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    ものみの塔 1957 | 3月15日
    • の栄光は,その子たちの祝福された状態と幸福の中に反映しています。あらゆる道において,私たちはヱホバを認めているため,ヱホバは私たちの道を指示されています。そのような友なる関係と保証を持つヱホバの民は,なんと幸福なのでしよう!

      9 管理をしていても誘惑をうける,といこうとを示しなさい。誘惑には,どのように上首尾に対処することができますか。

      9 誘惑はヱホバ神の忠実な管理者たちに,今でも来るのです。ヱホバの祝福を認識するとしても,私たちは危険から免除されているわけでありません。それですから,いつもヱホバを恐れつつ歩むことが必要です。ヨセフの場合がそうでした。ヨセフは生涯中に,恐ろしい経験をしたのです。記録は,こう述べています,『ヨセフは容貌麗しくして顔美しかりき。これらの事の後,その主人の妻ヨセフに目をつけて,我と寝よ,と言う。ヨセフ拒みて主人の妻に言いけるは,視よわが主人家の中の物をかえりみず,その有るものことごとくわが手に委ぬ。この家には我より大なるものなし。又主人何をも我に禁ぜず。ただ汝を除くのみ。汝はその妻なればなり。されば我いかでこの大いなる悪をなして神に罪を犯すをえんや。』この妻が言寄つてヨセフの衣をつかんだとき,彼は衣を棄てて逃げました。それは,今日の忠実な管理者の採るべき安全な道です。誘惑に面するときは,それから逃げなさい。もし,その誘惑を理づめにしようとすると,かえつて誘惑に負けるかもしれません。逃げることが安全な道です。毒蛇から逃げるように大急ぎで逃げ,危険から遠ざかりなさい。ヨセフは,その申出が『神に罪を犯す』ものである,との事実を直ちに認めたのです。かくして彼は身の安全を保ち得ました。同じように,ヱホバを恐れるなら私たちも安全です。神に対して罪を犯してはなりません。にわかにたいへん悪くなる,という人はいません。むしろ,徐々に弱まつて行くのです。一方,ヱホバを恐れるなら,人は悪から離れて安全です。―創世 39:6-9。

      ヱホバの祝福

      10 ヱホバの祝福はなぜ肝要ですか。どのようにそれを得ることができますか。

      10 神の民の各人は,神の祝福を欲します。『ヱホバの祝福は人を富ます。ヱホバはその人に悲しみを加えず。』(シンゲン 10:22,ア標)『主の祝福は義しき者の頭にあり。それはその人を富まし,心の悲しみは加えられず。』(七十人訳)また,次のようにも書かれています,『汝の神ヱホバを憶えよ。そは,ヱホバ汝に宝を得るの力を賜うなればなり。かくしたまうは,汝の先祖たちに誓いし契約を今日の如く行わんとてなり。』(申命 8:18)何事もヱホバの祝福に依存しています。しかし,それは利己的な目的を達成するためには決して与えられません。ただヱホバの御意を達成するために与えられるのです,『人の道がヤウエの御旨にかなうなら,彼はその人の敵をもこれと和がせる。』(シンゲン 16:7,ロザハム訳)ヱホバの祝福は,ヱホバの命じ給うことをすることにより,また真実にヱホバをよろこばすことにより,得ることができます。私たちは,自分から何かを行うべきでありままん。先ず最初に是認を受けるべきです。イエスはこう語られました,『あなた方が人の子を上げてしまつた後はじめて,私がそういう者であること,また,私は自分からは何もせず,ただ父が教えて下さつたままを話していたことが,分るであろう。私をつかわされたかたは,私と一緒におられる。私はいつも神のみこころにかなうことをしているから,私をひとり置きざりになさることはない。』(ヨハネ 8:28,29,新口)イエスは忠実な管理者で,自分の責任を為しとげました。それで,十分の報を頂いたのです。イエスは私たちの完全な模範です。

