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なぜクリスチャンは責任を受入れて果たすべきかものみの塔 1962 | 7月15日
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ました,「もし人が監督の職を望むなら,それは良い仕事を願うことである」。(テモテ前 3:1,新口)いま地上にいる最後の成員が,すでに天にいる「生ける石」に参加するとき,賢明な主権者の栄光に輝く宮殿はごく間近に完成するでしょう。「万国民から願わしきもの」はどんどんはいって来て,その速度は増しています。私たちは何をしますか。私たちが天界のエホバの宮殿をつくりあげる油注がれた者であろうと,あるいは地的な「他の羊」の者であろうと,円熟したクリスチャンとして,私たちは他の柔和な人々を集めて,エホバの忠節な崇拝者にならせ,かつ教える者にならせるという責任を受け入れました。私たちは愛の心からこの責任を果たさなければなりません。なぜそうですか。第一に,最高の神の同労者になってこの大きな仕事をすることは,はかることのできないほど大きな特権であり,名誉であるからです。第二に,教える者と教えを受ける者は生命を受けるからです。霊感を受けた使徒パウロは,このことを明白に示し,テモテにこう書いています,「自分のことと教のこととに気をつけ,それらを常に努めなさい」。なぜですか。「そうすれば,あなたは,自分自身とあなたの教を聞く者たちとを,救うことになる」。―テモテ前 4:16,新口。
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愛はすぐに落胆しないものみの塔 1962 | 7月15日
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愛はすぐに落胆しない
グアテマラで奉仕している数人の全時間特別開拓奉仕者たちは,愛はすぐに落胆しないことを実証しています。そのうちの,あまり教育を受けていないある独身の男性は,証者がひとりもいない町に任命されました。彼は,御国会館になる小さなへやを借りるのに,所持金の大部分が献金できるように,自分はバラックに住みました。会衆の集会の準備をするために午前3時に起きたり,10マイルから12マイルのほこりっぽい道を歩いて,善意者を訪問したり,バナナ園やコーヒー園で聖書研究の司会をするため,ガタガタのバスやのろい汽車で長時間旅をすることを,彼はなんとも思いませんでした。現在のところこの区域には,50人の証者の幸福な会衆があります。そして彼らも,その奉仕者として彼らに聖書の真理をもってこさせた集会に集まるのに,同じ努力を払っています。
それからまた,ある奉仕者の夫妻は,グアテマラのへき地で奉仕するために,目ぼしい所持品をみな売って,飛行機でその任命地に行きました。ふたりの愛と熱心によって,15人の証者の熱心な新しい会衆ができました。夫の非利己的で能率的な方法の訓練の結果,会衆のふたりのメンバーが,全時間特別開拓奉仕者としての資格をえ,さらに他の場所に派遣されました。彼は,このふたりを,自分の会衆で用いることができましたが,必要のもっと大きな場所で彼らが奉仕することのたいせつさを知っていたので,彼らをひき留めることを望みませんでした。そして,バスで8時間,山道を徒歩で12時間という旅をもいとわず,そのうちのひとりを任命地まで送って行きました。
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隣人愛は多くの実を結ぶものみの塔 1962 | 7月15日
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隣人愛は多くの実を結ぶ
ドイツ
ある姉妹は,提案された通り自分の家の近くを伝道しました。この結果について,巡回の僕は次のように述べています,「この姉妹の住んでいるアパートには,10世帯住んでいます。そして,彼女はそのうちの四つの家族と聖書の研究をしています。そのうえに,アパートの子供全部を集めて,毎週1回午後聖書の研究をしています。彼女の夫も同じアパートで一つの聖書研究を司会しています。そして,巡回の僕の訪問期間中にもうひとりの人と研究をはじめることができました。そのアパートで開かれる会衆の書籍研究には,6人が定期的に出席しています。そのうちの3人は,もう奉仕しはじめました。―1962年のエホバの証者の年鑑より
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