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  • 目ざめている「忠実にしてさとい奴隷」
    ものみの塔 1960 | 10月1日
    • を80以上も書き記すことにより,地上にいる御自分の正式な僕級を極めて正確に描き出されました。神が前もつて定め給うた詳細な記述どおりにこれが現実に描き出されていることは,全世界的に明白であり,すべての人は見ることができます。その信任状は,一点の疑問もなしに確かなものと証明されています。実際のところ,その信任状は数多くあり,そのすべては十分に目ざめている「忠実にしてさとい奴隷」級を指しているため,大いなる欺瞞者サタンが偽りの制度をつくり出すことは不可能です。そのような偽りの制度は,これら80の聖書的な事項全部に適合することはできないでしよう。

      26 ある人々が,これらの信任状に答え応ずることについて,聖書は何と示していますか。今日の事実は何を示していますか。

      26 これらの明白な事実から判断してみるとき聖書は更に次のことを示しています,すなわち,全地の正義を愛する人々は,これらの驚くべき信任状を持つている制度の指示を認め,それに快く答え応ずる,ということです。「万軍のエホバかく言たまふ其日には諸の国語の民十人にてユダヤ人ひとり(単数形,『忠実にしてさとい奴隷』)のすそをとらへん即ちこれをとらへて言ん我ら汝ら(複数形)とともに行べしそは我ら神の汝ら(複数形)とともにいますを聞たればなり」(ゼカリヤ 8:23),今年の1960年までに,85万人以上の人々は,この「奴隷」級の指導の下に,伝道奉仕者として活発な交りを持つようになりました。b

      27 今日,真の崇拝者たちは,どんな種類の指導を得ることができますか。

      27 その大いなる群衆は,「奴隷」級の手中にあつて,81年も古い歴史を持つ出版物「ものみの塔」の頁を通して,霊的な食物を定期的に漸次に受け取つています。「ものみの塔」は,世界で最大の発行部数を持つ宗教雑誌です。エホバとイエス・キリストは,真の崇拝者たちである大いなる群衆に対して,即席の,間に合わせ式の指導形態を与えておりません。たしかに,古くて目ざめている「忠実にしてさとい奴隷」は,今日諸国民に対するすばらしい見張人として立つています。彼らの主なるイエス・キリストは,キリスト教時代の第1世紀に立つて,イスラエル内の多くのものは立つか,倒れるかしました。それと同じく,いま全世界の前に油注がれた証者たちは立つています。彼らは人類の大多数の者たちの生存をはかる導きとなりますが,他の者たちはつまずいてハルマゲドンの滅びをこうむるでしよう。―ルカ 2:34。

  • 忠実にしてさとい奴隷と共に目ざめつづける
    ものみの塔 1960 | 10月1日
    • 忠実にしてさとい奴隷と共に目ざめつづける

      1 (イ)「忠実にしてさとい奴隷」は,どのように神の御心を行なう資格を備えていますか。(ロ)このことは,新しく来る者たちにとつてどんな興味がありますか。

      「忠実にしてさとい奴隷」級の聖書的な結びつきや,数多くの聖書的な信任状については,すでに調べました。この級は,エホバの油注がれた証者たちであつて,いまでは76年の古さに達している合法的なしもべ「ペンシルバニア州のものみの塔聖書冊子協会」を用いて,全地で働いています。この「奴隷」級には統治体があります。昔のヨブに助言を与えたエリフによつて前もつて示されているごとく,この統治体は助言と指示を与えています。(ヨブ 32:1-6)1919年以来,エホバの証者の新しい世の社会の指示は,雑草のようなキリスト教国の民主主義的な取り極めを保ちつづけず,むしろ神権的なものになりました。(マタイ 13:25,38,39)以前の民主主義的な方法は,制度のあらゆる面で人々の意志を重んじ,下から上にたつする仕方でした。しかし,神権的な方法は,エホバの御心が制度のあらゆる面において上から下に達してなされることです。天の御国が1914年に設立されているいまこそ,あらゆる事柄において神の御心を地上で特色づける時です。これは,次の模範的な祈りに答えるものです,「(神の)御意の天のごとく,地にも行はれん事を」。(マタイ 6:10)いまこそ,油注がれた「奴隷」級の「家人たち」以外の他の大ぜいの者たちが神の御心について学んで行う時です。そのように新らしく来る者たちは,「忠実にしてさとい奴隷」と共に目をさましつづけ,神の御心を行ないます。そして,この古い世の終りに生き残り,地上に復興した楽園内の生命を得る資格を持ちます。