      11 どんな道に従わねばなりませんか。そしてヱホバの祝福を得るためには,何を避けねばなりませんか。

      11 ヱホバの祝福に富むためには,私たちはいつも奉仕に忙しくしていなければなりません。これは勤勉を意味します,そしていつ如何なる時でも真実の努力を払い,大きな忍耐を持ち,今の仕事を為しとげようと決意して行い,かつ任ぜられた仕事を達成しなければなりません。責任を避けたり,言訳をつくつて非難を避けることでは決してありません。是認を求めている管理者が,責任を避ける事柄を言つたり行つたりして,或る事柄に注意を払わなかつたことについて自分の肩に課せられる非難を避ける,などということは全く無益なものです。自分の責任を避ける人は信頼することのできない人です。ヱホバはそのような行によろこばれません。もしヱホバの祝福を得たいと欲するなら,その人は自己犠牲の精神を持つべきであつて,ヱホバをよろこばすよりも自分をよろこばす我儘の気持を持つべきでありません。それは,正直,純正,忠実,忠節,そして信頼性を持つことを意味します。

      忠実にして慧い奴隷

      12 『忠実にして慧い奴隷』は誰ですか。なぜそう言えますか。

      12 イエスは次のように言われました,『主人が家人の上に任命して,正しい時に食物を与える忠実にして慧い奴隷とは実際に誰であるか。主人が着いたとき,そのようにしているのが見られるその奴隷は幸いである。私はほんとうにあなた方に言う。主人は彼を任命して全財産を管理させるであろう。』(マタイ 24:45-47,新世)ヱホバの制度に属している人々は,その『忠実にして慧い奴隷』とは,神の油注がれた者の忠実な残れる者で構成されている一つの級であることを知つています。それらの残れる者は,今は一つの群に集められ,ものみの塔聖書冊子協会の統治体の指示と権限の下に働いています。ヱホバの証者と交つていない読者の方々は,この事柄を認めるのに一寸ためらうかもしれません。しかし,油注がれたクリスチャンたちで成立つこの級の活動にヱホバの祝福がはつきり表し示されていることから,その真実なることがお分りになるでしよう。そして,疑いとか疑問はなくなつてしまうでしよう。その結果,幸いを得ることができます。というのは,最高の神ヱホバはいま御自分の民と交りを持たれ,その祝福は彼らの上にある,ということ知るからです。

      13 どんな出版物は,協会の目的と綱領を十分に述べていますか。それにはどんな結果がともないましたか。

      13 協会の公式な雑誌は『ものみの塔』です。この雑誌は1879年の7月に創刊し,以来1号たりとも休刊したことがありません。今では毎号の発行数は280万部に達し,46の言語で印刷されています。表紙の裏側を開いて,その雑誌の目的を読むなら読者は益を受けるでしよう。お分りのように,この雑誌は危険を警告し,良いたよりを宣伝え,いつも事柄を聖書的に見,現在の事態に注意を払い,避難の道を指し示し,ヱホバの御国を宣明し,霊的な食物でキリストの霊的な共同相続者を養い,永遠の生命というすばらしい見込で善意者を励まし,そして救をもたらすために聖書の真理に正しい忠実な焦点を合わせています。ここに協会の目的,理念そして綱領が述べられています。それは成功を収めました。そしてヱホバの祝福を頂いたのです。

