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  • 魂を得るに至る信仰を行いにあらわす
    ものみの塔 1963 | 5月1日
    • のしもべが,雑誌の配布できないある特別開拓者を訪問しました。その特別開拓者はこのような手紙を書いてきました。「巡回のしもべは,物々交換で容易に雑誌を配布したので,私もやってみました。驚いたことに私は,以前より多くの雑誌を配布しはじめ,同時に,どうせ買わねばならない,日常生活に必要な品物をたくさん手に入れるようになりました。いまは,伝道に大きな袋を持っていきます。ある日など,あまりたくさんの米と交換して,家に持ち帰えれないほどでした」。その巡回のしもべは,はみがき粉からお米に至るまで50以上の品物と交換します。

      バプテスマを受ける前でも,聖書の原則を応用することには報いがあります。ひとりの姉妹は,1部の雑誌をある婦人に配布し,3日後再訪問をして聖書の勉強をはじめました。ふたりは3ヵ月間定期的に研究しました。その婦人は集会に出席しはじめました。6ヵ月間の研究ののちその人は伝道を始め,かんたんな聖書の話をおぼえて,1ヵ月に20時間から30時間伝道し,目標以上の雑誌を配布しています。この善意者は,まだバプテスマを受けていませんが,自分の子供たちと定期的に研究し始めました。伝道者は,研究が終わったあとも,クリスチャンの振舞について,伝道活動について,ほかの組織にかんする事柄について,信仰を持たない時々反対する夫への態度についてよく説明しました。この善意者は,聖書のよい助言に従いました。家の中を前よりもきちんと,こぎれいに,清潔にし,夫に対してはよく気をきかして仕えました。結果は? 夫も聖書に関心をもつようになって,勉強をはじめ,いまでは家族全員が真理にはいっています。夫への服従とクリスチャンの振舞いについての,婦人に対するペテロの助言はそのまま適用されたのです。―ペテロ前 3:1,2。

      区域のすみからすみまで伝道することも大切なことです。ある姉妹の経験がそのことを証明しています。「私は休暇開拓者だったとき,区域を得て,一つ一つ伝道していきました。だれも興味を示しません。ある日私はすっかりめいってしまって,最後の二,三軒を残したまま,『どうせそこにも「羊」はいやしないんだから』と考えて帰ってしまいました。しかし,その二,三軒をすませずに地図を雑誌区域のしもべに戻すことを良心がどうしても許さないので,私はまた行きました。私の良心は正しい導きでした。というのはそこで,『迷える羊』,私たちの会衆の区域に移転してきた不活発な伝道者を発見したからです。まっさきにその人が望んだのは,『神を真とすべし』の勉強をやりなおすことでした。そしてすぐに会衆と交わりを始めて生きかえりました。私はその最後の二,三軒を,ついに残さずに伝道したことを,ほんとうにうれしく思っています」。

  • 神の目的とエホバの証者(その61)
    ものみの塔 1963 | 5月1日
    • 神の目的とエホバの証者(その61)

      「『あなたがたは私の証者です』とエホバは言われる。」― イザヤ 43:10,新世訳

      現実は期待にまさる

      世界各地から参集したエホバの僕は,大会初日から思いがけないほどすばらしいものが用意されているのを知りました。また大会に集まったこれらクリスチャンはひとつの目的に結ばれていることが,はっきり示されました。

      大会の国際的な性格は初めから示され,両方の会場ともその日その日の司会者はアメリカ,日本,ブラジル,フィリピン,メキシコ,北ローデシヤ,ガーナ,エジプト,モロッコ,アルゼンチン,オーストリア,イギリス,セイロン,ギリシャ,フランスの各国人と多彩な顔ぶれであった。また月,火,木,金曜日の午前中には,スタジアムの各所で20を数える外国語の集まりが開かれ,英語に通じていない人々のためにプログラムの要約が伝えられた。a

      大会初日7月27日,日曜日朝のおもなプログラムのひとつとして,15ヵ国の支部の僕が「神のみ心によってここに集まったことは私たちの喜びです」と題して語り,ついで大会司会者をつとめたアメリカの支部の僕は,123ヵ国に余る国々から参集した12万2061人の聴衆に歓迎の言葉を述べました。

      また初日の朝,「諸国民を代表する地帯の僕」と題して地帯の僕が語りました。これら地帯の僕は協会の会長を代表して,各地帯にある支部を訪問します。1956年以来,世界は10の地帯にわけられ,各地帯にある多くの支部を視察する地帯の僕の仕事はその年の1月に始められました。

      日曜日午後,ギレアデ31期生103名がヤンキースタジアムの本塁のあたりにしつらえられた特別席につき,卒業式の時を迎えました。スタジアムの最前列の席には,以前の30のクラスの卒業生でなお宣教者あるいは全時間の奉仕に携わっている人々が,級別にグループとなって坐り,各国色とりどりの衣装が見られました。二つの会場に18万291人の聴衆を集め,人々の見守る中を卒業式は進められ,校長である会長の1時間の話「これらの事に努めなさい」の最中に降り出した雨にも,人々は席についたまま傾聴しました。訓練を終えたこれらの御国教育者たちはそれぞれの使命をおびて52ヵ国に派遣されることになりました。

