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『われこゝにあり 我をつかはしたまへ』ものみの塔 1967 | 8月1日
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『われこゝにあり 我をつかはしたまへ』
― エホバの証人の1967年度年鑑から
キューバ
キューバのエホバの証人は昨年中,激しい反対を受け,多くの兄弟たちが逮捕されました。そして警察当局者たちは兄弟たちを残酷にも打ちたたき,エホバに対する信仰を捨てさせようと努めてきました。多くの御国会館は閉鎖され,野外の宣教を行なう者は投獄されるであろうという警告を受けました。昨奉仕年度の終わりごろには,キューバの革命軍の機関誌「ベルデ・オリボ」に,エホバの証人を非難するソ連の中傷的な宣伝がのせられはじめました。
それで今年の伝道者の最高数は昨年ほど高いものではありませんでしたが,全体として兄弟たちは宣教においてすばらしい勇気と確固とした立場を保ち,毎月12時間以上を奉仕にささげ,平均6ないし7の再訪問を行ない,平均一つ以上の聖書研究を司会し,4月には数千人の休暇開拓者が奉仕しました。しかし,迫害が増し加わっているため,これ以上詳細に伝道活動を報告することはできませんが,寄せられた手紙から次のような事柄がわかります。
監視の目が絶えず兄弟たちに向けられています。ある兄弟は,個人の家に集まって聖書を研究する奉仕中心地での集まりさえ不法行為であるとして警告されました。その後まもなく,クリーニング店で働いていたある姉妹は,“地区委員”の一人で共産党員である人のズボンのポケットの中から,その地区の奉仕中心地すべてのリストを見つけました。ある所では二,三人の友人が一緒に集まっただけで逮捕され,告発され,100ドルの罰金を課されました。もしだれかがあなたの家に訪問したとします。すると直ちに地区委員の一人が何かの口実を作ってはあなたの家をたずね,だれが来たかそして何があったのかを調べるといったぐあいです。タクシーの運転手でさえ,客がどんな人間で,何を携帯しているかを確かめたうえでなければ乗せてはくれません。そして乗客に関する報告が提出されるのです。
今年の初めごろ,ラス・ビラス地方では40以上の御国会館が閉鎖されました。警察の説明によれば,家庭は寺院として登録されていないゆえに家庭集会は許されないとのことでした。同様の処置がピナー・デル・リオ地方およびキューバ全島の各地でとられました。11月には徴兵適齢期の約300人の若い証人たちが逮捕され,軍管轄の収容所に入れられました。ある人々はなんらの通告もなしに突然に逮捕されたため,自分の家族に別れを告げることさえできませんでした。しかも当局者は兄弟たちがどこに連れて行かれたのか,知らないふりをしました。兄弟たちは,国家にとって無益な人間を矯正するいわゆる感化院のような施設に送り込まれました。これらの収容所は増産奨励分隊と呼ばれていますが,そこでは,信仰を放棄させ,宣教のかわりに兵役に服させようとして,兄弟たちに拷問が加わえられています。軍人でないゆえに戦車に乗ることを拒絶したある兄弟たちは,押し倒され,銃で打ち叩かれ,傷つけられました。収容所に到着するとともに,恐るべき拷問の日々が続きました。ある兄弟たちは首まで土中に埋められ,何度も顔をなぐられ,焼けつくような太陽に一日中さらされました。他の兄弟たちは墓穴を掘るよう命ぜられ,もし兵役に服さなければ,銃殺されてそこに埋められるであろうと警告されました。また,軍務に服させようとして。毎日容赦なくたたかれ,食事や水も与えられず,雨の降る寒い冬の戸外で眠らねばならなかった兄弟たちもいました。そのあとで父親らしい笑顔を作った上官が兄弟たちに向かって,それほどまで自分を苦しめるようなことをせず,家族のことも考えてみなさいと慰めるような口調で話しかけました。
しかし兄弟たちがどんなに強い信仰を抱いているかは,次のような言葉からよくわかります。「たとえ飢えに苦しみ,打たれ,寒い戸外で裸同然で眠らされ,また,冷水を続けざまにあびせられようと,最も重要なのは,エホバの恵みの中にとどまることです。ダビデとドミンゴはこらしめを受けるため,12時にどこかへ連行されていきました。どこにいるのかだれも知りません」別のメモは次のように述べています。「兵士が来て,二人の兄弟たちを処罰するために連れていきました。二人がひどい仕打ちを受けたということをあとで知らされましたが,兄弟たちは土に穴を掘らされ,そこに杭がたてられ,その杭に彼らは縛りつけられ,食べ物も与えられず,横になって眠ることも許されず,蚊や他の虫にさされるままにして,3日間も放置されました。他の者たちは,やっと立てるほどの高さの穴に裸で立ったまま放置されました。しかしだれも気落ちさせられてはおらず,今もパウロの言葉をもって,迫害者に答えることができます。『だれが,キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか』。私たちのために祈ってください。私たちもあなたがたのために祈ります」。