      2 今日,神の御心が知らされている方法についてどんな証拠がありますか。

      2 エホバに善意を持つ心の正しい大多数の良い人々に,神の御意をどのように知らせ,その人間の注意を神の御心に向けさせますか。目ざめている世界的な見張人である「奴隷」級は,1919年に証者として復興されて後,ふたたび世界的な教育運動をしなければなりません。そのような世界的なわざは,いまでは40年以上も行なわれており,多くの実をむすんで最終の段階に達しています。事実の示すところによると,現在までのこの期間中に,「奴隷」級は神の唯一つの集合的な経路として仕え,聖書の真理を地上の人々に伝えました。ちようど初期のクリスチャン会衆が,天から地に達する経路として集合的に仕えたことと同じことは私たちの時代にも言えます。(エペソ 3:10)この独特な経路を通して十分の霊的な食物と,神の御心を行なうことについての驚くべき詳細な知らせが与えられています。それは実際のところ,聖霊の働きを奇蹟的に表し示しています。今日,エホバの証者の新しい世の社会が,175の国々で約100万人の奉仕者を持つていることは,それが人間の頭の働きでつくり出されたものでないことを明瞭に証します。むしろ,それは試験済みの経路を通して神権的に働く聖霊の所産です。これは,あらゆる階級の献身した人々の生活に影響をおよぼしているのです。―ゼカリヤ 4:6。

      3 黙示録 22章1,2節の中で,「広い道」「生命の水の川」,「生命の木」そしてその「実」は何ですか。

      3 聖書は,この径路の取り極めを新しいエルサレムの「広い道」と示しています。この「広い道」の中央に「生命の水の川」が流れております。それは,清い真理の出版物が洪水のようにたくさん出されるということです。そのさわやかな水を飲むすべての人には,生命という益がもたらされるでしよう。聖書はどこでこのことを述べていますか。「御使はまた,水晶のように輝いているいのちの水の川をわたしに見せてくれた。この川は,神と小羊との御座から出て,都(新しいエルサレム)の大通りの中央を流れている。川の両側にはいのちの木があつて,十二種の実を結び,その実は毎月みのり,その木の葉は諸国民をいやす。御霊も花嫁も共に言つた。『きたりませ』。また,聞く者も『きたりませ』と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は,価なしにそれを受けるがよい」。(駄示 22:1,2,17,新口)それで,制度的に言つて,1919年以来の「さとい奴隷」は,増加の一途をたどる幾百万という聖書の出版物を出しました。それは,天における神の御座から出るエホバの御心を中心主題とする「生命の水」を持つています。この「生命の川」の両側に「生命の木」があることに気をつけて下さい。これらは,油注がれた残れる者,「家人たち」ひとりびとりです。彼らは,これらの真理の水を最初にくみます。油注がれた各人は,真理によつてこのようにみたされることにより,御国の実と御霊の実を,どの季節でも絶えず結びます。それは,「諸国民」のうちから新しく交る多数の人々を霊的に養い,援助するためです。―ガラテヤ 5:22-24。

