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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1964
塔64 2/15 117–119ページ

聖霊に満たされて大胆に神の言を語る

― 1964年度エホバの証者の年鑑から

韓国

最高伝道者数: 5,075

人口: 26,279,627

比率: 5,178に1人

韓国の兄弟たちは,昨年の夏に世界一周旅行をした各国の兄弟たちに実際に接して,以前にましてエホバの用いられる組織を身近に感じています。韓国の支部の僕は,「みなさんのすべてが私たちを知り,私たちもみなさん方すべてと仲良くなりました」,と語っています。「永遠の福音」大会は,この大会が催された世界の他の都市に劣らぬ強い印象を京城の人々に残しました。この大会は特筆すべきものであり,また,1963奉仕年度中に韓国の兄弟たちによってなされたこの国全域にわたる証言活動も注目に価するものです。韓国の兄弟たちが野外奉仕のためにささげた時間は総計,113万2000時間に上り,これ自体が証言の規模の大きさを物語っています。韓国の支部の僕から送られた報告の中から,この国における昨奉仕年度中の活動の興味深い点をいくつか紹介しましょう。

この大会が兄弟たちに残した影響は,今後長く続くでしょう。市民一般に与えた影響も決して小さなものではありません。公開講演が行なわれた5日後の8月30日,一人の婦人から京城のチャングリヤングリ分会の分会の僕に宛てて1通の手紙が届きました。その一部は次の通りです,「私は使徒行伝 4章32節を読みました。そこにこの言葉があります。『信じた者の群は,心を一つにし思いを一つにし』。この言葉はまさに今日のエホバの証者にあてはまると思いました。エホバの証者の大会に出席した私は,兄弟的な愛と親切を深く感じました。神の聖徒たちと一緒にいるのではないかと思ったほどです。……N・H・ノア氏の話にも感銘しました。そのお話によりますと,エホバの証者は喜んで聖書を定期的に教えて下さるとのことです。私は聖書の創世記から黙示録までを読みましたが,中々理解しにくいと思いました。どうしたら聖書の勉強を始められるのでしょうか」。今,この婦人と聖書研究が始められていますが,同じように大会を機会に興味を示した多くの人々と聖書研究が始まりました。すぐれた奉仕年度の終りを飾るにふさわしいではありませんか。

光州市のプクブ分会の一姉妹は,7人兄弟のかしらであり,母親を助けて家計を補わねばならず,開拓奉仕は自分にできないと思っていました。しかし,彼女は手紙の中で,もし巡回の僕が彼女を励まし,開拓奉仕者になることについて母親と相談してくれなかったなら,いつまでも同じ考えでいたでしょう,と書いています。巡回の僕の提案によって,彼女は仕事を整理し,日中に開拓奉仕をし,晩に家庭教師の仕事をできるようになりました。彼女の言葉によると,当初は無理な計画ではないかと思われていたものが,賢明な計画によってうまくゆきました。開拓奉仕を始めてから,彼女は書籍研究の司会者に任命されましたが,開拓奉仕者になる以前や,高等学校に在学していたころより,多くの時間が自分個人の事に残っているのを知りました。

いなかでは,村と村を結ぶ交通機関がなにもありません。そのような農村に割り当てられた一人の特別開拓者の兄弟は伝道の様子を手紙で知らせてきました。この兄弟とそのパートナーは任命された区域の中で一番大きな村に住んでいます。その村は全部で300戸です。支部事務所は他の村に伝道にゆくために自転車を買う事をすすめ,開拓者はこれに従いました。村によっては満足な道もなく,開拓者は田んぼのあぜ道で自転車を乗りまわすのにも熟達しました。田植えや収穫の時季には,日のでから暗くなるまで,田んぼにしか人がいません。それで彼が再訪問をするのは,昼休みの時間か,晩になって人が家に帰って来てからです。ある時など,彼が自分の家にもどったのは真夜の鐘が鳴る少し前でした。雨季には暗い夜道を自転車をかかえて歩かねばならぬ事もしばしばあります。近所の人は彼にニックネームをつけて,「夜に伝道するふくろう」と呼んでいます。しかし,このような村々でも,神に善意を抱く人々を見出す事が出来ました。そして,韓国の人口の65パーセントが住むこのような区域での伝道を一層すすめたいと思っています。

台湾,中華民国

最高伝道者数: 1,350

人口: 11,000,000

比率: 8,148人に1人

台湾における昨奉仕年度は,エホバの組織を清め,建てなおすべき年となりました。人につかえるより神につかえる事の大切さをはっきり認識するためには,神の言葉を深く理解する事とクリスチャンとしての円熟さが要求されます。台湾の兄弟たちはクリスチャンとしての責任を一層強く自覚するようになり,昨奉仕年度中にも良い進歩が見られています。支部の僕から送られたいくつかの経験を紹介します。

奉仕年度の間,アミ族の兄弟たちを助けて,エホバの制度に対する認識を深めさせ,これまで多くの伝道者が行なってきたようなただ人についていって聞くだけの事ではなく,一人一人の伝道者が自分自身で証言すべき事を知らせるために努力がそそがれました。このため,これまで伝道者とされていた者たちでもはや伝道者としては数えられなくなった者も多数いますが,一方,すすんで資格をそなえた伝道者になる事を望む人々は,一層の援助と訓練を受けることになりました。