ある夫は,結婚してわずか二,三か月しか経っていない妻にあてて次のような愛の手紙を送りました。「彼らの話によれば,私たちは刑務所には送られず,兵役に服すか,さもなければ墓地に埋められるかのいずれかだとのことです。それで新しい秩序が来た時に再びともになれるよう,私は日々エホバに祈っています。あなたも忠実な信仰を守り,また私たちのために祈ってください」。かつての悪名高い強制収容所,アウシュビッツ,ベルゼン,ザクセンハウゼンのかわりに,今や,クナグアの収容所,ルガレノ収容所,クエマドのモンテ収容所などの新しい名前があり,かつての残酷な司令官のかわりに,クナグア収容所のマリオ少尉,モラ中尉あるいは,一兄弟を水槽に入れてセメントでその口を閉ざし,また他の兄弟たちの首を有刺鉄線で縛るように命じた,サルバドル・ソーサ大佐などの名が知られるようになりました。
しかしこの激しい迫害にもかかわらず,御国の証言のわざはさらに続けられ,兄弟たちはコリント人への第二の手紙 4章7節から11節にあるパウロのことばに勇気づけられています。「しかしわたしたちは,この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって,わたしたちから出たものでないことが,あらわれるためである。わたしたちは,四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。迫害に会っても見捨てられない。倒れても滅びない。いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた,イエスのいのちが,この身に現れるためである。わたしたち生きている者は,イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが,わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである」。
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おぼえていますかものみの塔 1967 | 8月1日
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おぼえていますか
あなたは最近の「ものみの塔」をどれくらい注意深くお読みになりましたか。重要な点を思い出せるかどうか調べてください。
● 「あなたはこの民の心を鈍くし,その耳を聞えにくくし,その目を閉ざしなさい。これは彼らがその目で見,その耳で聞(く)……ことのないためである」というイザヤの預言にはどんな意味がありますか。
イザヤが「この民」に宣べ伝えても,彼らはいやされること,悟ることを望まず,どんなに良い師から教えられても悟るにはあまりにも利己的であったのと同様に,今日の人々は御国の音信を聞いても目や耳を閉じ,災いが襲うまで利己的で悟ろうとしない。―145-147頁。a
● 妻が夫から愛されるにはどうしたらよいですか。
良い心からあふれ出る特質 ― 明るい性質,おだやかで,慎しみ深い,親しみがあり,親切で思いやりのある分別 ― を培うことによって。―227頁。
● 世の精神とはなんですか。
サタンの支配下にある人類の世を制御する心の持ち方,ぬきがたい性向。―248頁。
● 大いなるバビロンの娘たちとはだれのことですか。
キリスト教国と異教国の両方の宗教宗派であり,彼女たちは母親にならって地の王たちと姦淫を行なっている。彼女たち凡てはバビロン的な家族であり,偽りの宗教の世界帝国を形成している。―263頁。
● 「しかし,多くの先の者はあとになり,あとの者は先になるであらう」というイエスの言葉は何を意味しましたか。
神の御国の座につくあとの者であると独善的なユダヤ人宗教指導者から思われていた,イエスの弟子たちは,その地位につき先の者となった。事態が逆転して,ユダヤ人の中の「先の者」は「デナリ」をうけるときには「あとの者」となり,そのほとんどの者は「デナリ」を受け入れなかったので御国の特権を失った。―265,266,273頁。
● クリスチャンはなぜ「面子をたてる」ことを避けますか。
「面子をたてる」のは矯正やこらしめの必要を認めないことであって,偽りと同然である。神とクリスチャン兄弟また自分に正直であるならば,自分の罪や欠点を認める。―280,281頁。
● 神は今日どのように話されますか。
神は天使,預言者,またご自分の御子をとおして話されたことを聖書に記録された。今日神は聖書とご自分の組織をとおして話される。―285,287頁。
● すべてのエホバの証人が全時間奉仕者であるとどうして言えますか。
宗教が生活のあらゆる面を支配しているから。―300頁。
● 力の強いサムソンが予表した者は今日だれに相当しますか。
献身し,油注がれた真のクリスチャンの「忠実な思慮深いどれい」の組織。―330頁。
● サムソンはなぜ二つの目の片方だけのために,ペリシテ人に復讐できるよう強くしてくださいと祈りましたか。
サムソンは明らかに,自分の片目を失ったことをデリラとの事件で不注意であったことに帰したが,もう一つの目を失ったことはペリシテ人の責任に帰した。―340,341頁。
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