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復活の神を崇拝しなさいものみの塔 1965 | 4月1日
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に参加し,御国宣明者の最高数は107万5523人に達しました。エホバの証者は194の国々にいます。そして神の真理の本,聖書から「御国の福音」を伝道するのに1億6280万8312時間をついやしました。また5595万4267回にわたって人々の家を再訪問し,毎週74万1367の家庭聖書研究を司会しました。
18 人々が神のことばを知るのを助けるため,エホバの証者は,関心を持つ人々に455万3282冊の本と1318万1871冊の冊子を配布しました。また155万1436に上る「ものみの塔」および「目ざめよ!」誌の予約を得,1億2705万5165冊に上るこれらの雑誌を配布しました。昨年,協会が印刷した「ものみの塔」は1億1119万4768冊,「目ざめよ!」は1億400万3980冊に上ります。
19 多くの人々が,聖書の音信にどのように関心を示しましたか。
19 人々がこの音信に耳を傾けたことは,次の事実から証明されます。すなわち1964年3月28日,土曜日,主の死を記念する記念式に全世界2万3483の会衆において108万9476人が集まりました。このうち記念式の表象物にあずかり,キリストの花嫁の成員のうち地上に残る者であることを示したのは,1万1953人だけでした。世界各国における活動の詳細については214頁から217頁をごらん下さい。
20 (イ)バビロンを逃れる人は,自分をどのように改革しますか。(ロ)その人々はだれにならうことを望みませんか。それはなぜですか。
20 これからわかるように,100万をもって数える人々が大いなるバビロンから離れました。彼らは逃れています。そして神に仕えるかどうかを,さばきの日になって初めて決めるようなことをしません。その時まで決定を延ばすならば,バビロンの滅びに巻き込まれ,永遠の滅びを共にすることになるでしょう。それで彼らは「永遠の福音」を聞き,それに従って行動をおこしています。彼らは宣教のわざに加わりました。昨年だけでも6万8236人がバプテスマを受け,エホバのみ心を行なうために献身したことを表わしました。この人々はイエスにならって伝道することを望んでいます。ゆえに悪の行いを悔い改め,心を転じました。復活のとき,ソドム,ゴモラの人々よりも悔い改めが難しいコラジン,ベッサイダ,カペナウムの人々のようになりたくはありません。1900年前イエスが地上におられた時,かたくなな心を示したこれらの人々は,復活した時にも,見聞することに対して,おそらくはいっそう怒りをこめた,悪い心を示すかも知れません。記憶の墓から呼びもどされるとき,その復活が生命の復活となるように,善を行なうことを望む人々が,それに心を乱されることはないでしょう。
21 罪人はどんな生活をしますか。どんな結果になりますか。
21 再び生きたことに感謝する人々は,神のみ子のことばを聞かず,エホバを知ることのなかった人々を援助するために力をつくすでしょう。しかし100回も悪を重ねあるいはほしいままに悪を行なう罪人は,ある程度の期間生きることを許されるに過ぎません。罪人はその日を長くできないからです。その生命は影のようであり,第二の死によってはかなく消え去ります。
22,23 反対があっても,いまどんな行いをするのが賢明ですか。「あなたは神の崇拝を第一にしていますか」との問いに,私たちはなぜ,はいと答えられますか。
22 今日なすべきわざがあり,エホバの証者はエホバの過分のご親切によって福音をあらゆる場所にひろめるこのわざを行なうことを望んでいます。いまは救いの日です。ネブカデネザルにむかって「わたしたちはあなたの神々に仕えません」と言った3人のヘブル人のように,自分の立場を固く保つ時です。(ダニエル 3:18)キリスト・イエスの足跡に従った使徒たちにならって下さい。使徒たちは臆せずに言いました,「人間に従うよりは,神に従うべきである」― 使行 5:29。
23 永遠の福音を聞くすべての人は,その内容をよく知り,神のことばを学び,更にその宣明に加わらねばなりません。それは「あらゆる国民,部族,国語,民族に宣べ伝え」,「神をおそれ,神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを,伏し拝め」と「大声で言う」わざです。(黙示 14:6,7)圧迫,迫害,反対,嘲笑を恐れて,あるいは他にどんな理由があるにしても,今は,なにを崇拝するかという決定を延ばす時ではありません。エホバにより頼んで力を得,み心を行なうことを決意していなければなりません。あなたは神の崇拝を第一にしていますかとの問いに,なんと答えますか。そうですという答えであれば,あなたは全世界にむかって,「わたしたちはあなたの神々に仕えず,またあなたの立てた金の像を拝みません」と言えるでしょう。なぜそうですか。なぜならあなたは「からだを殺しても,魂を殺すことのできない者どもを恐れ」ず,むしろ「からだも魂も地獄〔ゲヘナ,文語〕で滅ぼす力のあるかたを恐れるからです。
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覚えていますかものみの塔 1965 | 4月1日
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覚えていますか
最近の「ものみの塔」誌の記事を全部お読みになりましたか。以下はいずれも大切な点です。覚えているかためしてごらん下さい。
● 良心はなにによって導かれるべきですか。
聖書の原則。―677,678頁a
● 祈りに関する最大の教科書はなんですか。また,祈りはどのように定義するのが適当ですか。
聖書。人間から神への話しかけ。―717頁b
● 科学者の聖書に対する非難を信用する人が多いのはなぜですか。
科学者が科学的な観点から聖書の非科学性を証明したと誤解するため。―40頁c
● ルカ伝 2章14節の「善意の人」とはだれですか。
神のみむねを行なうがゆえに,神が恵む人。―20,21頁d
● エルサレムが「すべての人に対して重い石」となるとはどういう意味ですか。
天のエルサレムの地上における代表者たる神の民を迫害するなら,災いを受け,滅びを受けるのは迫害者自信である。―82,83頁e
● クリスチャンは偽りの宗教組織に所属する職場で働いても良いですか。
いいえ。自らをその組織の一部とすることになるから。―95頁f
● 生命によみがえるとはどういう意味ですか。
天の命に召された者には,復活の時に永遠の命をもってむくいられることを意味し,地上によみがえされる者に対しては,復活後および,キリストの千年統治期間の終りの試練の時に,善を行なったことのゆえに,永遠の命を受けるにふさわしい者としてさばかれることを意味する。―145-147頁g
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