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  • 「正しい兵卒として苦しみを忍ぶ」
    ものみの塔 1969 | 1月1日
    • と書かれていました。勇気をいだいて,毎日聖書を教えたやさしい母親の下で確かに子供たちは豊かに恵まれました。

      しかし今は休暇を取るべき時ではありません。エホバは御自分の組織を通して,キリストの兵卒全員が目ざめて忙しく働くことを求めておられました。私は,ものみの塔協会の,旅行する特別な代表者としての任命を受け,ドイツ北東部で奉仕する特権にあずかりました。この任を果たせるだろうかと考えました。弱い考えは何の励みにもなりませんでしたが,エホバは私たちの祈りに答えてくださいました。そして各地の兄弟たちのことを考え大いに心を強められました。事実,エホバの証人の会衆は,雨後のたけのこのようにおびただしく組織されていたのです。

      そして,それ以来今日まで私たちの杯はまさにあふれてきました。1947年,奉仕のわざは再び組織され,戦後最初の大会が翌1948年にカッセルで開かれました。1950年,私たちは空路,大洋を越えてニューヨーク市,ヤンキー野球場で開かれた大規模な「神権の増加」大会に出席したのは,ことばでは言い表わせない,すばらしい喜びでした。この大会にはドイツから70人の代表者が出席し,今や祝福の杯はあふれました。

      ドイツ軍の土地で催された,ニュールンベルグ大会も忘れることはできません。144本の柱は,神の油注がれた王キリスト・イエスの治める輝かしい御国の勝利の象徴でした。1955年,『君および命令する者』の忠節な民の10万7000人余がその場所を埋め,万軍のエホバへの賛美の歌を歌いました。高い塔からその大群衆を見た私の目には,喜びの涙があふれました。王キリストの下で,それら大勢の人々は,この世の宗教および政治組織も実現できなかったこと,つまりあらゆる国の民が愛の協力と平和のうちに一致して暮らすことを学んでいたのです。

      全時間奉仕を始めるのに何ら妨げのないあなたがた若い人々は,「自分にはそうした奉仕をする資格がない」とか「私には荷が重すぎる」と言わないでください。エホバの力に頼って,急ぎ前進してください。エホバは昔もまた現代も『雲のような多くの証人』をささえられたとおりに,あなたをささえ,強めてくださるでしょう。神の真の崇拝者は兵卒であることを心にとめてください。というのは,私たちは神に敵対する異邦の世界に住んでいるからです。エホバが最後に勝利を収められ,サタンの組織がことごとく永遠に終わる時まで,「キリスト・イエスのよき兵卒」として,神権的な戦いに備え,かつ忍耐するのは,あなたがたと私たちすべての特権です。

  • 神の名前とキリスト教国
    ものみの塔 1969 | 1月1日
    • 神の名前とキリスト教国

      ヨーロッパの数多くの教会堂では,礼拝式に臨む人があたりを見まわせば,バローク時代のヨーロッパ芸術の記念である美しい造作や精巧をきわめた彫刻,壁や天井を飾るフレスコ画や壁画を目撃できます。目ざとい人なら,さまざまな記号にも気づき,その意味を思いめぐらすことでしょう。その中に,大変奇妙な記号が一つあります。それは何ですか。

      それはたいてい装飾全体の中でも最も高い重要な位置につけられていますから,きわめて大切な何物か,あるいはだれかを象徴しているに違いありません。それは四つの文字,しかもたいていの人にとって大変奇妙な文字から成っています。多くの場合,その四つの文字は,三角形のわくの中に組まれており,そのわくは美しく色彩の施された,あるいは彫刻された日輪を背景に収められています。教会の礼拝中に指摘されることすらないこの神秘的な記号は,何を意味していますか。

      辞書によれば,「四文字」という意味のギリシア語のことばがこの記号の意味として載せられています。それは「テトラグラマトン」で,「たいていYHWHあるいはJHVHと音訳される四つのヘブル語文字で,聖書中の神の個有の名前を構成する文字」と定義されています。神には聖書的な個有の名前があるのに牧師はほとんどそれについて述べないとは奇妙なことです。

      あるいはあなたの教会にも?

