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その25A 欧州における拡大(1945-1955)ものみの塔 1956 | 7月15日
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者も国外追放に会いました。またもや,ポーランドの証者は以前のように地下活動を余儀なくさせられましたが,クリスチャン崇拝の燈火は,依然として明るく輝きつづけ,ヱホバの安全な場所へと逃げたい希望の沢山の「他の羊」を集めています。
チェッコスロバキヤにおいても,ヱホバの証者はクリスチャン自由のための真の戦士としてよく戦つていました。中央ヨーロッパにおけるこの進歩的な民主国家の自由は,1938年,ヒットラーにより奪われましたが,当時1166名の活潑な伝道者がおりました。ヒットラー時代でも,地下活動は続行され,チェッコスロバキヤのヱホバの証者は,限られてはいましたが,お互いの連絡は保たれていました。1945年,ヒットラーが打倒されてから,伝道の業は急速に復興され,1946年には1209名の活潑な証者がおりました。1948年,チェッコスロバキヤが鉄のカーテンの彼方へと姿を消すと同時に,証言の業は禁止され,支部事務所も閉鎖され,数多くの者は捕われの身となりました。この為に,収穫の業は途絶えてしまつたでしようか。いいえ。1950年に2882名の伝道者はヱホバの御国の活潑な活動を報告し,1951年には,その数は3705名へと増大しています。同様な経験は,共産国のユーゴ・スラビヤ,ブルガリヤ,ハンガリー,ルーマニヤにもあります。ロシヤでさえも,1948年中に,8000名以上の証者は,賢い巧妙な方法により聖書伝道の奉仕に携わつています。一方,数千名のものはシベリヤへの流刑に処せられ,それらの者からは,何の音沙汰をきくことはできません。1954年中,これら鉄のカーテンの彼方の国々で,6万4123名の伝道者がいたとは,何んと素晴しいことでしよう。
ヨーロッパでの拡大の状態は掲載されている表からもあきらかです。
年 国の数 伝道者数 伝道時間
1942 13 22,796 5,344,006
1947 19 74,196 12,819,994
1952 24 158,867 19,147,879
1955 24 227,374 23,720,651
年間中に2400万時間にとどこうとするクリスチャン伝道は,ヨーロッパの人々の心をたしかに揺り動かした力強いものであつたに違いありません。ヱホバ神の慈悲により,この伝道の業が進むにつれて,ますます多くのヨーロッパの善意者は,悪い考えの枷をすてて,神の新しい世における永遠の生命という新しい希望を抱くようになつています。1955年には,人口1746名について一人ずつの活潑なヱホバの証者がおります。鉄のカーテンの内部においても,又外部においても,ヱホバの証者による力強い証言が欧州で行われていました。しかし,1955年に行われた証言は,今までのうちでも,最も大規模なものです。これらヱホバの証者の数は小さいものとは云え,伸びつつある小数団体であり,その声は欧州大陸の各地において耳にすることができました。(つづく)
『しかし私たちを愛して下さつたかたによつて,私たちはこれらすべての事において勝ち得て余りがある。私は確信する。死も生も,天使も支配者も現在のものも将来のものも力あるものも,主キリスト・イエスにおける神の愛から私たちを引き離すことはできないのである。』― ロマ 8:37-39,新口。
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発表ものみの塔 1956 | 7月15日
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発表
集会において私たちの希望をしつかり言表わす ― ヘブル 10:23-25
あなたの希望を言表わすのにためらつてはなりません! しつかりと一定していなさい。あらゆる場合にも,自分の持つ貴重な希望を言い表わしなさい。こうするなら,従順な人類に対する神の御準備を学び得るでしよう。どのようにしたなら,これは一番良く為されますか。初期の弟子たちの行つたように家から家に行くことによるのです。それで,ヱホバの証者は自分に割当てられた区域内で働きつづけ,最近の3冊の本『神を真とすべし』『宗教は人類の為に何を成したか?』『新しい天と新しい地』と3冊の冊子を540円の御寄附で提供します。神の奉仕を愛する人は,みな神の目的を他の人にしつかり言表わすというこの幸福な業に参加するよう招待いたします。
『ものみの塔』研究
8月5日 全時間奉仕は貴い宝 247頁
8月12日 この宝はあなたのもの? 252頁
8月19日 活動と生命対無活動と死 1-24 268頁
8月26日 同 25-27及び現在の活潑な訓練により生命の賞を得る 273頁
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