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  • 病気 ― 終わりの日のしるしですか
    ものみの塔 1983 | 8月1日
    • はジグソーパズルになぞらえることができるでしょう。一片だけでは完全な絵にはなりません。それと同じで,一つだけの出来事がその「しるし」となるのではありません。イエスの予告された事柄すべてが一つの世代に影響を及ぼすときに初めてその「しるし」が見えることになるのです。―マタイ 24:32-34。

      第二に,疫病,すなわち病気についてのイエスの言葉が今日実現するというのはつじつまの合わないことのように思えるでしょう。なぜなら,科学が今ほど発達したことはかつてなかったからです。医療施設も今が最高です。医学的知識が今ほど広く普及したことはありません。

      では,こうした事実から何が分かるでしょうか。イエスの言葉は本当に実現しているでしょうか。それを知るのは重要なことです。イエスの預言の成就は,わたしたちが人類史上最も危機的な時代に住んでいることを示しているからです。

  • 病気のなくなる時が来ますか
    ものみの塔 1983 | 8月1日
    • 病気のなくなる時が来ますか

      今から10年ほど前にもし骨ガンにかかっていたなら,将来は本当に暗いものになっていたことでしょう。米国立ガン研究所の説明によると,10年前には,骨ガンにかかった十代後半の若者たちの80%は3年以内に死亡しました。ところが今日では,科学の進歩のおかげで,そうした患者の90%は,ガンと診断されてから3年後にはこの病気から解放されると言われています。

      他の病気の治療にも同様の進歩が見られます。例えば1979年には,世界保健機関によって任命された世界的な規模の委員会が,世界の天然痘の根絶されたことを宣言しました。結核について言えば,毎年まだ300万余の人々がこの病気で死亡してはいるものの,ワールド・ヘルス誌は,「我々は既に結核の撲滅に必要な武器をすべて所有している。この病気を永久に打ち負かすために我々が必要としているものと言えば,資力と政治的な意志だけである」と断言しています。

      病気との闘いで科学が目ざましい発展を遂げたことは否定できません。しかし,科学によって病気を制圧するまでには至っていないという事実は依然として変わりません。例えば,高度に工業化された国々でもいまだに心臓病が早死にの死因のトップにあります。それに加えて「科学は病気をなくしつつあるか」という囲み記事もお調べください。その記事では,いまだに医学をてこずらせている病気が取り上げられています。

      命にかかわる病気が多くなっているように見えるのは残念なことです。以前からある病気もなかなかなくならず,その上に新しい病気が加わっていきます。科学は長足の進歩を遂げ,そのおかげでわたしたちが感謝すべきこともたくさんあることは言うまでもありませんが,科学は決して病気や疾患を根絶しているわけではありません。では将来に希望はないのでしょうか。

      希望の根拠

      病気や疾患はなくなると本当に楽観できる十分の理由があります。といっても,科学者たちの献身的な働きによってなくなるのではありません。むしろ,病気をなくするということは,ずっと高いところからなされるのです。

      病気を永久に征服するには,二つの非常に重要な要素が求められます。つまり(1)能力と(2)意志です。どちらか一方が欠けてもこれは行なえません。ワールド・ヘルス誌が,人間には結核を永久に一掃する能力があるけれども,「資力と政治的な意志」に欠けている,と述べていることを思い出してください。

      すべての病気を永遠に一掃する能力と意志とを窮極的に有する方は宇宙にひとりしかおられません。それは神ご自身です。み父の特質を完全に反映しておられたイエス・キリストは,地上におられた時,神から与えられた力によりどのように病気や疾患を征服できるかを見事に実証されました。―ヨハネ 14:9。