      14 (イ)『忠実にして慧い奴隷』級は,家人に関する責任をどのように果しましたか。(ロ)主の家の内部と外部の状況を比較してごらんなさい。

      14 『忠実にして慧い奴隷』は,正しい時の食物を与えるために家人の上に任命されました。これは忠実に行われてきました。御国,キリストの再臨,予言の成就,サタンとその世,そしてその世の終についての真理は,77年のあいだ信仰を持つ家人に滋養分の豊かな霊的な食物として給せられてきました。聖書にこう書かれています,『天の御国について教える公共の教訓者は,みな自分の倉から新しいものと古いものを取出す主人のようである。』(マタイ 13:52,新世)食物が給せられるにつれて,更に多くの食物が供給せられてきました。霊的な食物が不足する,ということはないからです。ヱホバの制度内で食物の飢饉がある,などと聞いた人はひとりもいません。『神は麦の最善をもて彼らを養い,岩よりいでたる蜜をもて汝を飽かしむべし。』(詩 81:16)この家の外部は飢饉です,『主ヱホバ言たもう。視よ日いたらんとす。そのとき我飢饉をこの国におくらん。是はパンに乏しきに非ず水に渇くに非ずヱホバの言葉を聞ことの飢饉なり。彼らは海より海とさまよい歩き,北より東と奔まわりてヱホバの言葉を求めん。されどこれを得ざるべし。』(アモス 8:11,12)『ほどこし散らして反りて増すものあり,与うべきを吝みて反りて貧しきにいたるものあり。』(シンゲン 11:24)それで,『管理者』級によつて十分の面倒を見てもらつているヱホバの民は,霊的に強く,また力に溢れています。いつも家人の面倒を見たことは,ヱホバに祝福されました。これは予言の成就です。それですから,同じ祝福を得たいと欲する人々は,同じ種類の奉仕をしなければなりません。

      15 ヱホバの援助と祝福をうけて,管理者級は際立つどんな奉仕をいたしましたか。パウロは,それをどのように言及していますか。

      15 この同じ油注がれた残れる者,すなわち『奴隷』級は,聖書のみを私たちの導きにする,という責任を忠実に果してきました。真の教理は清い崇拝を生ぜしめました。それは,人間や制度の理論とか言伝えを捨てて,智恵の書なる神の言葉にかたくしつかりとつき従いました。ヱホバの証者は『真理によつて彼らを聖別して下さい。あなたの御言葉は真理であります。』と書かれているように,いま聖書の真実なることを知つています(ヨハネ 17:17,新口)今日,神の言葉はヱホバの証者の身にかたくついています。神の聖なる御言葉は,ヱホバの証者に委ねられました。たしかに,神の啓示の貴い宝は,この忠実な奴隷級に委ねられました。それは,神の証明し給う証詞であり,また律法です。私たちはそれにつけ加えることも,取去ることもしません。それはヱホバ神から御自分の民に与えられた手紙であつて,印の押された言葉です。そして,今では忠実な者たちの手元に安全に保管されています。パウロは次のように述べました,『キリスト・イエスに対する信仰と愛とをもつて,私から聞いた健全な言葉を模範にしなさい。そして,あなたにゆだねられている尊いものを,私たちの内に宿つている聖霊によつて守りなさい。』(テモテ後 1:13,14,新口)この管理者は,今はヱホバ神の清い言葉を保管する者です。(イザヤ 8:16)この事実は,予言の成就であり,それにはヱホバの祝福がともないます。あなたもその祝福を頂きたい,と欲するなら,真理をしつかり保ち,そしてその真理を心から信じなさい。また,真理にもとづく行をいたしなさい。

      16 1918年以来および以後では,この忠実な管理者はどんな実際的な業を成しとげてきましたか。

      16 この忠実な級に委ねられている別の責任は,人々の注意を惹き,かつ達成せられました。それは,マタイ伝 24章31節(新口)に予言されているごとく,「選民」を集めることでした,『彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして,天のはてからはてに至るまで,四方からその選民を呼び集めるであろう。』1880年の11月に,『ものみの塔』(英文)は,『キリストに集める』という題の記事を出版しました。その中心の聖句には詩篇 50篇5節が用いられています,『祭物をもて我と契約を立てし我が聖徒をわがもとに集めよ。』そして,集めることは死後になされるのでなく,この組織制度の終りの地上でなされる,ということがはつきり示されました。この集める業は続けられて行き,1918年には幾千人もの人々が集められていました。そして,ヱホバが突如として御自分の宮に来たときに,彼らは裁きをうけたのです。(1956年4月1日号の『ものみの塔』130,131頁を見なさい)1918年以来,裁きは続けて行われ,この宮級の悪は取のぞかれ,精錬されて清められました。それで,彼らはヱホバが霊によつて住み給うヱホバの建物を形成します。(エペソ 2:22)地上にある制度で,その試錬,清め,熱,迫害を耐え忍んだものは他にありません。実際のところ,他の群の民でこの民ほどにヱホバの峻厳さ,懲戒,恵み,過分の御親切を受けたものはひとつもないのです。