      中でも,十六,七世紀もしくはそれ以前に建てられた多数の教会や大聖堂では,テトラグラマトンで表わされる神のこの名前が特に目につきます。あなたの教会にもあるかもしれません。見まわして,調べてはいかがですか。

      たとえばドイツのスタインハウゼンのある教会では,天使たちや雲を描いたフレスコ画が天井を飾っていますが,その中央には,問題の四つの文字を組み込んだ三角形のわくが描かれています。また西欧のスイス,ゴスワインスタインにあるカトリックの聖堂の祭壇のはるか上方にも同様の記号が,金ぱくの付された日輪の中に見えます。神の個有の名前を表わすヘブル語の文字の見られる他の場所はドイツでは次のとおりです。オットボイレンの聖堂,ミンステルタルの聖トルッドペルト教会,オベルファルツ,ビルセックのカトリック教会,アルゴイ,イスニー,聖ジョージ・ベネディクト会修道院,アルゴイ,ロイトキルヒ近郊,ザイル宮殿の付属教会そしてアルゴイ,ケンプテンのロレンツ教会などです。

      これらの教会が建てられた際,神の個有の名前が,そうした目立つ場所に掲げられるほど大切なものであるのに,ヘブル語の四つの文字の意味が教区民に説明されないのは,どうしたことですか。牧師がたいてい故意にそうしているのはなぜですか,この名前には,現代の神学者を当惑させるようなものがあるのですか。この問題を避けようとする傾向が神学者間に見られるのは,一部で唱えられているように,この名前の古代ヘブル語の発音に伴う本来の母音がもはや不明だという事実によるものですか。それは決して十分な理由とは言えません。もしそうだとすれば,ヘブル語聖書中の他の名前,たとえばアブラハム,ヨシュア,メルキゼデクその他の個有の人物名も用いられなくなったはずだからです。人名のない歴史を想像できますか。

      オランダの牧師ヘルマット・ロシンは,聖書本文に7000回余出ている神の個有の名前を前にして僧職者が決定を下さないわけにはゆかなかったことを認めています。この教会の一代表者のことばによれば,僧職者は,この神聖な名前を真剣に取り扱うか,『それとも歴史上の単なる関心事の一つと見なすか』の二者択一を迫られたのです。

      明らかに昔の牧師の中には,この名前を真剣に取り扱う人々がいました。ドイツのノードリンゲン教会のドームの中では,この名前がまわりの装飾の中でひときわひいでています。ボーデン湖近くのサレムの一教会の天井の壁画には,燃えるいばらのやぶのそばにモーセの立つさまが描かれ,テトラグラマトンが神の臨在の象徴として用いられています。ほかにこの名前が装飾中に見られるところとしては,シェーンタルの修道院,シュトウットガルトから30キロ離れたワルデンベルクの一教会,バイエルン州ケムナト・バイロイトのスパインシャルト修道院そしてフュルステナウの福音教会があります。

      シュトラスブールの大寺院の時計の左側にある輪の中には,三つのことばが3段に組まれています。まずテトラグラマトン,次にはギリシア語とラテン語の「神」ということばです。ドイツだけでなくローマ・カトリック教会の中心地イタリアでも,四つの文字から成る神の名前を見いだせます。バレーゼのサン・ビクター聖堂の正面入口の上部には,三角形の切妻壁にこの名前が堂々と見えます。ローマのサン・ピエトロ聖堂にさえ,この名前は2個所で見られます。

      では,カトリック教徒が,教会の装飾の中でこれほど大切に用いられている神のこの個有の名前について幾らかでも知っていると期待されて然るべきではありませんか。ところがスペインのトレドの大聖堂を訪れた一旅行者の経験によれば,決してそうではありません。この教会の場合,画家エル・グレコが彼の有名な作品であるその壁画の1個所に,この四つの文字から成るヘブル語の名前を書き込みました。ところが前述の旅行者は,案内役のバルセロナ大学の一教授から,それら四つの文字は「栄光のマリヤ」を意味するラテン語の暗号書記法の一つだというまちがった解説を聞かされました。

      キリスト教国は神の名前をどのように高めているか

      カトリックとプロテスタントとを問わず,キリスト教国の諸教会では祈とう書中に聖書の詩篇が盛んに用いられています。ところが信者は,公式の賛美歌でたたえられているのが主イエス・キリストなのか,キリスト・イエスの父なのか,しばしば疑問をいだくに違いありません。ヘブル語の四つの文字から成る神の名前は,聖書中の他のいずれの本よりも詩篇の本文中にひんぱんに出ています。詩篇全体の基本的な主題は,詩篇 34篇3節で力強くこう表現されています。「われとともにエホバを崇めよわれらともにその名をあげたたへん」。しかしキリスト教国の教会の信者は無名の「主」を賛美しています。

