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神のみ子に対する信仰 ― それはあなたをどのように動かすかものみの塔 1979 | 5月1日
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21 1945年から,どんな聖書預言の顕著な成就が見られますか。
21 今日,わたしたちは同じような立場にいます。今日のキリスト教世界は不忠実になった古代のエルサレム市に相当しています。イエスの預言にある「嫌悪すべきもの」とは今日の国際連合機構であることを聖書からはっきり見定めることができます。それは啓示 17章の述べる「緋色の野獣」と同じものです。1945年,その「獣」が底知れぬ深みから上って来た時,キリスト教世界が主要部分を占める偽りの宗教の世界帝国大いなるバビロンはその上に乗ってある程度の支配力を働かせることができました。
22 今国連内にはどんな状況の変化が見られますか。それは何を意味しますか。
22 しかし今,事情は同じではありません。宗教を「人民のアヘン」とみなす国々が国連内で大きな勢力となっています。それはキリスト教世界の諸宗教,事実すべての宗教の活動に対する現実の脅威となっています。「野獣」の「十本の角」が世界宗教に向けられ,キリスト教世界の宗教領域をも荒れ廃れさせる光景をわたしたちは間近に予期しています。その時,「大患難」はすでに始まっており,その絶頂,ハルマゲドンに向かって足早に進行します。―啓示 17:12-18; 19:19-21。
23 (イ)地上のこの決定的な状態を見て,今わたしたちは何をしなければなりませんか。(ロ)あなたはどうすれば,信仰によって世を征服するものとして成功しますか。
23 地上でのこうした決定的な事態を前にして,エホバの証人は何を行なわねばなりませんか。まず,保護の「山」となる神の王国に自分が完全に逃れていることを確かめねばなりません。たじろぐことなく信仰による征服をしっかり続けてゆかねばなりません。わたしたちを愛してくださる神によって征服者となることを決意すべきです。そのための時間がある間,わたしたちは全地に王国の良いたよりを宣べ伝え,人々を弟子とする業に引き続き熱心に携わらねばなりません。あなたは,世界のすべてのエホバの証人と共に,「一つの霊のうちにしっかりと立ち,一つの魂をもって良いたよりの信仰のために相並んで奮闘し」続けますか。(フィリピ 1:27)こうしてエホバのみ名,またそのみ子イエス・キリストの王国をたたえますか。そうすることによって,あなたも,信仰によって世を征服する者として栄えある成功を手にするでしょう。
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危険に面したときのよりどころものみの塔 1979 | 5月1日
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詩篇
危険に面したときのよりどころ
ダビデ王は非常に困難な状況に直面しました。ダビデの実の息子アブサロム自らが王の名乗りを上げ,王位を奪おうとたくらんでいたのです。反抗的なこの息子が自分の側に非常に多くの人々を引き入れたため,ダビデは首都エルサレムから逃れざるを得なくなりました。それでもダビデはエホバに全幅の信頼を置き続けました。
それは,ダビデがアブサロムから逃れるときに作った調べを見るとよく分かります。(詩 3篇,表題)使者はこう報告しました。「イスラエルの人々の心はアブサロムにつくようになりました」。(サムエル後 15:13,新)事態がこのように発展したことはダビデを当惑させました。そして,なぜこうなったのか,アブサロムはどのように多くの支持者を得られたのかと考えました。そういうわけで,ダビデは詩篇 3篇の中でこう叫んでいるのです。「ああエホバ,なぜわたしに敵対する者は多くなったのでしょう。なぜ多くの者はわたしに敵対して立ち上がるのでしょう」― 1節,新。
事態が非常に険悪であったため,多くのイスラエル人は,至高者といえども,ダビデがアブサロム一門の前に倒れることは防げないと考えました。この点についてダビデは次のように述べました。「多くの者はわたしの魂について言っています,『彼に対しては神による救いはない』と」。(詩 3:2,新)しかし,これはダビデの確信を弱めましたか。そうではありません。ダビデはこう続けているからです。「ですが,エホバよ,あなたはわたしの周りを囲む盾,わたしの栄光,わたしの頭を高く上げてくださる方。わたしは声を上げてエホバに呼びかけよう。すると,その聖なる山からわたしに答えてくださる」― 詩 3:3,4,新。
ダビデはエホバを,盾が戦士を保護するように自分を保護してくださる方,災いから守ってくださる方とみなしていました。アブサロムから逃げていたとき,ダビデははだしで泣きながら,そして頭を覆って歩きました。(サムエル後 15:30)確かにダビデの頭は屈辱のゆえにうなだれていました。それでもダビデは,至高者が自分の地位を栄光あるものに変えてくださり,自分の頭を上げ,それを高くまっすぐに保てるようにしてくださるということを疑いませんでした。そのわけで,ダビデは,エホバが答えてくださることを確信してエホバに助けを呼び求めたのです。エホバの臨在の象徴である契約の箱がシオン山に戻されていたので,ダビデは適切にも,自分の祈りに対する答えが神の聖なる山から与えられたことに言及しました。―サムエル後 15:24,25。
それゆえ,不意打ちの危険が高まっていた夜でさえ,ダビデは寝ることを恐れたりしませんでした。ダビデの言葉は次のようなものです。「わたしは身を横たえて眠ろう。わたしは必ず目を覚ます。エホバがわたしを支えていてくださるから」。(詩 3:5,新)エホバの救いの力に対する強い確信を表わしてダビデはこう書きました。「わたしの周りに陣形を組んだ幾万の民をわたしは恐れない。エホバよ立ち上がって,わたしを救ってください。ああ,わたしの神! わたしのすべての敵のあごを是非打ってください。あなたは邪悪な者たちの歯を砕いてくださらねばならないのです。救いはエホバにあります。あなたの祝福はあなたの民の上にあります」― 詩 3:6-8,新。
ダビデの敵の歯が砕かれるということは,傷付ける力が砕かれることを意味していました。そうした救いをもたらすことができるのはエホバだけです。そのため,詩篇作者は『救いはエホバのもの』と認めたのです。そして,自分の個人的な困難について考えたダビデは,すぐに,神の民全体について考えるよう動かされ,神の民の上に神の祝福を祈り求めます。
ダビデと同じように,わたしたちも人間への恐れに負けてはなりません。邪悪な人々が何を行なおうとも,エホバはご自分の民を見捨てられず,また,民が地上からぬぐい去られるようなことを許されません。それゆえわたしたちもまた,引き続き救いを至高者に帰すことができますように。
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