      世界各地の支部の僕,宣教者,特別代表の報告が数多く行なわれて,新世社会の国際的な規模と性格が如実に示され,聴衆は164ヵ国で120以上の言語を用いて伝道するエホバの証者の活動を居ながらにして知ることができました。とくに関心を集めたのは「鉄のカーテンの背後で」と題するプログラムで,年鑑は次のように述べています。

      鉄のカーテンの背後からもたらされた心を打つ報告にいっそうの現実味を加えたのは,いくつもの国境を越えてひそかに持ち出された録音テープを,スイス代表が聞かせたことであった。土曜日朝,12万7802人の聴衆は,地下の証者の一団が1928年の歌の本にある讃美歌二つを四部合唱で歌うのを聞き,地下の一監督からの祈りをこめたあいさつの言葉に耳を傾けた。神の国に対する何という忠節であろう!b

      支部の僕,地域,巡回の僕が教育的なプログラムに参加し,ブルックリン・ベテルの重立った兄弟も,プログラムに与って大切な役割をはたしました。

      聖書から与えられた助言と教えは,世界的な組織の重立った僕たちだけを対象にしたものではなく,クリスチャンである両親と子供,夫と妻,御国の伝道に携わる何十万人の会衆の伝道者を益するものであった。事実クリスチャン生活のあらゆる面が話の中に採りあげられ,有益な助言が神のことばから与えられた。c

      8月1日金曜日に宣教学校の新しい特色がはじめて発表されました。

      金曜日の晩,「恐れを知らぬ奉仕者のための神権学校」と題する30分の話の中で協会の会長は,17万3079人の聴衆にとって驚きの発表をし,大きな拍手をひきおこしました。1959年から会衆の姉妹も毎週行なわれる神権宣教学校にはいる特権に恵まれ,「失楽園から復楽園まで」と題する新しい出版物の中から割り当てられた資料を基に6分間の聖書の話を作り,善意者の家で話すときの要領でそれを演壇の上で実演するのです。姉妹たちにとってこれは神権宣教学校における重大な務となりました。姉妹も話の後で学校の僕から助言を受けるからです。d

      7月30日水曜日の朝,「神の恵みを味わう日」には,19世紀昔,西暦33年の五旬節以来比類のない光景が見られました。その日,史上最大のクリスチャンのバプテスマが行なわれたのです。バプテスマを受けようとする人々は講演者のすぐ前に坐り,「神のみ心に従うバプテスマ」と題する話を聞きました。その後の出来事を年鑑は次のように述べています。

      〔講演者は〕バプテスマを受ける上に妨げがあるかどうかを知るため,二つの根本的かつ心を探る質問をした。求めに応じて浸礼希望者は起立し,二つの問に対して一斉にハイと答えた。その瞬間,起立した人々を見守る大ぜいの聴衆が送った拍手は,しばしなりやまなかった。大ぜいの人が起立し,キリストを通して神に献身したことを象徴するため,水の浸礼を受けるには何の妨げもないことを表明したからである。

      これらの人々は75台のバスをつらねて何マイルもはなれたオーチャード・ビーチ海水浴場に向かい,そこで30の列を作って順々に海にはいり,浸礼を受けた。2時間半の後,全部の人の浸礼を終えてから判明したところによると,浸礼を受けた人の数は男子2937人,女子4199人で合計7136人であった。これは昔の五旬節の時よりも4136人多く,その国籍も五旬節の時の16ヵ国をはるかに上回っている。五旬節の日に3000人が水のバプテスマを受けたのは,主またキリストであるイエスが天の御父の右に坐したことが啓示されたからであったが,1958年の神の御心国際大会において,7136人という記録破りの大群衆がバプテスマを受けたのは,世界をゆるがした年1914年以来,神の国が支配しているという事実を知ってそれに応えたものである。e

      ロイスさんがさきほど言われた決議がこの大会で採決されたのは,8月1日,金曜日のことでした。

      ロイス: あなたがマリアさんとご一緒に見えて以来,この決議のことは何回も心に浮かびました。とくに1922年から1928年までにわたってエホバの証者が採決した一連の告訴と決議についてお聞きしたとき,思い浮かべたのですが,この度のものはどんな点で異なっていましたか。

      ジョン: いろいろな点で異なっていますが,まずプログラムの重要な一部として決議が採択されたのはこれが最初で,午後のプログラムのおもな部分がそのためにあてられ,採決の理由がまず十分に説明されました。前以て発表されていたほかにも,大会に参集した全部の人がこのプログラムに出席するようにすすめられました。また以前にくらべてはるかに多くの国の人々が出席していました。また決議文の配布方法も異なり,一人一人に親しく手渡して,後から再訪問をしました。年鑑を読んでみましょう。

      金曜日の前二日間にわたり出席者全部に対して,「この大会はなぜ決議するか」という問題の提出される金曜日午後に一人残らず参集するよう,緊急な呼びかけが行なわれた。これにこたえて19万4418人が集まったのは大きな喜びであった。盛んな拍手を送る聴衆を前に,協会の副会長は,またとないこの機会に一致して決議を採決し,神と天使と人の前に決意を表明する理由を45分間にわたって述べた。つづいて協会会長が15分間にわたって決議

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