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ティートンダムが決壊したとき目ざめよ! 1977 | 2月22日
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的なものがみられました。当然のことながら多くの人は,将来への恐れと心配を口にしました。しかし一人の婦人は,「これは確かに大変な経験でしたが,私が心から愛する人々が無事だったことは何よりでした。この経験から人々は,大切なのは物質の財産ではなくて人々だ,ということに気付くのではないでしょうか」と言いました。
しかしどんな教訓を与えたにせよ,ティートン洪水はつめ跡を残しました。土地にも,そして生き残った人々にも。―寄稿。
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苦くて飲みにくい薬目ざめよ! 1977 | 2月22日
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苦くて飲みにくい薬
ザイールの「目ざめよ!」通信員
「どうやらマラリアのようですね」と医師は診断しました。ひどい腹痛と頭痛がするので,私もその診断を認めざるを得ませんでした。医師はすぐに液状のキニーネを注射してくれた上,その後数日間に服用するキニーネの量について指示を与えてくれました。うれしいことに,その治療は効を奏し,間もなく私は元通り元気になりました。
このような経験や自分がキニーネの主産地に住んでいるということから,私はこの物質に対して興味を持つようになりました。熱帯のマラリア多発地帯に住む幾百幾千万もの人々は,毎日のように,苦いキニーネの錠剤を飲んでいます。しかし,キニーネとは一体何ですか。この物質はどこから得られるのでしょうか。それにはどんな効用がありますか。私はそのような点について調べてみることにしました。
起源を知る
キニーネはキナノキの樹皮から抽出された物質です。キナノキは,16世紀にスペイン人が南米にやって来たとき,アンデス山脈の東側の斜面に自生していました。探険家たちは,原住民がキナノキの樹皮を薬として用いているのを知りました。やがて,これらのヨーロッパ人もキナ皮をかむようになりました。それは味の良いものだったでしょうか。とてもそうは言えませんでした。この樹皮は,苦くて,いやな味がしました。しかし,それをかむことには解熱作用がありました。
やがて,この薬をもっと飲みやすくするために,キナ皮から薬効のある物質を取り出す別の方法を見いだす努力が払われました。ヨーロッパ人がキナ皮について初めて知った時から数年して,キナ皮を一定期間ぶどう酒につけておくと,薬効成分がぶどう酒の中に溶け出すということが発見されました。こうして,この成分はキナ皮から抽出され,薬用に供されました。そのほうがこの薬のずっと飲みやすい服用方法であったことは明らかです。薬の苦味は,ぶどう酒の味で中和されるか,さもなくば隠されたからです。しかし,抽出が困難であった上に,キナ皮はすべて南米から取り寄せなければならなかったために,キニーネは裕福な特権階級にしか手の届かない薬でした。
19世紀の半ばになると,南米のキナノキは絶滅
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