      教会の方針は,至上者なる神の名前を高めることではなく,神の名前について沈黙を守ることでした。18世紀にヘブル語聖書を翻訳し,その中でドイツ語の文字の「エホバ」を再三使った神学者ヨハン・D・ミカエリスは,彼の友人が「この外国のことばを本文中に決して用いるべきではないと主張した」ことを認めています。そうした「友人」がだれであるかは述べていません。しかし彼は友人に答えて,自分は翻訳者としての当然の良心にしたがい,アブラハム,イサク,ヨシュアなどの個有の名前が訳出されていると同様に,神の個有の名前も訳出しなければならないと告げました。

      一方,キリスト教国の神学校の生徒の洗脳は進められたものの,教会建築物の修理はそれと歩調を合わせて進められませんでした。一例としてフランス,グルノーブルの大聖堂には,四つの文字から成るこの名前が,逆になってはいますが,やはり見えます。また,スイスではシュイッズ州,アインジーデルンのイエズス派の教会の高い天井にも見えます。スイスのオルテンにある聖マルケン教会では,普通テトラグラマントンの置かれている主要な場所に,教会装飾者は「エホバ」の名前をそのつづり全部を用いて掲げました。

      「エホバてふ名をもちたまふ汝のみ……至上者な(り)」としるされている神に対して,僧職者が崇敬の念を失っていることには疑問の余地がありません。(詩 83:18)たとえば,英国の女王で,その地のカトリック教会の名義上の長であるエリザベス1世は,スペインの無敵艦隊から救われたことを,正邪はともかくとして,エホバに感謝しました。というのは,その記念として作らせたメダルにはこうしるされています。「[“神”あるいは“主”ではなく]יהוה 風を起こし給いたれば,彼ら散れり」。しかしこの女王の後継者ジェームス王の下に,欽定訳聖書の翻訳に取り組んだ高位僧職者は,迷信的な習慣に従い,ヘブル語のテトラグラマトンの出ているほとんどの個所へ一様に「主」ということばを入れることに決めました。

      それにもかかわらず,英国のワイト島にある聖ニコラス教会を訪れる人は,今でもその天井のひときわ目立つところにテトラグラマトンを見ることができます。古都エジンバラ市にある聖マリヤ大聖堂の聖歌隊席入口の上部の,1614年の日付のある刻文の中には「エホバ」の名前が出ています。また,プリマス市の紋章には,「エホバの名はかたき櫓のごとし義者はこれに走りいりて救を得」ということばがはいっています。(箴言 18:10)ロンドンのウエストミンスター寺院さえ,ヘブル語四文字で成る創造者の名前の付された建物の一例なのです。

      デンマークとノルウエーの国王クリスチャン4世(1588-1648)は,エホバを認めると唱えたキリスト教国の君主の一人でした。彼は,1642年に完成した,ケベマゲルケードにあるコペンハーゲンの円塔に,判じ絵と碑文を刻ませました。それは次のように訳出できます。「エホバよ,即位したクリスチャン4世の心を教えと正義をもって導き給え」。デンマークでは,テトラグラマトンを目立つところに用いた建物がいたるところにあります。ボルンホルムの聖パウロ教会の祭壇の上方,テナーおよびメゲルテナーの幾つかの教会,コペンハーゲンのホルメンス・キルケ(海軍工廠の教会)の切妻壁の外側にも見られます。

      国王クリスチャンはまた,ヘブル語四文字から成る創造者の名前を,ヒレレェードのフレデリクスボリ城内の広間の天井の目立つ個所に掲げました。また,1644年と刻まれている王の造らせた硬貨の一つには,“יהוה Justus Judex”つまり「義のさばき主エホバ」と刻まれています。

      スウェーデンでは,ヘルシングボリの聖マリヤ教会の祭壇の前の手すりにテトラグラマトンがあります。フィンランドでは,クオピオ寺院,東ボスニアのカウハヨキの新しい教会,ロホヤの商店街にある古い教会,北部のオウル寺院は言うに及ばず,ヘルシンキの聖チャールス教会の西側の戸の上にも見えます。

      テトラグラマトンは,バローク時代の教会建築の装飾様式の一つとして,大西洋を越えてアメリカにも持ち込まれました。ニューヨーク市トリニティ教区の,1776年に完成された聖パウロ礼拝堂では,ヘブル語四文字から成る神の名が祭壇の真上に見えます。またその祭壇の上方のアーチ型の部分の中央にある,日輪を描いて金ぱくを付した,木製の巻軸装飾を施した長円形の図案の中にも見られます。さらにウオール街の三位一体教会では,祭壇の上方にあるステンドグラスの窓に,神の名前を表わすこれらの文字が見えます。