      4 「葉」,「諸国民」,「花嫁」について説明しなさい。「来たりませ」と言うことの意味は何ですか。

      4 個々の「木」である油注がれた残れる者も「諸国民」をいやす木の葉を出すと言われています。これらの葉は何ですか。これらは,善意者に霊的ないやしをもたらすために,油注がれた残れる者が設けた制度的な取り極めのように見えます。油注がれている各人は,協会の印刷工場で奉仕したり,本や雑誌を書いたり出版するために用いられていたり,あるいは公開講演者として送り出されています。ある者は,支部の僕,巡回の僕,地域の僕として旅行し,他の者は忠実な会衆の監督として,また研究の司会者として奉仕を続けています。1万4000人以上の残れる者のほとんど全部の者は,いまでも野外奉仕に参加していると報告しました。彼らは家から家の奉仕や聖書研究のわざに新しい人々を定期的に訓練しています。彼らは,神に献身した僕たちがどのような者でなければならないかについて,善意者たちの忠実な模範になろうと努めています。彼らは,だんだん年を取るし,体力も弱くなつてきたから,そろそろ引退して他の善意者たちにつらい奉仕のわざをさせようとする傾向に屈しません。引退は身体面の楽だけを求めることであり,物質主義的になることです。御霊によつて産み出され,油をそそがれたこれらの忠実な神の子たちは,死ぬ日にいたるまで,奉仕の協力という「葉」を出しつづけ,「大いなる群衆」の者たちを助けて,彼らのいやしをはかります。たしかに,これらの「木」は油注がれた者たちです。なぜなら,同じ預言の中で,彼らは,「花嫁」級の者と言及されているのです。すなわち,14万4000人で構成される天におけるキリストの花嫁になるのです。(エペソ 5:23)それで,「花嫁」として彼らはすべての善意者に「来たりませ!」と言い,「奴隷の」ものみの塔協会を通して流れる『生命の水』を取りなさい,と言いつづけます。そのような者が霊的に元気づけられていやされるとき,こんどはそれらの者たちは残れる者に参加して,他の者たちに「来たりませ!」と言います。それで,神の指示の下に霊的な教育運動は「拡大」して,ますますその範囲をひろくします。―イザヤ 11:9。

      現代の奇跡

      5,6 (イ)1919年から1931年までの真理の流れによつて何が影響されたかを述べなさい。(ロ)どんな種類の奇跡は,ある人々のために用意されていましたか。

      5 1919年から1931年まで,真理の水の流れは,主として油注がれた残れる者だけに影響しました。さらに多くの油注がれた者たちは,1917年および1918年に去つた者たちの空位をみたすために召されました。彼らも霊的に元気づけられ,将来の大きなわざをするための力を受けました。しかし,特にエホバの裁きを忠実に言明することにより,彼らは全世界にわたる巨大な収穫のわざを準備していました。それで,「奴隷」級の目ざめている残れる者以外の他の人々は,1931年までみな霊的に眠つていました。彼らはみなハルマゲドンの滅びにむかい,死にむかつて進んでいました。1931年までには,カトリック,新教徒およびユダヤ教の牧師は,1914年以前よりも,はるかに深い霊的な眠りに落ち入つて,いびきをかいていました。彼らのあいだには,目ざめていた見張人はひとりもいませんでした。

      6 エゼキエル書 47章には,現代の奇跡が預言的に述べられています。エホバの愛にみちる先見によると,エホバは地上の事柄をあやつつて「大いなる群衆」が霊的な復活を経験するように取りはからいました。(駄示 7:9。コロサイ 2:13)1918年には,その時以前に死んだ油注がれた者たちが天的な復活をうけました。その後に,地上の残れる者が目ざめることは神の御こころでした。(黙示 11:18)しかし,大ぜいの者たちは死に向かつていたサタンの古い世のなかで,死のごとき環境にしばりつけられ,その悪い状態については何もしていませんでした。しかし,1931年後に始まつたこの現代の奇跡により,エホバは彼らの目を次第に開かせて実情を見させました。すなわち,キリスト教国は神とキリストにはかられて,その目方の足らないことが示され,この世と霊的な淫行を行なつている罪を持つものとして排斥された,ことが示されたのです。(ヤコブ 4:4)そのような者たちは,その目の焦点を合わせて,十分に目ざめている「忠実にしてさとい奴隷」の残れる者と,その伝道のわざの意義を認識し始めました。この現代の奇跡の詳細は,どんなものですか。

