長い間,毎日曜日カトリック教会へ通っていました。自分からすすんで修道院に入り,尼僧になりました。時がたつにつれ,彼女は修道院の冷い雰囲気に同化できず,あきたりぬ気持ちがつのるばかりで彼女は僧院を去りました。それでも彼女はなお教会に通いましたが,満たされぬ思いでした。彼女の兄はエホバの証人でしたが,兄が宗教の問題について語ろうとしても耳をかしませんでした。ある日,彼女は力仕事があるので手伝ってほしいと兄にたのみました。兄は上衣をぬぎ,仕事を始めました。妹は偶然にも兄の上衣のポケットにある手帳を見たのです。好奇心から彼女は手帳を調べ,幾つかの聖句やまた説明を読みました。すばやく,内緒で彼女はいくつかの聖句の注解を写し取り,ついで,自分の聖書で聖句を調べました。すばらしい効果があったのです。彼女は教会へ行くのをやめました。兄は妹との聖書の研究をとりきめました。彼女は今御主人や3人の子供とともに,エホバに献身したしあわせなしもべです。誠実な人は大いなるバビロンからのがれる道を探すことができます。

正しい人であっても,真意が理解できないために,偏見から真理に反対する人が時々います。カトリックの若い人はエホバの証人の敵であると公言していました。彼は妻がエホバの証人と一緒に聖書の話しをすることを固く禁じ,そうするならばたたくとおどしました。エホバの証人の宗教は老人向きのものだというのが彼の考えでした。彼の見方を承知していた二人の兄弟は,ある日彼を訪問しました。彼らは,親切にしかし率直に聖書について話し合いたいのでうかがったと訪問の目的を説明しました。彼は非常に驚き,動揺しました。兄弟が引き続き目的を話すと,わずかの時間で聖書についての興味深い会話が始まりました。二人の兄弟がいとまを告げる時に,彼は次の週の訪問を快く同意しました。二度目の訪問のときに彼は年とった伯父さんを招待しましたが,この人は始めから聖書に関心を示しました。「楽園」の本を用いて研究が始まり,二人とも急速に進歩して心をかえました。二人の伝道者は,これまでに司会した研究中でこの研究がいちばんすばらしいと述べました。かつてはエホバの証人の敵であったこの人の妻や伯父さんの妻も研究に参加しました。この若い人は自発的に,いろいろな機会に真理をあかししたのです。研究はおよそ2年間続き,二人の男の人は妻とともに浸礼を受けました。

東ドイツ

共産主義東ドイツの兄弟たちは,昨年中試練を経験しました。政府は彼らのわざを叩きつぶそうと総攻撃をしているように思えました。しかし彼らがどんな方法を講じようと,忠実な伝道者のよろこびをぬぐい去ることはできません。

秘密警察が活躍して,家宅捜査をしたり拘留してとりしらべたり,見張っていたので,多くの伝道者は妨害されました。秘密警察は,警察に何も秘密にできないことを思いしらせるため伝道者の家に盗聴装置をとりつけたり,また伝道者の車に小型送信機をとりつけたりしました。昨年11月のある朝早く,8人の警官が一組になって全国的に伝道者の家を手入れしました。何時間も家宅捜査をされ,15人の兄弟はついに投獄されました。彼らは責任者であると考えられていたので,彼らを投獄すれば伝道できなくなるだろうと政府は考えたのです。最初の裁判の前のとりしらべのため,兄弟たちは9ヵ月も拘留されていました。一人の兄弟は12年の服役刑を,また他の者は8年の刑を申し渡されました。共産主義支配下の国々において,このような刑は,ここ何年間かの中で一番重いものでした。

しかし政府は,自分たちの努力が無駄だったことに気づき失望しました。伝道者をとり調べていた一警官は,「おまえたちの指導者を投獄したが,かえっておまえたちの仕事を監視するのが,難しくなった」と言いました。人間ではなくエホバのが霊がエホバの民を導いていることを,無神論者が悟るのは困難です。人類の唯一の希望である神の御国の音信は中断することなく伝えられ,忠実で恐れを持たぬ伝道者のもたらす音信に,多くの人々が接しました。

一夫婦は最初の訪問の時,年とった人に会いました。私の妻は1年間床についたきりで,死を待つばかりですと彼は述べました。二人は神に祈っていましたが,彼らの祈りは答えられず,彼は神に対する信仰を失ってしまいました。伝道者は,現在の状態とか病気や死の原因について,またどんな祈りが神に聞かれるかを説明しました。再訪問がとりきめられましたが,二度とも延期されました。それから家の人は彼らに日曜日の朝来てほしいと言いました。部屋に入った時,よろこびを顔にたたえて長椅子にすわっている彼の妻を見た伝道者の驚きはどんなだったでしょう。二人の伝道者の訪問のことをご主人が奥さんに話すと,彼女も話を聞きたいと言いました。彼女はよく聖書を読んでいましたが理解できなかったのです。それで彼女は援助してくれる人をつかわしてくださいと神に祈りました。家庭で聖書研究が始まり,二人とも注意深く学びました。婦人は健康を回復し,家の仕事にたずさわることもできます。ご主人は神への信仰をとりもどしました。

保養地に住んでいる一人の姉妹は,休暇を過ごしている一婦人と話を始めました。婦人は真理に関心を示し,同じ場所で再訪問のために4回会いました。この地を去る日が来て,分れのダンス・パーティが行きつけのレストランで開かれてもこの婦人は出席せず,姉妹とまた週末だけ帰宅する姉妹のご主人と一夜を過ごしました。婦人は神の御言葉と目的についてもっと学びたいと言いました。行楽客が別れる時に,3人は目に涙をうかべました。兄弟は,この婦人が近くに住んでいる伝道者のだれかと真理を学ぶようとりきめました。しかし1週間後,この婦人はほかの伝道者が訪問してくださる約束はどうなったでしょうかと手紙をよこしました。彼女をたずねた新しい伝道者は心から歓迎され,定期的な聖書研究が始まりました。この婦人のご主人は彼女と離婚しようと思っていましたが,研究に参加し,奥さんと仲直りしたということを保養地の伝道者は少したってから知りました。今二人は幸福の中に浸礼の日を待ち望んでいます。

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする