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幾百万もの人はうつ病に悩まされている ― なぜか目ざめよ! 1977 | 4月8日
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幾百万もの人はうつ病に悩まされている ― なぜか
初めのうち症状はそれほどひどいとは思えないかもしれません。恐らく,疲労や胃けいれん,あるいは胸の痛みなどを覚えることでしょう。朝は何となく早く目が覚め,夜は寝付きが悪いかもしれません。食欲がなくなって体重が減ったり,突然暴食をしたために太り過ぎたりすることもあります。
こうした症状のどれかを経験したことのない人がいるでしょうか。このような症状の出る疾患は少なくありません。しかし,それがいつまでたっても良くならず,医師に診察してもらっても,身体面ではどこも悪いところがないことが明らかになったならどうですか。そのような場合,その疾患は気のせいにすぎないのでしょうか。必ずしもそうではありません。
疲労,身体的苦痛,そして寝食の習慣の変化などは,医師の言う「うつ病の肉体的表われ」なのかもしれません。では,うつ病とは何ですか。人々がうつ病に悩まされているのはなぜですか。
うつ病の特徴
時折り“ふさぎ込んでしまう”ようなことは,だれにでもあります。そのような事態を心配する必要はありません。医師がうつ病という場合,そうした調子の悪い日のことを意味しているのではないからです。US・ニューズ・アンド・ワールド・リポート誌に掲載されたインタビューの中で,指導的な精神科医であるバートラム・S・ブラウン博士は,この用語の意味を次のように説明しています。「臨床的に我々がうつ病と言う場合,それはより深刻なものを意味する。中間の段階で患者は,生きてゆくことに対する関心や気力の欠如を覚え,それが数日,あるいは数週間にわたって生活の機能に影響を及ぼす」。
うつ病の人にとっては,着替えたり,歯を磨いたり,朝食を作ったり,日常の事柄を決定したりするといった,ごく普通の活動も困難になります。ブラウン博士はさらに言葉を続け,「第三段階に入ると,うつ病であることがだれの目にも明らかになるが,その段階まで来た人は,文字通りすみの方に座り,麻痺状態に陥ったかのように空間を見つめる」。
さらにうつ病には,独特の症状がもう一つあります。アーロン・ベック博士の発見について論評した,ニューヨーク・タイムズ・マガジン誌の一記事は次のように述べています。
「ベックは,自著『うつ病: その原因と治療法』の中で述べているとおり,[うつ病にかかった人が]常に劣等感,魅力のなさ,損失,無力さなどに関する夢を毎晩繰り返して見ることを発見した。……ベックは,睡眠中のこうした陰気な幻想が,それと同じほど否定的な日中の思考様式に対応することに気付いた。例えば,うつ病にかかっている女性は,友人が約束の時間に遅れると,その友人がもはや自分のことを気にかけておらず,自分はだれにも好かれない人間であり,実際のところ好ましくない人間なのだと思い込むようになる。
「ベックの仮定に従えば,うつ病患者の考えの大半は,彼が“うつ病の認識的三要素”と呼ぶもの,すなわち世界,自己,そして将来に対する否定的な見方によって支配されている。同博士は,うつ病になりやすい人が小さな障害を克服し難い障壁とみなし,自らが愚かで全く無力であると考え,将来には苦痛を伴うもっと多くの失敗があるのみと思い込むことを発見した」。
医師たちは大抵,うつ病を“急性”と“慢性”に分類します。急性のうつ病は,愛する人の死,離婚,その他の重大な損失など外部からの原因によって起こります。急性のうつ病は,その原因によっては数週間あるいは数か月間続くこともありますが,その後消え去ってしまいます。一方,慢性のうつ病の場合,その症状は何か月間も続きます。
“そううつ病”患者と呼ばれる別の種類の患者もいます。この種の患者は“そう病”の状態とうつ病の状態の間を行ったり来たりします。そう病の状態にある時には,活動しすぎ,衝動的になり,しばしば言葉や思考が混乱することがあります。そのあとに“正常な”時期が続き,それが過ぎると,うつ病の状態に落ち込みます。そう病の状態にある期間が長く,ふさぎ込んだ状態がごく短い人もいますが,それとは正反対にほとんどの期間うつ病の状態にとどまる人もいます。また,感情の変動する短い期間を除けば,ほとんどの場合健康な人のようであるという人もいます。
“精神障害の流感”
重いうつ病はどれほど広がっているでしょうか。ニューヨーク州精神衛生局のネーサン・S・クライン博士は次のように語っています。「米国の成人人口の15%は,治療を必要とする程度のうつ病にかかっていると推定される。これは約2,000万人に相当し,その結果うつ病は,心理学的障害の中で最も発生ひん度が高いだけでなく,あらゆる種類の重大な病気の中でも最も一般的なものの一つとなっている」。うつ病はそれが余りにもまん延しているため,“精神障害の流感”と呼ばれているほどです。
各種の調査によると,うつ病にかかる女性の数は,2対1の割合で男性のそれを上回っています。もっともこれは,女性の方が自分がうつ病に陥っているということを認めやすいからである,という説もあります。あらゆる人種また階級の人々は,うつ病に悩まされています。この病気は60歳から70歳までの人々に多いものの,あらゆる年齢層に見られ,20代の人々の間でうつ病患者が増加しています。
幾百万もの人々がうつ病に悩まされているのはなぜですか。
人間社会が一つの要素
うつ病の根本原因を明らかにするため多くの研究がなされてきました。この障害の主な原因の一つは,人間社会のひずみにあります。
フロリダ大学医学部のジョン・シュワッブ博士の意見は,この点を例示するものです。「我々は今まさに変革の時期に生活している。昔風の勤労精神のような古い価値は否定されてきており,人々はイデオロギー的真空状態に捕われている。子供たちは,400年にわたる科学の進歩の生み出した実が甘いというよりは苦い実であることに気が付いている。しかし,彼らは科学の代わりに何を求めたらよいのか分からず,その結果虚無感が残る」。このため,幻滅を感じた若者の中には,麻薬などの手段によって“逃避”しようとする者が少なくありません。シュワッブ博士は,「若い人々が興奮を求めるのは,大抵の場合,憂うつな気分からの逃避にすぎない」。
さらに,うつ病患者の増加の一因となっているのは,“超流動性”です。多くの家族は,住居をひんぱんに変え,家から家,町から町へと移り住み,他の人々と仲の良い関係を築けるほどの期間一か所にとどまっていません。米国マサチューセッツ精神保健センターの一精神科医は次のように書いています。「ボストン近郊の精神科医は,このところ,“128号線症候群”あるいはフロリダ州で“ケープケネディ症候群”と呼ばれるものに注意してきた。これは,ひんぱんに引越しをしてきた若い夫婦の家庭に見られる。そうした家庭には,出世至上主義の夫とうつ病にかかった妻,そして問題児がいる」。
長年にわたる勤労刻苦の末,人生の“高原現象”とも言うべき段階に達したとき,うつ病にかかってしまうということもあります。非常に精力的に働く幹部社員は,遂に社内で最高の地位を手中に収めるかもしれませんが,その時になると,人生にもはや目標がなくなっていることに気付くのみです。40代および50代の家庭の主婦で,精神科医が“留守宅症候群”と呼ぶ症状に悩まされている場合がよくあります。そのころまでに子供たちは成長しており,夫は毎日ほとんどの時間を仕事に費やすので,主婦はほかにだれもいない家で孤独な時間を過ごさねばなりません。
うつ病に伴いがちな劣等感についてはどうですか。この点でもやはり,人間社会に責任があると言えるでしょう。どうしてですか。子供たちは,幼いころから,自分には魅力がないと思い込まされることが多いからです。ほとんどの人から“当世風”とみなされているようなことができないと,子供たちは仲間から嘲笑されるかもしれません。無器用で運動神経の鈍いようなところのある子供に対して,学友や遊び仲間がその子は「何をしてもうまくできない」のだと思い込ませてしまうことがあります。この種の子供たちは,「自分は弱い人間だ」という結論と,「弱い人間であるのはいやなことだ」という価値判断を結び付けがちです。そのような若者は,うつ病になる可能性を秘めています。
生物学的要素
近年,種々の研究の結果,うつ病が脳の不完全な化学活動の結果生じる場合の多いことが明らかにされてきました。脳の内部には,“必須アミン”と呼ばれる物質が散在しています。この化合物は,大脳の中でも感情と関係のある“辺縁皮質”の中に特に集中しています。科学者たちは,これらのアミンのうちの三つ,すなわちドパミン,ノレピネフリン,およびセロトニンが,一つの脳細胞から別の脳細胞に刺激を伝えることと関連があると考えています。
興味深いことに,動物を使った実験でも,人間を対象にした実験でも,アミンの量を減少させる薬剤を投与すると,うつ病の症状が表われることが明らかにされました。他方,アミンの量を増やしてやると,実験動物は目に見えて生き生きとしてくることが明らかにされました。ニューヨーク・タイムズ・マガジン誌は次のように述べています。
「英米両国の科学者たちから成る国際的な研究チームは,1968年に,アミン説を支持する新たな状況証拠を発見した。彼らは,自殺を遂げた患者たちの脳を調べ,アミンの量が幾分減少していると思えることを発見したのである。そううつ病患者を対象とした最近の研究は,その点をさらに裏付けている。そううつ病患者がそう病の状態にある期間中,その人の尿はノレピネフリンの排出量が増えていることを示したが,彼らが正常な状態あるいはうつ病の状態になると,それとは正反対のことが起きる」。
あなたには,うつ病の症状が見られますか。憂うつな気持ちに対処するにはどうしたらよいのでしょうか。次の記事は,こうした問題について論じています。
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うつ病になったらどうすればよいか目ざめよ! 1977 | 4月8日
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うつ病になったらどうすればよいか
うつ病は,幾百万もの人々に深刻な問題を投げ掛けています。あなた,あるいはあなたの愛する人は,この病気に悩まされていますか。悩まされているのが自分であれ,他の人であれ,うつ病のもたらす耐え難い苦しみを和らげるのに,どんなことができるでしょうか。
自分の苦しい状況について,だれか親しい人と話し合うのが有益であることにお気付きになるでしょう。難しい事態を別の人の目を通して見れば,より現実的な見方をするのに役立ちます。大抵の場合,そうするだけでも,ある程度うつ病の症状を緩和させることになります。
単調で退屈な日常の仕事から来る欲求不満が,うつ病の原因となることもあります。このような状態はあなたの場合にも当てはまりますか。そうであれば,毎日の決まった仕事の順序をちょっと変えてみるとよいかもしれません。例えば,自分が余り好きでない仕事を毎日早いうちに片付けてしまえば,残りの時間にはそれよりも楽しい活動に携われることになります。時折り行なうとよい別の事柄は,気分転換を図ることです。散歩や軽い運動,あるいは週末や休暇を利用して環境の違う場所に出掛けることも,“憂うつ”な気持ちを吹き払うのに大いに役立つでしょう。
うつ病の人が何としても克服しなくてはならない一つの事柄は,他の人から離れて,失意にひたって“無気力な生活”を送ろうとする気持ちです。他の人のためになる奉仕活動や趣味などの活動に忙しく携わることによって,悲嘆に暮れた人は不愉快な状況を忘れるよう助けられるでしょう。
価値のなさや罪の意識を感じるとき
それでは,しばしばうつ病に伴う感情,つまり自分は無力で価値がないという意識,そして罪悪感などについてはどうですか。あなたが自分は他の人よりも劣っていると考えるようになったのは,この世の言う“成功”の規準のせいですか。この問題に関する聖書の見解を調べてみるのは有益なことです。人気があり,派手で,魅力的であると世で考えられている事柄は,「父[神]から出るのではなく,世から出る(のです)」と聖書は断言しています。(ヨハネ第一 2:15,16)聖書はさらに,他の人の役に立つような積極的な特質がだれにでもあることを,はっきりと示しています。クリスチャンの取るべき正しい態度について,使徒パウロは次のように記しています。
「実際,体は一つの肢体ではなく,多くの肢体です。たとえ足が,『わたしは手ではないから,体の一部ではない』と言ったとしても,そのゆえにそれが体の一部でないというわけではありません。また,たとえ耳が,『わたしは目ではないから,体の一部ではない』と言ったとしても,そのゆえにそれが体の一部でないというわけではありません。もし体全体が目であったなら,聴覚はどこなのですか。それが聴くことばかりであったなら,においをかぐことはどこなのですか。しかし今,神は体に肢体を,そのおのおのを,ご自分の望むままに置かれたのです。目は手に向かって,『わたしにあなたは必要でない』とは言えず,頭も足に向かって,『わたしにあなたがたは必要でない』とは言えません。それどころか,実際には,体のなかでほかより弱く見える肢体がかえって必要なので(す)」― コリント第一 12:14-18,21,22。
間違いをしがちであるという点について言えば,聖書はすべての人間を同じ水準に置いて,「すべての者は罪を犯しているので神の栄光に達しない(のです)」と述べています。(ローマ 3:23)聖書の中で「罪」という言葉は,神の性質の完全な特性を十分反映できないという点で,“的を外す”ことを意味しています。この傾向は,最初の人間夫婦であるアダムとエバから全人類に広がりました。(ローマ 5:12)標的をねらって,それが外れた場合,上下左右のいずれにそれたかは重要なことではありません。その人は,標的を外したとみなされるにすぎません。同様にあなたも,受け継いだ弱さのために,仲間の人間よりも低い水準にあると神の目に映るようなことはありません。
信頼のおける友人と話すことから得られる慰めについて,数々の苦難に遭遇したダビデ王は,創造者に関してこう語っています。「エホバは心の打ち砕かれた者たちの近くにおられ,霊の打ちひしがれた者たちを救われる」。(詩 34:18,新)悩んでいるときに,祈りによって神に近付くのは特に有益です。あなたは定期的にそうしていますか。―テサロニケ第一 5:17。
親族や友人は,うつ病に悩む人をどのように助けることができますか。助けになろうとしている人は,間違っても,「もういい加減にくよくよするのはやめなさいよ」などと言ってはなりません。「憂いに沈んだ魂になぐさめのことばをかけ(なさい)」との聖書の諭しに従う方がずっと有益です。(テサロニケ第一 5:14)そうするための方法は,彼らが上手に行なった事柄に注目し,それをほめることです。人が全く自信を失ってしまった場合,その人が必ず成し遂げられるような簡単な仕事を与えることによって憂いに沈んだ人を助けてきた人もいます。そして,しだいに難しい仕事を与えてゆき,憂いに沈んだ人が徐々に自信を取り戻せるようにするのです。このような仕方でだれかを助けてあげることができますか。
しかし,こうした提案を実行しても,それほど目立った変化のない場合はどうですか。ほかにもどんな種類の治療法があるでしょうか。
ある人たちが試みた治療法
うつ病患者の治療には,優しさと恐怖という両極端の特質が表われています。今日の医師たちは,精神療法によって患者を快方に向かわせることができないと,“ショック療法”に訴える場合があります。この治療法は,1930年代の初めごろから用いられるようになりました。マンフレッド・ザーケルは,1933年に,精神療法の一つとしてのインシュリン・ショック療法を開発しました。その二年後,ブタペストの精神科医バン・メデューナは,メトラゾールを使っててんかん状のけいれんを起こさせました。多くの場合,こうしたショック療法は,一定期間,うつ病の重い症状を和らげます。しかし,インシュリン・ショック療法の効果を最もよくするには,それを30時間から50時間続けねばなりません。その上,患者の看護に多額の費用を要します。メトラゾール・ショック療法の場合,致命的な結果や骨折などの原因になりかねません。
これらの治療法に取って代わったのがおもに“電撃療法”(EST)です。この治療法は,“電気けいれん療法”とも呼ばれています。今でもよく行なわれるこの治療法は,脳に電流を通し,それによって体にけいれんを起こさせます。普通は,事前に薬が与えられているので,患者は何も感じません。しかし,電撃療法の後には,頭の混乱した状態が残ります。それが,数週間にわたる記憶喪失症や不治の脳障害を引き起こしたこともあります。さらに,「精神医学の歴史」と題する本に記されているとおり,「ショック療法は,症状を和らげるにすぎず,病気の根本に潜んでいる心理的障害の治療にはならない」と言えます。
うつ病を治療する別の方法は精神外科手術です。これには,前頭葉と視床をつないでいる神経繊維を切断することが関係してきます。この手術が成功すれば,緊張や不安を緩和する場合があります。しかし,この手術の結果,過去の記憶を失った患者や,消極的になって植物人間同様の生活をするようになった患者もいます。精神外科手術を一度受けてしまうと,その結果を元に戻すことはできません。
従来の治療法がしばしば失敗してきたために,うつ病を全く異なった見地から見るようになった医師もいます。それにはどんな事柄が関係していますか。
生体化学上の欠陥に対処する
生体化学の見地からうつ病を治療するため,科学者たちは,ある種の“抗抑うつ剤”を開発しました。これらは習慣性のある鎮静剤ではありません。極めてまれな例を除けば,抗抑うつ剤を使っても,悪い結果を招くことなしに,その使用を中断し,そしてまた再開することができます。
この特殊な薬剤は,うつ病の治療にどのように役立つのでしょうか。科学者たちは,“必須アミン”と呼ばれる化学物質が脳の中の気分をつかさどる部分に集中していることに注目してきました。ネーサン・クライン博士は,「ある種の“必須アミン”が,うつ病患者の体内では十分に生産されなかったり,早く破壊されすぎたりすることを示すかなりの証拠がある」と説明しています。そう快な気分を保つのに必要と思われるアミンの分解を遅らせるために,“モンアミン酸化酵素反応抑制剤”(略称MAOI)と呼ばれる薬品が開発されました。炭酸リチウムという薬品は,そううつ病患者の感情の上がり下がりを少なくするのにかなりの効果があります。
抗抑うつ剤の利点について,クライン博士は次のように書いています。「広範にわたる精神療法が症状を和らげることに役立たないことが明らかになった場合,確かに,抗抑うつ剤を使ってみるだけの十分な理由がある。最近では,まず最初に薬剤を投与してみるべきであるという考え方が強くなっている。多くの場合,必要とされる治療はそれだけであることが分かった。薬剤の投与を精神療法と併用して良い結果の見られる場合が少なくない。結局のところ,うつ病患者にとって,加強法による精神療法が最も適しているとは言えない」。
ところが,こうした薬剤に対する反応を示さない人は少なくありません。その数はうつ病患者の四割に相当すると思われます。また,この薬剤には不快な副作用があり,医師の注意深い指導のもとに用いなければ危険な結果をもたらしかねません。
脳の正常な機能について言えば,自分の体が必ず適宜な栄養を摂取するよう注意することが理にかなった予防法であると言えるでしょう。生化学者ロジャー・J・ウイリアムズは,自著「栄養と病気」の中で,ビタミンなどの栄養素が欠乏するとうつ病になることを示す証拠を挙げてから,次のように述べています。「最も確かな結論は,脳細胞があらゆる必須栄養素を必要としており,そのいずれの供給が不十分であっても障害を引き起こすという仮定である」。もちろんこれは,ビタミン剤ならなんでも飲めばよいということを示唆しているのではありません。最適の栄養量は,大抵の場合,人によって異なります。正さねばならないこの種の栄養の不足が自分にあるかどうかについては,専門家の助言を仰ぐのが賢明でしょう。しかしこの方法は,うつ病対策の中で見過ごされやすいものですが,時には成功することもあります。
うつ病の恒久的な治療
うつ病に悩まされているなら,前述のいずれかの提案,あるいはその幾つかを組み合わせた治療法は,症状をある程度和らげてくれるでしょう。しかし,あらゆる種類の憂うつな病気の恒久的な治療法が間もなくもたらされようとしています。それは何ですか。
先に述べた通り,人体に欠陥があり,うつ病を含む様々な病気にかかる根本的な理由は,すべての人間が罪を受け継いでいるという点にあります。聖書によると,イエス・キリストの贖いの犠牲を通して,受け継がれてきた罪が除かれる結果,人類を悩ませてきたあらゆる種類の病気も最終的には消滅してしまいます。―イザヤ 33:24。コロサイ 1:14。啓示 21:1-5。
聖書の保証によると,神の天的な王国政府が人間の諸政府に取って代わり,地上に神の支配が行なわれるとき,人類社会のいかなる不愉快な側面も消え去ってしまいます。(ダニエル 2:34,44)聖書の預言は,地を清めるこの業が,今の世代のうちに起こることを前もって定めています。―マタイ 24:3-8,14,32-34。
これらの確かな約束が完全に成就する前の今でさえ,聖書の助けを借りて,根深いうつ病を根治することができます。どうしてそう言えるのですか。聖書の原則に従って生活している人々は,精神障害の治療に極めて大切な要素とされているものを与えることができるからです。
聖書によると,真のキリスト教を実践する人々は,次のような諭しに従います。「優しい同情心,親切,へりくだった思い,柔和,そして辛抱強さを身に着けなさい。……しかし,これらすべてに加えて,愛を身に着けなさい。それは結合の完全なきずななのです」。(コロサイ 3:12-14)うつ病に悩まされる人々は,このような原則に従って生活する人々との交わりから確かに益を受けます。英国ロンドンの精神保健研究基金の委員長は,「精神科学の分野で,ずば抜けて重要な発見は,心を保護し,回復させる愛の力であると言えよう」と語っています。
エホバの証人は,聖書の知識およびその原則を当てはめることが,人々を抑うつ状態から救い出すのに有効であるという点に,繰り返し注意を向けてきました。一例として,米国西部に住む一婦人は次のように書いています。「私は非常に憂うつになり,ふさぎ込み,自殺を考えていました。私はエホバの証人に助けを求め,真剣な気持ちで聖書を勉強するようになりました。それは,あたかも神が私の祈りに答えてくださったかのようでした。憂うつさや寂しさは消え去り,自分の中に新たな希望がわいてきました。その希望というのは,エホバに仕えることです。今日,私はエホバの証人の一人であり,生きて行く本当の理由があるのを知り,子供たちが前途により良い生活を送る希望を抱けるのを知って幸福です。私は,エホバの愛のこもった親切に感謝しております」。
神が間もなく,現在の憂うつにさせる事物の体制の代わりに,平和で幸福な新しい体制をどのようにして招来されるかについて,さらに知りたいと思われますか。こうした情報は,幸福な日常生活を実現するための健全な原則と共に,聖書の中に見いだされます。神のみ言葉にさらに親しみたいと思われませんか。エホバの証人は,あなたがそうなさるのを喜んでご援助いたします。
[9ページの図版]
信頼の置ける友人に話すことが,うつ病に対処する上で役立つのではありませんか。
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変化する読書習慣目ざめよ! 1977 | 4月8日
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変化する読書習慣
● 1975年までに米国における新聞の発行部数は,史上最高であった1973年の6,310万部から250万部減少した。その理由の一つとして,物価の上昇が挙げられた。しかし,ほかにも理由がある。ニューズウィーク誌はこう述べている。「編集者たちは,アメリカ人が以前ほど読書をしなくなったのではなかろうかと案じている。その代わり人々は,テレビやレジャー,鮮やかな写真入りの読みやすい専門誌に多くの時間を当てているようだ」。ある編集者はこう語った。「今は視聴覚教育を受けた読者の時代であり,したがって我々はより魅力的で鮮やかな,視覚に訴える製品と対抗してゆかねばならない」。
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