      7 今日に適用される際のエゼキエル書 47章1-12節は,何を示しますか。

      7 いまエゼキエル書 47章の聖書預言のテレビジョンにスイッチを入れて,現代における預言の成就を目のあたりに見ることにしましよう。私たちが黙示録 22章について考慮したばかりの大きなまぼろしを見ます。再び,真理の水の「川」が,エホバの霊的な宮から出て,東の方に流れて行くのが見えます。この水は,1919年に復興した「奴隷」級の径路を通つて流れ始めます。この「川」が東の方に向かつて流れ,大きな光のさす方向にむかつて流れているのに気をつけて下さい。その意味することは,1919年後の協会の真理の出版物は,年月がたつにつれて,真理の光の中に進歩するということです。エゼキエルは,1000キュビトごとに,この川の深さについて定期的に調べています。この川は,最初は足くびの深さで,次は膝までの深さ,それから腰までの深さとなり,そして遂には非常に深くなつたため,横ぎりたいと思うなら,泳ぐことが必要でした。―エゼキエル 47:1-5。

      8 川のいくつかの段階においての調査は今日何を意味しますか。

      8 それで,この預言の成就しているいまの末の日に,3年目ごとに行なつた定期的な調査は,ものみの塔協会の出版した真理の水の霊的な深さと明晰さが,だんだん増し加わることを示しています。1919年に出版されたいわばわずかな流れは,1922年までは「くるぶし」の深さで,1925年までには霊的さとまぼろしが増し加わり,1928年までには大洪水のごとき新しい光が出版され,1931年までには聖書的な啓示は圧倒的な流れのようになりましたa。1931年以来ものみの塔協会と交わり始めたすべての人は,次のことをはつきり証言できます。すなわち,その時以来の真理の水は,ものみの塔誌や他のものみの塔の出版物を通して,多量にしかも急速に出版されているため,それにおくれずについて行くには,象徴的に言つて「泳が」ねばなりません。さらに1931年から1945年までのうちにカトリック行動フアシスト ― ナチの勢力は,この強力な真理の「水」を抑えることができない,ということを知りました。そうです,エホバの証者は真理の水で強められたため,迫害をうけても負かされることがなく,伝道を中止しなかつたのです。―黙示 12:15,16。

      9,10 (イ)エゼキエル書 47章7,12節を読んで説明しなさい。(ロ)死海は何を象徴しますか。

      9 次に,この「川」にも,その流れの両側に「木」があるのが見えます。この「木」は,毎月新しい実を結びます。そしてその葉はいやしのために供給されます。これはすでに調べた黙示録の光景と同じであり,木のような各個人の残れる者に適用します。これらの者たちは,径路の制度と共に伝道の奉仕を忠実に行ない,諸国民に霊的ないやしをもたらします。(エゼキエル 47:7,12)しかし,現代の奇跡はどのようになされていますか。

      10 御国の真理の清い水には生命を与える益があります。神の御心は,この清い水の強力な流れを,どこにみちびきますか。私たちの聖書預言のテレビジョンには,エホバ神がこの川を(古代のエルサレムの宮があつたところから)東に流れさせて,死海に注がせたのです。実際の死海には,1匹の魚も住んだことがありません。ところが,この実体的な死海に何が生ずるかを見てごらんなさい! この死海は,終りの時の期間中に大ぜいの人々に霊的な光線を見させない死のごとき環境を良く表わしています。サタンは,彼らを捕えて,かたい束縛の状態に保ちました。サタンは,偽りの宗教により,大きな霊的な暗やみの中に彼らを閉じこめます,悪魔は,物質主義で彼らを忙がしくさせ,宣伝でもつてあざむき,下級のものに専念させてはげしい生存競争をさせています。このように,目ざめている「忠実にしてさとい奴隷」級以外の全人類は,1931年まで死んだと同じ霊的な眠りに閉じこめられていましたb。