      イエス・キリストが『神の力』によって病気を征服する能力を備えておられたことに疑問の余地はありません。(ルカ 9:43)イエスは本当の意味で,多くの病人や病弱な人,手足の不自由な人を健康な体にされました。その中には足のなえた人,不具の人,盲人(マタイ 15:30,31),てんかんの人,まひした人(マタイ 4:24),らい病の人(ルカ 17:12-14),出血に悩まされている女(マルコ 5:25-29),片手のなえた人(マルコ 3:3-5),水腫にかかっている人(ルカ 14:2-4),そして「さまざまな疾患」で病む人々が含まれています。(ルカ 4:40)それどころか,イエスが死者をよみがえらせることまでされたことを示す,立証された事例が3件もあるのです。(ルカ 7:11-15; 8:49-56。ヨハネ 11:38-44)ほとんどの場合,病気は即座にいえたのであって,回復期とかリハビリテーションの期間などを必要としませんでした。

      もちろん,イエス・キリストが病気を征服しようとする意志をもっておられたことは,いやしを数多く行なわれたことからも明らかです。しかし聖書は,他の人々に健康を取り戻させたいというイエスの心からの願いを感動的に表わしています。

      バプテスマを施す人ヨハネが死んだことを聞かれてから,イエスは独りになるために,舟で寂しい所へ行かれました。しかし,かなりの数の群衆が舟の出て行くのを見て,それがどこへ行くのか見当をつけたのでしょう。イエスが到着された時にはその人々がイエスを待ち受けていました。イエスはそれにどう反応されたでしょうか。立腹されましたか。煩わしくお感じになりましたか。結局,イエスにも休息を取り,静かにしている権利があったのではないでしょうか。ところが,イエスは人々を見て不愉快に思われるどころか,聖書には次のように記述されています。

      「さて,出て来られた時,イエスは大群衆をご覧になった。そして,彼らに哀れみを感じ,その中の病気の者たちを治された」。(マタイ 14:13,14)ある聖書学者は,ここで「哀れみを感じ」と訳されているギリシャ語について次のように述べています。「[これは]ギリシャ語の中で哀れみ深い同情心を表わす最も強い言葉である。この語は,内臓を意味するスプラグクナという語から成っていて,人の内奥を動かす哀れみと同情心を表わしている」。イエスは他の人々の苦しみを見て,その痛みを和らげずにはいられなかったのです。―ルカ 5:12-14。

      そのことに疑問の余地はありません。神から力を授けられていたイエス・キリストは,病気を征服するための能力と意志を兼ね備えておられたのです。そして現在もそうなのです!(ヘブライ 13:8)地上におられた間にイエスが行なわれたいやしは,神の王国の支配下で全地の人類に差し伸べられるいやしという祝福を予表するものでした。『しかしそうなるのはいつのことなのか』と尋ねたくなるかもしれません。

      病気のなくなる時は近い!

      「ものみの塔」誌が何度も取り上げてきたように,「疫病」,つまり病気をその一部とする複合の「しるし」は1914年以来明らかに見られるようになっていて,間違えようがありません。証拠を調べてみるなら,イエスの言葉が現実となっていることは疑いようがありません。ですから,今日多くの病気や疾患が見られるのは,マタイ 24章3節から7節,ルカ 21章10,11節のイエスの預言の実際の成就なのです。ということは,わたしたちは「事物の体制の終結」に生きているということです!

      神の王国は間もなく現在の邪悪な体制を取り除き,義の新秩序をもってそれに代えるでしょう。(ペテロ第二 3:13)その王国の支配のもとでは,疫病,つまり病気でわたしたちの健康や命が奪われることはもはやなくなるのです。愛に富まれる天の父が,病気や疾患を完全に,しかも永遠にぬぐい去ってしまう能力と意志を備えておられることは,わたしたちにとって本当にありがたいことです。―啓示 21:3,4。

      あなたは,神の祝福に関するこうした約束や,その約束の恩恵に浴するために何をしなければならないかについてもっと詳しく知りたいと思われますか。エホバの証人は喜んでご援助いたします。地元のエホバの証人と連絡をお取りになるか,または本誌の発行者に手紙でお問い合わせになってはいかがですか。

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