      17 この僕級とヱホバが交りを持たれていることは,予言されているごとくに,ヱホバに対する彼らの関係をどのように表し示しましたか。

      17 約40年にわたつて,ヱホバがこの民と交りを持たれてきたことが表明せられました。幾千人という人々は,罪人とか偽善者であつたために,制度から捨てられ,排斥されて来ました。『シオンの罪人は恐る。戦慄はよこしまなる者にのぞめり。われらの中たれか焼つくす火にとどまることを得んや。われらの中誰かとこしえに焼くるなかに止まるをえんや。』(イザヤ 33:14)次に続く聖句は,誰が止まるかを示しています。神の裁きの火に耐え,そして神の憤りと不興に忍んだ油注がれた残れる者は,今は幸いです。イザヤ書 33章17節は,次のように述べています,『なんじの目は美わしき状なる王を見,遠く広き国を見るべし。』神の油注がれて祝福を受けた者たちは,なんと幸福なのでしよう! その地は良く,その王はともにいるのです! 次の聖句は現在に成就されています,『からだは一つ,御霊も一つである。あなた方が召されたのは,一つの望みを目ざして召されたのと同様である。主は一つ,信仰は一つ,バプテスマは一つ。……父なる神は一つである。……全き人となり,ついに,キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。』(エペソ 4:4-6,13,新口)これもまた,この悪しき組織制度の終を示す大きなしるしの一つを成就しているものです。このわけで,ヱホバの豊かな祝福は,はつきり示されています。あなたもヱホバの祝福を頂きたい,と欲しますか。それでは神の油注いだ者の奉仕に参加し,共に一致してヱホバ神に讃美を捧げ,そして平和の中にその指示をうけつつ働きなさい。

      18 どんな限られた期間内に,さらにどんな広範囲な活動が行われて,成功の結果に達するべきですか。

      18 小さな群である油注いだ者の残れる者が集められた後に,別の集める業が為されねばなりません。イエスはこう言われました,『私には,またこの囲いにいない他の羊がある。私は彼らをも導かねばならない。彼らも,私の声に聞き従うであろう。そして遂に一つの群,ひとりの羊飼となるであろう。』(ヨハネ 10:16,新口)また,黙示録 7章9節(新口)には,こう書かれています,『その後,私が見ていると,見よ,あらゆる国民,部族,民族,国語のうちから,数えきれないほどの大ぜいの群衆が……御座と小羊との前に立ち』『他の羊』であるこの大ぜいの群衆を集めることは,1931年以来,特に1935年以来行われており,今では集められた者の数は,最初この集めの仕事をするために油注がれた者の数をはるかに上廻つています。それは奇蹟のようです。現在,地上にいる油注がれた者の数は約1万6000人ですが,集められて御国の音信を宣伝えている者の数は64万2000人です。これは,ただヱホバの祝福によるのであつて,全く驚嘆すべきものに見えます。ヱホバは,この大いなる業に繁栄と成功を与えられてきました。しかし,「ヱホバの大いにして恐ろしい日」の来る前,ハルマゲドンで世が亡びる前に,更に幾十万人という人を集めねばなりません。あなたは,今日ヱホバのすばらしい祝福を見ることができますか。あなたもヱホバの祝福を欲しますか。もしそうなら,この祝福を頂いた者のなす同じ仕事をいたしなさい。道はあなたの前に開かれています。何人も妨げないでしよう。全くのところ,多くの人はよろこんであなたを援助し,この祝福を得させるようにするでしよう。この達成した宣教も予言の成就であり,それを首尾よく否定することはできません。

