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    目ざめよ! 1975 | 8月8日
    • 者たちが神の憤りを飲む結果になることを布告します。「人の子のような者」がかまを突き入れ,またもう一人のみ使いも自分のかまを突き入れて地のぶどうを刈り取り,それを「神の怒りの大きな酒ぶね」に投げ込みます。酒ぶねが市の外で踏まれるにつれ,血が出て馬のくつわに届くほどになり,300キロ以上の距離に及びます。―14:3,4,6-8,14,19。

      23 (イ)次にだれが,なぜエホバに栄光を帰していますか。(ロ)神の怒りの七つの鉢はどこに注ぎ出されますか。世界を揺るがすどんな事態がその後に続きますか。

      23 最後の七つの災厄を携えたみ使いたち(15:1–16:21)野獣に対して勝利を得た者たちは,その偉大で驚くべきみ業のゆえに,「とこしえの王」なるエホバに栄光をささげます。天の聖所から七人のみ使いが出て来ます。神の怒りを満たした七つの黄金の鉢が彼らに与えられます。最初の六つは,地,海,川と水のわき出るところ,太陽,野獣の座,そしてユーフラテス川の上に注ぎ出されます。その川の水はかれ,「太陽の昇る方角から来る王たち」のために道が作られます。悪霊的な表現がハルマゲドンにおける『全能者なる神の大いなる日の戦争のために人の住む全地の王たち』を集めます。七番めの鉢が空気の上に注ぎ出されると,恐ろしい自然現象の中で,大いなる都市は三つの部分に裂け,諸国民の数々の都市は倒れ,バビロンは「神の憤りの怒りのぶどう酒の杯」を与えられます。―15:3; 16:12,14,19。

      24 (イ)バビロンに対する神の裁きはどのように執行されますか。(ロ)彼女の倒壊に伴ってどんな発表また嘆きが聞かれますか。

      24 バビロンに対する神の裁き(17:1–18:24)ご覧なさい!「大いなるバビロン,娼婦たちと地の嫌悪すべきものとの母」に対する神からの裁きです。「地の王たちは彼女と淫行を犯し」ました。聖なる者たちの血に酔った彼女は,七つの頭と十本の角のある緋色の野獣に乗っています。この野獣は「かつていたが,いまはいない。しかし底知れぬ深みからまさに上ろうとして」いるものです。その十本の角は子羊と戦いますが,子羊は「主の主,王の王である」ゆえに彼らを征服します。十本の角は転じてかの娼婦に向かい,彼女を食い尽くします。そして,別のみ使いが,自分の栄光で地を照らしながら,「彼女は倒れた! 大いなるバビロンは倒れた」と宣言します。神の民は,彼女の災厄をともに受けることのないよう,彼女の中から出ることを命じられます。王たち,また地の他の強大な者たちは彼女のことで泣き,「気の毒だ,気の毒なことだ,大いなる都市よ,強力な都市ともあろうバビロンよ,あなたの裁きが一時のうちに到来したとは!」と語ります。彼女の大いなる富は荒れ廃れたのです。大きな臼石が海に投げ込まれるごとく,バビロンは速い勢いで投げ落とされ,もはや二度と見いだされません。ついに,神の聖なる者たちの血に対する報復がなされたのです。―17:2,5,8,14; 18:2,10。

      25 (イ)喜びあふれるどんな賛美の声が天に響き渡りますか。(ロ)子羊の行なう戦いはどれほど決定的なものですか。一千年の間またその終わりにどんなことがありますか。

      25 子羊は義の戦いを行なう(19:1–20:15)天では,「あなたがたはヤハを賛美せよ!」という声が四度響き渡ります。そうです,大いなる娼婦に裁きを執行されたゆえにヤハを賛美すべきです。エホバは王として支配を始められました。このゆえにもヤハを賛美すべきです。「子羊の結婚が到来し,その妻は支度を整えた」ゆえに,喜びかつ喜びにあふれるべきです。今や,「王の王また主の主」は義の戦闘のために天軍を率いています。王たちや強力な人間たちは天の鳥たちのための腐肉となり,野獣と偽預言者は,いおうで燃える火の湖に生きたまま投げ込まれます。(19:1,3,4,6,7,16)「悪魔またサタンである龍,すなわち初めからのへび」は捕えられて一千年の間縛られます。第一の復活にあずかる人々は「神およびキリストの祭司となり,千年のあいだ彼とともに王として支配」します。その後,サタンは解き放たれ,地の諸国民を惑わすために出て行きますが,自分に従う者たちとともにやがて火の湖に投げ込まれます。死者は,大なる者も小なる者も,神の大きな白い座の前で裁かれます。死とハデスは火の湖の中に投げ込まれます。それは「第二の死」を表わしており,命の書に名を書き込まれていない者たちもともにそこに投げ込まれます。―20:2,6,14。

      (このつづきは次号に載せられます)

  • 果実“飲料”,それとも天然果汁
    目ざめよ! 1975 | 8月8日
    • 果実“飲料”,それとも天然果汁

      ■ 母親たちはかつて,天然果汁ではない“果実飲料”を家族のために買うのは,その方が値段が安いからだと言っていました。今では砂糖の値上げで,“果実飲料”も天然果汁とほとんど同じ値段になったため,経済的理由からでも天然果汁がますます人気を得そうに思えますが,実際にはそうではありません。ウーマンズ・ウェア・デーリー紙の一記事は,ある大きな青果チェーン・ストアの副社長の次の言葉を引用しています。「中毒症の母親たちは,依然として天然果汁のかわりに果実飲料の方を求めることをやめてはいない」。

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