      しかし今や,キリスト教国の代表者たちは神ご自身の個有の名前をあえて忘却しようとしています。それにひきかえ,霊感を受けた神のみことばはこう宣言しています。「すべて〔エホバ〕の御名を呼び求むる者は救はるべし」。(ロマ 10:13,〔新〕。ヨエル 2:32)ところが近代主義を奉ずる牧師たちは,カナダの一牧師が次のように述べた態度に和しています。「人々が神に与える名前もまた大切なものではない。彼らが,『アラー』,もしくは北米のインディアンのように『マニトウ』と言って神に祈るのであるから,神が彼らの祈りに注意を払われるとはまず思えない」。こうした人々は,人間が神を何と呼ぶかを問題にしており,神自らご自身に個有の名前を付しておられるという事実を無視しています。―イザヤ 42:8。

      秘義のままにとどめられる

      それでこの神聖な名前にかんしては沈黙を守ることがキリスト教国の一般的な方針とされています。教会建築の装飾の中でも主要な位置を占めるこの四つの文字の記号の意味は,教会に通う多くの人々にとって秘義とされています。おそらくそうした人々はこの記号を,自分たちには決して理解できない,教会の教義上のもう一つの奥義と見なしていることでしょう。スペインのパラフルゲル-ヘローナの教会,ベルギーの壮大なアルロン大寺院,ルクセンブルグのディフェルダンジュやデュドランジュの教会,オーストリア,ウィーンの聖チャールス大寺院などの壁にもこの記号が見えます。しかしこうした教会に出席して,「御名の崇められんことを」という主の祈りを繰り返えしても,主の祈りとの関係に気づいている人はまずいません。

      言うまでもなく,現代の牧師には,礼拝式にかんして神ご自身の個有の名前を用いないようにする彼らなりの理由があります。彼らにとって今は信仰合同の時代です。何を信ずるかではなく,見解を異にする宗教家の偽善的な一致のために聖書の原則でどれほど妥協できるかが大切なのです。聖書を退ける人々にとって,エホバという,ご自身の選ばれた名前を持たれる聖書の神は,あまりにもきびしく,徹底した規律励行者で,偽り,偽善,不道徳に対して狭量にすぎる神なのです。そうです,エホバは崇拝者から専心の献身を要求される神です。―ナホム 1:2,新。

      それでキリスト教国の神学者や翻訳者は聖書の現代訳を出版するに際して,テトラグラマトンあるいは,もっとわかりやすいエホバもしくはヤウエということばをはぶき,より一般的な「主」などの語を好んで用います。しかし聖書は,幾つかの称号を用いてはいますが,まことの神にそれ以外の名前を決して付していません。聖書はまことの神をさして唯一の個有の名前を用いています。それは,神ご自身が宣言された名前であり,わたしたちが無視できるものではありません。―出エジプト 34:5-7。

      キリスト教国の失敗

      キリスト教国が神ご自身の個有の名前を高めていないのは,キリスト教国が有用さを失ったことを如実に示す証拠の一つです。この神聖な名前がかつて相当に尊ばれたことを示す数多くの実例があるにもかかわらず,今日の牧師たちは正式の礼拝式からこの名前を締め出してしまいました。そして,この名前はエホバかヤウエかそれともヤーベその他か判然としないという小理屈を並べたてて,結局この名前を顧みないことに決め,漠然とした称号である「主」に置き替えているのです。

      しかし教会の僧職者のこうした不義が見のがされることは決してありません。聖書の神は遠い昔,こう宣言されました。「列国のうちに我名は大ならん」。(マラキ 1:11)神は終わりの時代の今,証人を立てて,ご自身の名前と名声を地の果てにまで高らかに宣明させておられます。これらクリスチャンのエホバの証人は,おもな証人イエス・キリストの足跡に忠実に従う責任を十分に悟っています。そして,イエス・キリストが地上の宣教中,『その父の御名を弟子たちに知らしめた』という事実をいつも心にとめています。(ヨハネ 17:26)証人たちもまた,至上者なる神の献身した奴隷として,人類と地に関する神の偉大な御目的はもとより,まことの神の個有の名前を人々に知らさねばなりません。

      [27ページの図版]

      イタリア,バレーゼのサン・ビクター聖堂の切妻壁に見えるテトラグラマトン

      [28ページの図版]

      スイスのオルテンにある聖マルケン教会の天井に見える「エホバ」の文字

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