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神の目的とエホバの証者(その19)ものみの塔 1961 | 6月1日
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部を配布する。……クラス奉仕者は,管理者から見本の雑誌を得る。f
トム: この管理者は,長老が会衆から選出されたように,会衆によって選出されましたか。
ジョン: そうではありません。1919年に開かれたこの新しい奉仕の分野に参加することをのぞんだ会衆は,奉仕制度として協会に登録するよう要求されました。協会はこれらの要請状をうけとると,本部の兄弟たちはその会衆内の一員を神権的に任命して,協会の任命者として,奉仕させました。その者は「管理者」として知られるようになりました。この者は1年1度の選挙に拘束されなかったのです。すると,民主主義的に制御されて,「選出された長老」の下にあった会衆から,権威がはじめて取りあげられて,管理は特に協会の国際的な管轄下にはいったということになります。それは,たしかに制限つきのものでした。しかし,目に見える神権制度は,この取りきめとともにはじまりました。管理者は,民主主義的に選出された長老たちと共々に働きました。長老たちは,いつものとおり会衆の研究や講議を制御しつづけました。
トム: 長老のうちのある者は,その取りきめをかんたんにうけいれるとは思えませんね。
ジョン: 進歩的でない人々,そして将来のわざを正しく認識しなかった人々から,いくらかの反対がありました。あの人々は過去の仕方,つまりパストー・ラッセルの時代に生活することを強調しました。むかしのふつうの兄弟たちは彼を聖書的な解明を与えるただひとつの径路として見なしました。パストー・ラッセルがマタイ伝 24章45節に述べられている僕であるということは,1927年にいたるまでひろく考えられ,認められていました。g しかし,ラッセル兄弟の時代にもものみの塔協会が聖書真理の出版者であったように,この真の崇拝の回復の期間中にもものみの塔協会はエホバにより用いつづけられるでしょう。個人勝手な解釈をうけいれぬよう,そして指導者の振をする者たちに盲目に従わぬようにとの警告が兄弟たちに発せられました。これらの指導者たちは,御国奉仕の拡大よりも,自分自身の個人的な地位に,いっそう多くの興味を持っていました。人間をよろこばすことは,避けるべきでした。h ものみの塔協会は,当時の地方会衆の支配行政についてはその程度までしか管轄権を延ばせなかったのです。i
翌年,協会はいく人かの「選出された長老たち」が次のような考えを持つのをやめさせようとつとめました。すなわち,彼らは,地方的な「理事委員会」を構成し,地方的な会衆から権威を最初に投票されず,その権威を持たなくても独立の道を追い求めることができるという見方です。神の径路は,地方的な長老と会衆との関係を明確にしようと努力しました。j 全世界にわたる一致を求める願いの言葉が発せられました。英国にいる者たちは,アメリカで行なわれているのと同じ仕方でわざをするようにと助言されました。k
兄弟たちが健全な精神を持っていたことは,この新しい活動計画に対する応答の中にはっきり示されました。伝道の責任を強化するとは,1920年に始まりました。そのとき証言のわざに参加した会衆内の各人は,毎週一度報告を出すよう要求されました。1918年前では,聖書文書販売人すなわち開拓者だけが,その奉仕の活動を報告しました。会衆の野外のわざのために明確な区域の割当が会衆になされました。1920年に初めて報告がなされました。この年には8052名の「クラス奉仕者」と350名の開拓者lがいました。1200以上のアメリカの会衆のうち1922年までには980の会衆は8801名の「クラス奉仕者」とともに野外奉仕に従事するため十分に再組織されたと報ぜられました。クラス奉仕者とは,書籍,冊子,雑誌のような文書を寄付で配布した人々のことです。a
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100の聖句を知っていますかものみの塔 1961 | 6月1日
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100の聖句を知っていますか
100の聖句の語彙といえば,良い音信を伝道するどのクリスチャン奉仕者にとっても非常に有益なものでしょう。ところが,ニューギニアの原住民のように,ある人々にとっては,そういう語彙をもつことがどうしても必要です。彼らはどのようにそういう聖句の語彙を学ぶでしょうか。ニューギニアには,開拓奉仕者たちの家の一つに立派な御国会館がついています。そして,100人から120人の原住民を教えるすぐれた設備がととのっていて,彼らは毎晩やかましい家から出て聖書を学びにやってきます。クラスはそれぞれ10人から12人で組織され,ひとりの円熟した証者が監督します。授業は黒板にきれいに描かれた簡単なさし絵をつかった説教ではじまります。言葉はしばしば誤解を招きますが,絵は考えを伝えるのにとても役に立っています。聖句は何度も何度もくりかえされます。そしてこれらのそぼくな人々のうちかなりの数の人が,100の聖句を知っているのには驚かされます。毎晩行なわれる2,3時間の熱心な勉強で,いく人かの原住民がすばらしく円熟しました。最近7人が洗礼を受け,ほかにも多くの人が受洗を考えています。―1961年のエホバの証者の年鑑より
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