      11 「川」の水がもたらすいやしを述べなさい。

      11 奇跡中の奇跡として,エホバはいまこの真理の水の流れをみちびいて,この死海のごとき捕われの状態から善意者の「大いなる群衆」を解放します。1931年以来,「ものみの塔」は次第次第にラッパのごとき召を,油注がれた級でない者たちに向けて変え始めました。幾年かの年月が経つ中に,いまや42以上にも達する預言が次から次に,明白な成就を示し,次のことをみな確証しています。すなわちエホバの証者の十分清められた大いなる群衆が,準備された新しい世の社会に入るようにエホバは戸を開かれた,ということですc。真理の水は,その世界的な環境にいやしをもたらし,そしてエホバの操られるままに個人的な環境は変化しました。宗教的な足かせはゆるめられました。世界のわざわいについての光は,御国の真理について考えている人々を以前の伝統的な束縛から自由に開放しました。その環境は住めることができるものになりました。それで,エゼキエルが示すように,多くの数の「魚」は生きるようになりました。この現代の奇跡が始まつてから約30年たたぬ中に,いまでは85万以上の「生ける魚」が「奴隷」の級と共に活潑になつています。彼らは,その罪のうちに死んでいる古い世という生命のない要素から,またハルマゲドンにおける滅びという脅威から出てきて,神に対して生ける者になつています。―エゼキエル 47:1,9。

      12 目ざめている「魚」を生きつづけさせるために,どんな取り極めが行なわれますか。

      12 エホバの奇跡的な御手によつて,これらの「魚」は生きるものになりました。それでは,これらの「魚」が自分自身で餌を求めることをエホバは許しますか。そのようなことはありません。次のテレビジョンの光景が示すところによると,エホバは「魚取り」の制度を設立して,食物を与えます。これは一般の経験とは全く反対です。なぜなら,魚は捕えられると人間の食物になるからです。しかし,この預言の中では,魚はとられてから養われ,生かされています。「すなどる者が,海(死海)のかたわらに立ち,エンゲデからエン・エグライまで,網を張る所となる。その魚は……はなはだ多い」。(エゼキエル 47:10,新口)このことは,かつてイエスが弟子たちに告げた言葉をすぐに思い起させます,「わたしについてきなさい。あなたがたを人間をとする漁師にしてあげよう」。(マタイ 4:19,新口)ほんとうに,網を持つ漁師は今日網のような制度を持つ油注がれた残れる者を良く表わしています。彼らは,前任者である使徒たちのごとく,同じ霊的な魚取りの仕事に基本的に専念しています。この組織化された手段により全地にわたつて救いは施されています。1931年前では,食物は天的な「小さな群れ」の者だけに給されました。しかし1931年以来,救いの活動は世界的な規模で大々的に行なわれ,幾十万という人々を救いにみちびいています。生かされたこれらの「魚」は,キリスト・イエスの「他の羊」と同じです。(ヨハネ 10:16)これらの「他の羊」は,残れる者の木のごとき各成員の「実」と「葉」に依存して,豊に養われています。それで,ハルマゲドンのあらしを生きたまま通過し,その後でも保護をうけるのです。

      目ざめつづける

      13 この「奴隷」級と共に目ざめつづける一つの道を述べなさい。

      13 次の質問が尋ねられるでしよう,『急速に動いて行くこの「忠実にしてさとい奴隷」級と共に,どのように目ざめつづけることができるか』。この油注がれた群れの成員は,円熟さ,聖書の知識,神権的な経験,そしてエホバの目的と神の御心のまぼろしについては,幾年も進歩しています。目ざめつづけておくれないようにするため,いくつかの事をすることができます。第一に,証明ずみの神の径路を通して与えられ,ものみの塔協会を通して出版される「正しい時の食物」を取り

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