      19 西暦1914年以来,他の予言のどんないちじるしい成就がなされてきましたか。

      19 王キリスト・イエスは,サタンの世の終を証明する時代のしるしの一つは,次のようである,と約束されました,『この御国の福音は,すべての民に対してあかしをするために,全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。』(マタイ 24:14,新口)1914年,王は地の正しい支配者として天の御座に即きました。御国は現に存在しているのです。王は,たしかに多くの仕事をしてサタンの古い世を取除くための準備をしなければなりません。最終の結末までは極く間近です。このことが起きる前に,『小さな群』と『大いなる群衆』を集め,そしてこの世にむかつてその終を警告することが肝要です。しかし,栄光に輝く御国の良いたよりは,全世界で伝道されるでしよう。1922年以来,「設立された御国の良いたより」は,全く特別な方法で宣伝えられてきました。本当に,34年以上ものあいだ,地の新しい王と御国は今までになく熱心に宣伝えられてきました。この音信は,64万2000人以上の奉仕者によつて160の国で伝道されています。この世は,その宣明を聞いており,言訳はありません。それで全世界にわたる予言の成就は,現在行われているのです。これはみなヱホバの『忠実にして慧い奴隷』級の指示の下に,その権限を受けて為されているのです。その大いなる業の上にヱホバの祝福は,今までにも,また今日でも注がれています。あなたはヱホバの恵みと祝福を欲しますか。そうならば,この忠実な級の示した導きと道に従い,そして前進して行きなさい。また,他の者たちに御国とその祝福を告げなさい。

  • 奉仕による祝福
    ものみの塔 1957 | 3月15日
    • 奉仕による祝福

      1 何の理由によつて,油注がれた残れる者は御国の事柄を100倍に増加しましたか。

      神の油注がれた忠実な残れる者たちが,どのように自分たちの特権を増して,多くの責任を得たかについては,読者は御存知のことでしよう。残れる者たちは,100倍以上も増加しました。また御国の事柄を勤勉に,熱心に,そして敬虔に用いた彼らは,ヱホバの援助を受けて奉仕に栄えました。ヱホバはその奉仕を成功させ,その業を栄えしめました。この忠実な管理者級は,神の是認のしるしを頂き,幸いです。幾年ものあいだ,宣教のために捧げられた勤勉で,熱心な,無私の奉仕を注意深く見てごらんなさい。あなたも同じ恵みと是認を頂く道を知ることができるでしよう。名誉なことでもありまた利益にもなることですが,あなたは一つの級が最高の神の是認を頂いている様を目のあたりに見ているのです。彼らは最高の神の御旨にかなつています。

      2 (イ)たつた一つだけの制度は,なぜ神の御名を宣明しましたか。(ロ)これは,世の終についての予言を,どのように成就していますか。

      2 真の神ヱホバの御名は,暗中に匿されていたところから高く揚げられました。ヱホバの御名は,冒瀆され,嘲笑され,そして非難をうけてきました。しかし,ヱホバの民は御名を高く揚げたのです。ヱホバの言葉は,次のように命じています,『その日なんじら言わん。ヱホバに感謝せよ。その御名を呼べ。その御業をもろもろの民の中に伝えよ。その御名のあがむべきことを語りつげよ。』(イザヤ 12:4)クリスチャンと称えるすべての宗教制度を考えてごらんなさい。その中のどれがヱホバの御名を宣伝えていますか。また御名ヱホバのあがむべきことを語つていますか。たつた一つしかないのです。不思議に聞えるかも知れませんが,ヱホバを崇めるこの宣教を行つている民は,ただヱホバの証者だけです。そして彼らは神の油注がれた残れる者の合法の行政機関,ものみの塔聖書冊子協会の指示の下に働いているのです。今日では,幾十万人というクリスチャンたちはヱホバの御名を呼んで救と保護を求めています。御名は,これらの人全部の心と思の正しい地位に置かれたのです。ずつと昔には彼らはその御名を知りまんでした。それで,奉仕者が『私はヱホバの証者のひとりです』と言つて家庭を訪問したなら,おそらく何のことか分らなかつたことでしよう。ヱホバは誰でしたか。なぜ証者を有しているのですか。今では,『ものみの塔』の読者は知つています。しかし,隣人の家に行く必要の無くなる日が来るでしよう。神の予言者は次のように述べているからです,『人おのおの其隣とその兄弟に教えて,汝ヱホバを知れとまた言わじ。そは少より大にいたるまでことごとく我を知るべければなり,とヱホバ言いたもう。我彼らの不義をゆるし,その罪をまた思わざるべし。』(エレミヤ 31:34)これはなんとすばらしい業だつたのでしよう! たしかにヱホバ

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