昨奉仕年度の最高潮となったのは,やはりショウフェンで開かれた世界一周「永遠の福音」大会でした。台湾の兄弟たちにとっては,新世社会の全世界的な一致と愛をこれほど如実に感じさせた機会はかつてありませんでした。沢山の国々から来た多くの兄弟たちを一時に見た印象は強く,いつまでも残る記憶となるでしょう。大会初日に行なわれた公開集会には1566名が集まり,台北ベテルの一員による講演を聞きました。大会2日目の月曜日午後には,「『終りの時』に対する永遠の福音」と題するノア兄弟の話があり,この時出席者の数は最高に達しました。それは1922名です。ノア兄弟はこの時用意した原稿による話に加えて,土地の兄弟たちに必要な助言の言葉を語りました。そしてノア兄弟が,この地方の言葉であるアミ語の御国奉仕が発行される事を発表した時,聴衆は非常に喜びました。

台北の少し南にあるフシンチュー市の一伝道者は自分の経験を手紙で知らせて来ました。「郊外の小村で伝道していた時,中国系の退役軍人に会いました。この人は以前に真理を聞いたことがあり,『楽園』の本の他に,私が持っていた文書を全部求めました。聖書研究の取りきめをしましたが,この人の奥さんも参加する事になりました。次週に研究のために訪ねると,2人ではなく,10人の人々が集まって待っていました。私が初めに会った退役軍人は,今にも浸礼を受けたいとの気持で,実に良く進歩しました。彼が浸礼を受けたのち,彼の家で会衆の書籍研究会が開かれることになり,彼は一層熱心に勉強や奉仕を続けています」。この人に会った巡回の僕の話によると,この新しい兄弟は非常に熱心な人であり,真理に対する理解もしっかりしているとの事です。

子供がうるさくして,他の人の迷惑になるのではないかと考えて,集会に出席しない親もあります。台湾の南部で働く宣教者が勉強していた人はその一例でしたが,後に励まされて出席するようになりました。その結果について宣教者からの報告は次の通りです。「その晩の勉強は『楽園』の本のうち,イエスの少年時代のところで,彼女の4人の子供たちはだまって聞いていました。その後聖書研究のために彼女の家に行ってみると,彼女はいかにもうれしそうに,子供と一緒に集会に出た次の日の事について話してくれました。8才になる年上の子供は朝起きるとすぐ家の掃除を始めました。いつもになくどうしてそんなに今日は助けてくれるのかと母親が聞くと,子供は言いました。『きのうの晩,御国会館でイエスがお父さんやお母さんを助けた事を聞いたけど,私もイエスのようになりたいから。それに,御国会館はとてもきれいできちんとしていたから,私の家もあのようにしたいと思う』。その時以来,母親と4人の娘たちは定期的に書籍研究に出席しています」。

香港

最高伝道者数: 222

人口: 3,500,000

比率: 15,766人1人

英国の直轄植民地である香港のエホバの証者は,昨奉仕年度の間忙しく働きました。もちろん,いちばんの喜びとなったのは,香港で開かれた「永遠の福音」大会ですが,兄弟たちは年間を通して御国宣明の仕事に活発に参加しました。それは奉仕に費された時間に表わされており,それ以前のどの年をも上まわっています。伝道者の数は以前の最高数を越えませんでしたが,聖書研究の数も増加しており,大きな証言がなされました。現在,香港には350万の人が住んでおり,しかも人口は日に日に増加していますから,この土地の数少いエホバの証者には大きな仕事があると言えます。香港は人のむらがる活動の町であり,その中にあってエホバの証者は神に委ねられた仕事を続けています。支部のしもべから送られた経験をいくつかここに紹介します。

一人の兄弟はアジア地方一帯の貿易品を扱う船会社の副事務所長をしていますが,雑誌の日に参加できず雑誌の配布数はあまり多くありませんでした。しかし,その兄弟からの手紙は次の通りです。「どうしたら目標数の雑誌を配布できるかという事は,いつも自分の心にある問題でした。でも良い考えが浮かびました。『ものみの塔』や『目ざめよ!』の新しい号が出るたびに事務所で働く人や入港して事務所に立ち寄る船長にすすめる事にしたらどうでしょう。多少勇気を出して毎週土曜の午後,同僚たちに雑誌をすすめました。良い結果がありました。昨奉仕年度の間,私は毎月平均30冊の雑誌を配布しました」。雑誌配布の目標を達成しようとのこの兄弟の努力は豊かに祝福されました。

香港では労働に対する賃銀が安いため,一般に長時間働かねばなりません。これが伝道者にとっても善意者にとっても大きな問題となっていますが,積極的な態度で問題を解決するなら,良い結果があります。一姉妹の経験は次の通りです。「8ヵ月ほど前,聖書に関心のある若い男の人に会いました。彼は,一日の仕事が終ってから訪ねてほしいと言いましたが,それは大分遅い時間でした。でも私はその求めに応じ,聖書研究が始まりました。彼は実に良く勉強し,間もなく集会の出席の必要を認めるようになりました。彼は雇主に話し,火曜と木曜の晩だけ仕事を早く止める許しを得ました。それ以来彼の進歩はいっそう速くなり,新しい聖書を,次いで新しいかばんを持って奉仕に参加するようになりました。そしてなにより多くの人の喜びとなったのは,この男の人が,『永遠の福音』大会香港大会で献身を象徴した事です」。

1963年2月,2人の特別開拓者が,中国本土の突端にあるポルトガル植民地マカオに派遣され,香港の報告の中にはこの2人の特別開拓者の活動も含まれています。

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